PROLOGUE:ウォスリー漂流記
とある週刊誌の記者を務めて早15年。ときには県議会議員の賄賂のこと、ときには有名アナウンサーの不倫疑惑など、数々のスキャンダラスな記事の取材に没頭してきた男が煙草を吹かして部屋の天井を見上げた。ここ最近“当たり”に当たらない。そう思ってしまうのは、自分のいる出版社が出版不況の影響を受けて倒産の危機に面しているからだろうか。出勤してから吸い続けているマルボロも6箱目になる。いやまだ5箱目か……数を数えるのも面倒な昼下がりだ。
ついこの間まで、男には最高のネタがあった。記者として間違いなく最高級の品物だった。それは男の母校で起きた事故だ。3週間前になるだろうか。ワイドショーでも取り上げられたが、事故の原因が断定された途端に世間は冷めてしまった。
『有望校で起きた悲劇の自殺ショー』
『空に飛び込んだ超優等生の超衝撃』
いくらでも記事の見出しが脳内で湧き出してくるようだ。
男にとってはある種の運命ではあった。取材をしに母校を訪れた時には多少の変貌があったものの、男が在学していた頃の校舎の佇まいも微かにあった。ただ自分が知っている教員は誰もなく、男を歓迎する人間も誰一人いなかった。
それもその筈か。人の裏を暴きそれを世間にバラまく。そんな男の仕事を批判する偽善者な優等生が多いのも確かだ。しかしそれにかじりついて、何かの欲求を貪る一般庶民が多いのも事実である。そんな前提が男を守ってくれていたのだが、ここ最近の出版不況はそんなに甘くはなさそうだ。
そんなことを考えていると、取材で出会った一人の少年の姿が目に浮かんで離れない。そういえばあの少年はあれから立ち直ったのだろうか? 親友の自殺に直面して3週間経つ。男の質問にひたすら「わからない」と答え続けた無愛想な少年も立ち直っているのならば、事実を話してくれるのかもしれない。いや、やはり時間の無駄になるだけか?
男の勘としてはあの少年が真実を知っているようにしか見えなかった。
そもそも少年Kの自殺には妙な謎があった。ひとつは自殺に至った動機であり、もうひとつは屋上のフェンスを超えた手段が不明なまま終わっているといこと。フェンスの件は警察も本格的に捜査をしていたようではあるが、学校側の要求があり、世間の反応が冷めた途端に撤退をした。報道機関も男の業界もまた然りだ。でも男にはフェンスの件がどうも心の奥底片隅に引っかかって仕方がなかった。
少年Kは十分以上と言えるほどの肥満な体型をしていた。屋上に設置してある高いフェンスを運良くよじ登ることができたとしても、フェンスを降り、少年が立ったとされる場所で校庭向きに立つことは限りなく不可能なことでしかない。彼が立った場所とフェンスとの幅は1メートルにも満たないのだ。そこに肥満な少年が「いつの間にか立っていた」というのは余りにも奇妙な現象である。結局誰もその真相を暴けなかったのだから尚更だ。
実はそれこそが男が見つけた最高級のネタであった。だが事実が分からないと単なる妄想話になるだけで、おそらく何の仕事にもならないだろうが……。
男の本能は既にどこかに向いて止まらないようだ。男は最後の1本を吸って吸殻入れに捨てると、すぐ職場を発つことにした。行き先は言うまでもなかった――