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第1話:ようこそ氷の世界へ~後編~

 今日、情報室に行ったことはある意味で無意味だったかもしれない。それでも魚住のなかで整理できないことがいくつもあった。明後日から学校が始まる。このまま明後日を迎え、学校に行ってもいいものなのだろうか? パソコン部は今まで通りのパソコン部であり続けられるのだろうか?




 魚住の中で結論は出ていた。彼にはもうそれしかなかった。次の日、魚住は朝早くから学校に向けて家を出発した。何かを言ってきそうな従兄弟がいないのが幸いだったが、どこか従兄弟の心配を裏切っているようでもあった。しかし彼はどうしても沸々と湧き上がる何かを抑えきれなかった。




 情報室に着くとドアに鍵がかかっていた。生徒会とパソコン部3年のみが持つ合鍵を挿して情報室に入った。時間帯が関係をしているのだろうが、今日は小倉も加藤も情報室にいない。このまま来なければいいのだが何とも言えない。魚住は岸田のスペースに座り、岸田のパソコンを立ち上げた。



 それから陽が沈んでからも、ひたすら昨日小倉がやった作業と同じことをした。



 もちろん何の発見もない。ただ『ICEISLAND』の謎だけが残るだけだ。今日は小倉も加藤も来ないようだ。それが賢明な判断だったのかもしれない。魚住はため息をつき、あくびと背伸びをしてから自宅に帰ることを決めた




 帰り道。ほぼ1日パソコンの画面と向き合っていたせいか、目がチカチカして、どこかフラつくような状態になっていた。少し気分が悪くなったところで魚住は電柱と正面衝突をしてしまい、派手に転倒してしまった。寒い夜道だ。怪我をした膝の部分の痛みが余計にも痛い。眼鏡は無事だったが、ズボンも破れてしまった。



 何とか根気で立ち上がり自転車を立て直すも、前輪後輪ともにパンクしてしまっているようであり、自転車はとても走行などできる状態でなくなっていた。



 なんという不運だろう。駅まで距離がまだ結構ある。それでも魚住は自転車を引きずってでも駅へ戻すことにした。自転車は明日の学校からの帰り道で修理するとしよう。そう考えるしかない。明日から学校だ。ついてないと言うしかない。



 寒い夜道。ひとり壊れた自転車を引きずりながら歩き出す。



 魚住の中には何とも言えないやるせなさと、これからの不安ばかりが残った。明日から学校が普通に始まること。それそのものが違和感でしかなかった。



「岸田……なんで死んだ……」



 魚住の声は、白い吐息とともに夜の冷たい空気の中へ溶けて消えていった。




 臨時休校最後の日を最悪の形で無意味に過ごした末路は悲惨だった。学校への移動手段の一つである自転車破損のおまけに、寝坊してしまうという最悪の状況を迎えたのである。




 まるで岸田が亡くなったあの日の再現のようだが、まだあの日ほどの絶望的な時間ではない。大急ぎで支度をした直後に財布の中身を確認した。いける! 今日はうまくいくはず。そのままの勢いで高層マンションの階段を駆け下りた。エレベーターを待っている暇などない。




 自宅マンションのすぐ近くでタクシーを探した。すぐに目的の物は見つかった。その途端に魚住はありとあらゆる全ての感覚で奇妙な衝動を感じた。奇遇な事に拾ったタクシーはあの日に乗車したタクシーそのものであった。神様の悪戯か。それとも何かの呪いか。停まったタクシーに魚住はやむを得ず乗車することとなった。運転手もあの時お世話になった年配の気さくな運転手だ。




「おや? どこかで見たね?」

「この間お世話になりました」

「おお! やっぱり! 今日も寝坊かね? はっはっは」

「すいません。急いでもらえます?」

「おお。わるいね。中部高校かね?」

「はい。お願いします」




 偶然とは意外と日常の中で頻繁に起こるものである。しかし今魚住が目の前にしているこの運命は、彼にとってあまりにも酷なものだった。あの日が蘇る。魚住の嫌な予感は、タクシーに乗車してから数分後に現実のものとなった。




「そういや、君の高校で自殺があったとかニュースでやっていたね?」

「……はい。同じクラスの友達でした」

「そうなの!? そりゃあ、聞かない方が良かったのかな?」

「はい。正直。あまり思い出したくないです……」

「すまんね。謝っておくよ。不謹慎なこと言ったね」




 あの日このタクシーに乗って学校に到着した。その事実をこの運転手はどうもハッキリとは覚えていないらしい。でもきっと後々になって思い出すのだろう。魚住は早くも息苦しいこの車内から出たくて仕方がなかった。魚住は重傷なのだ。やがて学校がだいぶ近くになり赤信号で車が停まった。思わずため息が漏れた。魚住のため息を察してからなのか、年配の運転手がその隙に話しかけてきた。



「坊ちゃん、冬休みは忙しいかね?」

「はい。忙しいと思います」

「何年生?」

「3年です」

「そりゃ大変だ。遊べないだろう?」

「そうですね……何か?」

「いや、甥が面白いものをくれてね。興味があったらと思ったのだけども……」

「?」



 タクシーの運転手はチケットらしき紙切れを1枚ほど魚住に差し出してきた。ただでさえ重たい心持ちになっていることもあり、最初は断ろうか躊躇もしたが、運転手の軽快な素振りに魚住は思わずチケットを受けとらずにはいられなかった。チケットを受けとった瞬間、一瞬にして背筋が凍るほどの寒気が走った。




「『ICEISLAND』……?」

「ああ。何かの公園みたいなものらしいな。私もよくわからないよ」

「これはどこにあるのですか?」

「そこに住所が書いてあるだろう? おやぁ? 興味でもあるのかい?」

「いや……なんていうか……その……心当たりがあって」

「心当たり?」

「ああ! たしか最近クラスで話題になっていて! これ貰えますか?」

「おお! ならば貰ってくれよ! 甥も喜ぶぞ!」



 『ICEISLAND』の文字に動揺した魚住はチケットを手に入れた。



 タクシーが学校へ到着したのは、学校開始5分前のギリギリのタイミングだった。同じクラスの多数が岸田の一件で「魚住はもう学校には来られないのでは?」と心配していたようだが魚住は、「もう大丈夫だ」と周りに話した。魚住が平静を装うのにはワケがあった。




 今朝、タクシーの運転手から貰ったチケット。そこに何かを感じていたからだ。




 休憩時間など一人でいるときには、じっと謎のチケットを手にしてよく眺めた。何でもないただの地域イベントの入場券のように見える。氷の結晶のマークがそこら中にプリントされていて、営業時間と住所や地図が書いてはあるのだが、何も具体的な施設の内容が記載されてない。言うなれば実に怪しい配布物である。しかし魚住のなかで、『ICEISLAND』の文字が頭から離れなかった。岸田の自殺は学校中で「肥満コンプレックス」によるものではないか? と予測されていた。魚住も「そうなのかもな」とそれに同調するしかなかったが、内心はそう思ってなんかいない。


「違う。これはただの自殺なんかではない」


 例のチケットを取り出し、それを睨みつけるように眺めた。



 やがて放課後となった。行き先は情報室。このチケットの件を話すとしたら、小倉しかないのだろうか? それとも加藤の方がいいのか? 偶然にしては余りにも不気味だ。やはりパソコン部全員に話そうと決めて、情報室のドアを開いた。




 情報室には小倉と加藤、それに滅多に部の方で顔を出さない顧問の山村がいた。何か話し合っていたようだが、魚住は入室してすぐにその内容を知ることとなった。パソコン部1年の川西が一昨日より行方不明になっているとのことだ。



 話によると「友達の家に行く」と家族に告げて家を出てからというもの、翌日の朝になっても帰ってきていない。家族の方から学校や親戚、さらに友人関係にあるのかと思われる人などへ連絡をするなどをしたが未だ見つからず、という話だ。もちろん既に警察に届出をしているらしい。岸田の自殺があったばかりだというのに、何という不吉な出来事の連続だろうか。



 当然パソコン部の魚住たちにも、川西の行方がわかる由もなかった。ただでさえ普段から無口でよくわからない人物だ。小倉も何度も声をかけるなどして、コミュニケーションを図ろうと努力をしてくれたが、ついに1度も心を開かずに行方不明に至ってしまった。全国大会にも自主的についてこなかったメンバーだ。どうして魚住たちに行方がわかるというのだろうか。



 山村は大筋の結論に至ると、申し訳なさそうに「仲良くね」と言い残して去った。



 残ったパソコン部3人でしばらく沈黙が続く。「もうこの部活も終わりになる……」そう絶望的に、3人ともに感じたのだろう。パソコン部の今後のことなど想像するに難くない。現実は過酷だ。……だが魚住には言わなければならないことがあった。




「あのさ。お前らに話さなきゃいけないことがある。聴いてくれるか?」

「何?」

「今日の朝タクシーに乗ったらさ、運転手にこんなものを渡された。お前らならこれを見て何か思うことの一つや二つあるだろ?」




 魚住は今朝貰った『ICEISLAND』のチケットを小倉と加藤の二人に見せることにした。二人とも目を疑うかのように、驚いた面持ちでチケットを見た。思ったことは魚住が抱いているものと同じ筈である。チケットを加藤に手渡すと、魚住は続けて事の一部始終を話した。この際のことだ。寝坊したことやタクシー通学をしたことを恥じらうこともないだろう。何もなければ加藤のネタにされて終わってしまう事柄だが、彼も真剣な顔つきで話を聴いてくれた。



「魚住君……私怖いよ」

「わかるよ。オレもどうしていいものか。でもこれってただの偶然か?」

「偶然なんかじゃないと思う。でも……そう思えば思うほど怖いの!!」



 小倉の両目から涙がこぼれ出した。魚住にも勇気がいったが聴く方も聴く方で覚悟がいることなのだろう。加藤は先程からずっとチケットを眺め続けていたが、小倉が泣き出すと小倉の背中をポンと叩いて近くの椅子に飛び座った。


「わかった! ここ行ってみましょうよ!」


 加藤が明るい声で言い放った。顔を塞いでいた小倉も手を下ろして、泣き崩れた真っ赤な顔を彼の方へ向ける。加藤が重たい空気を一変さしてくれたようだ。



「まぁ。怪しいのは怪しいね。こんなトコなんて聴いたこともないしさ。プラスここ住所的にかなり山奥じゃない? 何かがあったとしてもチンケな行楽地なのかもしれないけど……ボクたちは“奇妙な事実”を知っている。確かめるには行くしかないと思いますがどうっすか? 魚住先輩?」

「ああ。オレはひとりでも行くつもりだった」

「へへっ。気が合いますね。ボクたち」

「お前に言われると変な感じがするな」

「小倉先輩はどうしますか?」



 小倉は怯えた顔のままで、加藤の問いかけに息を詰まらせた。彼女には荷が重い……。魚住がそう思って小倉に話しかけようとしたところ、加藤が喋りだした。



「いいですよ。無理なんてしなくて。ここで留守をしてくれたら」

「でも……」

「もしボクたちに何かあったら、ここの住所と事実を話すのです」

「それは……」

「それが嫌ならば何もしなくていいっすよ! 迷惑っす!」

「お前それは言いすぎだろ!」

「ううん! 私も一緒に行く! 一人でいるのはもっと嫌!」

「小倉……」



 小倉の言葉を聴いて、加藤は魚住にウインクを送った。そうだ。魚住は最初から3人でここに行きたいと思っていた。その意思を加藤が汲んでくれたようだ。加藤の図らいあって、3人で『ICEISLAND』へ行くことが決定した。とは言え加藤の言う通り、不測の事態に備えて彼の言う「留守番係」は必要不可欠だった。顧問の山村をはじめ大人らはあてにならないので、結果的にそれを魚住の従兄弟に託すこととなった。それはあてになる人間がいない、という現状をハッキリ示していたことでもあった。



 ちょうど今は冬休みに入ろうという時期だ。冬休みの初日を決行の日と決めて、具体的な計画を立てることにした。目的地までは、電車などの公共交通機関を駆使して行くことに決めた。念のために、タクシーの例の運転手よりタクシー会社の電話番号も教えてもらっている。あの運転手を怪しいとみての掌握ではあるが……。




 3人の語らいは小倉の自宅前まで続いた。だんだん小倉にも笑顔が戻ってきた。もはや合宿旅行のノリと言えようか……ある意味で加藤の功績だった。




「小倉はもう怖くなくなったのか?」

「ううん。怖いものは怖い。でも3人でいれば安心な気がして」

「かわいい先輩だなぁ! 今晩怖メールでもしますよ♪」

「ありがと! あ! 魚住君! そろそろ携帯返してもらわないと!」

「え? ああ。そうだった! でもあれは山村だったけなぁ……」




 今月の初旬、全校集会の際に設定を誤った魚住の携帯電話のアラームが鳴り、その場で皮肉にもパソコン部の顧問である山村に没収されるという事件が起きた。岸田の件と川西の件に比べれば些細なことではある。しかし何にしても精神的な余裕が全くなかったここ数日は大袈裟な話、携帯がない事ですら意識がなかった。自宅前にて小倉と別れてから、加藤と二人で電車に乗って帰る。案の定と言うべきなのか。ここ最近になって寝坊したことや、タクシーで通学したこと等をネタに車内でいじられるハメにあった。しかし、加藤の憎めないニヤケ顔で安堵をするのは当然のように思えた。やはり、今でもパソコン部のことが愛おしい。




「岸田。まだ終わってなんかないぞ……」




 自宅までの一人きりの帰り道。ゆっくり歩きながら、夜空を見上げて魚住はそう呟いた。これからしようとしていることは危険なことなのかもしれない。やはり、興味よりも恐怖を感じているのは確かだ。それでも魚住には仲間がいる。それが彼にとって唯一の強みであり頼りであった。時間は刻々と進んでやがて冬休みを迎えた。魚住の携帯も、彼の手元に戻ってくることとなった。魚住の手元に携帯が戻ってきたのは、作戦決行日の前日だった。履歴を見ると、数多くのメールが送り残されていた。そのほとんどが、中部高校の友人以外からのものだ。恐らく携帯を没収された事実を知らないのだろう。返信が大変である。そう思っていたところ、最後に残っているメールを見て魚住は目を疑った。




『オレはもうどこにもいない。ありがとう。さようなら』




 あの日の真夜中午前3時。岸田からのものだった。



 今は情報室。小倉と加藤がワイワイと明日へ向けて騒ぐ中で、魚住は携帯電話のメール画面を蒼白く薄くなった表情で見入った。これは正真正銘、岸田の遺言だ。



 魚住の表情が一変した途端に小倉が気にかけた。


「魚住君どうかした?」

「え? いいや。ちょっと気になることがあって」

「なんすか?」

「このチケットについて運転手から何も聞いてなかったよなって気づいてさ……」

「え~それ早くして下さいよ! まぁ、今さらそんなことしたって遅いと思うけど」

「あぁ。わるい。今すぐ電話する」


 魚住はメモに書いたタクシー会社に電話をして、例の運転手に替わってもらって会話を交わした。運転手にもよくわからないものらしく、運転手の甥も知人から貰っただけらしい。やはり時間の無駄だったようだ。それを心の中で復唱すると即座に携帯を閉じた。今は明日に向けて、小倉と加藤が楽しく会話しているのだ。この空気は壊すまい。岸田のメールの件は、心の片隅に置くことにした。その日は家に帰ってから、中学時代からの友人のメールのやりとり等で多忙を極めた。岸田とは中学からの仲だったので、数多くの人間からの心配や真相の追求等の質問で大変であった。ただでさえ、加藤からの五月蝿いメールが届くのに勘弁して欲しいものだ。その代償になったのか、送信と同時に岸田のメールの件も本当の意味で心の奥底に置けそうな気がしてきた。この重作業も一段落して床に就こうとした矢先、今度は電話がかかってきた。小倉からだ。



「もしもし。どうした?」

「魚住君、今日何かあったの?」

「いや特に? 色んな奴からのメールに追われててんやわんやだったよ」

「違う。そういうのじゃなくて……学校にいた時、顔色悪かったよ」

「ああ。この頃体調が思わしくないんだよ」

「違うよ。そんなんじゃない。情報室で急に顔色変えてたもん……」

「小倉、明日行くところはオレもよくわからないし怖い。加藤だって同じだろう。いま目の前で起きていることは……多分本当のことがわかるまで誰にも説明はできない。だから不安になっても仕方ないけど、みんな同じ気持ちなんだ。お前に心配かけたのは謝るよ。でもオレにもオレの本音があるってこと。怖いさ。オレもな。それでわかってもらえるか?」

「なにかあったわけじゃないの?」

「ああ。ただ急に怖くなっただけだ。お前と同じことオレも考えているよ」

「ごめん。私、今は魚住君しか頼りに出来なくて……」

「心配するな。明日は3人一緒だ。赤信号みんなで渡れば怖くないだろ?」

「うん……」



 電話越しに小倉の泣き声が聴こえる。長電話になってはいけないと言い魚住は電話を切った。今は言えない事だ。明日に備えて魚住は一旦嘘をつくことにした。



 12月20日。今日から中部高校は冬休みになる。魚住や小倉は普通ならば受験勉強に追われるところであるが、魚住は専門学校へのAO入試に合格し、小倉は家族の仕事の手伝いということで就職が決まっていた。従って余裕がある冬休みを約束されていたのだが……今日は入試よりもどこか緊張してしまうようだ。魚住と小倉は、魚住宅近くの駅出入口で早くも落ち合わせていた。少し遅れて加藤が到着する。



「お前ら早いなぁ」

「魚住君が一番早いよ。私が来る前に来ていたんだもん!」

「いや先輩たち、これ早さを競うものじゃないっすよね?」




 早すぎる集合もあってか、その場で3人の談笑が始まった。



 談笑が始まってから20分後ほどに、出発をすることにした。



 今日行く場所は県内ではあるが、乗り換えを2回しなければいけないほど遠い山の奥地であった。所要時間が2時間もかかる。あまり山奥で長居できそうもないが。真実を確かめる為には致し方のないことなのだろう。小倉も加藤も「これから山登りに行きます」と言わんばかりの格好で来ているが、それが正しい。その筈だ。12月も終わるのだ。想像以上の寒さがそこに待っているに違いない。なんという遠征だろう。魚住は一人呟くと、小倉たちの談笑の輪の中に入った。




 昨日電話で泣き泣き不安を訴えていた小倉も、今日は嘘のように笑顔でケラケラはしゃいでいる。加藤もそれに合わせて、ノンストップで冗談を繰り出している。それについていくのに一苦労してしまうが、魚住はそんな二人を微笑ましく見守った。



 目的地が近づくにつれて3人の談笑はハイテンションになっていった。まるで合宿旅行だ。かつて東京での全国大会に、4人で新幹線に乗り込んだ日を思い出す。それも昔の話だ。魚住たちは岸田のことには触れず、目の前の青春を楽しんだ。



 朝早くに出発した甲斐もあって、正午頃には目的地の長門三隅駅に到着した。朝から何も食べてないので、まずは腹ごしらえをすることにした。事前に調べた駅周辺のコンビニで弁当などを購入し、昼食を済ませることにした。今日は何が起きるかわからないということもあり、駅近くの旅館に泊まることを決めていた。それが加藤たちのテンションを上げるキッカケとなったのは言うまでもない。



 昼食を済ませると駅周辺にある旅館を目指して歩いた。山間部だからか、辺り一面に少し雪が積もっている。田舎でも、道路がよく整備されているのが救いだ。旅館までは徒歩でしばらく時間がかかったが、気分が上々な魚住たちにとってはあっという間のことだった。旅館に入りチェックインを済ませ、広めの和室に入ると、いよいよ加藤のテンションもMAXに達し部屋中を勢いよく走りだした。




「ひゃっほう! 見てよ! すごく広いよ! ボク感動しちゃったよ!」

「本当ね! なんか旅行に来ているみたい! ワクワクしちゃうね!」

「なに言ってるの! ここまで来たらもう旅行も同然っすよ!!」

「そ……そっか! お風呂楽しみだな~」

「ちょっと! 魚住先輩! なんで急にしかめっ面なの? もったいないっすよぉ?」

「あのなぁ、お前ら目的を忘れたのか? ここに行くんだろ?」




 魚住がポケットから『ICEISLAND』のチケットを取り出して、すぐに小倉たちに見せつけた。そう本番はここからである。3人は改めて出発した。



 旅館から再び長門三隅駅を目指す。駅に到着した際、時刻は15時となっていた。早くしなければ陽が沈んでしまう。魚住ははしゃぐ加藤たちを牽引して、チケット記載の住所を元に、近くのタクシー運転手に聞き込みをした。




「これは鉄割山のことかねぇ?」

「やっぱりそうですか。その近辺の方にも何かあったりしませんか?」

「なんも。山しかないよ? 登山でもしに来たの?」

「なんというか……そんなところです。ははは」

「こんな時期にかい? 物好きだねぇ。あ! 乗せてってあげようかい?」




 聞き込みのついでにタクシーに乗るハメとなった。それは仕方のないことだが、やはり事前に調べた通りチケットに書いてある住所は正に“鉄割山”を示すもので間違いないようだった。タクシーに乗車したからか、山にはすぐ到着した。到着してからは運転手と交渉し、そのままタクシーに待ってもらうようにした。魚住たちからしてみれば何かあったときの保険であるが、運転手からしてみれば数少ない収入源ということもあって交渉はとてもスムーズに済んだ。



 真冬の山である。雪も少し積もっていて、とても登山などしたい場所ではない。ここを訪れているのも魚住たち3人ぐらいだ。立ち尽くしても仕方がない。この近辺の住民と思われる人に恥も承知でチケットを見せて尋ねてみたが、何もわからなかった。やはり『ICEISLAND』など存在しないようだ。ただの誰かのイタズラなのか? だとしたら誰がこの紙切れを作ったというのか?




 やむを得ず魚住たちは鉄割山を登ることにした。少しとはいえども雪が積もる山道だ。進めば進むほどヤブも厳しくなった。これといった明瞭な道標もなく、危険な登山は苦難を強いられた。やがて小倉が「もう止めようよ」と言ったところで引き返すことにした。よく考えれば、確かに無意味なことだったのかもしれない。そう思って後ろを振り返った折、魚住は何かを発見した。




「どうしたんすか?」

「いや、あそこ、気がつかなかったよな……」

「もう帰ろうよ! 暗くなってくるよ!」

「ちょっと寄るだけだ。ちょっと待ってくれよ」

「魚住君、無茶をしないでよぉ……」



 魚住は約10メートル外れた所に小さな洞穴を見つけ、その中へ入っていった。


 洞穴の中は思ったよりも広く、ありえないが、まるで人為的に掘られたものと感じさせる空間になっていた。外よりも寒い。下は泥と水溜まりだ。真っ暗なので全体的によく見えないが、足元から一瞬ほど蛍光灯のような光を視覚で感じた。手を伸ばすと、手のひらサイズの青い石を発見した。直後に加藤の声が耳に入る。



「魚住さん。何やってるんすか?」

「いや……なんとなく。入っただけだ」

「穴があったら入るものですか? 先輩?」

「そういう気持ちになることあるだろ?」

「スケベだなぁ。ほら、小倉先輩が泣きそうになっていますよ?」

「お前なぁ……こんなときにこんなトコで変なこと言うなよ?」



 魚住は洞穴を出る際に、青い石を上着ポケットの中に入れた。小倉は泣きそうというより険しい顔をしていた。側にニヤけた加藤がいる。やがて下山を始めた。山を降りた頃には辺りが暗くなっていた。タクシーに乗り旅館に戻った時、午後7時を時計の針が指していた。長い時間をかけて鉄割山を散策したのだろう。宿泊する和室に入るや否や、小倉も加藤も息を吐いて座り込んだ。




「疲れたなぁ。結局アイスなんとかなんてなかったじゃない」

「誰かのイタズラでしたね。ほら! ボクの言った通りデマカセだったでしょ?」

「今日登山に付き合わせたのは謝るよ。わるかった。すまん」

「いやぁ。ボクたちを疲れさせた責任は何らかの形でとって欲しいものですな」

「……私はお風呂入ってくる」




 ゆっくり立った小倉は入浴セットを持って部屋を出た。疲労と怒りの混じったような顔をしている。小倉には申し訳なかったが、魚住にも謝りようがなかった。部屋に残ったのは魚住と加藤の二人。数分ほど何とも言えない沈黙が残った。




「……それで、本当のところどうなんっすかね?」

「なにが?」

「いやぁ~見事な企画を考えたものだなと思ってね」

「なに言ってんだお前?」

「違うんですか? チケットの話といい、タクシーの話といい、あまりにも神妙だ。それで可笑しいと思っちゃったんですよ。そのチケットはどこで作ったんです?」

「おい、オレを疑うって言うのか?」

「そんなこと言っちゃったら怒りますかね?」




 冗談なのか本気なのか、加藤の表情は読みづらいものになっていた。



 魚住は少し考えて返事を返した。この状況。どうしようもないものである。



「オレを疑ってもいい。オレもどうしていいものかわからないからな。そういや、洞穴の中でこんな物を見つけたんだ。山の中にあるようなものに見えないだろ?」




 魚住はポケットにしまっていた青い石を取り出して加藤に見せた。




「お~青い! ビックリするほど青いですね! それで?」

「これが光ったような気がしたんだ」

「あっはっはっ! 大丈夫っすか魚住先輩? 小倉先輩も呆れてしまいますよ」

「だよな。話すんじゃなかったよ。そう言われると思ったよ」



 やがて加藤の爆笑がはじまった。もう止められそうもない。しかしあの洞穴の中で足元が光ったことは事実のように思えて仕方がなかった。でもこの事態だ。誰が魚住の話を信じると言うのだろうか。彼はため息をついて話を切り出した。




「加藤、今日は小倉と一緒の部屋になるよな? ちゃんと気を使えよ?」

「え? 先輩なにもしないの? 穴に入りたいとか言っていたクセに!」

「あぁ。お前と違ってオレは真面目だからな」

「真面目? こんな計画を考えついた貴方が?」

「加藤、話の続きは銭湯に行ってしようか?」

「ええ! 是非!」




 魚住たち男子二人は銭湯に行くことにした。



 浴場にて魚住たちは部活のことをはじめ、様々な話を交わした。裸一貫の男同士の語り場だ。魚住は思い切って、自分が小倉へ好意を寄せていることも素直に話した。それが事実だ。しかしそれにはひとつ問題があった。小倉は岸田に対し好意を寄せていたのだ。その事実は魚住のみが知っていることで、夏休み後の折、本人から相談を受けたことで発覚した。もちろん加藤には尚更話せないことだ。



 魚住たち二人が部屋に戻ると、お風呂あがりの小倉が携帯をいじって待機していた。御親切に布団も敷いてあり、小倉のスペースから遠く離れた部屋の片隅に二つ仲良く敷かれていた。また広い和室なので男女双方のスペースは襖によって確実に分断されるものとなっていた。「まぁ仕方ない」魚住は小声で一人呟いた。



 やがてパソコン部3人の熱い語らいの場の幕が上がった。


 その席上。魚住は大胆にも嘘のカミングアウトを行った。



 『ICEISLAND』の入場券を自ら製作したこと。タクシーの運転手からチケットを受け取った話はおろか、2度目のタクシー乗車が同じタクシーであったことも実は全くの嘘だったこと。しまいには適当な石を見つけ石が光ったと言い、小倉たちを動揺させようと考えついたこと。その全てドッキリ的な企画だと白状した。その全てが、岸田の件で落ち込むパソコン部を元気づける為だという趣旨だ。もちろんその全てが本当のことであり嘘である……と言ったらややこしいが。




 魚住の嘘のカミングアウトに対して、小倉も加藤も「やっぱりか」という反応を返した。どうやらその線で魚住は疑われていたようだ。全くもって皮肉な話だ。しかしドッキリ企画自体の趣旨は受け入れてもらったらしい。しまいには小倉と加藤から「ありがとう」と感謝の言葉までもらうことになった。これもはてまた皮肉な話だと言えようか。しかし魚住が一連の件をうまく落ち着ける為には、この手段を使うしかなかった。彼は心の中でそう整理したのだ。真実の追求はこの旅が終わってからにしよう。そう改めた。




 架空のドッキリ企画によって団結力が一層高まったパソコン部3人の語らいは、深夜まで盛り上がる展開となった。その途中で、朝からハイテンションを維持していた加藤は眠気によって力尽きた。その直後に「そろそろ終わろうか」と、魚住と小倉が何となくまとめることで、長い語らいの幕が下りる運びとなった。




 魚住は寝言をぼやいている加藤を担いで、男子スペースの布団へゆっくり歩いた。小倉からの視線を感じる。そう思うと、立ち止まり小倉の方を振り向いてみた。小倉が穏やかな目つきで魚住たちを見ている。思わず魚住は小倉に声をかけた。




「おい。寝ろよ。明日チェックアウト早いんだからさ」

「うん。ありがと。魚住君のおかげでなんだか元気になれそうだよ」

「お前が一番辛かっただろう? 力になれたのなら何よりだよ」

「ううん。辛いのは私じゃないと思う。卒業までには……本当のことを話すね」

「本当のこと?」

「ううん。なんでもない。私も眠たいな。明日起きれそうなかったら起こしてね」

「おう。わかった。任せとけ!」




 小倉がそっと襖を閉めることで、今日という1日は完全に終わったようである。魚住は加藤をそっと下ろして毛布をかけた。そして自分も就寝することにした。



 眠りについてからだろうか。暗闇の中で、魚住はこれまでの事とこれからの事をあれこれ考えていた。「岸田の自殺」に「ICEISLAND」「謎のチケット」「川西の行方不明」どれも謎だらけの出来事だ。魚住が何かを調査したところで果たして真相なんてわかるものなのだろうか?



 そもそもこの現実で起きている出来事の全てが不可解なものでしかなかった。



 この旅が終わったら例のタクシーの運転手を突き止めて「チケット」の真相を暴いてやろうと思ったが、本当にそれが謎の解明に繋がるとでもいうのだろうか。謎が謎を呼ぶだけではないだろうか。何故かそんな不安と疑心がふつふつと沸く。次第に頭痛が激しくなってきたようだ。苦しい。目を覚ましたいところなのだが、何か変だ。おかしい。今度はどこからか、全身がゾクゾクするような寒気を感じた。寒い。それもただ事で済まされない寒さだ。













 この暗闇を抜け出すと、辺り一面が真っ白な世界にあふれていた。









 目を覚ますと極寒の寒さに襲われた。寒い。ここはどこだろう。どうやら船に乗っている。乗船している自分は、毛皮でできた分厚いコートを着ているようだ。頭にはフードと毛皮のヘルメットを被っている。邪魔くさいが仕方がないようだ。




 可能な限りで体を起こしてみる。目に広がった光景は幻想そのものだった。




 向こう岸に氷山がそびえ立つ大きな島が見える。この尋常でない寒さの原因がわかったが、乗船している船には自分以外の人間が乗っていない。眼鏡が曇る。



 頭がボーっとしているのは、寒さのせいなのかもしれない。



 気がつくと先ほどまで乗っていた船から降りていた。氷の島に上陸したようだ。




 目の前に広がるのは、降り注ぐ雪と足元の氷が創り出している壮大な世界である。自分はこの幻想的な世界に圧倒されて不安になるが、ここは足を進めるしかない。




 一面を見渡してみると、6時の方向に船が沖に止まっているのを見た。だいぶ遠くになる。誰もいない。先ほど乗船していた船だろう。まずは誰かを探そう。その感覚で12時の方向へ歩く。重たいコートを着ているからか少し動きづらい。



 歩き出して1時間近く経っただろうか。遠くの方に何かが見える。



 どうやら人だ。しかも自分のように毛皮のコートを着ていない。寒くないのか?




 10歳になるかならないかの少女だ。髪は白く長い。凛とした顔つきが特徴だ。服は茶色の長袖のつなぎで、胸ポケットに何かのマークが印されている。ゆっくり彼女に近づく。彼女は地面に向かって何かしている。こちらには気づいてない。




「誰だ?」




 謎の少女がコチラに気づいた。かなり低い身長だ。少女の黒い目と目が合った。その瞬間に目が覚めた。夢ではない。ここは今自分がいる現実の世界である。

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