第1話:ようこそ氷の世界へ~前編~
12月の寒い朝。目が覚めたベッドの上で時計の方へ目を合わせると、いつもより遅い時間に起床したことに気がついた。寝坊である。急いで支度を済ませて、学校へと向かう。普通の家庭なら「急ぎなさい!」と叱る母親がいて、パンを頬張りながら新聞をひたすら読んでいる父親がいたりするのだろうか? もちろん自分の生活とは無縁の情景だ。高校生になってから父親と母親はいなくなった。仕事で多忙な従兄弟と高層マンションの18階に住み、早3年が経過した。
そして今日、高校生活3年目にして初の遅刻の危機が迫っていた。
誰の手も借りず、一人暮らし同然の環境で雨の日も風の日も通い続けてきた。その汗と涙の勲章とも言える皆勤賞の受賞がついに厳しくなった。そう言わざるを得ない状況だ。駅に向かって必死に走る少年の眼鏡に映る目は真剣そのものだ。腕時計をふと見る。ここから最寄りの駅まで普通に歩いて約10分。最寄りの駅から学校近くの駅まで電車で20分。そこから自転車で5分。今この時間から学校開始の定刻まであと30分。どこからどう考えたって間に合う勝算はない。今この駅周辺を走行する高校生は魚住純一ただ一人だ。やがて彼は立ち止まった。
諦めたわけではない。閃いたのである。
魚住は駅近くの高級ホテル前でポケットに入れていた財布を取り出し、中身を計算した。「いける……!」魚住が小声を出して確認。すぐに表の道路に出て周囲を見渡し救世主を探した。いないわけがない。ここは街のど真ん中である。
学校の開始まで残り25分。魚住は捕まえたタクシーに急いで飛び乗った。
「どこまで?」
「中部高校まで! お願いします!」
「はいはい。坊ちゃんお急ぎかね?」
「え? はい。急いで下さい!」
「ハハハ。間に合うといいが。まぁ。急ごうか?」
年配の気さくな運転手のようだ。魚住は先ほどまで必死で走っていたせいか、ハァハァと荒い息をたてていた。その為にあまり会話ができなかったが、人柄のいいドライバーに偶然あたったことにまずは感謝をした。先ほどのやりとり以降は、車をすっ飛ばして目的地である中部高校へと走ってもらえた。車体はひどく揺れているが今はひと安心するのみだ。やや落ち着いてから深呼吸をして、腕時計をふと見る。残りはあと20分だ。
学校前に到着してから烈火のごとくのスピードで支払いを済ませた。運転手は状況をわかっているからか、ゲラゲラと笑っている。「人が必死なのに」と一瞬憤りを感じたりもしたが残された時間はもうないのだ。魚住は支払い直後にすぐ学校に向けて走り出そうとした。ふと時計を見る。
「遅かったか……」
学校開始の時間はとうに5分以上を経過していた。生まれて初めてのタクシー通学は功を奏さなかった。ついに3年間貫いてきた無遅刻無欠席の魂が、地の底に崩れ落ちた。
しかし嘆いてもいられない。自分にはまだ無欠席という肩書きがある。そう心の中で言い聞かして顔を上げたところ、衝撃的な光景が目に入った。グランドに人が集まっている。生徒達や教師達にそうでない人間も。その数は全校生徒の数に及ぶほどのものだ。しかし今日は全校集会などあるはずもない。生徒たちはグランド中に散らばっており、みんな上を見上げている。上を指差す女子生徒もちらほらいる。魚住の視線は学校上空に自然と向かった。
「岸田?」
視点が学校屋上に合った途端に何とも言えない驚愕と寒気で背中が凍りつく。同じクラスで同じ部活をしている親友が、フェンスを超えた屋上の上で立っている。遠くからなのでよく確認はできないが、岸田は空を見上げており、まるで周囲を相手にしていないかのようだ。これから起きてはいけないことが起きる。しかし足が思うように動かない。目の前の現実に動揺しているとでもいうのか?
魚住は岸田の様子を目で確かめつつも重たい足を少しずつでも進めていった。やがてグランドの中へ人ごみの中へと進む。「やめろ!」「正気に戻りなさい!」大人たちの大声が耳に響くが、あまりにも突然すぎる出来事に正気を保てずにはいられない。自分はいま何をすべきだというのだろう?
「魚住君!」
大人たちの声に混じって馴染みのあるか細い女子の声が聴こえた。小倉だ。そうわかった途端に激しい勢いで心臓の鼓動が早まった。
同じパソコン部の小倉が近くに来たのである。小倉は魚住の片腕を掴み、今現実で起きていることをとても発狂しているような状態で話してきた。いま目の前で起きていることぐらい魚住にもわかる。そう小倉に言いたいが口が開かない。冷静さを失った小倉の背中をさすって、彼女を落ち着けることしかできなかった。小倉の気持ちはよくわかる。しかし、魚住に何かが出来る状況でもない。魚住自身とても冷静になれない現状なのだ。やがて視点を岸田のいる上空へ戻す。
その時に岸田の命は飛んで消えていった。
それからの事は想像に難くない。女子生徒の甲高い悲鳴と大きく濁ったような不協和音が耳に響いたのみだ。魚住は泣き崩れる小倉をただそっと守ってあげることぐらいしか出来なかった。とてもではないが親友でもある岸田の残骸を見ることなど到底できなかった。それから大人たちによって、その場に居合わせた全校生徒は間もなく学校の外へと追い出された。そして学校の判断によって、その日を含めた一週間が休校となることが決定した。中部高校全高生徒に衝撃を与えたこの出来事は翌日の地元新聞にはもちろん、昼間のワイドショーでもとりあげられるほどの大ニュースとなった。
それもそのはずだ。岸田はすでに推薦入試で国立大の入学を決めており、また魚住たちの所属するパソコン部でも部長として全国大会出場の指揮をとるなど、校内でも一躍の人気者の男子でもあった。強いて言うならば、体型がとても肥満でありそのコンプレックスを抱えているようでもあったが、部員数が少数で寂しい雰囲気になりがちな文化系の部活をいつも明るく支えた。もちろんだが、いじめを受けているなんて事実はどこにもない。自殺をする理由がないのだ。
岸田の葬儀に参席し、数日が経過した。警察やらマスコミの記者やら、人の気持ちもろくに考えもしない大人たちの質疑応答があったせいか、魚住の体は酷く疲労とストレスに蝕まれていった。今はベッドの上。明後日から学校が始まる。魚住は「なぜ岸田が自殺したのか?」を考えていた。あの事件の前日の放課後、パソコン部はいつものメンバーが情報室に集い、いつものように雑談を交わしていた。魚住、岸田、小倉、加藤と川西。川西は普段からおとなしい1年の後輩で、いつも一人でパソコンをいじっている謎めいた女子であるが、おそらくは岸田の自殺と何も関係していないだろう……やっぱりわからない。あの日情報室で話したことと言えば南極大陸の話題で、「卒業旅行で行こう!」などという現実離れした妄想企画を皆で嬉々と話した場面ばかりが浮かぶ。
そんな日常の世界から、どうしてあんなことに至ったというのだろうか?
ひとり思いたった魚住は支度を始めた。今日は学校が開校してないだろう。もしかしたら進入禁止になっているのかもしれないが気持ちが止まらなかった。制服に着替えて学校のカバンを持ち、キッチンに出てみると半月ぶりに同居の従兄弟と出くわした。恐らくだが、例の件は知っているに違いないだろう。
「おい。どこ行くんだよ?」
「学校まで」
「学校までって、開いているのか?」
「わからないよ。でも確かめたいんだ!」
「落ち着けよ。今更学校行ったって何にもならないぞ」
「アンタになにがわかるんだよ! オレのことはオレの勝手だろ!」
「お前昨日までの疲れがあるだろ! 心配して言ってやってるのに!」
魚住は用意されていたパンを掴むといち早く自宅を飛び出した。この自宅へと引っ越してから初めての喧嘩になっただろう。普段からほとんど話さない間柄であるが……しかし、魚住の意識は既にそんなことよりも学校へと向かっていた。学校へ近づいたときに腕時計に目を向けると、時刻は午後5時を指していた。空は暗闇へと変わっていた。風が頬に当たると肌寒さを感じる。そんな季節だ。学校に到着すると、スポーツ系の部活が活動をしているのが目に止まった。既に学校が部分的にではあるが開校している様子である。警察やマスコミなどの姿ももうない。特にいつもと変わらない学校。明後日には普段どおりの学校が始まるのだろう。
学校の駐輪場に自転車を止めると、早足で3号館最上階の奥方にある情報室を目指した。そこに探している答えがあるのかもしれない。一抹の期待がだんだん心臓の鼓動とともに高まる。やがて情報室へ到着した。驚いたことに、情報室には電気がついていた。誰かがいるようだ。
ドアを開けるとパソコンの前に座っている小倉と側に立つ加藤の姿があった。
「魚住君!」
「小倉? それに加藤? どうしてここに?」
「そりゃこっちのセリフっす。先輩こそどうしてこんなところに?」
「オレは……色々確かめようと思って」
「そういうこと。小倉先輩もボクも同じ。みんな考えることは同じなんだなぁ」
加藤明人。2年生の後輩だが、入学時より「ハッカーになって稼ぎたいっす!」という不純な動機でパソコン部に入部したパソコン部の異端児である。とは言え彼の持つ能力は多彩で、ネットの知識からデータ処理・換算など如何なる応用でも対応できるという秀才さであった。しかしながら髪をオールバックでかきあげてワックスで固めているサマは、チャラチャラしたホスト紛いにしか見えない後輩である。
この情報室に加藤がいるのも驚きだが小倉がいるのも魚住は気がかりだった。
「小倉、お前もう大丈夫なのかよ? よりによってこんなところまで来てよ……」
「うん。大丈夫。それより私は本当のことが気になって……」
「本当のこと?」
「わかってないなぁ。小倉先輩も魚住先輩と同じ気持ちってことっすよ。女心もわからないとモテないっすよ先輩」
「お前なぁ、こんなときに冗談なんか言っていられるのかよ!」
「魚住君、怒らないで。岸田君だったら冗談で返すでしょう?」
「それは……」
「ほらぁ~ボクたち仲間なんだからさぁ」
加藤がニンマリしたところで憤りをたまらず感じたが、小倉がそっと微笑んでアイコンタクトを送ってきたので落ち着くことができた。2人が使っているパソコンに小倉が座っている席は、よく見ると普段岸田が使っていたスペースだ。一瞬で小倉達の目的がわかったので、尚更魚住は黙っていられなかった。
「小倉、そこ岸田の席だよな?」
「うん。これは岸田君のパソコンと岸田君のログで入った画面」
「パスワードとかわかったのかよ?」
「うん。引き出しに書いてあるノートの端に単語が書いてあって……ね」
岸田が使用したと思われるノートを加藤がペラペラと見せてきた。全くもって先輩に対する敬意がない後輩である。そんなことを思いつつも加藤からノートを受けとり覗いてみることにした。思い返せば岸田が「見るなよ!」などと言い、終始大切に持参していたノートだ。皮肉だが、まさに死人に口なしの状況である。
「これ……英語ばかりじゃないか?」
「そう。だけどボクも小倉先輩も英語が苦手で。魚住大先輩ならわかるものかと」
「いや。全く文章になってない。単語ばかりだ。小倉、パスワードはどこに?」
「最後のページ。そこに書いてあったよ」
「『ICEISLAND』……か」
魚住は最後の1ページ中央部分に、大きく書いてあった文字を声に出して読んでみた。何となくの感覚だった。ノートには行ごとに様々な英単語が書き記されているが、最後の1ページだけは大きく堂々と、まるで小説の題名のように目立って『ICEISLAND』の文字が残っていた。
「あの……今“アイスアイランド”って言いました?」
「ああ。何となく。そう言うのかなって?」
「ほら! 小倉先輩言ったじゃないっすか! アイスアイランドだって!」
「はいはい。私は頭悪いから分からない。いま集中しているの。邪魔しないで」
「それにしても、これがパスワードじゃなかったら大変だったな」
「そうっす。でもこの画面を開くまで、どれだけ苦労したことか」
「苦労しただろうな……待てよ。おい。お前ら思い出してみろよ!」
魚住は岸田が自殺する前日「南極大陸」の話題を岸田が振ってきて、みんなでワイワイと騒いだことを話してみた。小倉も加藤も魚住の方を向き時が止まった。
「……たしかに。ここであの話題を話したのはあれが最初で最後だね」
「それと岸田先輩が死んだのは関係があるんっすかね?」
「わからない。ただ岸田と何らかの関係があるのは違いないだろうな」
息のつまる沈黙が続いた。ひとつ岸田の謎が増えたようでもあった。3人とも難しい顔をして考えはじめたが結論が出てこない。魚住は岸田のパソコン画面にぐっと近寄って尋ねてみた。画面上にかつてのパソコン部の企画物が映っている。
「さっきから思っていたけどさ、お前たちここで何を見ていたんだ?」
魚住が急に接近してきて核心に迫る質問したからか、小倉も加藤もやや困惑した顔つきに変わった。人のプライバシーに勝手に乗り込んでいるのだ。良心がほんの少しでもあるのならば無理もない。
「岸田君が使っていたソフトを見たりしているところ……かな」
「へぇ~アイツが使っているソフトかぁ……なんかのCG製作的なものとかか?」
「うん。そういうのとか。ほとんどパソコン部と関係していたものばかり……」
「あ、あとね、イカ臭いのも少し!」
加藤がそう言った途端に小倉は赤面して下を向いた。小倉が目を潤ましていたタイミングで、またまた空気の読めない発言をするのが加藤である。しかし岸田も大した度胸の持ち主である。よりによって学校のパソコンでそんな趣味を持っていたというのだ……試しに覗いてみると、そこまでハードなものではなくて、グラビアアイドルのグラビアの画像が保存されていた。やはりここは学校である。
「まぁ、この程度なら学校でも許容されるか」
「ヒュー! でもしびれるね! 人の何かを覗くって!」
「お前は本当にハッカーになってそうだな。小倉、引っかかる物はなかったか?」
「え……やめてよ。魚住君まで変なこと聴くのは……」
「馬鹿。話は変わっている。岸田のログ画面と使用ソフトとかを使っていてさ、コイツは何か変だなとか、コイツは何かよくわからないとか、何もないか?」
「いや……特には。あ、でもちょっと意味が分からないものがあってね……」
小倉がパソコンをトップ画面に戻して、画面の左片隅に置いてあるWordのショートカットを開いてみせた。タイトルは『ICEISLAND』である。
そこには南極大陸の縮小された画像が3つほどポツンと貼ってあった。「これだけ?」と思わず魚住は口にした。小倉も加藤も苦笑いをしながら首をかしげている。素人でもできる超簡単な創作物である。岸田ほどの腕前があって、こんなものを作って一体何がしたかったというのだろう? 魚住はため息をついた。
「つまりアイツは南極が好きだったのか?」
「うん……そういうことしかわからなかったよ」
「まぁまぁ、お二人とも、岸田先輩の画面に入れただけでも良かったじゃない!」
加藤の発言によって何かがまとまったようであった。それからも様々な場所を巡ってはみたが、どれもこれもパソコン部の活動と関係しているものばかりで、岸田の自殺と結びつくものはなかった。魚住は情報室に着くまでに、もしかしたらWord形式のもので岸田の遺書が見つかるかもしれないと想像もしてみたが、そんなことはなかった。ますます謎が深まるばかりだった。時刻は夜の8時を回ろうとしていた。そろそろ退館時間である。疲ればかり残ったパソコン部メンバー達は帰宅することに決めた。小倉の家は学校近くにあり、そこまで魚住と加藤とで見送ることにした。最後の最後まで気がかりな小倉であったが、もう大丈夫なようである。意外と強い女子だ。そう思えたのは今日が初めてかもしれない。どちらかというと勉強もスポーツも苦手で、不器用な面ばかりが目立つ女子だ。そんな小倉でも、最後まで岸田のパソコンと向き合った。目が潤んでも涙一つ見せなかった姿に心の底で「お疲れ様」と賞賛を贈った。それからは電車に乗って、途中下車の加藤と帰ることにした。
「お前が今日情報室にいたのは意外だったな」
「何ですかそれ? 小倉先輩とボクが二人きりでいたことへの嫉妬っすかぁ?」
「違うよ。お前さ、岸田のこと嫌っていたんじゃないのかと思って」
「…………」
「わるい。聞かない方が良かったか?」
珍しくも加藤が下を向いて口を閉ざした。即座に謝ったが加藤が喋りだすまで少し時間がかかった。言葉とは時に軽くもあり重くもなる品物である。
「ボク、あの日は体がしんどくて学校休んだんです。その前の日は岸田先輩に缶コーヒー奢ってもらって元気をもらって。でも葬式のとき顔も体も全部が包帯でグルグル巻きになっていて……ボクの中で何もかもわけがわからなくなって……」
「加藤、いいよ。もういい」
「葬式のとき、先輩はちゃんと岸田先輩と向き合ったんですか? 泣いている小倉先輩のことばかり庇っていたじゃないですか。天国で岸田先輩がアレ見ていたらどんな風に思うのだろうってボクは正直に感じたっす。いつも岸田先輩のそばにいたクセに。ここぞというところで目をそらして……卑怯っす」
「もういいって言っているだろ!」
加藤が下を向いて黙った。電車の音ばかりが響いていく。まさかの展開だった。どんな時もふざけてばかりの加藤を岸田は厳しく戒めていたが、魚住の知らないところで岸田と加藤は深い絆を築いていたようである。
「わるかった。まさかお前がそこまで岸田のことを思っていたと思わなかったよ」
「……っくく。いやだなぁ。いまのは先輩をからかってみただけっす!」
「はぁ?」
「はい。その怖い顔やめなさい。そんなのだから魚住先輩はモテないんっすよ!」
「お前!」
「くくく。顔が赤くなっているよぉ! やっぱり小倉さんのことが好きなのね!」
「お前ぶっとばすぞ!」
さっきまでの重苦しい空気が一変した。いつもの加藤のニヤケ顔が戻っている。
「あ! すいません! そろそろ降りる駅近づいたので、先輩とはお別れですね!」
「おう。まったく、お前は読めない人間だな」
「そうっすかぁ? ボクからしたら魚住さんの方がよっぽど読めない人間っすよ」
「てめぇ」
「あいや! やめて! 暴力反対っすよ! 小倉先輩にチクリますよ!」
「だから“ない”って言っているだろ! もういい。遅くなったんだ。急げよ!」
「はいはい。でもこれだけ覚えていて。ボクは岸田先輩をとても尊敬していた」
「…………」
「じゃあね~また明後日! お元気で!」
やがて加藤はスタスタと電車を降りていった。これまでにない加藤を知った。そんな気がした。先程の振り向き際に、彼の両目が真っ赤になっていたのは確かな事実であった。加藤を見送ってから少し時間が経ったが魚住は一人、もの思いにふけっていた。家にはどうも帰りづらい。
自宅に帰ると、案の定だが喧嘩別れした従兄弟が待っていた。また厄介事が再開するのかと思いきや「休んどけ。お前が辛いのはよく分かるから……」と言い、仕事か何かの用事かで家を出て行った。従兄弟も実は優しい人間のようである。「心配かけて、わるかった」とすぐに謝れたのは良かったのかもしない。そう自分に言い聞かして魚住はベッドに倒れ込むように飛び込み、横になった――




