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切り取られた言葉  作者: 本郷透
3/7

喧嘩

 その日一日、俺は朝からずっとイライラしていた。

 折角人が苦手な早起きをしてまで訪ねて行ったというのに、あんな態度で追い返されて何も情報を得られなかった。努力に対する対価が少なすぎるというのを考えると腹立たしかった。

「おはよう、秋築君。今日、放課後に仕事があるから私と残って欲しいって先生が言ってたよ」

 教室に入るとクラスメイトの女子に声を掛けられた。そういえばこの女は副委員長だったっけという今はとてもどうでも良い情報を思い出したが、本当にどうでも良いのでまたすぐに忘れた。

「俺、放課後用事あるから行けないって先生に言っといてくれ」

 単に今は話をしたくないからと咄嗟に吐いた嘘は、大きな波紋を呼んだ。

「おい、秋築。お前最近ちょっと調子乗ってんじゃねーの? 園木さんにそんな態度取って良いとでも思ってるのか? あ?」

「何だようるせーな。俺が誰にどんな態度で接しようとお前は関係ないだろ」

「は? お前クラス委員の癖に教室内の風紀を乱して良いとでも思ってんの? 園木さんが頑張ってるのにお前はサボるってのか?」

「風紀」なんて言葉がこの歳の頭の悪いクラスメイトから出てくるとは思ってもいなかった。きっと本人も意味を知らずにどこかで聞いて覚えたばかりの言葉を使ったにすぎないのだろう。

「どうでもいいだろそんな事。それに本当に外せない用事があるんだよ」

「人の努力をどうでもいいだと? お前それ本気で言ってるのか?」

「ちょっとやめて、小杉君……」

「そうだけど? 努力の方向性間違ってるだろ。成績悪いんだからその努力を勉強に向けろっての」

「てめぇ……」

 小杉という名の男子生徒は俺の言葉で逆上したのか、俺の胸倉を掴んだ。俺は与えられた力に従って体を揺らす。

「努力してねえ奴が努力してる奴を見下すんじゃねぇよ!!」

 男子生徒は今にも俺を殴りそうだった。しかし俺は止めようともしない。ここで手を出してくれたらむしろ相手が悪いことになる。だから俺は黙っているのだ。

「──はっ、努力? 笑わせるね。結果が出ない奴の努力なんて、在って無い様なもんだろ。努力を認めて欲しいって言うなら結果を残せよ。結果も残せずに努力だけを評価しろだなんて虫のいい話じゃねえか。笑わせ──」

 そこまで言葉を紡いだ所で俺は二メートル程後方へと吹っ飛ばされた。

 男子生徒が俺を殴ったのだ。俺の思惑通りに、力一杯本気で。

 それがまずかった。それが俺を本気でキレさせる原因となったのだった。

「てめぇ……もっかい言ってみろよ!!」

 殴られた拍子に口の中を切ったらしい。口内には鉄臭い、血液の味が広がった。

「何回でも言ってやるよ! お前なんか何も出来ないただのクズだろ! クズなんてこの世に必要無い! さっさと死ねよ!!」

 俺は怒りに任せて暴言を吐いた。

 小杉と呼ばれた男子生徒に向かって、思い切り怒りをぶつけていた。


 *


 その後、チャイムと共にやむなく収束した喧嘩は、昼休みになっても再開される事は無かった。

 そして何故か、俺は担任に職員室に呼び出された。

 何か悪い事をしたのだろうか。まさか今朝の喧嘩の話が知れたのか。

 俺は内心それなりにビクビクしながら職員室に向かった。


「失礼します」

「おお、秋築、来たな」

「先生、用事は何ですか?」

「春休みにお前に書いてもらった作文あっただろ? ゴールデンウィークのコンクールに出品して、その結果が届いた。──残念だったな、銀賞だ」

 この地域では、県の読書感想文コンクールが春先にある。ゴールデンウィークという短い期間を使って全県から集めた小学生、中学生、高校生の感想文を評価するというものだ。

 趣味が読書という事もあって文章に触れる機会が多い俺は、大抵こういった作文関係のコンクールに選抜される。今までだって何度も応募されたコンクールでは、連続して金賞を勝ち取ってきた筈だったが、今回は銀賞だという。

 この事にショックを受けていないといえば嘘になる。今まで金賞で当たり前のコンクール。そんな恒例行事と化したものが覆されたのだから動揺は大きい。

「──先生、その金賞を取ったのは……誰ですか……」

「それはな──」

「しつれいしま~す」

 扉が豪快に開く音がして、直後、間延びした挨拶が聞こえた。声のする方を見ると、そこに居たのは今朝俺と揉めた男子生徒だった。

「小杉も来たな。秋築が知りたがっていた読書感想文金賞の受賞者は、小杉だ」

 俺は更なる衝撃を受けた。

 こんな知能の低い、バカな男が俺の上を行く文章を書いただと? 信じられる訳無いじゃないか。いや、俺は断固として信じない。ああ、そうか、そういうことか。審査員達は情けをかけたのか。俺が毎年毎年金賞を奪ってしまうから、情けでこの愚かなクラスメイトに賞を授けたということか。それならば納得がいくし、俺もそこまで鬼では無いのだから多めに見てやろう。

「いやぁ、小杉の作文は凄かったな。先生も感動したよ。あれなら金賞で間違いない。先生嬉しいなぁ」

 しかし、その希望──思い込みさえも現実は簡単に打ち砕いた。

「え、マジっすか!? やった!!」

 隣で喜ぶクラスメイトを、俺は直視できなかった。金賞に入れなかったのが悔しかったからでは無い。今まで見下していた奴が、俺よりも上を行ったのが何より許せなかったのだ。きっと今、隣で喜んでいる奴の姿を見てしまったら何をするかわからない。最悪、殺してしまうのではないかという程に俺は悔しかった。


 その後、担任が何かを言ったのかもしれないが、俺の耳には入らなかった。そのまま脱力感に苛まれ、職員室を出た。

 扉を閉めると、廊下に居たのは俺と、そのクラスメイトだけだった。

「──解ったかよ。これが力の差だ」

 一瞬の間があって、先に口を開いたのは俺がたった今、大嫌いになったソイツだった。

 昼休みだというのに静まっている廊下に言葉は反響した。

「…………んだと……」

「これが力の差だって言ったんだ。聞こえなかったのか?」

「どこに力の差があるって言うんだよ」

 俺は苛立ちを抑えて極めて平坦な声で言葉を紡いだ。

「気付いてなかったのかよ。入試でも、最初のテストでも、俺はお前を泳がせて置いてやっただけなのに」

「俺を──泳がせていた──だと?」

 俺は眉をしかめた。もしコイツの言っていることが本当だとしたら、俺は手の平で転がされていたという事になる。それは俺のプライドが許さなかった。

 俺は一番だ。それは揺ぎ無い事実。揺らいではいけない事実。揺らがせたくはない事実。

「俺がお前より下な訳ないだろ。やはり頭が残念な様だな」

「頭が残念なのはお前の方だろうが。今までそんな簡単な事にも気付かなかったっていうのかよ」

「興味も無かったからな」

 俺はキレそうな精神を偽って平静を装う。

「本当の一番はお前じゃなかったって事だ。これからは態度に気をつけろよな」

 俺はその一言で限界を迎えた。


 ガシャンッ!!


 大きな音がして、廊下の傍らにあった公衆電話を乗せた台が転がった。

 俺が蹴り飛ばしたのだ。

「──俺が──お前より劣ってる訳ねえだろ」

 低く、怒りを込めて、唸るように、口から音を発した。

 相手は俺がそんな事をすると思っていなかったのか、短い時間、驚いた顔をして俺を見ていた。

「──ああ、そうだ。俺は──一番なんだ──。お前何かが、俺に敵う訳無い──」

「往生際悪いな。現に俺がコンクールでは一番だったんだから認めろよ」

「うるさいッ!! 今回偶々俺を越えたからっていい気になってんじゃねーよ!! お前何か俺の何倍も格下に決まってるだろ!!」

「黙れ!! それ以上言ってみろよ! ただじゃおかねえぞ!!」

「やれるもんならやってみろよ!! ──あ、でも職員室の前で暴力なんて振るえる訳無いよな、お前は臆病者だか──」

 言葉を最後まで紡ぐ事は叶わなかった。

 男子生徒が、朝と同じ様に俺を殴ったからだった。

「──ってぇ……。クソ……。お前なんか──お前なんか、死ねば良いんだ!! さっさと死んでしまえ!!」

 俺は今まで生きてきた中で最も大きな怒りを言葉に乗せて、相手にぶつけた。

 すると、今まで相手が俺に向けていた殺気が嘘のように消え、その場は静まり返った。


 一瞬の静寂。


 多分それはその位短いものだったのだろう。

 相手は戦意喪失して、俯いているからその表情を読み取る事は叶わない。俺はまだ殺意を込めた目で相手を睨みつけていた。

 そして、直後に鳴り響いた授業開始のチャイムで、俺は仕方なく教室に戻った。

 この時俺は気付かなかった。相手の様子がこれまでと違うということに──。


 *


 放課後を迎えた。俺は今朝吐いた嘘を本当に見せかける為に──見せかける為だけに、帰宅を早めた。

 そそくさと教室から出て行く様は逃げるようにも思えただろう。しかしあんな低級知能の持ち主共から何と思われようと知ったことじゃない。さっさと帰ってゲームの続きをしよう。


 *


 それから一日が経過した。

 結局あれから朝までゲームをして、気付けば朝の五時だった。時間の流れってのは速いもんだ……。

 すっかり徹夜が身に染み付いてしまった俺は学校に行くのも億劫になってベッドにごろりと寝転がった。目を閉じれば程よい眠気が俺を誘惑する。

 今日はサボってこのまま寝ていようかと思った矢先に、俺の愛しい毛布はまたもや剥ぎ取られたのだった。

「御主人、学校!!」

 無慈悲な一言で俺は寒い空気に晒されて、睡魔も「これは敵わない」と察したのか逃げ去っていった。

「ふざけんな、まだ六時だろ。一時間くらい寝れるっての!」

「今なら美影も話してくれるかも知れないの。だから早く起きて! 神社に行くの!!」

 メアの説教染みた一言により、俺は渋々着替えてカバンを掴み、家を出た。


 まだ目覚めて間もない街は、寝ぼけ眼で俺達を見送る。

 そのうちまだ目覚めても居ない区域に到達し、俺の気は少しだけ楽になった。

「今日なら──ううん、この時間なら、美影も少しは話をしてくれると思うの。早く起こして悪いとは思ったけど、御主人、何だか焦ってたみたいだから、ウチも少しは役に立ちたいの」

 メアが、何も言っていないにもかかわらず口を開く。俺はそれをただ聞き流して脚を進めた。

 そろそろ見慣れた石段が眼前に現れると、俺はその脚を早めた。一段飛ばしで駆け上がると自然と息も上がり、心臓を掴まれたような苦しさに襲われる。汗も噴出して俺の不快指数が上がったがそんなことに構っている余裕なんて無い。

「おい──美影──」

 昨日とは違って、静かに語りかける様に名前を呼ぶ。

「……なんですか」

 美影もそれに呼応して姿を現す。不機嫌そうだったけれども、昨日ほどではない。少しくらいなら話が出来そうだ。

「昨日の話の続きを──聞かせて欲しいんだ」

「……懲りないですね、貴方も。私が嘘を言うとは思わないんですか」

「嘘ならウチが指摘するの」

「その為にメアも連れてきた。本当のことを話してもらうぞ」

「私の意志は無視ですか……。良いでしょう、気が済むまで話に付き合ってあげますよ」

 美影はお手上げ、とでも言うかのように首をすくめた。

「それで? 何が聞きたいのですか?」

「俺たちの能力について教えろ」

「昨日言ったじゃないですか」

「それはメアの能力だけだろ。俺については何一つ触れていない」

「──そういえばそうでしたね。でも、タクト君の能力は、今日学校に行けば解りますよ。だから早く学校に行ってください。こんなところでグズグズしていてはチャンスを逃してしまいますよ」

「はぁ? 何訳解らない事言ってるんだ? はぐらかすなよ、早く俺の能力を──」

「良いから早く行きなさいッ!!」

 美影は物凄い剣幕で怒鳴った。俺はその大声にビビッてしまい、それ以上言い返せなかった。

「御主人、今日はもう……」

 俺は神社を後にして、早々と登校する羽目になった。

「美影の奴……何意味解らない事言ってんだ? メア、お前、美影が言ってた事の意味わかったか?」

「ううん。ウチにも解らなかったの」

「そうか──」

 俺らは理由も解らないまま、いつもの生活に戻らされた。

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