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切り取られた言葉  作者: 本郷透
2/7

焦燥

 帰宅すると時計は既に夕方の時刻を示していた。最近は日が長くなったとはいえ、やはり夏に比べると暗くなるのは早かった。

 俺のこの世界での両親は一周目と同じく共働きで、仕事に精を出している為か中々家で顔を合わせる事がない。一ヶ月この世界で生活して、実質一人暮らしをしているのだが、大して困ったとは思わなかった。一日の初めには必ず置手紙があるし、食事代も置いていってくれている。料理以外ならばある程度の家事は出来るから問題無いのだった。

 いつもの様に俺は風呂を洗い、少しだけ溜め込んだ洗濯物を洗濯機の中に突っ込んだ。分量どおりの洗剤を入れてスイッチを押すと、洗濯機は勝手に進めてくれる。

 俺は泡だらけの浴槽と床、壁をシャワーの温水で流しながら考えた。

 俺なりの鍵の見つけ方って奴を。

 ツバサと俺とでは置かれた環境も、持っている過去も、その他にも言い始めたらキリが無い位に違う所がある。そんな中で同じ方法を用いて鍵を見つける事なんて、不可能だと思った。いや、仮に可能だったとしても、かなり遠回りをしてようやく手に入れるということになるだろう。俺たちにはそんな時間なんてない。手っ取り早く鍵を見つける必要があった。


 焦りだけが先走る。


 本当はこんな事を──普通の生活を営んでいる余裕なんて無いのではないかと思ってしまう程に、時間が少ない事を俺は自覚していた。

 今すぐに街に出て、手掛かりとなる情報を得たいという気持ちはある、しかし子供に夜の街で何が出来る? 下手をすれば警察に補導され、両親に行動を制限されてしまうかもしれない。それは更なる遠回りを生むことになるだろう。それは出来るなら避けたい。何度も言うが時間が無いんだ。無駄な事をしている余裕なんて無い。急がば回れということわざもあるのだ。焦っている時程きちんとした手順を踏んで──与えられたルールに従って行動しなくてはならない。

 風呂に湯を張りながら、俺はコンビニで調達した夕食を食べていた。

「考え事しながらの食事は消化に悪いの」

 メアが傍らで何かを言っているが気にしない。忙しいのだ。黙っていて欲しい。

「御主人。御主人が何を考えているのかは大体想像が付くの。でも一人で考え込まずにウチにも話して欲しいの。もしかしたらそれがヒントになるかも知れないから……だから……」

「少し静かにしていてくれないか? 考えが纏まったらお前にも話す。だから少しだけ俺に一人で考える時間をくれ」

「そう……。ならウチはしばらく黙ってるの。気が向いたら声を掛けて。ウチはいつでも御主人の味方になるよ」

「ああ。ありがとな」

 メアはそれっきり話しかけてこなくなった。


 全ての食事を平らげた俺は、丁度よく湯が溜まりきった頃であろう風呂場へと向かった。考え事は風呂に浸かりながらゆっくり考えるのが俺のスタンスだ。

 頭と体を洗っていざ湯に入ると少し熱かった。まあ、それ位が丁度いい。血液の巡りがよくなれば脳の働きもよくなることだろう。


 さて、早速今日の情報を整理しよう。

 ツバサはナツメを死に追いやった事を悔やみ続けて見た夢の中で気付いた、自分の匂いを掴み取った時に鍵を手に入れた。つまりは自分の匂いを知覚した時に鍵が現れたと言う。

 もし俺が同じ状況で鍵を手に入れる事が出来るとしたら、俺が気付いていない事というのは何だろう。……考えてもすぐには思い付かない。まあ、そうそう簡単に思いつくのであれば俺の鍵はすぐにでも手に入るのだろう。つまりこの方法では俺の鍵は見付からない。

 そもそも鍵が現れる条件というのはあるのだろうか。もしも無条件でいつ現れるのか解らないというのであれば、俺は動く必要が無いかもしれない。無意味だからな。

 俺が今考えられるのはここまでか、と、考えるのを止める。

 大分長湯してしまったらしい。汗が出てきた。上がろうと思って立ち上がろうとしたら立眩みもした。危うく転びそうになったが、浴槽のすぐ傍に手すりがあったのでそこに掴まってどうにか転倒を阻止した。

 冷水で冷やしたタオルで体を拭いて風呂場を後にすると、メアが廊下に漂っていた。

「お前、ずっと廊下に居たのか?」

「え? ……ああ、うん……居たよ。ウチも考え事してたの」

「そうか……」

 メアは首にタオルを掛けてジャージを羽織った状態の俺を見て、何やらおかしな反応を示した。どうしてこんな所に居るのだろう、そんな反応に思えた。

「部屋に戻るぞ」

「うん」

 メアはいつに無く素直に頷いた。

「……お前、今日の美影の話聞いて何を思った?」

「ウチは、美影の言ってる事を信用は出来なかったの。ツバサがウチらに嘘を吐く理由は無いけれど、美影は違う。美影は梓の復活をまだ諦めていないんじゃないと思った。だから美影はウチらを平気で騙すと思うの」

「じゃあ、美影の話は全部嘘だと思ったって事か?」

「うん。ウチは少なくとも信用できない。だって、おかしいの。どうして美影はツバサの能力を知っていたの? 話を聞いただけで推測するのは難しいの。ウチにはどうやっても出来ない」

「──美影はもしかすると俺らの能力を全部知っていた可能性がある──と?」

「間違ってないと思うの」

 メアは力強く頷いた。

「美影は嘘は吐いてないかも知れない。でも、隠してる事はあると思う」

 まっすぐと俺を見つめるメアの目はまっすぐ過ぎて怖かった。

「──明日、確かめてみるか」

「そうだね」


 *


「御主人朝なの! 早く起きるの!!」

 翌朝、俺はメアの騒音とも思える大声で目を覚ました。

「……もう少し寝かせろ。眠い……」

「明日の朝は早く起こせって言ったのは御主人なのっ。美影の所に行くんでしょ!」

 メアはそう言ってまだ温もり残る俺の愛しい毛布を剥ぎ取った。……追剥ぎか。

 そういえば昨夜、眠りに就く少し前に、「ウチは眠らなくても平気なのっ!」と、豪語していたメアに、「じゃあ明日の朝は早めに起こしてくれ」などと頼んでいたのを思い出す。

 ──寒い。とりあえず寒い。俺は枕を抱いて起きるつもりは無いという意思を示した。

「良いから早く起きるの!!」

「……早くって言ったってお前……まだ空真っ暗じゃねえか。一体今何時だと思ってるんだよ」

 俺がそう尋ねるとメアは俺の愛用している腕時計を渡す。受け取って見ると、そこには午前五時を示す数字が羅列していた。

「五時って……」

 呆れてそれ以上は言葉が出てこなかった。俺は渋々ベッドから這い出て着替えると一階へと降りていった。

「御主人ご飯はどうするの?」

「途中、コンビニで買って食べる」

 顔を洗っていると朝食の心配をされた。

「そっか。でもまだお金貰ってないんじゃないの?」

 こんな早くに起こされたのだから流石にまだ両親は家に居り、寝ている。毎日遅くまで働いているのに睡眠時間が少ないのだから眠りは深い。ちょっとやそっとの物音では目を覚まさないのは知っている。

 以前夜中にトイレに行こうとして階段から落ちた事があったが、そんな大きな物音でも両親は起きてこなかった。なんて寝つきが良いんだろう。

「小遣い位貰ってるさ」

 どうせあまり物欲も無いんだ。少し位必要経費に割り当てた所で誰も困らない。まあ、今月は小説の新刊も出ないしな。

「じゃあ、行くぞ」

「うん!」

 静かに玄関の鍵を閉めてまだ薄暗い街へと繰り出した。


 目覚めていない街はまだ夜の様だった。薄暗くも微かに明かりを届ける空と、その暗さの為にまだ仕事をしている街頭の光が合わさって、何とも微妙な雰囲気の街で、道行く人は俺だけだった。──いや、正確にはメアも居るが、一般人には俺一人に見えるだろう。

 旧市街に向かう途中にあるコンビニで朝食を買うと、店員は怪訝そうに俺を見ていた。まあこんな時間に中学生がうろついていたら怪しんで当然だろう。言い訳を考えておこう。


「……ねえ、御主人」

「ん?」

「それ、朝御飯って言えるの?」

 俺がコンビニで購入したのは、十秒でエネルギーチャージが可能だとコマーシャルで主張するゼリータイプの栄養補助食品だった。確かに食事と呼ぶには少々心許ないかも知れない。

「食事なんて栄養が補給できさえすれば十分だろ」

「えー……」

「足りない分は家にあるサプリメントで補うから問題ない」

「…………」

 何も反応が無いメアを俺はちらりと見た。真横には怪訝そうな顔で俺を見ている赤い目が二つあった。

 ……都合が悪いから俺は見なかった事にした。

「もうすぐ着くぞ」

「……解ってるの」

 メアは低く唸る様にそう言った。


 そして鳥居を潜りながら石段を登ると、寂れた神社と枯れた大木が姿を現した。

「おい! 美影! 居るんだろ! 出て来い!!」

 俺は時間帯も考えずに思い切り叫んだ。どうせこの辺には山と水田しか無いから問題ないだろう。

「何ですか? こんな早朝に……」

「お前、幽霊の癖に眠るんだな」

「そりゃあ流石に眠りますよ。私の生活習慣は規則的なんですっ」

 美影は機嫌を悪くした様だった。

「それで? 本題を早くしてください。こんな時間に起こされて、私は眠いんです。貴方達が帰ったら私はもう一眠りするので、さっさと本題を片付けて帰ってください」

 美影はプイ、とそっぽを向いた。

「話が早くて助かる。じゃあ早速──」

「美影はどうしてツバサの能力を言い当てることが出来たの?」

「話を聞く限り──」

「嘘は要らないの。真実だけを話して」

「…………。──解りました。貴女に嘘は吐けませんね。流石、嘘を司る能力の持ち主です」

 美影はやれやれ、とでも言うかの様に両手を上げて首を竦めた。

「確かに私は嘘を吐きました。私は貴女達に宿った能力がどんなものかを知っています。しかし、誰にどの能力が宿ったのかは知りません。私は嘘を吐いてはいませんよ。ただ、少し隠し事をしただけです。私はツバサさんの過去を聞いて、どの能力が宿ったのかを教えたまでです」

「──本当にそれだけか? 本当に、俺達に隠しているのはそれだけか?」

「ハァ……しつこいですね。良いでしょう、教えてあげます。私は貴方達に話しきれない程の隠し事をしています」

「そうか。その内容を今聞くつもりは無いが、一つ──いや、二つだけ聞かせてくれ」

「──何です?」

「俺とメアに宿った能力を教えてくれ」

「タクト君は話を聞いていなかったのですか? 私は誰にどの能力が宿ったのかまでは解りませんと言ったでしょう」

「それは嘘なの」

「メアさんも私の話を──」

「だって美影、言ったの。ウチは嘘を司る能力の持ち主だって。矛盾してるの。ねえ、美影。そこまでしてウチらに嘘を吐く理由は何?」

「──そんなの、ただの嫌がらせです。こんな時間に訪ねて来た常識知らずの客人に対する、嫌がらせ。他の理由なんてありませんよ」

 少しだけ開いた間。それは何か他にも理由があるのでは無いかと疑うには充分な時間だった。しかし今ここで話を横道に逸らしても得られるものは少ないだろう。俺は続けた。

「そうか。じゃあ俺の能力を教えてくれ」

「タクト君の能力は──教えません」

「は?」

「知りたいのならば、もっと常識を弁えて行動してください。私は常識知らずな人は嫌いですっ」

 美影はプイ、とそっぽを向くと姿を消した。

「御主人、今日はもう帰ろう。もう日が高くなってきたからそろそろ学校行かないと遅刻するの。それに美影も答えてくれ無そうだし……」

 誰も居ない木の上を見上げると俺らは観念してそのまま学校へと向かった。

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