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前編

人が人でなくなったらどうなるのだろう

この世からいなくなった時、そのときの想いはどこにいってどうなるのだろう?

すべて消えるのか

それとも残るのか

抱えて行くことはできるのか

それとも置いて行くのか

結局のところ、そんなことを考えたところでどうにもなりはしない

この答えは一生掛かってもわからない難問で

一生掛かってやっとわかる難問なのだから

それでも、そのことを考えないわけにはいかなかった

それは、きっと彼に取って、誰よりも大事で、誰よりも必要な事

今日も彼は変わらずその命題を胸に生きて行く

一生掛かって解ける問題を一生の間に解くことを目指して



藤崎真夜は夜中の校門で腕を組んで待っていた。

誰を?

友達を。

「……ったく」

その電話が来たのはつい二時間前。もう何年も遊んでいない友人からのものであった。お、懐かしいと思いながら電話を手に取った。

最初の内は昔話で花を咲かせていたが、話は次第に小学校時代の話題になった。そして、それが最大のミスだったことに真夜はとうとう気付かなかったのだった。

「七不思議探検しようぜ」

ふいに昔の友人はそんなことを言い出した。

最初の内はめんどくさいと断っていたが、彼もなかなか引きさがらず真夜の生来の頼み込まれるとつい頼まれてしまう気前の良さが災いして今に至る訳なのだが……。

その本人がやって来ないのだ。もう待ち合わせから一時間は経過しているのにも関わらず。

まさか、ドタキャンか?

いやいや、自分から誘っておいてそんなことあるわけないだろ。というか、その約束したのつい何十分も前だぞ。

最初の内はそんなふうに思って我慢していた真夜だったが、時間が経つにつれ、その嫌な予感が確信に変わりつつあるのを感じた。

これは……寝たな。

なんとなく、そんな結論が頭に浮かんだ。

別にもうめんどくさいから早く帰りたいなんてことはない。そう結論付ければ帰ってもいいやってなるとか全然まったくこれっぽっちも思っちゃいない。

仕方なく待った結果、彼が来なかった。それだけのことなのだ。

「よし、帰ろう」

仕方ないと心で呟きながら小学校を後にしようとする。


ガチャン!


しかし、その音に真夜の足はぴたりと止まった。

なんだ、今の重い物が落ちたような音は。

それは、真夜の真後ろから聞こえて来た。つい数秒前までそこに立っていた場所から音が響いた。

後ろを振り向く。しかし何もいない。何もいないのだが……。

「校門が……」

閉まっていたはずの校門が少しだけ開いていた。さっきまでこんな隙間なんかなかったと思ったけどな……。

気のせいか?

じゃあ、あの音は?

「うわ……」

鳥肌が立ってきた。

気のせいだろうとわかっていても、それを意識してしまうと、そちらに意識を向けざるを得ない。

いやいや、落ち着け俺。これは幻聴だ。だって、勝手に校門が開いてしまうなんてことが現実に有り得る訳ないだろ?それは、あれだぞ?よくテレビ番組に出て来る心霊番組の特集そのものじゃないか。そうだ、落ち着け……あの心霊特番を笑いながら見ていたのはどこの誰だ?そうだ。幽霊なんて居る訳が無い。そんなもの居る訳が……。



ガラガラガラガラ!



「ひぃっ!?」

自分の目の前で勢いよく校門が開いた。無音に近いこの場所で、しかも自分が注意を寄せていた物が何もなしにいきなり動き出したのだ。真夜が小さく悲鳴を上げて尻もちを付いてしまうのは当たり前なことなのである。

カッと目を見開いて校門を凝視する。

今、動いたよな?これ。

どうして?

どうやって?

真夜の頭の中ではその事が堂々巡りのように現れては消えて行った。

簡単な話が混乱中。

起こる訳が無い。しかし、実際に起きてしまった事実にどうしていいのかわからない状態なのだ。

とりあえず、一歩下がって距離を放す。

それだけでも大分落ち着きを取り戻せた。

その余裕をフルに使ってまずは情報分析。

現状の確認。なんか勝手に校門が開いた。それだけ。

あれ、言葉にしてみるとそんなに怖くないんじゃ?

その後は特にこれといった事が起きた訳でもないし。

少しの間じっとしてみる。

風と木の葉が揺れる音以外なにも聞こえない。

何か嫌な雰囲気が漂っている感じもない。

そこはもう、いつもの日常に戻っていた。

「……だいじょうぶだよな?」

心霊現象的な何かを刺激させないようにゆっくりと起き上がり、校門に近づいていく。よせばいいのにと真夜自身も思っているのだが、何が原因かわからないと逆に気持ち悪い。

一歩一歩確実に校門へと距離を詰めて行く。

その校門に手が届く辺りまで近付いた時、真夜は勢いよく校門の中を覗き込んだ。

「……何もないか」

もしかしたら、誰か隠れて脅かそうとしたんじゃ?そんなことを考えて覗いてみたが、そこには何もない。

そもそも、校門からすぐ先にある駐車場までの間は障害物も何もなく、ただただ平らな地面が敷かれているだけで人が隠れる場所なんか一つもなかった。無理をすれば遠くまで走って逃げれるくらいは出来そうだが音を立てずにというのは無理だろう。

それじゃ、さっきのはなんだったんだ?

腕を組んで考える真夜。校門が開いた他に特に何かがあった訳ではなかったからだろうか。落ち着きを取り戻し、今は恐怖心より好奇心の方に天秤が傾いていた。

急な物音に反応して驚いてしまったが、別に幽霊そのものに恐怖を感じていることはなかった。むしろ、それどころか、出来れば会いたいとすら思っている。

いきなり開いた校門。夜の学校。そして、真夜の小学校に伝わる七つの不思議。

今、限りなくその環境に近い。もしかしたら幽霊に会えて話をすることが出来るかもしれない。

「……入ってみるか?」

幸いにも入り口は開いている。回りにも人はいない。

見つかったら大変な目に遭うかもしれないが、こんなチャンスはきっともう訪れない。

それに、なんとなく呼ばれた気がした。

この学校にいる何かに。

だから、校門が開いたのではないのか?自分を招き入れるために。

「いいさ。こっちだって用はあったんだ」

少し考えた後、真夜はそう決心した。

左右を確認して自分以外に人がいないことを確かめると真夜は小学校の敷地内に侵入した。

余り長い間ここにいるのもまずい。もし、通りかかった人に見られたら、その時点で終わりだ。懐かしがる暇もないまま、正面玄関まで進むことにした。

「……」

ドアノブを引っ張ると、それは小さく呻きながら口を開けた。

「鍵が開いてる?」

やっぱり誰かが呼んでるんじゃないだろうな?

真夜は吸い込まれるように校舎内へと足を踏み入れる。

ドアは小さい音を立てて閉まる。

その音すら響いて聞こえて来る。それくらいに静かな空間。

「ああ、そっか……」

その空間に足を踏み入れてから気付いた。

学校に行くということばかりに頭を持って行かれて、明かりになるものを持って来ていない。

懐中電灯とか肝試しの定番だろうがよ、俺!

頭を軽く抱えて後悔する真夜だったが、もう今さらな事だ。それを悟ったのか諦めたのか、真夜はポケットから携帯を取り出すとカメラを起動しライトを点けた。

闇一色だった空間にか細い光が走る。

「まぁ、ないよりはマシだろ」

今さら取りに戻るのも諦めて帰るのもごめんだった。

ここまで来たらこの光だけで探索してやる。見てろよ。

そう心の中で決意して、真夜は一歩ずつ闇の中を進んで行く。

結局、真夜は最後まで気付かなかった。

自分が入って来た扉全てに

鍵が掛ってしまったことを



真夜はこの小学校の卒業生だ。

あの頃は楽しかった。毎日気楽に友人と遊び、勉強をし、充実した毎日を過ごしてた。

自由だった。

たったちょっとの束縛を我慢するだけで全てが許された。

むしろ、何も考えないで生きて行くことが出来た分、ある意味での本当の自由だったのかもしれない。

それも、中学に上がってから変わっていった。

小学校以上に人に優劣を付けられ、成績が悪いと高校の進学に関わると勉学を強いられ、塾にも入れられた。

高校に入った今も、それは余り変わらない。

成績での優劣。順位。お互い崖を登りながら誰かを蹴落として行く。

そんな毎日。

つまらない日常。

そんな集団の中で真夜が学んだのは一つだけ。人に恨まれない生き方だけだった。

常に真ん中。どちらかに肩入れをしない。天秤を傾けることを絶対に許さない。

その絶妙なバランスの上で生きて行く。それが、真夜の学んだ唯一の敵を作らない方法。

しかし、そのバランスを保つのはとても大変な労力が必要だった。

一方に力を注いだら、そのもう一方にも同じ分だけの力を注ぐ。

グループ同志の対立が起きることが当たり前の世界で、それは予想以上に大変なことだった。

それでも、真夜は続けて行く。それが、彼に取っての最善の生き方で、彼が心に決めた人生だから。



廊下を進んで行くと階段が見えた。

いつ監視カメラやら赤外線センサーやらに見つかるか冷や冷やしたが、それらも作動していないようだった。

いや、作動はしている。ただ、反応していない。

赤い光がこちらを向いているのだが、一向に何かを呼ぶ気配がないのだ。壊れている訳でもなさそうだ。

これもやっぱり霊的な何かの仕業なのか?壁もすり抜けられるし、そもそも姿を消すことも出来る。……なら、この機械に不具合を与える行為っていらないんじゃね?

首を傾げる真夜だったが考えても頭に浮かんでこないので、とりあえずそれは一旦よそに置いておく。

「んじゃ、どこに行こうかね」

慣れ親しんだ校舎内だ。大体の場所は覚えていた。だから、それらを懐かしみながら適当に回って行くのもいいのかもしれない。

「……あ」

そこで、真夜は大事なことを思い出した。

そもそも、ここに来た理由だ。

七不思議。

小学生時代の時に流行った七不思議の秘密を解く。

それが今日、ここに来ることになった理由だった。

結局、友人が現れることはなかったが……。

「どうせなら、これ回るか?」

つい、さっきまで友人とそのことについて語り合っていたのだ。七不思議の場所は覚えている。

じゃあ、それ回るか。

もしかしたら、会えるかもしれないしな。

「行くか」

方針も決まり一人小さく頷くと階段を上って二階へと進む。

ラバー素材で出来た床の為、足音はほとんど聞こえない。それが、逆に恐ろしく感じる。誰かの足音が聞こえるのも怖いが、何がいるか確認すら出来ないのはもっと怖い。

居てくれないと来た意味がまるでないのだが、それでももう少し普通に出てくれはしないかと本気で思う真夜だった。

階段を上りきると一階とさして変わらない風景が待っていた。

廊下と教室。申し訳程度の月明かりが窓から照らされ、青白い幻想的な絵になっていた。

へぇ……。

夜中の学校なんて入る経験のない真夜に取って、それは初めての経験であり同時に感動もした。心のどこかに潜んでいた恐怖が塵となる。

それくらいに、その場所は真夜の心に強く響いたのだった。

もう少し、こうして見ておきたいのだが、行くべき七不思議の場所はもう目の前だ。

目に焼き付けておくかのように凝視した後、真夜はその七不思議の場所に目を向けた。

「……自分で言うのもなんだけどさぁ」

これは、なくないか?

色々、問題な気が……。

真夜の向いた先には男子と女子に別れたトイレ。そして、真夜が立っているのは男子側ではなく女子の方。

ここでの七不思議は世界的に有名なトイレの花子さんだった。

んで。

その為には、まずこのトイレの中に入らなくてはならない訳なのだが。

いいのか、これ?

小学生の、しかも女子トイレに侵入しようとしている。高校生の男子がだ。

子供だからという理由では済まされない微妙なお年頃。そして、物事の良いか悪いかを理解出来る子供と大人の中間。

そんな中で真夜は逡巡としていた。

確かに七不思議を回ろうとは思ったけどさ。いや、でもこれは駄目だろう……。

どうせ、誰も見てはいない。しかし、それでも罪の意識は感じてしまう。

相手が子供だろうがなんだろうが、結局のところ真夜は男なのだった。

「……やっぱりやめよう」

うん、見ていなくてもこれはよろしくない。主に俺の精神衛生的に。

別に七不思議は他にもあるわけだし、そっちを回ればいいか。

そう判断した真夜はそのトイレから離れようとする。

しかし――



ガンッ!



「……っ!?」

何かのぶつかる音が聞こえた。

無音の廊下にその音が響き渡る。

へ?何の音だよ……。

真夜はもちろん何も物音を出していない。これは明らかに真夜以外の誰かが出した音だ。

そして、その音は今、まちがいなくトイレの方から聞こえて来た。

さっき真夜が行こうとした、女子トイレの方で……。

「……」

思わず口を閉じ、物音を立てないようにしてトイレへと近づく。

待て、落ち着けよ、俺。

ここは逃げた方がいいんじゃないのか?こんな時間に人が残ってるなんてあからさまにおかしいだろ。……いや、俺が言えた義理でもないけどさ。

それでも、身体は勝手にトイレの方へと足を運ばれていく。

何があるかわからないから恐怖なのだ。だから、その物音を立てたのが一体なんなのか、それを確認して安心したいと思うのが人間である。

それは、真夜にとっても例外ではなかった。

さっきまで、あれだけ踏みとどまっていた廊下と女子トイレへの境界線もなんなく突破し、真夜はついにトイレの中へと足を踏み入れた。

中はほとんど闇に近かった。

空気を入れ替える為の窓は設置してあるものの、場所が月明かりと逆方向にあるせいで、そこから光を取り入れることが出来ない。

携帯のライトで照らさないと満足に歩くことも出来ない。

一瞬、電気を付けようとも思ったが、それで外の通行人にばれるとも限らない。出来れば、被害は最小に留めておきたかった。

「…………」

息を殺し、音を立てずに近づく。

軽く照らしてみるが、音の主どころかその正体すらわからない。どこにでもある一般的なトイレであり、異常は見当たらなかった。

気のせいだったのか?

いや、そんなはずはあるまい。確かに聞こえた。物と物が衝突する音が。それは間違いなかった。なら、その主はどこに?

そもそも、音の正体が何かわからないのであれば、探すも何も……。



カラカラ……。



「……っ」

息が止まるかと思った。いや、止まりかけた。

その音は真夜の隣。すぐ側の個室の中から聞こえて来たからだ。

全部で四つあるうちの右から二番目。全てのドアが閉じられてはいるが、その一つだけは鍵の部分に赤いマークがつけられていた。

鍵が掛ってる?

それは中に誰かが居るということ。少なくとも幽霊ではない。

なんとなくホッとして胸を撫で下ろす真夜だったが、それはほんの一瞬だった。中にいるのが人間だった場合の問題。

なんで、こんなとこに人がいるんだ……?

真夜も人の事が言えない訳だが、自分以外の目的が理解出来ない。

俺と同じように幽霊探しに来ているとはとてもじゃないが思えないしなぁ。

その確立は多分、これから今頃寝ているであろう友人がやってくるのと同じくらいに有り得ない。その可能性を考えるくらいなら強盗や変質者、そっちの方がよほど現実的だ。

となると……。

今、ここにいる真夜はとてつもなく危険な事に首を突っ込んでいることになる。

「……」

今はまだ気付かれていないのかもしれない。しかし、今この扉が開いて顔を見られたら?逃げる事も出来ずに捕まってしまったら?

や、やべぇ……。

だらだらと冷や汗が流れる。

もう季節も秋を過ぎ、冬になりかけようとしているのにも関わらず額に汗がにじむ。

と、とりあえず逃げないと……。

真夜は静かに向きを変え、出口へと足を動かす。

しかし、現実というものは、そこまで甘くないと真夜は実感することになる。



ガチャ!



真夜の背中から鍵が解錠される音が聞こえた。それは、さっき廊下で聞こえて来たものと同じ音で。

なるほど、さっきの音の正体はこれか、と、こんな状況にも関わらず真夜は納得してしまった。というか、もう諦めてた。

ここで逃げても追い掛けられて捕まるだけだしなぁ……。

柄にもなく叫びながら走り続けたらもしかしたら助かったかもしれない。しかし、そんなことは無理だと頭の中で計算されてしまう。今まで、打算的に人間関係を築き上げて来た真夜にとってはそれが当たり前で、そうなってしまうのは仕方のない事なのだった。

「……はぁ」

諦めのついた真夜は大きなため息を漏らす。それは、ここに自分が居ることの証明。捕まるんなら潔くこっちから捕まろう。そう思っていた。

だから、このため息は別に

「きゃあ!」

女の子を驚かす為に吐いた訳ではなかった。

って、女の子?

真夜が振り向くと、そこには尻もちをついて自分を見上げる女の子がいた。背は大体、真夜の肩くらい。その肩まで伸びる髪は少し癖っ毛になっていた。

その少女はこっちを見上げたまま、ふるふると小さく震えていた。

「だ、だいじょうぶ……?」

起き上がれるように手を貸そうと腕を伸ばすが、少女の身体はさらに硬く固まってしまった。当たり前だ。なんせ、夜中で誰もいないはずの学校で、トイレの扉を開けたら目の前に男が立っていたんだから。

「……」

自分の行動の全てが彼女を怖がらせていると悟った真夜は、伸ばした腕をひっこめ、見守ることにした。

「……あの」

それから一分くらいしてから大分落ち着きを取り戻したのか、少女がおずおずと口を開く。

「ん?」

なるべく怖がらせないように、優しい口調で語りかける。ここら辺に関しては真夜がいつもやっている得意分野だ。少女もすぐに安心したように言葉を続けた。

「どうして、こんなところに……?」

この場合のこんなところとは、夜中に学校にいることだろうか?それとも、女子トイレにいることだろうか?少しの間考えた結果、後者と判断することにした。

「廊下を歩いていたら、物音が聞こえて来たから」

「ですよね……すみません。ところで、貴方は警備の方でよろしいんですよね?」

「いや、違うけど……」

再び、固まる少女。どうやら、自分を学校を見回る警備かなんかの人と勘違いして勝手に安心していたらしい。なら、その嘘に付き合ってやってもいいのだが、もしばれた際の言い訳が上手く思いつかなかったので、ここは正直に話す事にした。

「え、えっとね。俺はこの小学校の七不思議を調べに来たんだけど……」

「七不思議……ですか?」

訝しげに見つめる少女。まぁ、こんな事言えばそういう視線を向けられるのはわかってたから別に気にしていない。

「うん。知ってるでしょ?七不思議」

「少しくらいなら……一応、ここの卒業生ですから」

こくり、と頷いてからそう答える少女。

そうか。この子もここの卒業生だったのか。……だったら、尚更なんでこんなとこに?

少女に対する疑問は尽きない。

尽きない、が……。

「とりあえず、ここ出よっか」

それよりも、なによりも。真夜は女の子と女子トイレにいる現状に我慢が出来なかったのだった。



真夜が三年生だった時の秋、それは文化祭の当日であった。

小学校なのに文化祭とは珍しい話だが、何のことはない。文化系のクラブとPTAの役員が集まって露天やらフリーマーケットを開く、ちょっとしたお祭りのようなものだった。

この文化祭の主役はどちらかと言えば、生徒よりも親。その交流を深める為のお祭りだった。フリーマーケットもその一環。PTAの役員でもあった真夜の母親ももちろん参加することになった。

真夜達の持ち場はフリーマーケットだった。各役員にはそれぞれに場所が割り振られた。その与えられた持ち場には必ず参加しなくてはならない。

真夜の母親も大慌てで家の中からいらないものを探し、フリーマーケットに参加した。

与えられたスペースにお椀や花瓶等、主に陶器を中心に品が並んでいる。その様を真夜はただじっと見ているだけだった。

「それじゃ、少しだけここに居てね?お母さん、他の人と話があるから」

並び終えると母親はあっという間に姿を消した。きっと、他の持ち場へと向かったのだろう。その間、真夜はここの店番を任された。

正直、退屈で仕方なかった。

自分の周りは親ばかり、きっと子供達はそれぞれ好き勝手に遊んでいるのだろう。

どうして自分ばかり……。

そんな不満がふつふつと沸いて来た。

しかし、その文句を言う相手も今はどこにいるのかわからない。大人にとっては小さくても、小学生にとってはそれなりの大きさである学校は、子供が一人で誰かを探すには広すぎた。

結局、帰って来るまでここで大人しくしていなくてはならない。

暇だ。

ゲームでも持ってくればよかった。

そんな後悔と共に下げていた頭を上げる。

「……」

「……え?」

いつから居たのだろうか。そこには一人の少女がいた。

無機質な表情で真夜の方を見続けている。

変な奴。それが、真夜の抱いた第一印象だった。

俺じゃなくて下の商品見てよ……。というか、そんなじっと見られると恥ずかしいよ。

遠慮なく自分の目を見つめて来るので真夜はさっと視線を逸らした。

しかし、その逸らした視線に彼女は食らいついて来る。

何も言わない。その行動を楽しそうにすることもない。ただ、なんとなく、じーっと真夜の目を見ているだけだった。

何度か少女に抗ってみたが、その視線が外れることはない。

最初に折れたのは真夜の方だった。

「……なんだよ」

いつの間にか、自分の中で口に出したら負けというルールを作っていた真夜はその一言ですごい敗北感を覚えた。その苛々も纏めて少女にぶつける。

しかし、彼女は表情一つ変えない。

まるで、最初から表情なんてないかのように、そのままの表情で口を開いた。

「たのしくなさそう」

そりゃ、そんなふうに見つめられて楽しいやつなんかいるもんか。

「……べつにいいだろ」

「いいの?」

「いいんだよ」

「ふぅん……」

そう言って、また真夜の顔を覗き込む。表情こそ窺えないが、なんだか納得していないように見えた。

「だから、なんなんだよ。人の顔ばっか見て」

「話するときは人の顔みるようにって言われた」

「話してないじゃんか」

「じゃあ、はなそ?」

それが、真夜と支倉雪奈の初めての出会いだった。



「俺の名前?」

「はい。ここの卒業生なんですよね?」

女子トイレから出た真夜達は次の七不思議の場所へと向かっていた。本当ならここで少女とは別れるつもりだったのだが、なんとなく面白そうという理由で付いて来ることになった。真夜としても一人より二人の方が心強いし全然構わなかったので承諾することにしたのだった。

「俺は藤崎真夜。マコトの夜って書いて真夜って読む」

「へぇ……。変わった名前ですね」

「よく言われるよ」

読み方は普通なのに漢字で書くと驚かれる。毎度のことなのでさすがに慣れてしまった。

昔、親に自分の名前の由来を聞いたことがある。なんでも、真夜が生まれた日は新月だったからこの名前にしたんだとか。

そう言われるとなんだか納得してしまう真夜であった。

「それで、君の名前はなんていうの?」

「私ですか?私は――」

そこまで言ってから彼女は目の前の教室に視線を向ける。

「ここでしたよね?確か」

少女の視線の先にあったのは音楽室だった。

「そうだね。とりあえず、中に入ろうか」

名前を聞きそびれてしまったが、後で聞けばいいだろう。ここは、一旦保留にして音楽室の扉を開ける。

中は暗幕が掛っており、さっきのトイレ以上の闇が広がっていた。ただの室内のはずなのに一歩進むことをためらわれるような、そんな暗闇。その中をライトで足元を照らしながらゆっくり進んで行く。

一本橋を渡っているかのような謎の浮遊感に襲われながら、なんとか真ん中まで辿り着く。その暗闇を覗き込むようにして後ろを歩く少女は小さく言葉を口にする。

「ここの七不思議はなんでしたっけ?」

「バッハの目が光るんじゃなかったかな」

ありきたりな、どこにでもあるような噂。きっと、それがベートーヴェンかバッハか、はたまたモーツァルトかの違い程度だろう。根本的な内容は全く変わらない。

しかし、この場所は確かに怖い。

不安になるのだ。ここに居ることが。先も見えない、頼りになるのは小さな明かりが一つだけ。それが消えたら、そこは闇に包まれる。なるほど、確かにこれは怖い噂のタネになるわけだ、と真夜は恐怖と共にどこか納得したような感覚でそこを見渡した。

しかし、いつまでも自分の足元ばかりに光を照らしてなどいられない。

真夜は自分の手に持ったライトを壁へと向ける。

「……これか」

「そうみたいですね」

後ろから少し震えた感じで少女の声が聞こえる。

真夜は心配そうに後ろを向く。

「怖いなら外で待っててもいいんだよ?」

「い、いえ。一人でいる方が怖いので……ここなら真夜さんもいらっしゃいますから」

それもそうか。一人納得して真夜はもう一度壁の方へ視線を向ける。

壁に掛けられた偉人達の肖像画。絵だけを見ても名前がわかるのはほとんどない。さすがに名前を言われればわかるだろうが、それでも少し怪しい。その程度の思い出しかない音楽の偉人達。音楽に携わる人間以外のほとんどもきっとその程度の知識でしかないのだろう。しかし、一部の偉人だけは絵を見ただけでピタリとその名前を当てることが出来る。それは真夜も同じ。そして、その理由は素晴らしい音楽を作ったからではなく、単に子供達の間でホラーが流行ったからなのであった。

それが、その内の一つ。肖像画の目が光る、なのだった。

しょぼい七不思議だよなぁ……。

順番にライトを向けながら真夜はそんなことを考える。

実際、他の学校では片手がピアノ盤を走り抜けるとか、ベートヴェンが肖像画から出て来て指揮を執るとか、そういうの。

だというのに、真夜の学校の七不思議と言えば目が光るだけ。

まぁ、この景色ならそれでも怖いのだが……。

「きゃっ」

五番目の肖像画を照らした時、後ろの少女が小さな悲鳴を上げた。

「ど、どうした?」

急な事に真夜も慌てて振り返る。

「い、今、目が光って……」

「五番目の?」

「はい……」

確認の為にもう一度ライトを照らす。

確かに、一瞬だがその目は光っているように見えた。

「七不思議は、本当だったんですね……」

目が光ったのは五番目の絵。つまり、バッハ。

確かに七不思議ではそう言ってたが。

「なんだかなぁ……」

これのせいで雰囲気台無しってとこあるよなぁ。

光る目のバッハに近づく。

「し、真夜さん!食べられちゃいますよ!」

「いやいや……」

素直な子だなぁ……。

彼女の反応に小さく笑みを零しながらバッハの絵の目の前まで来た。小学生からしたら高い位置に設置されているからわからないだろう。しかし、高校生にもなった真夜にはそんな高さはどうということはない。だから、その謎もすぐに解けた。

「ほら、君もこっちにおいで」

「で、でも……」

「大丈夫、食われたりなんかしないから。君もこっちにくればわかるよ?」

手招きする真夜に対して疑問符を浮かべながらおそるおそる近づいて来る。

真夜の元まで来ると、やはり怖いのか絵から視線を外してしまった。

「ほら、怖くないよ。見てごらん?」

「……きゃっ!」

真夜が絵に光を向けると少女はまた小さく悲鳴を上げた。しかし、そのすぐ後に少女は気付いた。

「あ、あれ?」

「これが、七不思議の正体みたいだね」

バッハの目には画鋲が突き刺さっていた。これが光を反射して目が光ったように見えたのだろう。どこにでもある簡単な悪戯だ。

「……じゃあ、本当に目が光った訳では」

「ないんじゃないかな。この手のタネは有名なんだよ。蛍光ペンで目を塗りつぶすっていうのもあるみたいだし」

「よ、よかったぁ……」

本当に怖かったのだろう。少女はへなへなとその場に座り込んでしまった。

「だ、だいじょうぶ!?」

「はい、安心したら力抜けちゃって……でも、よかったです本物じゃなくて」

「学校の七不思議なんてそんなものだよ」

ほとんどが子供の悪戯。それが、広まって七不思議と呼ばれるようになっただけだ。

だが……。

真夜は考える。それじゃあ、あの時校門の扉が開いたのは?誰も居なかったはずの門がいきなり開いたのはどんな謎なのだろうか。

「ねぇ、君はさっき校門を開けたりした?」

「い、いいえ?校門を飛び越えて来ましたから……」

「そっか」

それじゃ、あれは本当に……?

あの時の謎は未だ解決されない。



雪奈と話をするようになったのはそれからだった。

文化祭以降、真夜は雪奈と話す時間が長くなった。違うクラスでも二人で適当に廊下を歩きながら、適当な話をする。初めて出会った時は無口な女の子だなぁと思っていたが、そんなことはなく、こっちから話を振ればちゃんと返してくれるし、雪奈の方もちゃんと言葉のボールを投げて来てくれる。

普通の女の子だった。

だが、雪奈の癖なのかたまに人の目をじっと見る時がある。

それで何を見ようとしているのかはわからない。何かを探ろうとしていたのかもしれないし違うのかもしれない。だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。きっと、それは雪奈だから許されている行為なのかもしれない。

「今日はどっかいくの?」

放課後の帰り際。真夜のクラスにひょこっと顔を出した雪奈はいつもと同じ台詞を繰り返した。

言ってしまえば授業の時間以外は真夜と雪奈は常に一緒に行動していた。というより、真夜の後を雪奈が付いて来るような形になっていた。真夜が行きたい所なら私も行きたい。真夜自身も別にそれで困ることはないし、行くまでの話相手にもなってくれるので特に邪険にしたりはしなかった。

「それじゃあ……」

そう言ってから悩む真夜。

うーん、昨日は公園で遊んだしなぁ。学校でぶらぶらするっていうのも。

高校生ならこんな時すらっと言葉が出るんだろうが、いかんせん真夜は小学生であって行ける場所、範囲も大分限定される。選べても三つ程度しか真夜の遊び場なんてものはなかったのだった。

「ねぇねぇ」

どこに行くか悩んでいると雪奈は袖を引っ張る。

「いくとこないんだったら、あそこ行きたい」

「あそこ?」

「うん」

「いや、うんじゃなくてな……」

「わかんないの?」

普通はわかんないだろ……。

呆れたようにため息をついた真夜はもう一度、雪奈に聞く。

「それで、どこ行きたいんだよ」

「おばちゃんとこ」

「……ああ」

それで理解した。要はあれだ。雪奈は駄菓子屋に行きたいのだ。

「んじゃ、行くか?」

「ん」

小さく頷くのを確認してから真夜は教室を後にする。その後ろをてくてくと雪奈は付いて来る。その光景はまるでカルガモの親子のよう。

「お前、いっつも俺の後ろについてくるよな」

「こっちのがあんしん」

「それ、ずっと言ってるけどさ、どういう意味なんだよ」

「しんがりは私がつとめるの」

「いや、意味わかんねぇよ……」

そんな調子で駄菓子屋を目指す真夜と雪奈。

彼らの目指す駄菓子屋は小学校から少し歩いたところにある。大人で十分程度の距離だからきっと子供の足では十五分程度掛かることだろう。

このくらいの歳ならば普通に自転車に乗れるようなものだが、残念ながら肝心の自転車を雪奈は持っていなかった。どうも、ああいうスピードの出る乗り物は苦手らしい。以前、真夜が自転車を持って来て二人乗りしてどこかに行こうと言う話をした時、雪奈は思い切り首を横に振った。

「どうした?乗らないの?」

それに対する返答もなく、彼女はただひたすらに首を横に振り続けていた。

その日から真夜と雪奈の間において自転車という単語はタブーとなった。

なので、今日も徒歩。

ゆったりと散歩気分で向かう。時間は午後の三時過ぎ。日はまだ昇っている。その日から照らされて出来た影を踏みながら、真夜達は歩いた。

「そいや、お前今日はいくら持って来たんだ?」

「ひゃくえん!」

後ろを振り向いて聞いてみると雪奈は自慢げに百円硬貨をかざして見せた。

「それだけあれば十分だな」

「真夜は?」

「俺か?俺はな……」

そう言って自分のポケットをまさぐって雪奈の前で広げる。

「うわぁ!」

そこにあったのはたくさんの銅貨。手のひらいっぱいの十円玉だった。

「すごーい!これいくらあるの?」

「ふふーん」

自慢げにするものの、その中身がいくらかは教えない。まさか、雪奈と同じ額しか持って来ていないなんて言える訳もないのだ。

駄菓子屋にやってくると、もうすでに何人かの子供達がそこに集まっていた。この近くで駄菓子屋なんていうのは、ここしかなく、遠足前になるとこの十倍には子供達が溢れかえる。

扉を開けると雪奈は真っ先にレジに駆け寄りニコニコしながら座っているお婆さんに話しかけた。

「こんにちは!」

「あぁら、こんにちはぁ」

少し間のびしたような声で返事をする。

「今日もいつものかい?」

「うん!」

雪奈の返事を聞くとゆったりとした動作で棚を漁り始める。雪奈とお婆さんとの間で交わされるいつものやり取り。その光景を見慣れた真夜は特になんとも思わず自分の買い物を始める。

なんにしようかな……?

手持ちにあるのはたったの百円のみ。大事に使わなければならない。しかし、いつもいつも安い五円チョコで量を買い占めている真夜としては、たまには高い物を買ってみたい気分にもなっているのだ。というか、正直飽きが来ていた。

そんな訳で今、両手に持つのは五円チョコの十倍の値段をもつ五十円のスナック菓子。これを買えば少しはリッチな気分を味わえるかもしれない。しかし、食べ終えた時の喪失感もきっと十倍なのだろう。

やはり量を買った方がいいのか。そう考えなおして高価なスナック菓子を棚に戻そうとした。

「真夜?それ買うの?」

手に小さな袋を持った雪奈が隣から覗き込んでいた。

「あ、い、いやこれは……」

「あーこれ、美味しいやつだー!でも、たかいからあまりたべれない」

嬉しい顔が一転して曇っていく。

「……じゃあ、一緒に食べるか?」

「いいの?」

「おう、これ買うつもりだったしな!」

戻そうと伸ばした手を引っ込めてそのままレジへと向かう。本当はこれを買うつもりはもう無かったのに。しかし、雪奈の表情が曇った時なんとなくじっとしていられなかったのだ。笑っていて欲しいと思ったのだ。

その時感じた感情の正体を真夜はまだ知らなかった。



音楽室を出た真夜達は次の七不思議へと進んで行く。

「次はどこに行くんですか?」

「そうだな……」

頭の中で七不思議のリストを作り上げる。その中で音楽室から一番近いのは……。

「理科室だな」

「……また嫌なところですね」

後ろから、あからさまに嫌そうな声が聞こえる。もちろん真夜もそんな感じの声だった。さっきの音楽室が悪戯だとわかった以上、理科室の七不思議も悪戯なんだろうとは思うがそれでもいい気分はしない。理科室は特に。

「ちなみに、その理科室ではどんなことが起きるんですか?」

嫌な気分ではあるが気にはなるらしい。

「ありきたりな話だよ。ガイコツの標本が動くんだってさ」

「ガイコツだけですか……」

「人体模型は苦手?」

「な、なぜそれを!?」

「い、いや。ガイコツだけって言ったからさ。ホラーの定番だと理科室のガイコツと人体模型ってセットになってるイメージがあるでしょ?」

「そう、ですね……確かに」

ふむ、と納得する少女。

「でも、大丈夫だよ。ここの理科室の人体模型は多分動きたくても動けないから」

「なんでですか?」

「下半身がないんだよ」

他の学校がどうかは知らないが真夜の学校の人体模型は上半身しかなかった。全体の身体のしくみは教科書の図で説明し細かい臓の部分を模型で取り外して説明する。その取り外しの際、机の上に置ける半身だけの人体模型は軽くて取扱いやすいのだろう。……もしかしたら、そこにお金の問題が絡んでいるのかもしれないが。

「ついでに両手も無い。多分這って出て来ることもないんじゃないかな?」

「這って出てきたら怖いですね……」

想像してしまったのか一瞬身体を身震いさせる。恐怖というのは伝染するのか、それを見た真夜も同じように頭で想像してしまった。ガラスを破り中から這いよってくる人体模型の姿を。中の臓器は全て動いており、一歩近寄る度に臓器の生々しい音が聞こえる。床に擦れる臓器。そこまでの道を体液が示し、まるでナメクジの通った後のようにキラキラと光るのだ。

そこまで考えてから真夜は首を振ってその想像を頭から追い出した。

「着きましたね」

「そうだね」

音楽室の時と同じように無機質なドアが立ちふさがる。窓ガラスは付いているが覗き見防止の仕様になっているために中はよく見ることが出来ない。

「開けようか?」

少女に問うと静かに頷いた。

おそるおそるドアを開ける。中は音楽室同様薄暗く、若干青く見えた。まるで、深海を漂っているかのよう。そんな印象を受けたのはきっと水槽から溢れる水泡の音のせいだろう。それ以外に深海を漂わせる要素は何一つとしてない。薬品の匂い。自分達を見つめるガイコツや人体模型。水槽に移る何かの魚。音を覗いたらそこは不気味な空間だった。

昼間はそんなこと思いもしないというのに。

「ガイコツってこれですよね?」

理科室を入ってすぐ脇のガラス張りのケースの中に収まっているガイコツを指差す。芯は入っていないため全て釘で打たれている。少し揺らせば力が抜けたようにぶらぶらと揺れることだろう。

「それが動くはずなんだけど」

「でも、これ動けないんじゃないんですか?」

そう言いながらグラグラとケースを揺らす。それに合わせてガイコツもユラユラとダンスを踊る。とてもじゃないが、これが動くとは思えなかった。

「うーん。もしかしたら動くってそういうことなのかもしれないね」

「……?」

「つまりさ」

真夜はガイコツに近づき、少女と同じようにガイコツを揺らした。

「こういうこと」

「……はぁ」

言いたいことはわかるが納得は出来てない。そんな表情。

「多分、君も最初にガイコツが動くって聞いた時に僕と同じ想像をしたと思うんだ」

「真夜さんは何て思ったんですか?」

「理科室の中を縦横無尽に歩きまわる」

動く=歩く。真夜はそう決めつけてしまっていた。少女もやはりそうだったのか、こくりと頷く。

「でも、そうじゃなくてさ。これが今みたいに動いていたら?それも動くってことなんじゃないのかな?むしろ、歩くんだったらガイコツが歩くって名前の七不思議になってるはずなんだよ」

「でも、どちらにしろ……」

それでも、少女はやはり納得が出来そうになかった。多分、これが動く仕組みが理解出来ていないからだ。これだけしっかりとケースに保管されていれば誰もがそう思うはずである。しかし、そのケースに何か欠陥があるとするならば?

暗いからわかりにくいが、これは多分……。

「あった」

遠くからでは見えないところに小さな穴が。これは製造工程で出来たものじゃなさそうだ。その穴はどれもサイズがばらばらでお世辞にも綺麗な円とは言えなかった。無理矢理こじ開けたかのように見えた。多分、子供の悪戯。

「これがこうなって……んで」

ガイコツの正面。そこにある窓を開ける。

途端、強い風が理科室の中に入り込む。まるで、待ってましたと言わんばかりの強風。

「きゃっ」

突然のことで慌てる少女。しかし、真夜はその少女ではなくガイコツの方に目をやった。



カタカタ……



風の音ともに聞こえるわずかな物音。それは真夜でもなければ少女でもない。ガイコツ自身が出した音だった。

「……わぁ」

風に吹かれて踊っているガイコツを見て少女は驚きの声を上げる。偶然かもしれないが、その穴の位置は絶妙で本当に自分の意思で動いているかのように見えた。

「これが、ここの七不思議の正体か」

風が止むとガイコツは力を失い。だらんと身体を垂らしていつもの静かな状態へと帰っていった。

「まさか、こんなのが七不思議になるなんて」

「怖がらせる対象は子供だからね。タネなんてそんなもんだよ」

七不思議自体が子供の悪戯っていうところもあるし、そんなもんなのだろう。

「それじゃ、次に行きます?」

「そうだね」

窓を閉め、理科室を後にする。

その誰も居なくなった理科室。風が吹く窓もなにもないこの理科室で、静かに、だが確実にカタカタと音が鳴り始めていたことを真夜が知ることはなかった。



仲良くしていた。真夜と雪奈はまるで兄妹のように本当に仲良くしていた。毎日のように一緒にいて、一緒のことをし、一緒に笑った。幸せだった。こんな時間がずっと続くんだと本気で思っていた。しかし、それは壊されることになる。子供の、子供故の残酷さによって。

簡単な話だった。そして、それは当たり前の事だった。異性が毎日のように一人の少年の元に行き、仲良く遊んでいる。これを見て、子供達がからかいの対象にしないはずがなかった。

当たり前だった。

起きるべくして起きた事件だった。もっと早く起きてもおかしくなかった程に。

その日の朝、真夜が教室に来て最初に目に付いたのは黒板だった。

大きな文字、そしてカラフルな色どりで何かが書かれていた。それが自分と雪奈の名前だと言うことに気付くまで、およそ五秒程の時間を有した。急な事で頭が動かなかった。しかし、それがからかわれている対象になっている事に気付かないほど、真夜は頭が悪くなかった。

「なんだよこれ!」

状況を理解した真夜はすぐに黒板に向かって駆け寄り文字を消した。その間、後ろからはずっとクスクスと笑い声だけが響いていた。

それから、クラスメイトの嫌がらせはさらに深刻さを増した。真夜の反応が面白かったのか、様々なことでちょっかいを出すようになった。

……もちろん、雪奈にも。

雪奈と違うクラスの真夜では、そちらのクラスの様子はうかがえない。正直、気が気じゃなかった。一体、あっちではどんなことをされているのか、自分より酷い事をされているのかも知れない。そしたら、どうすればいいのだろう。

なんとかしなきゃ…なんとかしなきゃ…なんとかしなきゃ…。

自分がいくら傷付こうとなんとも思わない。我慢出来る。じかし、雪奈が傷付くことだけはどうしても我慢出来なかった。だから、どうにかしなくちゃならないのだ。

しかし、その止めさせる方法がわからない。単に止めろと言ったところで、止める訳がないのは子供の真夜でも理解している。だったら、どうすればいいのか?その方法が全く頭に浮かんでこないのだ。

授業中、真夜は教師の話など聞かずにただそれだけを考え続けた。

休み時間は教室の隅で座ってる雪奈を無理矢理引っ張り上げて誰もわからない場所に逃げ込んだ。隣でどうしたのか心配する雪奈を置いて真夜はまた考え続けた。彼女が助かる方法を。彼女が傷付かない方法を。

「……真夜?」

「大丈夫だからな?」

「……?」

よく意味が分かっていないのか頭に疑問符を浮かべている雪奈の頭をくしゃくしゃと撫でる。それが少しくすぐったいようで身をよじりながらも気持ちよさそうに撫でられ続けていた。

こいつだけは絶対に守らないと……。

結局、何も思い浮かばないまま休み時間は終わった。

このまま教室に連れて行けばきっとまた、からかわれてしまうのだろう。かといって、ここに置いておく訳にもいかない。

「雪奈?なんかあったら俺にちゃんと言うんだぞ?」

「……うん」

静かに頷くその顔はやはりどこか悲しそうに見えた。その表情を見るたびに真夜の心はナイフで抉られたかのように傷付いた。それと同時に雪奈を絶対に助ける、その使命感も沸き上がってくる。

心でもう一度決意をした真夜は今度こそ、自分の教室へと戻って行った。

……結局、真夜はわからなかった。これが重大な勘違いであることを。そして、そのせいで後に取りかえしのつかない事態になってしまうことを。



「真夜さん。次はどこに行きましょうか?」

「……そうだな」

適当に返事をしながら校舎内を彷徨って行く。真夜は七不思議よりも別の事について考え始めていた。それは、なんとなくの違和感。何かがおかしい。その程度の小さなものだ。どこがおかしいのかもわからない。そんな些細な問題。しかし、それが真夜の中で妙に引っ掛かる。歯に物が挟まった時のような気持ち悪さ。

何がどう変って訳でもないんだが……。

ふと、辺りを見回す。暗い廊下とそれを挟むようにして教室のドアと窓が並んでいる。教室側の壁には今週のお知らせと書かれたプリントがいくつも貼られていた。

別段、おかしいところは何もない。あの時と同じ、いつもの校舎。

やっぱり気のせいか?

色々、考えすぎなのだろうか。

「真夜さん?」

「ああ、いやなんでもない」

後ろから聞こえる不安そうな声に真夜は笑いながら返した。

どうせ、今考えてもわかる訳ないしな。

「それで、なんだっけ?」

「もう、聞いてなかったんですか?次の場所ですよ!次の!」

「ごめんごめん」

頬を膨らます仕草がなんとなく面白くて小さく笑いながら次の場所を決める。

「そうだなぁ……。そういえば、君は何か七不思議を知らないのかい?」

「わ、私ですか?…そうですね、二つくらいなら」

「じゃあ、次はそれを探してみようか?俺ばっかりじゃあれだしね」

「そ、そうですか?わかりました」

多分、その中身はこっちで聞いていたものと同じはずだ。だったら、彼女にもやらせた方が楽しめるんじゃないか?真夜はそう考えていた。

「えっとですね。まず一つ目なんですが……」

まさか、自分が案内をすることになるなんて思ってもみなかったのかおどおどした様子で話し始める。

「場所はこの廊下です。どこの階とかではなく、廊下だったらどこにでも出て来るらしいんです」

「廊下?」

その単語を聞いた瞬間、大体の事は理解した。やはり、自分の知っている七不思議と同じものらしい。ただ、少女が余りにも真剣に語っているのでここはわからない振りをすることにする。

「はい。忘れ物を取りに来た子供の後ろにいつの間にかくっついて来ているんだそうです。と、言っても後ろから聞こえて来る足音だけで姿を見た人はいないみたいなんですけど……」

「ふむ……」

そう呟きながら考え込む振りをする。この七不思議の正体についてはなんとなくの仮説が出来ていた。これまたくだらない話のようだが、ようは思い込みだ。何かの拍子で出てしまった音に驚き、心霊現象と見間違う。忘れ物を取りに来たということは一人で校舎内まで来たはずだ。この暗闇の中たった一人でっていうのはなかなかに怖い。それは真夜自身が思い知ったことだ。小学生ならなおさらのはず。

「これも、探しますか?」

「そうだね。探してみようか」

探すも何もない気がするが、これはこれで色々聞けるかもしれないしいいのかもしれない。よくよく考えてみれば真夜は少女の事を何一つとして知らなかったからだ。出会いが出会いだっただけにゆっくり聞く時間もなかったが、これは良い機会だと思った。

「君は、どうしてここに来たの?」

「……私ですか?」

聞かれる事をわかっていたのだろうか、少女は落ち着いた様子で口を開く。

「忘れ物を取りに来たんですよ」

「忘れ物?」

「はい。長い間、ずーっとここに置きっぱなしにしてきてしまったので……」

何かを思い懐かしむように少女は目を細める。それは、きっと悪い思い出ではなかったのだろう。そう思った。

「それじゃ、それも探してあげないとね」

「手伝ってくれるんですか?」

「うん。ここで会ったのも何かの縁だし。ここまで着いて来てくれたしね」

「ありがとうございます!実は一人で探すのが心細くて……」

なるほど……だから着いて来てたのか。そりゃまぁ、そうだよな。俺だって怖かったし……。

「あ、でも。真夜さんの七不思議が終わってからでいいですよ。私はそれほど急いでませんし、場所もわかってるので」

「場所がわかってるならそっちを優先した方が……」

「いいんです。今、真夜さんとこうやって歩いてるのが楽しいので、それを理由にさせてください」

「……っ」

今のは堪えた。やばかった。

まさか、この子がこんな笑顔を出すなんて思ってもみなかったからだ。そして、その笑顔に真夜は危うく落ちかけた。

「……本当に恐ろしいのは君かもしれない」

「……?」

首を傾げる少女。その行為は素直な気持ちであることの証。それが真夜の心をさらに揺さぶることとは知らず、少女はただ、真夜の目をじっと見つめていたのだった。



雪奈の様子は日を見る度におかしくなっていた。いつの間にか、笑わなくなった。一緒にいても笑ってくれなくなった。何をしても、どんな話をしても、雪奈はただの一つも笑顔を見せることがなくなってしまった。

「それじゃ、また明日な?」

「……うん」

小さく頷いて雪奈は家の中に入って行く。背中から元気が感じられるはずもなく、開いたドアが閉まる瞬間に振り向いた雪奈の顔はとても、悲しげだった。

「……どうして」

こんなはずじゃなかったのに。雪奈はこんな目に遭うことなんてないのに……。

守れない自分が憎い。笑わせてやれない自分が憎い。元気を分けてやれない自分が憎い。そしてなにより……この状況を引き起こした奴らが、心底憎い。

もう、手段を選んでいる場合ではなかった。

次の日の朝。真夜は雪奈の家に寄った。これも今となっては当たり前の習慣になっていた。真夜の家から学校までの直線状に雪奈の家があるため、いつも寄って行っているのだ。朝が弱いらしい雪奈を起こしに来てくれるので雪奈の両親も喜んで迎えてくれた。

寝ぼけ眼の雪奈を引き連れて学校に向かう。きっと今日もその通りになると思っていた。

「ごめんなさいね。あの子、今日は具合が悪いみたいで」

しかし、それが叶うことはなかった。どうやら、昨日から調子が悪かったらしい。元々、身体が弱く風邪を引きやすい体質だった雪奈はちょくちょく学校を休んでいた。だから、これもいつものこと。明日になれば元気になるはずだ。

「……そうですか」

お辞儀をして真夜は学校へと向かう。

真夜はそう思わなかった。今日、学校を休んだのは風邪じゃない。何か学校に行きたくない理由があるのだ。そして、その答えはもう明白だった。

それまでの道中、真夜の顔を見た人間は皆、彼の顔を見た後にもう一度だけ振り向いた。驚きの表情で。大人子供関係なしに。……それはきっと悪魔の形相だったことだろう。

憑かれていた。

そう言われていても仕方がないくらいに彼は怒りに狂っていた。それは、確かに何かに憑かれていたのだろう。彼女への想いが別人格として現れた姿なのかはわからない。しかし、それは確かに真夜自身であり、そしてそれが結果的に彼を盲目させたことは事実なのであった。

学校に着くと彼は自分の教室へは向かわず雪奈の教室へと向かった。

この時、初めて真夜は雪奈が今日学校を休んでいて良かったと、安心した。おかげで、あの子を怖がらせずに済む。

それから後はまさに嵐のようだった。教室を開けてすぐ近くにあった椅子をぶん投げたのだ。その音に驚いて皆が目を見開く。その時間さえ与えないように彼はすぐに机を蹴っ飛ばした。二度目の大きな物音でクラス全員の時間はようやく動き出した。絶叫が教室中に響き渡った。危険を感じた一人が先生を呼びに行く。残ったクラスメイトは廊下に飛びだす者、恐怖の余りにその場で泣きだす者。そして、果敢にも彼に立ち向かう三種類に別れた。そして、真夜はその立ち向かった人間だけに牙を剥いた。

この場を支配し、いじめの発端となるのはいつもこういう人間だというのを真夜は理解していたからだ。彼らが始めたものが伝染し広まっていく。これを他の子がやってもきっと広まりはしない。なんせ、自分のクラスがそうだったのだから。

だから、リーダー格を潰す。それが、彼が学校に行く道中に考え抜いた答えだった。そして、それはある意味で正解だった。

彼は確かに真実を持っていたからだ。

真夜の考えとはまるっきり『正反対』の答えを。

それを聞くことが出来たのは、真夜が六人の内、三人を倒してからだった。

「お前、やめろよ!なんてことすんだ!」

地に倒れ伏している方ではなく、残った三人組の方から非難の声が上がった。瞬間的に真夜の怒りのボルテージが上がっていく。

「おまえらが、雪奈に意地悪するからだろうが!」

「そんなことしてないぞ!」

この期に及んでまだそんな言い訳をするのか。

その男子の服を掴んで引き寄せる。そのまま殴り飛ばそうと拳を引く。

「ほ、ほんとうにしてないんだよ!だって、あいつそのことを言ってもただ笑顔でニヤニヤしてるだけなんだ!からかっても面白くないから、だから……全然やってないんだよぉ……」

真夜の形相が余りに恐ろしかったのか、最後の方には泣きだしてしまった。どうやら、嘘は言っていないらしい。真夜が手を放してやるのと、教師がドアを開けてやってくるのはほぼ同時だった。

「なんだこれは!?」

クラスメイトに連れられて来たものの、まさかここまでの事になっているとは思わなかったのだろう。投げられた椅子や机。床中に教科書は散らばり、まるでこの教室の中にだけ台風がやってきたのかと錯覚するくらいに、荒れていた。窓が割れていない事と、怪我人がいない事だけが幸いと言えるのだろうか。

その中心に一人立つ真夜とその目の前で泣きわめく男子。第三者から見て、誰が悪いのかは明らかに明白だった。

「君がやったんだね?こっちに来なさい!」

無理矢理、腕を引っ張られ教室から連れだされる。余りに強く腕を掴まれ少し痛んだが、それでも抵抗はしなかった。いや、抵抗をする考える余裕がなかったのだ。怒鳴られながら職員室へと連行される途中、真夜の頭の中では一つの疑問だけが浮かび続けていた。

――それじゃあ、なんであいつは笑わなくなったんだ?



「やっぱり見つからないね」

廊下をぐるっと一回りしてみたが、やはり何かを見つけることはできなかった。真夜としては、この結果は分かりきっていたので残念そうな表情をしているのは少女だけである。

「……そういえば、もう一個知ってるんだよね?それはなんなの?」

もちろん、それは七不思議の事。少女は二つの内、一つを明かした。でも、その片方はまだ何も聞いていなかった。

「もう一個は校庭の方の……」

「もしかして、体育倉庫の話?」

「あ、やっぱりご存知なんですね。はい、そこに火の玉が出るっていうのが私の知ってる最後の七不思議で――」

「それについては答えが出てるんだ。というか、その正体も知ってる」

「どういうことですか?」

「じゃあ、そこまで行きながら話そうか。そこでの思い出の事も全部……」

それは、教室での事件よりも少し前に遡る。少女が笑顔を消すよりも前の話だった……。

「俺はある女の子とずっと仲良しだったんだ。その女の子は無口でちょっと他の人とずれてて、でも凄い素直な今思うととても不思議な子だった。俺が小学生の時、その子と知り合いになった時からずっと一緒にいてさ。最初は向こうがくっついて来るだけだったから放っておいたんだ。でも、いつかそれが普通になった。その子が側に居て当たり前に思えるようになってたんだ」

後ろを歩く少女をちらと見る。その顔は真剣そのものだった。そんな真面目に自分の過去話を聞かれると少し恥ずかしいのだが、そもそも自分から言い出したことだ。こちらから文句を言える訳もない。真夜はなるべく少女の視線から目を逸らしながら話を続ける。

「それから、しばらくしてのことなんだけど。……あ、この階段下りて行こうか。…俺と彼女の中で一つの問題が起きたんだ。それは多分、俺達じゃなくても起きていた事だと思うんだ。それが何かわかるかな?」

少女に振ると小さく考えた後に自信なさげにこう答えた。

「いたずら……ですか?」

「そう。正解。小さい頃ってさ、仲良しな男女を見るとからかいたくなるよね?俺らもその被害に遭ったんだ。今、考えれば当たり前の事だったんだ。でも、それが俺達の仲に亀裂を走らせた」

起きるべくして起こった事件。いまさら、からかった人間を恨んでなどいない。もし、ただ一人を恨むのだとすれば、それは……。

過去の事を思い出すたびにその時の出来事が蘇って行く。

「お互いがお互いを想い過ぎたんだ。俺は彼女も同じように傷付いているんだと思った。だから、彼女を助けることだけを全力で考えたんだ。……それが、間違いだったことも知らないで」

「……」

一旦、そこで話を区切る。もしかしたら、何か聞きたい事があるかもしれない。しかし、少女は何も口にしない。ただ黙って真夜の次の言葉を待っている。

「本当にいろいろ考えたんだ。どうやったら俺達がからかわれずに済むのか、どうすればこの状況を打開出来るのか。子供ながらに必死だった。自分の為じゃなく、彼女の為に。この七不思議もその一つなんだ」

「このって……さっきの?」

「そう。体育倉庫の火の玉。これをやったのは他でもない、俺と彼女だ。……彼女には何も言ってなかったから、もしかしたらそんなこと知らないかもしれないけどね」

入って来た玄関とは逆の玄関から外に出る。緑の茂る庭のような道を抜けると、校庭が広がっていた。暗闇に包まれていて奥の方は完全に塗り潰されてしまっている。倉庫も視認は出来るが全体像がうっすらと見えるだけ。

しかし、その光景が真夜の記憶を呼び覚ます。あの日も確かに、こんな風景だったから。



「雪奈。早く上がって来いよ!」

「で、できないよー……」

ある晩。普段なら今頃、布団に入って夢の世界に旅立っているはずであろう時間に、二人は校内への侵入を試みようとしていた。真夜が校門の上によじ登り、そこから手を出してやる。

「ほら、引っ張り上げてやるから」

「……んー」

フルフルと首を横に振る。何があっても上ることは出来ないらしい。

仕方ない。真夜は諦めたようにため息を吐き出すと先に校門を飛び抜け裏に回る。もちろん、門にはしっかり南京錠が掛けられていた。

「……どうするの?」

門を挟んだ向こう側で雪奈は心配そうに真夜を見つめた。そんな雪奈に真夜はニッと笑みを返す。

「これを、こうするんだよ!」

何を思ったのか真夜は南京錠に蹴りを放った。

ガキンッ!

金属と金属がぶつかり合う音がした後、カランと何かが地面に転がった。

「……かぎ?」

「邪魔だったから壊してやった。ほら、これで入れるぞ」

壊した鍵をそこらへんに蹴っ飛ばして門を開けてやる。

ガラガラと音を立てて開いた門の隙間から雪奈が入り込む。そんな雪奈の視線は真夜の方に向いており、その表情はまるでヒーローでも見ているかのようだった。

「すごい!鍵を蹴っただけで壊しちゃうなんて!」

「ま、まぁな」

実のところ、この鍵が前々から調子が悪く少しの衝撃で外れてしまうのを事前に知っていたから出来た事なのだが、知らない方が良い事実もあると勝手に判断し、その事は秘密にしておくことにした。

「よし、早く行くぞ」

「う、うん!」

雪奈の手を引っ張り、校庭まで駈けて行く。

最初に感じた感想は恐怖だった。この時間に外に出る事はおろか起きている事すら珍しい真夜達にとって、この時間は新鮮なものだった。しかし、新鮮だったとともに恐怖という名の衝撃が彼らの身体に染み渡る。

気が付くと、雪奈が真夜の腕を握っていた。その手はふるふると震えている。雪奈もきっと同じ気持ちを味わっているのだろう。そう思った真夜は首を振って怖さを吹き飛ばした。

こいつが心配しないように俺がしっかりしないと……。

気を引き締め、真夜が一歩を踏み出す。腕を掴んでいる雪奈もそれに連れて行かれるようにして一歩を踏み出していく。目の前は闇。子供の身長、目線、その全てにおいて大人よりも広く感じる。まるで、先の無い見えない道を渡って行くかのよう。その先が本当に倉庫なのか、そもそも今自分が踏んでいるものは地面なのか。それすらも曖昧になっていく。それらを全て確かめ、安全を確認した上で一歩を踏み出す。

一瞬、こんなことするんじゃなかったと後悔をした。こんなことしないで、家で寝ていればどれだけ楽か。きっと今頃、家に居れば布団の中で楽しい夢を見ているかもしれなかったのに。

しかし、これだけはどうしても必要だった。その事を思い出して真夜は気持ちを切り替える。

この場所だけはどうしても死守したかった。真夜と雪奈の秘密の場所。教室でからかわれるようになって以来、ずっと二人はここで話していた。学校ではもう、ここしか居場所がない。静かに二人で落ちつける場所は……。

だから、どうしてもここは守らなくてはならないのだ。だからこそ、今こうして二人はこんな真夜中に校内に侵入している。

しばらく、歩くとうっすらと建物が見えて来た。随分、慎重に歩いてきた為か、随分と長い距離を歩かされた気になる。しかし、ゴールが見えた事で少しが気が楽になった。もしかしたら、二度と着かないのではないか?そんな事を考えていたからだ。

「もうすぐだぞ、雪奈」

「……うん」

未だ怖がる雪奈を引っ張るようにして倉庫へと近づいて行く。

暗闇に映し出された倉庫は思っていた以上に不気味に感じた。昼間は全くなんとも思わない倉庫でも夜になると表情が変わると言う事を真夜は初めて自覚した。

暗い影に映るソレは昔見たホラー映画の世界そのままだった。ここを開けたら本当に幽霊が出るのかもしれない。そう思うと身震いする。

「……真夜?」

「……大丈夫だよ」

何も出る訳ない。この世に幽霊なんかいるわけないんだから。そうだ。居ない。居ないんだ。

心でそう呟きながら、持ってきたビニール袋から中身を取り出す。

「……それなに?」

暗闇でよく物が見えていないのだろう。雪奈が真夜の持っている何かを指差して尋ねる。

「ん?ほら」

雪奈の近くまで物を持って行く。

「わぁ。花火だ」

真夜の持って来た物は花火だった。その他にも爆竹とライターが入っている。

「これで遊ぶの?」

「……ああ、そうだよ」

嘘だ。

これは遊ぶ為に用意したものではない。これが、ここの死守に繋がる大事な道具なのだ。その事を雪奈には話していない。知らない方がいいのだ。この事は自分の胸だけにしまっておけばいい。雪奈にはただ、笑っていて欲しいだけなのだから……。

「それじゃ、ちょっと待っててな……これは後で遊ぼう」

「ん!」

さっきまで怖がっていた雪奈が上機嫌でニコニコしている。真夜は、それを見るだけで幸せだった。これからやることの活力にもなる。

その作戦を実行に移す時間はすぐにやってきた。

さっき、真夜達がやってきたところからぼそぼそと声が聞こえてきた。

おもむろに立ちあがり、雪奈にシーっとジェスチャーを送る。雪奈ももちろんここでバレたら怒られる事になることも花火も出来なくなることもわかっている。だから、こくんと大きく頷いた。それを確認すると真夜は先ほどのビニール袋から花火を取り出す。

「……?」

つんつんと肩を突き、雪奈が身を寄せて来る。多分、これどうするの?と言いたいのだろう。

「……大丈夫だよ」

小さな声でそう言うと彼は倉庫の隙間によじ登って行く。

そうしている間にも先ほどの声の主が近付いて来ていた。その正体は真夜のクラスメイト。彼らは今日、ここで肝試しをするために来ていた。もちろん、真夜は誘っていないし、ここに来ている事も知らないだろう。しかし、彼らがクラスの中で大声で話しているのを小耳に挟み今日の計画を急遽実行することになった。

七不思議の事はこの小学校に通っている児童の大半が知っているはずだ。だから、ここに来る事も予め様相していた。しかし、それが彼には許せなかった。たった一度でも、二人の場所に土足で足を踏み入れることだけは絶対に許せなかったのだ。

だから、ここで排除する。二度と近寄れないように、七不思議を演じるのだ。

「……よいしょっと」

倉庫の通気口から顔を覗かせる。ここでの七不思議は火の玉だ。倉庫の中に火の玉が現れ、ゆらゆら揺れているのだと言う。そして、その火の玉を見てしまった者は死んでしまうというどこにでもある、ありきたりな話だった。

しかし、それを信じてしまう純粋で素直な女の子もいる。彼女に教えられない理由の一つに、それが含まれていた。

こんな事を言っても怖がらせるだけだしな。

だったら、何も話さない方が良い。

段々と声が大きくなってくる。ふと、下を見ると雪奈は静かに丸くなっていた。元々、小柄な女の子だ。この暗がりの中なら余程の事がない限り近づかれる事はないだろう。

「ここが次の七不思議の所だよな?」

「そうそう」

「うわー。こえぇ……」

倉庫を挟んで向こう側から声が聞こえる。もう話す内容も筒抜けになるくらいの近さだ。

これくらいの距離なら成功するはずだ。真夜は早速、手元にある花火に火を付けた。

ライターの火を泳がすと花火の紙に引火する。それが火薬にまで到達しない内にそれを倉庫の中に投げ込んだ。

コンクリートの地面に落ちたと同時に静かな音を立てながら赤い光が倉庫内に灯る。その光は向こう側の通気口にも見えていたようで、さっきまで聞こえて来たはずの男子達の声が消えていた。

そして、一泊の内に叫び声が上がった。

「な、なんだよこれ!」

「ほ、ほんとに!?」

「う、うわぁっ!」

三者三様の驚愕の声に自然と笑みが浮かんでしまう。全部、狙い通りだった。

後は、確認されないように近づかせないようにするだけ。その為の爆竹。爆竹に火を付けて投げ込む。

その瞬間と彼らが倉庫の中を覗こうとしたのはほぼ同時だった。



パンッ!パンパンッッ!!



「「ギャーーーーーッッ!!」」

激しい音が鳴り響いた事に驚いた三人が叫び声を上げながら尻もちをついた。きっと、これが昼間であれば彼らもこれが爆竹であるとわかっただろう。しかし、この状況での予想も付かない事態の連続に彼らはそんなことを考える余裕など微塵もなかった。

腰を引いたまま、散り散りに逃げて行く。

そんな三人の格好が面白くて真夜はつい声を出して笑ってしまった。

それにつられて下にいた雪奈も声を出してしまった。それを見た真夜は一バレるかと胆が冷えたが彼らは、それに気付かず逃げて行ってしまった。

「……ふぅ」

仕事を終えた真夜は一つ息を吐いて雪奈の元に飛び下りる。

「ただいま」

「おかえり!」

さて、これで邪魔者は消えた。

これで、ここには当分の間、人が来ることはないだろう。真夜と雪奈だけの場所は守られたのだ。

「よし、遊ぶか!」

「うん!」

待ってました!とでも言うように早速花火に飛び付く雪奈。彼女が選ぶのを傍目に真夜も好きな花火を選んで行く。

「わぁ……」

火を付けてやると、暗闇だった空間に綺麗な花が咲き誇った。真夜と雪奈、それぞれ両手に二つずつ。それらに囲まれ雪奈は終始ご機嫌だった。その表情を見て、真夜は初めて今日彼女をここに連れて来て良かったと思った。

本当なら、ここには一人で来る予定だった。へまをすれば見つかるリスクも高くなるし、見つかった時に雪奈も一緒に怒られてしまう可能性がある。危険だった。

それでも、雪奈をここに連れて来たのは、自分達の居場所を守るのを見ていて欲しかったからだと、そう思っていた。でも、違う。本当はただ、寂しかっただけ。二人だけの居場所に自分一人だけで待っているのが嫌だっただけだ。

真夜の小さな我儘だった。

「ねぇねぇ!きれいだね!」

でも、やっぱり連れて来てよかった。

こんなに笑った雪奈を見たのは久しぶりだ。一番楽しくて、一番自由だった頃のような笑顔。それを見れたのがなんだかとても嬉しくて、真夜はゆっくりと彼女を抱きしめた。

「し、しんや!火!火!」

花火を持った手で危ないとジェスチャーをするがそれでも強く振りほどこうとはしない。しばらくすると、花は完全に枯れ果ててしまった。暗闇が彼らを包み込む。

それでも、二人は離れようとはしなかった。

「……真夜?」

「俺がぜったいに守るからな」

「……うん、真夜は勇者だもんね」



「……っ」

気が付くと、校庭のど真ん中まで歩いて来ていた。さっきまで懐かしい夢を見ていた気がする。それは、あの日の忘れられない出来事。雪奈が本当に笑っていた、最後の夜。

「着きましたよ」

「……ああ」

後ろを歩いていた少女がいつの間にか真夜の前を歩き、一足先に倉庫の方に到着していた。急いで駆け寄ると、少女はそのまま倉庫の裏へと駈けて行く。

さっきまでの夢と照らし合わせながら真夜もその後を追う。懐かしかった。あの日、あの時まで、ここは二人だけの居場所だった。二人で笑っていられる唯一の場所。だが、それももう過去のものになってしまった。あの笑顔を見る事も、彼女に会える事も、もう二度とない……。

会えないからこそ、真夜はここを訪れた。もしかしたら、会えると思ったからだ。



七不思議となった彼女に。



「その女の子は、今どうしているんですか?」

倉庫の向こう側から声が聞こえる。

「……死んだよ」

交通事故だった。それは、雪奈が学校を休んだ次の日に知った事。病院に行く途中で信号無視をした車に撥ねられたのだ。即死だった。何も考える暇もないまま、この世の別れも言えぬまま、そして、真夜に看取られることもないまま少女はこの世を去った。

絶望だった。世界の全てが終わった気がした。心の中の彼女の部分だけ虚無の彼方に去って行ってしまったように感じた。そんな彼に追い打ちを掛けるかのように雪奈の両親は真夜に日記帳を渡した。彼らにとっては真夜と雪奈の為を思ってしたことなのだろう。しかし、その時の真夜に取って、それは雪奈と言う存在が完全にこの世から消えてしまったという現実を突きつけるものでしかなかった。

その日記は雪奈が生前、日課にしていたことだった。毎日一日も漏らさずに書き留めていた日記帳を真夜は自分の部屋で見ることにした。

あの日、雪奈と出会った時から彼女の日記帳には必ず真夜の文字が書かれるようになっていた。それは、読んでいる真夜が嬉しくなってしまうほどに彼の事だけを想い連ねて書き記した一つのラブレターのような物。

しかし、その幸せな時間はいつまでも続かなかった。あの日の事。あの日を境に彼女の日記はマイナスの方に傾き始めてしまった。

『真夜が怖い顔をしている』

『真夜が話を聞いてくれない』

『悩みなら何でも聞くのに……』

真夜の事を心配する言葉ばかりが立ち並ぶ。そして、気付いてしまった。

「……からかわれていることについて何も書かれてない?」

雪奈の日記にはからかわれている事に対するクラスの反応について何一つとして記されていなかった。その形跡も、まるで最初かたそんなこと起きていなかったかのように、まっさらだった。ふと、雪奈のクラスに乗り込んだ時の事が頭を過る。

『そんなことしてないぞ!』

あの時、クラスの男子はそう言った。もしも、それが本当の事だとしたら?

それじゃ、雪奈が悩んでいたことっていうのは……。



「俺の事だったんだよ」

暗闇の中、真夜は一人静かにそう言った。彼女は倉庫の角から出てはこない。きっと、そこで足を止めて真夜が来るのを待っているのだろう。だが、足が動かなかった。そこに入る事が出来るのか、自分にそんな資格があるのか、わからなかったから。

だから、真夜はここで言う。自分の罪を。間違いを。

それは、まるで懺悔室のように。目に見えない相手に真夜は真実を伝える。

「あいつはずっと、俺の事で悩んでた。同じだったんだ。雪奈は俺を、俺は雪奈を、それぞれ心配していた。それに気付かずに、ただひたすら在りもしない問題に俺は悩んでいたんだ」

一歩を踏み出す。言葉にするだけなんだか身体が軽くなっていくような気がした。

「そのことを一言でも雪奈に話していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。必要以上に悩むこともなかった。俺が一言そのことを言っていれば解決出来た問題だったんだ」

今にして思えば、最初に彼女が困惑した表情を浮かべたのも頷ける。だって、雪奈自身にそんな事は起きていなかったのだから。その事に気付けていれば……。

「結局、俺はそんなことに気付かずに自分から問題をややこしくしていった。そして、雪奈自身もそんな俺を心配して……」

身体を壊した。

救えるはずの大事な人を、自分の手で突き落とした。

あれは事故なんかじゃない。

あれは、俺が……。

「……ころしたんだ」

「違います」

ずっと黙っていた少女の声が聞こえた。依然、壁の角に隠れたまま出てはこない、だが、彼女は確かに否定をした。

「……それは、シスターの役目じゃないんじゃないかな」

「シスターじゃありませんからね。懺悔を聞くつもりはありません」

「それじゃ、どうして今まで聞いててくれたんだ?」

「事実確認です。間違ったところがあれば訂正しようと思っていました。その大きな間違いを私は今、訂正したんです」

1拍置いて、少女はもう一度言う。

「あなたは、殺してなんかいません」

きっぱりと言い切った。何か確信でもあるかのように。

「早く、こちらに来て下さい。ここにくれば、きっと全てがわかります」

「……何を言ってるんだ?」

わからない、訳がわからない。この子は一体何を言ってる?俺が殺してない?全てがわかる?なんでそんなことが言い切れる?この子が自分で見た訳でもないっていうのに。

しかし、彼女の言葉には重さがあった。ただの同情だけでそんなことを言っている訳ではないことはすぐに理解出来てしまった。

なら、それだけの自信を持つ理由がそこにあるというのか?その理由ってなんなんだ?

「早く、こちらに」

急かす声に引っ張られるかのように真夜は彼女が居るであろう倉庫の裏へと進んだ。さっきまでの重さはまるでない。自然に、なんのためらいもなく最後の一線を踏み倒す。

そして、見た。

「……」

本当に驚いた時、人は声を出せなくなる。それは真夜も例外ではなかった。ただ、驚きの表情のまま見開いた目に映るもの。それは、角に隠れた少女の姿なんかではない。幽霊でもない。……いや、もしかしたらそれは幽霊の一つなのかも知れない。何故なら、そこにあるのは今、ここにあってはいけないものだからだ。

「……なんで、ここに?」

ようやく、声を絞り出すと自然と身体がソレを掴もうと動いた。

確かめたかった。納得するために。嘘であって欲しいと願うために。しかし、それはまるで空気のように真夜の手をすり抜けて行く。

ここは、もう。真夜の知っている世界ではなかった。

手に出来ないソレ――花火の入った袋を見つめながら、彼は思考した。それをしたところで無駄なことも、理屈の問題じゃないこともわかっている。しかし、考えざるを得なかったのだ。でないと、何も信じられそうになかったから。

おかしなもんだ。自分でこれを望んで置いて、いざそれが叶ったら嘘だと夢だと現実から目を背ける。一体、自分は何から逃げているのか、わからないというのに身体は未だ拒否反応を起こしたまま。

「もう、ここがどこだかおわかりですよね?」

そんな自分にはおかまいなしに彼女は真夜に答えを求める。

そこで、真夜はやっと真実を受け止める覚悟をした。どちらにしろ、これを否定することは出来ない。答えなんて最初から決まっていた。

「ああ、ここは……」



「あの時の、俺と雪奈が居た時の時間なんだな」



そう考えれば、全てが上手く繋がった。

この校舎に入ったきっかけとなった大きな音、勝手に開いた校門、花火の袋。それは全部、あの日の俺がやったこと。記憶との寸分の誤差もなく、それは再現されていた。

多分、これはその時の一瞬を切り取ったものなのだろう。思い出には触ることが出来ない。

「……君は」

視線を花火の袋から少女に移す。しかし、さっきまでそこに居たはずの少女の姿はどこにもなかった。まるで、最初からそこには何もなかったかのように。

「いや、違うか」

首を振って考えを改めた。彼女は待っている。自分の教室で、真夜が来ることを。

ここには案内をしに来ただけだ。この世界を知って貰うために。

「……行くか」

ここで思い出に浸っていても仕方がない。楽しかった時間はいつまでも続いたりはしないのだ。それを、真夜は嫌という程、経験した。

この七不思議探索も楽しかった。まるで初対面とは思えないくらいに落ち着いて、和んで、まるで昔に戻ったかのような懐かしさを感じた。

しかし、それもお終い。物語は終局へと向かう。

……最後の七不思議に、会いに行こう。



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