一分咲き
実話を元にした作品です。
先日削除した作品と似てるところが出てくると思いますが、源が同じなのでご了承下さい。
まだまだ未熟者なので、暖かい目で読んで頂ければ、とても嬉しいです。
楽しい思い出、苦い思い出。
その二つが複雑に交わり続けたこの高校ともあと三ヶ月でお別れである。
自転車を押しながら校門を目指す僕は、少し寂しさに煽られていた。
「お疲れ、瑞季」
そう言いながら山下隆司が僕の背中を叩いた。
おう、と短く返事をした。
山下とは一年生のときに、部活で知り合った。
二年生のときには同じクラスになり、三年生では予備校が一緒だ。
容姿も性格も良く、女子から何度も告白をされていた。
その度に僕は相談、否、審査を承っていた。
三年間で同期、後輩合わせて六回。
僕はその六人の女子達と会う度に、申し訳ない気持ちになる。
今日もそんな山下と一緒に予備校に向かう。
肌に刺さりそうな冷たい風が、ハンドルを握る手に容赦なく吹き付ける。
「もう今年もあと少しやなぁ」
片手をポケットに突っ込んだ山下が物憂げに言った。
せやなぁ、と僕は返す。
「てか、瑞季はほんまに彼女作らんかったなぁ」
急に話題が変わったことには触れず、僕は、ほんまやな、と返した。
高校三年間、僕に“リア充”という期間は数秒たりともなかった。
僕は騒がしい女子が大嫌いだった。
主にそういう女子は群れを作り、勢力をどんどん広げていった。
その結果、周りは嫌いなタイプの女子で埋め尽くされ、僕から恋という文字が消えることとなった。
そんな中、マフラーで鼻から下を隠しながら僕の隣で自転車をこぐ山下には、七月に彼女が出来た。
山下に彼女が出来たときの女子達の反応は、とてもわかりやすいものだった。
ある者は驚嘆し、ある者は嫉妬したりと。
六月半ばの予備校帰り。
コンビニ前で僕と山下は、それぞれコーラとファンタを飲んでいた。
そのときに、初めて好きな人がいることを山下は打ち明けてきた。
勿論、僕は驚いた。
山下に好かれる女子が学校にいたことに。
そして、僕と山下はいつもとは違う会議を行った。
いつもは僕が山下に告白してきた女子を審査することから始まる。
訳のわからないことだが、これは山下が頼んできたことだ。判断してくれ、と。
告白してきた女子の大決断を第三者が判断することを、僕は疑問に思ったが、結局六回もその大決断を不採用にした。
それ故、僕はその六人の女子達を見ると居心地が悪くなる。
だが、今回は違う。
大決断するのが山下自身なのだから。
僕は山下に耳を傾けることしかしなかった。
そして、七月の始め。
山下は、同じクラスで剣道部所属の永崎明海と付き合うことになった。
あれから、もう五ヶ月。
時の流れの早さには驚くばかりである。
「永崎とはうまくいってんのか?」
「そりゃな。まだ喧嘩もしてないわ」
山下はそう言いながら、数回頷いた。
そう、と僕は息を吐くように答えた。
年も変わって、約三週間が過ぎた。
僕はいつものように数学の時間をもて余していた。
sinθ、cosθ、tanθといった記号が前の黒板に几帳面に並べられている。
受験科目に数学がない僕にとっては、なんの意味も持たない記号。
授業が終り、自分の教室に戻ろうとしたとき、ふと、ある人が目に留まった。
色白で、艶のある黒髪、一重まぶた。
高校三年間で初めて見る人だった。
その人は、柔らかい香りを残し、僕の横を過ぎ去る。
思わず振り返った。
あんな綺麗な人がここにいたとは。
僕は心の中で、その言葉を反芻させた。
予備校帰りのコンビニで、僕は山下に今日見た女子の話をした。それぞれコーラとコーヒーを片手に。
山下は、初めは驚いた様子だったが、ある推測とともに、それは納得に変わったようだ。
こいつは一目惚れをしたんやな。
あるだけの情報を伝えると、山下は唸って考え込んだ。そして、一つの結論を出した。
向日彩月。山下とクラスが同じで、陸上部所属。
山下は、この人しかおらん、と強気に断言した。
「まさか、あの瑞季が一目惚れとはなぁ。全く驚かされたわ」
「一目惚れなんかなぁ。微妙なとこやわ、うん」
好き、まではいかないが、向日彩月は、確実に僕の心に影響を与えている。
「なんか楽しくなってきたな。どんでん返しみたいな」
お前が楽しんでどうすんねん、と僕はつっこんだ。
はぁ、全くこんな時期に僕は一体何を。
そんな脱力感に満ちた僕の隣で、山下は目をキラキラさせていた。アホなのか、こいつは。
女嫌いの僕が、女に興味を持つことがそんなにおもしろいことなのか。
あと少しで大学入試があるのに。
僕の心に、また新たな悩みの種が植え付けられ、山下によって、すくすくと大きく育てられているのような気がして、気が重たくなった。
あぁ、コーラの味がしない。