サイレントはお好きですか? ~静かなる改変は、今日も誰かを泣かせますわ~
人は誰しも、自分が正しいと思っている。
間違いを認めることは難しい。
失敗を受け入れることは、もっと難しい。
だからこそ、人は時に不思議な力を求める。
自分を守ってくれる力。
自分の都合のいいように、世界を変えてくれる力。
もし。
そんな力が本当に存在したら?
もし。
たった一言で、誰にも気づかれずに現実を書き換えられるとしたら?
あなたなら、その力をどう使うだろうか。
誰かを助けるため?
未来を変えるため?
それとも――
自分の失敗を、誰かのせいにするため?
これは、世界で最も自分を正しいと思っている悪役令嬢と。
彼女の願いを静かに叶え続ける、不思議な力のお話。
ただし。
その力は決して嘘をつかない。
記録されたすべてを覚えている。
そしていつか。
静かに問いかける。
「本当に、それでよろしいのですか?」
サイレントはお好きですか?
~静かなる改変は、今日も誰かを泣かせますわ~
王国には、ある噂があった。
リリアーナ・フォン・クロイツ。
彼女と仕事をするときは、三つ用意しろ。
胃薬。
謝罪文。
そして――
「自分の記憶を疑う覚悟。」
なぜなら彼女は、決して怒鳴らない。
怒らない。
脅さない。
ただ、優雅に紅茶を飲みながら微笑む。
そして。
たった一言。
「Silent。」
その瞬間。
誰も気づかない場所で、世界の記録が少しだけ変わる。
⸻
リリアーナの夫。
ギルバート・フォン・クロイツ。
彼もまた有名人だった。
もちろん、悪い意味で。
仕事はできない。
責任感はない。
酒癖は最悪。
失敗すれば必ず言う。
「俺は悪くない。」
そして不思議なことに。
なぜかリリアーナだけは、その言葉を信じた。
「旦那様は悪くありませんわ。」
執事は心の中で叫んだ。
(いや、今の件は百パーセント旦那様です)
しかし口には出せない。
なぜなら翌日には、その責任が自分の名前になっている可能性があるからだ。
⸻
リリアーナがギルバートと結婚した理由。
それは愛ではなかった。
「利益ですわ。」
彼女は迷いなく答えた。
「両家の資産。」
「商会との繋がり。」
「今後の発展。」
「素晴らしい選択ですわ。」
家臣は聞いた。
「……愛情は?」
リリアーナは首を傾げた。
「愛で赤字が消えますの?」
誰も反論できなかった。
⸻
結婚後。
ギルバートは予想通り問題を起こした。
契約内容を勝手に変更。
納期を無視。
取引先に逆ギレ。
そして最後には、
「担当者の説明不足だ。」
リリアーナは静かに頷く。
「なるほど。」
「では、正しい形に戻しますわ。」
そして。
「Silent。」
⸻
翌朝。
書類が変わっていた。
責任者。
ギルバート・フォン・クロイツ。
↓
執事。
⸻
執事は書類を見る。
二度見。
三度見。
「……私?」
「私、昨日そこにいませんけど?」
周囲は困惑する。
「でも記録では、あなたです。」
執事は空を見上げた。
「記録って怖い……。」
⸻
リリアーナは紅茶を飲む。
「解決しましたわ。」
「さすがSilentですわ。」
誰も知らない。
Silentが何をしているのか。
ただ。
Silentは嘘をついていない。
リリアーナが望んだ結果を。
世界が矛盾しない形で作っているだけだった。
⸻
そして。
もう一人。
リリアーナと深く関わる人物がいた。
ヴァルゴア。
リリアーナより20歳ほど年上。
工房を束ねる女主人。
腕は一流。
商売の勘も鋭い。
そして。
口が悪い。
「なあ、リリアーナ。」
「はい?」
「三ヶ月前に頼まれた材料。」
「なんで今頃足りへんって言うてくるん?」
リリアーナは微笑む。
「必要になったのが今ですもの。」
ヴァルゴアは無言になる。
「……。」
「お前な。」
「雨降ってから傘探すタイプか?」
「違いますわ。」
「もっと効率的ですわ。」
「どこがや!!」
工房中に響く声。
職人たちは思った。
(今日も始まった)
⸻
ヴァルゴアはリリアーナを嫌っているわけではない。
むしろ認めている。
「行動力だけはある。」
「そこだけはな。」
でも。
材料が届かない。
予定が崩れる。
利益が減る。
それは別問題だった。
「うちの工房は慈善事業ちゃうねん。」
「材料なかったら職人遊ばせることになるやろ。」
リリアーナは笑う。
「ヴァルゴア様は厳しいですわ。」
「当たり前や。」
「誰があんたの尻拭いすると思ってんねん。」
⸻
しかし。
リリアーナは思っていた。
「ヴァルゴア様は私の理解者ですわ。」
ヴァルゴアが聞いたら間違いなく言う。
「どこをどう聞いたらそうなるんや。」
⸻
ある日。
また問題が起きた。
部品不足。
納期遅延。
取引先からの苦情。
リリアーナは言った。
「これはヴァルゴア様側の準備不足ですわ。」
ヴァルゴア。
「……は?」
「Silent。」
⸻
静かに。
何も起こらないように見えた。
しかし。
翌日。
記録が変わる。
責任者。
ヴァルゴア。
⸻
ヴァルゴアは書類を見る。
「……。」
「リリアーナ。」
「何?」
「これ、お前やったやろ。」
リリアーナは首を傾げる。
「何のことですの?」
ヴァルゴアはため息。
「ほんま、たち悪いな。」
⸻
その夜。
Silentは記録した。
⸻
責任変更履歴。
渉外官。
182回。
執事。
96回。
部長。
41回。
ヴァルゴア。
12回。
⸻
変更対象。
検索。
⸻
候補。
残り少数。
⸻
Silent。
処理継続。
⸻
しかし。
初めて。
変更先が表示された。
⸻
リリアーナ・フォン・クロイツ。
⸻
翌朝。
商会の記録。
責任者。
リリアーナ・フォン・クロイツ。
⸻
「……。」
リリアーナは笑った。
「間違いですわ。」
「わたくしが原因など。」
「ありえませんもの。」
⸻
その瞬間。
Silentは静かに記録した。
⸻
修正完了。
⸻
リリアーナはまだ知らない。
Silentは彼女を裏切ったのではない。
ただ。
彼女が今まで望んだ通り。
公平に世界を整え始めただけだった。
⸻
ヴァルゴアは酒を飲みながら呟いた。
「やっとか。」
「遅すぎんねん。」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回のお話では、リリアーナの結婚相手であるギルバートと、工房を率いるヴァルゴアが登場しました。
ギルバートは「自分は悪くない」が口癖の男。
そしてヴァルゴアは、そんなリリアーナにも遠慮なく物申す、口の悪い姉御肌の工房ボスです。
リリアーナにとっては、どちらも自分を支えてくれる存在……のつもりなのですが。
周囲から見ると、少し違って見えているのかもしれません。
特に今回から少しずつ動き始めたSilent。
リリアーナは、自分の味方になってくれる便利な力だと思っています。
ですがSilentがしていることは、ただ一つ。
記録された世界を、リリアーナの望む形に近づけているだけ。
問題なのは、その「望み」が本当に正しいのかということ。
責任を誰かに移し続けた先に、最後に残るものは何なのか。
Silentは静かに、すべてを見ています。
……とはいえ。
本人だけは、まだ気づいていません。
「わたくしは何も間違っておりませんわ」
そう言いながら、今日も優雅に紅茶を飲むリリアーナ。
果たして彼女は、いつまで自分の世界を守り続けられるのか。
そしてSilentは、最後まで彼女の味方なのか。
次回も、静かに見届けていただければ嬉しいです。
サイレントはお好きですか?




