第4話 兄の婚約者
よろしくお願いします(#^.^#)
婚約破棄された翌日、学園に到着するなり一つ年下の女子生徒から、控えめな声で話かけられた。
私と違って、明るめのシルバーブロンドの長い髪に、愛らしいピンクローズ色の瞳。私から見てもとても可愛らしい。そして当然の如く、とても男子生徒に人気のある伯爵令嬢のルシア・ブロッサム。
彼女は兄の婚約者だ。
洗練された立ち振る舞いに、気品を持ち合わせている。
控えめで、おっとりとしていて心優しい。それでいて、しっかり者だ。
はっきり言おう。彼女こそが淑女の鏡だ。
兄とはルシア様が学園に入学して1年経った頃に婚約をした。兄の一目惚れだ。見た目も可愛らしいルシア様は、かなりの争奪戦だったけれど、彼女も兄の事を直ぐに好きになったらしく、トントン拍子で婚約が決まった。
「エミーリア様、ごきげんよう」
「ごきげんよう。ルシア様」
ニコリと微笑み、お互い挨拶を交わす。今日もいつものように、そのまま淑女同士の他愛のない会話をしながら学園に向かうはずだった――。
けれど、今日のルシア様は違った。ルシア様に手を引っ張られ、物凄い勢いで中庭に連れていかれ、人気のないベンチに半ば強引に座らされた。
「エミーリア様、大丈夫なのですの!?」
え? と驚いた。
あのいつも控えめな兄の婚約者のルシア様が、血相を変え私の両腕を掴み、声を押さえながら、それでも鬼気迫るように訊く。
「あ、あ……は、はい?」
いつもと違う、初めて見たルシア様は凄まじく、何が大丈夫なのかが分からない。目が吊り上がり、般若のような怖い顔をしていた。
ルシア様の方がとても大丈夫には見えないわ、と心の中で呟く。声に出して言うのも臆する程だ。
いつもの控えめな彼女は何処に? 淑女の鏡は?
「婚約破棄ですわ! ラルス様にとっても私にとっても喜ばしい事だったけれど、エミーリア様がこの時期に婚約が無くなってしまうなんて……」
物凄い勢いから段々と気落ちし落胆するように、ルシア様の声が意気消沈していく。
今、ルシア様の口から『私にとっても喜ばしい事?』と聞こえた。ブロッサム家でもクリフは歓迎されていなかったのね。
そして彼女にも心配をかけさせてしまったのだわ、と私は申し訳なく思った。
「ルシア様。ご心配をお掛けしまして、申し訳ございません。私もクリフ様との婚約が無くなって清々しておりますの」
ルシア様の手に私は自分の手を重ね、にっこりと微笑み、そう言うとルシア様もホッとした様子で肩の力を抜いた。
「いいえ、エミーリア様がそれでよろしければ、良いのです……実はと言うとあのバカ男がラルス様の義理の弟になることがイヤで……それなのに皆の前で婚約破棄宣言なんて、あんな男はこっちから願い下げですわ……本当に婚約が無くなって私もホッとしておりました。あ、私としたことが……」
きっとルシア様もいろいろと思うことがあって、溜まっていたのだろう。次から次へと信じられない言葉が彼女の口から飛び出て来ていた。
私は暫く呆気に取られてしまったが、周りに誰かが聞いているかもしれない。話題を変えなければ、と思った。
「それより、ルシア様。卒業パーティーに兄をお借りしてしまいます。ごめんなさいね」
彼女は一つ年下なので卒業は来年だ。だから兄のエスコートには何の問題も無いけれど、一応、婚約者なので了解を得ていた。けれどこの機にもう一度謝罪をしておきましょう。
「いいえ、私の卒業は来年ですので、その時にエスコートをして頂ければ、問題ありませんわ。それに、ラルス様の妹のエミーリア様ですもの。全然大丈夫でしてよ」
ルシア様は、ふふふと笑ってくれた。けれどすぐに真顔になり、
「でも、これが違う女性の方でしたら、許しませんわ! ラルス様やお相手の方には……」
「だ、大丈夫です。兄に限ってそんな事はありませんから!」
何やら不穏な空気になりかけたので、私は慌てて否定した。今までに見たことのないルシア様に少々焦りを感じてしまった。これは兄に浮気をしないように釘を刺し、監視しておかないといけない事案かもしれない。大丈夫だと思うけれど、万が一と言う事もある。
「エミーリア様。もし、婚約者をお探しなるのであれば、私の両親からも良い縁談を探してもらいましょうか?」
私の両手を握りしめながらルシア様はいつものように控えめに言う。
やっと、普段のルシア様に戻ってくれたわ。
ブロッサム家からの紹介ならとても安心出来るけれど、やっぱり今は自由を青春を謳歌したい。
「ありがとうございます。でも、しばらくは婚約者様は遠慮したいのです。10年ぶりの自由ですもの。楽しみたいですわ」
ルシア様にお礼を言って、今後の希望をお伝えした。彼女は目を丸くしてから、心配そうな顔をする。
「それは、大丈夫なのでしょうか? いくつかの心配がありますわ」
え? そうなの? そんないくつかの心配ってあるの? と私は急に不安になってきた。どんな心配があるのだろうか。
「まず、自由を楽しまれている間に、婚期を逃してしまうこともありますわ。それに、周りが黙っておりませんわ、きっと。伯爵令嬢でこの美貌ですもの。こんな方がフリーになったら……ああ、考えただけでも恐ろしいですわ」
ルシア様はブルブルと自分自身の体を抱きしめるようにして震え出す。
「お、大げさすぎます。ルシア様ほどの美貌ならともかく、私のような人間に早々、婚約を申込してくる方なんておりませんわ。昨日、兄にもそう言っていましたのよ」
そう言うと、ルシア様は頭を数回、横に振って呆れまじりの溜息を吐いた。
「当の本人がこれではラルス様もご心配でしょうに……伯爵令嬢ですよ。子爵や男爵ではないんですよ。こんな優良物件を見逃す男って、男じゃないわ。私が伯爵令息ならすぐにでも……」
はて? またルシア様の言葉が乱れだした。 私が、優良物件? 何だそれは? もしかして、こっちがルシア様の素でしょうか?
私が少し目を見開いて驚いていると、ルシア様はパッと口に手を当てる。自分の言葉遣いに気付いたらしく顔を赤くして、へへへ、と微笑んだ。優雅に微笑んでごまかそうなんて、私はごまかされません。
「ルシア様……今のルシア様が素なのでは? 普段の控えめなルシア様は猫をかぶっていらっしゃるのでは?」
てへへへ、とまた笑ってごまかそうとするルシア。でも、こちらのルシア様も親近感があっていいかもしれないわ。また違った可愛らしさが出てくる。
兄はこの事を知っているのかしら?
「それはさて置き、エミーリア様。それで婚期を逃しても良いのでしょうか?」
真面目な顔をしてルシア様が聞いてきたので私は、真剣に答える。
「ええ、逃したら逃したで、令嬢としては出来ない事をやってみようかと……」
父もいつまでも居てもいいと言ってくれた。私も結婚はしなくてもいいと思っている。いろんなことを経験してみたい。けれど、家族に甘えてずっと家にいるわけにもいかない。
「まだ、これと言ったものは決まっていないのですが……その、兄とルシア様がご結婚されるまでには、伯爵家を出ようとは思っております」
小姑がいては、二人とも息苦しく感じてしまうこともあるだろう。兄とルシアが結婚するまでには、出て行かないといけない。
「ええ!? そんなあ、出て行かないでください! ずっとずっと一緒に居て下さってもいいんですよ! いえ、居て下さい!」
ああ、なんて嬉しい事を言ってくれるのかしら。ルシアが兄の婚約者で良かったわ。ルシアと一緒に居ても楽しそうだけれど、やっぱりケジメは付けないとね。
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次回更新は3月24日22時頃の更新予定をしております。
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