第3話 婚約の経緯
よろしくお願いします(#^.^#)
シーンとした部屋で、父は長い溜息を吐き、気持ちを落ち着かせてから私の横に座った。
「すまなかったね、エミーリア。こんな事ならさっさと婚約解消すれば良かった。どう見たって、クリフ殿がエミーリアを大切にしてくれているようには見えなかったからね……エミーリアはこれからどうしたい? 新たに嫁ぎ先を探すかい? それとも……エミーリアのしたいようにすれば良い」
父は私の頭を優しく撫でながら、落ち着いた声で言った。
学園の半分ぐらいの人たちは、卒業後に結婚をする。本来なら、学園を卒業するのだから、直ぐにでも次の婚約者を決めなければならない。けれど今はそんな気持ちになれなかった。
「私のしたいようにして良いの?」
帰りの馬車の中で、今後の事を考えていたことを思い出す。
「そうだね。ここに居たいのならいつまででも家にいても良い。私たちの大事な娘だからね」
「私、暫く婚約の話は良いですわ。一人を満喫したいです」
父は私のその一言に嫌な顔をせずに、柔らかな微笑みを向けてくれた。
「ああ、そうだね。わかったよ。好きにすると良い」
でも、疑問が残る。ルピナス侯爵が何故、あんなに必死に頭を下げたのか。
父は教えてくれた。
私が4歳の頃、ルピナス侯爵の領地で大雨の災害があり、侯爵では復興する資金がなかった。
当時、王家でもルピナス領の災害復興する資金が出せずに困っていた所を祖父が王家に名乗りでたという。
そして、ルピナス侯爵が直々に借り入れの申し出があれば貸し出すという事になり、そして我が家に借入の申し出があった。
多額の借金を返済するのは大変だろうと、借金を返済する代わりに、孫の私たちの婚約を祖父が持ち掛けたらしい。条件付きで。
その条件というのは。
もし婚約解消、もしくは婚約破棄を申し出た場合、婚姻後離婚となった場合、借金を一括返済するというものだった。
そして、この条件に王家も関わっており、借金を返済できなかった場合、領地没収されることになっているらしい。
この条件は王家で契約書を3通作成して、それぞれ署名し、それぞれが1通ずつ保管しているようだ。
「その大雨の災害は、私も薄っすらと覚えています。それで侯爵様は慌てていらっしゃったのですね」
「そうだ。今のルピナス侯爵家では借金の返済は難しいだろうな。多分、領地を王家に没収させられるだろう。クリフ殿は爵位を継げずに、平民となる。これで侯爵家も今の代で終わりだ。王家が絡んでいなかったら、単なる口約束程度に終わっていただろう。私の父、お前の祖父は、王家をも巻き込んだ、いや我々が王家の都合に巻き込まれたんだ。エミーリア、本当に申し訳ない」
父は瞳を伏せ、私に頭を下げた。
「お父様、頭を上げてください」
最後の『王家の都合に巻き込まれた』と言う言葉に違和感を感じた。けれど、きっと深い意味はないのだろうとその時は思っていた。
「お父様、これで私も自由です……でも、よくそんな資金提供できるほどの大金が我が家にはあったんですね」
今もあるぞ、と父は誇らしげに言う。
「なんせ、我が家代々は倹約家だからな。無いふりもして、ため込んでいるんだよ」
「……え? ええー!」
私は驚いた。
質素な暮らしをしているから、お金が無いものだと思っていたけれど、王家と変わらないぐらいあるらしい。我が家は一体何者なの。
「領民の幸せを考えれば、自然とそうなるよ。お金を回す時には回す。貯める時は貯める。これは大事だからな」
そうなのね。だからお兄様はあの時、桁違いのドレスを買いたがっていたんだわ。
父の言葉で納得した。
「お父様、私が聞いていた婚約に至った話と違うような気もするのですが……」
そうだな、と父は頷いた。
「お前の祖父は資金を提供するときに、エミーリアに変な虫が近寄ると困る、だから伯爵家より格上の侯爵家に嫁がせ、エミーリアが幸せになれるのであれば、多額の資金提供も厭わないと思っていたのだろう。王家は違ったようだが……だが、途中でクリフの方に変な虫が寄ってしまった」
父の悲しそうな表情に胸が痛んだ。そして祖父はそんな事を考えていたなんて思いもしなかった。勝手に決められた婚約だったけれど、祖父は私の事を想って決めたことだったんだと、この時初めて知った。なんだか申し訳ない気持ちになる。けれど、王家は違った、とはどういう意味なのだろうか。王家の事だから、深入りしない方が良いと私は考えた。
「お父様、ごめんなさい。クリフ様に振り向いてもらう努力が足りなかったのですね」
そう言うと父は慌てて、私を慰めるように言った。
「そんなことは無い。エミーリアはちゃんとしていたよ。どちらかと言うと、あっちが歩み寄らなかった。しかも、エミーリアとの婚約になった理由を侯爵はちゃんとクリフ殿に話していなかったのが問題だったんだよ。気にしなくていい。それに私もラルスもこの婚約をどうにかして解消できないか考えていたんだ」
父も兄も私の事で色々と考えていてくれていたことに感謝しかなく、私は「お父様、ありがとうございます」 と、父に抱き着いてお礼を言った。
抱き着いて感謝の意を父に伝えているとこに、私が婚約破棄されたと兄のラルスの耳に入ったらしく、兄が心配そうな顔で応接室に入って来た。
しかし入室のタイミングが、ちょうど私が父に抱きついていた時だったからだろう。目を見開き、そして不貞腐れるように言った。
「父上、ずるいです! 俺だって、抱きつきたいのに!」
「お! 良いぞ! おいで。ギュッと抱き締めてあげようじゃないか」
父は目を輝かせ嬉しそうに言った。
けれど、その言葉を聞いた兄は不満そうに顔を顰める。
父は何という勘違いをしているのだろうか。そうじゃないわ、と私は心の中で呟いた。残念な父である。
私は父から離れ兄のそばに行くと、両手を広げてくれた。その腕の中に入ると、優しく抱きしめ、そっと髪を撫でてくれる。
それがとても心地良い。
やっぱり、当然私よね。父の勘違いにもほどがあるわ。
ふと、父の顔を見ると、とても悲しい表情をしていた。抱きつきたい相手が自分じゃないと分かったらしい。
「あんな奴との婚約が無くなって良かったよ。エミーリアの良さはあんな奴には分からないさ。でもこれからどうする?」
兄は私の頭を撫でながら言った。
兄の黒い瞳が気遣わしげに私を見つめる。父より身長がある兄は私と違い、瞳も髪も綺麗な黒だ。光の反射か、見る角度によって小さな星が黒曜石のような瞳の中で瞬いているように見えた。
「今、お父様にもお話をしてたのですが、私は暫く婚約の話はいらないわ」
「そんなにあいつに婚約破棄されたことがショックなのか?」
兄は私がショックを受け、暫く婚約は誰ともしたくないと思っているようだった。そんな兄の勘違いを否定するように、私は綺麗な兄の顔を見上げて言った。
「いいえ! もう嬉しくて、これから暫く自由を青春を謳歌しようと思っていますのよ。それはもう、ワクワクしているんです」
まだ、先程馬車の中で思い描いていた未来は伝えない。もう少し計画を練ってからにしようと思った。
兄は呆れてなのか、苦笑を浮かべる。そして何やら不吉な事を言い出す。
「エミーリアの希望通りになればいいけれど……」と短い息を吐き出した。
「エミーリアは自分の事になると本当に疎いね。これでクリフとの婚約が無くなったから、きっと周りの年頃の男が黙っていないよ。きっとすぐに婚約の申し込みが送られてくるだろう」
「……そ、そんなことないですわ。だって皆さま婚約者様がいらっしゃるのではないのでしょうか?」
あと少しで卒業なのだ。卒業までに婚約者を決める人が多い。相手が決まっているはずだ。もう誰も好んで、私と婚約したいという人はいないだろう。私はそう気楽に考えていた。
「エミーリアは、全然、分かっていないね。明日からはきっと学園では、ちょっとした騒ぎになるかもしれない。エミーリアがフリーになったからね。卒業パーティーのエスコートの申し込みだって殺到するんじゃないかな?」
「え? そ、そんな……」
いくらなんでも、それは大げさすぎるのでは。
兄の話では、いずれクリフと婚約が破棄されるか解消されるか、どちらかになるだろうと、学園に入学しても婚約者を決めていない男子学生が何人かいたらしい。
「お、お兄様。卒業パーティーにはもちろん、エスコートして下さいますよね」
「ああ、もちろんだよ。でも、エスコートの申し込みの中に断れない相手もいるんじゃないかな?」
兄は不安な事を言い出した。確かに我が家より爵位が格上になると断れりきれないかもしれない。それでも王家、公爵家あたりはもうすでに決まっていらっしゃるはず……そんな所からお誘いが来るとは思えない。こんな、私ごときに。
そうよ、きっと大丈夫だわ。
私はそう心の中で言い聞かせた。
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