第2話 父が怒鳴る
よろしくお願いします(#^.^#)
放課後、私は大勢の生徒の前で、クリフから婚約破棄を言い渡された。
クリフとの婚約にはウンザリしていた私にとって、彼から婚約破棄をしてくれるとは願ってもない事だった。そのままルンルンと心を弾ませ、迎えに来た馬車に乗って帰路につく。
学園卒業間近に婚約が無くなり、当然結婚もなくなった。
普通の令嬢なら、この先の事を考えれば、どうしようと不安で仕方がなかっただろう。けれど私はこれから先、何をしようかと胸を膨らませ、窓の外を眺めながら考えていた。
卒業後は、とにかく時間がある。
他の国を転々と旅行してみるのも良いかもしれない。
違う文化に触れるのも楽しいだろう。
そんな事が出来たら良いと思う。けれど、資金面が問題だ。我が家は娘の道楽に出す資金があるだろうか。ないなら作ればいい。卒業まではあと3か月ほどだ。今から資金を作れるような事をして、足りなければ貯まるまで頑張ればいいのだ。
馬車に揺られながら、どんな事をして資金を貯めようかと考えてみる。
町娘のような恰好をして、街で働くのも良いかもしれない。
例えば、飲食店とか。パン屋、花屋なんかも良い。楽しそうだわ。
様々な想像をしながら、夢を膨らませる。
まあ、そうなると家族を説得するところから始めないといけないのかもしれないわね。
街で働くことを簡単に許しをくれる家族ではなさそうだし、どうしたものかとまた悩む。街がダメなら、王宮で侍女として働くのもアリなのかもしれない。
期待感を抱きながら、そんな事を考えていると、ガタン、と急に馬車が止まる。
馬車の窓から外を覗くと、我が家の大きな門の前に一台の馬車が止まっていた。
馬車に描かれている家紋を見ればルピナス侯爵の馬車だった。きっと誰かから婚約破棄の件を聞いて侯爵が来たのだろうと思った。――という事は父も家にいるはず。
仕事がお早いこと。もう婚約解消の書類を作成して持ってきたんだわ。
侯爵の馬車を横目に私は家の門をくぐり、馬車を降りた。そして玄関に入り、自分の部屋に行こうとすると、メイドに呼び止められた。
「お嬢様。旦那様が応接室にと」
「……わかったわ」
私はそのまま着替えずに応接室に向かった。
呼ばれた理由は明らかだ。婚約破棄の件だろう。
何だか足取りが重い。
部屋の前までくると、中から誰かが必死に謝っているような声が聞こえた。
部屋の中にいるのは、多分、父とルピナス侯爵だろう。けれど、どちらが謝っているのか、部屋の外からでは分からなかった。もしかしたら父が頭を下げて、必死で謝っているのかもしれない。想像しただけでも、なんだか父に申し訳ない気持ちになった。けれど、婚約が無くなることは正直嬉しい。
まさか、婚約破棄を取り消される事なんてないわよね。
婚約破棄の件で叱られるなんて事も――。
胃の辺りに手を当てる。じんわりと痛み出してきた気がする。まあ、気がするだけなんだけどね。
部屋の中の状況が声だけでは分からず、何か言われるのだろうかと身構える。そして扉のノブを持ち、意を決して制服のまま、ゆっくりと扉を開け応接室に入った。
だけど部屋に入るなり目に入ったのは、父が頭を下げる姿ではなく、ルピナス侯爵が土下座をしている姿だった。
「…………え?」
私は驚いた。
そして拍子抜けした。
何故、侯爵の方がただ頭を下げるだけでなく、父に土下座をしているのか。
目の前の現状に私は『?』が頭の中に溢れ出した。
侯爵は部屋の入口で扉を開けたまま、呆然と立ちつくしている私の顔を見る。そして私に挨拶をさせることもなく、今度は私の方に向かって慌てて土下座をしてきた。
もう、床にゴンッと頭をぶつけるほどに。
「ああ、エミーリア嬢。申し訳ない! 今回の愚息の発言は無かった事にしてもらえないだろうか!?」
「……はああ?」
自分の口から淑女らしくないとんでもない声が部屋に響いた。ルピナス侯爵の言葉に耳を疑った。
愚息の発言?
まさか婚約破棄の発言?
あれを無かった事に?
愚息じゃなくて、バカ息子の間違いじゃない?
何でもへりくだった言い方をすれば良いってもんじゃない。
それにあれを無かった事には出来ない。そんな事出来ないし、したくない。これが私の本音だ。やっと解放されるというのに、自由になれるというのに。
だんだんと、感情的になりそうな私は父の顔を見た。父は私と目が合うと、短い溜息を吐き、「好きにしなさい」と言う。
「え? 好きにしていいの?」
父は頷く。
一旦、私は青い顔をした侯爵をソファーに座らせ、向かい側に私も座った。侯爵はずっと頭を下げたままだ。
本来ならば、我が家の方が身分が下になるので、あまり強気な事は言えない。けれど今、ここで甘い顔を見せれば、婚約破棄宣言を無かった事にさせられそうだった。
私は素直に放課後の教室であったことを話す。
キーラ・バルト子爵令嬢が縋るようにクリフにくっ付いていた事。
その彼女に数々の嫌がらせをしたと濡れ衣を着せられた事。
そして『自分の心に寄り添ってくれる彼女の手を取りたいと思っている』と言われた事。
「侯爵様、私はクリフ様から婚約を破棄すると言われました。なので私は承諾いたしました」
そう言うと、侯爵は青白くなった顔をパッと上げて、「そこを何とか!」と言って、また頭を深く下げる。目の前の机にゴンッと頭をぶつけるほどに。
意味が分からない。立場上、伯爵家の我が家より侯爵家の方が上だ。何故、そこまで頭を下げてまで、この婚約をこだわり続ける意味があるのだろうか。
『君より私の心に寄り添ってくれる彼女の手を取りたいと思っている』
クリフに対して何の感情を持っていなかったけれど、彼からそんな事を言われたら私も婚約を続ける事は心から無理だ。
私は大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせ、自分の言いたいことを言った。
「侯爵様、この婚約を続ける事はもう無理なのです。私の心がもう無理なのです。それにクリフ様からの婚約破棄宣言をされた場所は、多くの生徒がいた教室で、皆さんがそれを見て聞いております。いわば証人です。覆すことはできません」
「そんな……そんな事を言わずに! そこを何とか! クリフにも頭を下げさせます!」
ルピナス侯爵は私の手を握って縋るようにして、必死にお願いをしてきた。まるで、この世の終わりでもあるかのように。
何故?
どうして?
あのクリフが頭を下げると思う?
頭を下げられても困るわ。やっと自由になれるのに。
けれど今まで我が家を蔑ろにしてきた侯爵家が、ここまで縋るのは何故だろうか。
私は父の方をもう一度見た。困惑した私の顔を見た父は、見るに見かねて侯爵に帰るように伝える。
「残念だけど、ルピナス家とは縁を切らせてもらうよ」
父は穏やかな口調で言い、穏便に済ませようとしていた。
「ま、待ってくれ! そんなことされたら、我が家はおしまいだ!」
侯爵家が伯爵家に縁を切られるからって、何故おしまいなのだろうか。侯爵は本当にこの世の終わりのように縋って来る。
クリフは私の事を全く大事にしてくれていなかった。それに縁を切ったからって、侯爵家には痛くも痒くもないはず。
「それは……こっちの知ったことか!! こっちは散々我慢してきたんだ!! それを調子に乗りやがって、やりたい放題、言いたい放題!! 大勢の前で婚約破棄を宣言したバカ息子を恨むんだな!! さっさと帰れーー!!」
穏便に話を進めていた父が真っ赤な顔をして怒った、怒鳴った!
私は初めて怒鳴り散らした父を見て目を丸くした。当然、侯爵もそれに驚いた様子で、逃げるようにして屋敷から飛び出して帰っていった。
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