第9話 分別できないスライムに天誅を
「おいッ!待てッ!そっちはダストシュートだぞ!!」
警備員の悲鳴に近い制止の声が背中に刺さる。
だが、俺は止まらない。止まれない。
目の前には壁に設置された銀色の投入口。
『可燃ごみ投入口(※一般職員の使用厳禁)』のプレートがある。
「ワハハハ、さらばだ! 弁償なんて知らねぇぇぇ!」
俺は叫びながら、投入口のフタを蹴り開け、頭から滑り込んだ。
躊躇はない。
損害賠償数億円(推定)を請求されるくらいならゴミまみれになる方がマシだ。
――という建前であったが……
あの時を振り返ると、内心、『怪盗なんちゃら』気分に酔っていた気もする。
「馬鹿なッ!? 飛び込みやがった!」
「あそこは地下最下層の『廃棄汚染区画』直通だぞ!?」
「死ぬぞ! 防護服なしで落ちたら、瘴気で3秒で溶けるぞ!!」
背後でそんな物騒な声が聞こえた気がしたが、俺の体はすでに暗闇の中を滑り落ちていた。
ヒュオオオオオッ……!
急角度のパイプの中を、ジェットコースターのような速度で落下していく。
普通の人間なら恐怖で気絶するかもしれない。
だが、俺は冷静に両足を開き、靴底をパイプの壁に擦り付けてブレーキをかけた。
「……よし、減速」
キュアアアァァッ!
安全靴のゴムが焼ける匂いと共に速度が落ちる。
プロ清掃員にとって、ダストシュートの構造把握は基本スキルだ。
どこでカーブし、どこに着地するかは職場資料の設計図を見て知っている。
数秒後。
俺の視界が開けた。
ドサァッ。
俺は柔らかい感触の上に、受け身をとって着地した。
大量に積み上げられた業務用のゴミ袋の山だ。クッション性は抜群である。
「……ふぅ。なんとかなったか」
俺はゴミ袋の山から這い出し、周囲を見渡した。
そこは、広大な地下空間だった。
「ふふふ、さすがにここまでは追ってこられまい」
ギルドから排出された、ありとあらゆる廃棄物が集まる場所。
薄暗い天井には裸電球がチカチカと明滅し、紫色の怪しいモヤが床を這っている。
鼻を突く強烈な腐臭。
生ゴミと、化学薬品と何かが腐ったような匂いが混ざり合った、地獄のアロマだ。
「うわ、臭っせぇ……」
俺は鼻をつまんだ。
警備員の言っていた「瘴気」というのは、これのことか。
たしかに換気が悪い。
メタンガスが充満してて、タバコでも吸ったら爆発しそうだ。
「ま、現場に比べりゃマシな空気か」
俺は腰のポーチから『メンソール配合マスク』を取り出し、装着した。
これさえあれば、どんな悪臭も爽やかなミントの香りに変わる。
清掃員の必需品だ。
「さて、ここから搬出ルートを通って外に出れば……」
俺が出口の方角へ歩き出した、その時だった。
ズズズズズ……。
足元の汚泥が盛り上がり、俺の行く手を阻むように巨大な「壁」となって立ちはだかった。
ヘドロと生ゴミが融合したような、不定形の怪物。
ダンジョンの魔素を吸って変異した、廃棄物モンスター『ダスティ・スライム』だ。
大きさは2階建ての家くらいある。
その体表面には、捨てられた剣や壊れた杖、誰かの食べ残した弁当箱などが取り込まれて浮いている。
『グオオオオォォォ……』
スライムは濁った捕食音を立てながら、俺を見下ろした。
ここに入ってきた異物を新たな「ゴミ」として取り込むつもりらしい。
「……おいおい、マジかよ」
俺はこめかみに青筋を立て、スライム(ゴミの山)を指差してキレた。
「分別がなってねぇぞ、ゴルァ!!」
俺の怒号が地下に響いた。
「燃えるゴミ(弁当箱)と、燃えないゴミ(壊れた武器)と、資源ごみ(空き缶)を一緒くたにまとめてんじゃねぇよ!! これじゃ回収業者が持ってってくれねぇだろうがッ!!」
俺はブチ切れた。
清掃員として、分別ルールを守らない奴は許せない。
たとえ相手がモンスターだろうが、ここは俺の職場だ。
徹底的にルールは守ってもらう。
「仕分けの時間だ。覚悟しろよ、粗大ゴミ」
俺はマスクの位置を直し、両手にゴム手袋をバチンと装着した。 そして、スライムに向かって一歩踏み出した。
◇◇◇
―― 一方、その頃。
ダストシュートの入り口では、警備員たちが青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「……落ちたな」
「ああ。あの高さだ。生きてはいないだろう」
「それに、あそこは『奈落』の入り口だ。Sランクの廃棄モンスターがうようよいる無法地帯だぞ」
警備責任者が重苦しい声で言った。
その背後から、聖女アイラが息を切らして駆けつけてきた。
「吉岡様は!? どちらへ行かれましたの!?」
「アイラ様……残念ですが、犯人は自らダストシュートへ……。おそらく、もう骨も残ってないでしょう」
警備員が首を横に振る。
だが、アイラはクスリと笑った。
「骨も残らない? ……ええ、そうですわね。
きっと今頃、骨も残らないほど、綺麗に片付けていらっしゃることでしょう」
「は? どういう意味で……」
警備員たちが顔を見合わせた瞬間。
ズズズズズゥゥゥゥゥン!!!!
地底から、凄まじい地響きが伝わってきた。
足元が揺れ、ダストシュートのパイプから「逆流」してくるほどの突風が吹き荒れる。
それは、地下で何らかの「規格外の力」が行使された余波だった。
「な、なんだ今の揺れは!?」
「地下の計測器が反応しています! 廃棄区画のモンスター反応が……い、一瞬で全滅しました!!」
「なにぃぃ!?」
モニターを確認していた部下の報告に全員が絶句する。
Sランクモンスターがひしめく魔の巣窟が、たった数秒で「更地」になったというのか。
アイラは、吹き上がってくる風を心地よさそうに浴びながら、うっとりと呟いた。
「さすが師匠。逃走ルートの掃除も完璧ですわ……!」
彼女の確信に満ちた笑顔に、警備員たちは戦慄した。
あの男は、逃げたのではない。
地下組織を壊滅させるために、あえて地獄へ飛び込んだのだ、と。
その時、吉岡は何をしていたかというと……。




