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第3話 スキルは『掃除のプロ』でいいです。


「ふぅぅぅ……。生き返るわぁ……」


 熱気と檜の香りが充満するサウナ室。

 俺はタオルを頭に乗せ、目を閉じて深く息を吐いた。


 あの後、俺はネコまっしぐらモードで、ダンジョンを後にし、駅前のスーパー銭湯『極楽の湯』に直行した。


 やはり仕事終わりのサウナは格別だ。


 さっきまでドラゴンの毒ガスの中にいたからな。

 ただでさえ、いろんな老廃物が気になりだしたお年頃。

 毛穴の奥から老廃物を出し切らないと、明日の体調に関わる。


 ……ん? なんか今日に限って、ザワザワうるせぇな。


 サウナ室にあるテレビの周りに、裸のおっさんたちが集まっている。

 ニュース番組の緊急特番のテロップが流れた。


『――本日夕方、関東第7ダンジョンにて発生したスタンピードは、突如現れた謎の人物によって鎮圧されました』

『それでは映像をご覧ください。この作業着の男性が、Sランク指定のニーズヘッグを一撃で ――』


「うおー、すげぇ!」

「なんだこのオッサン!究極魔法使いか?」

「いや、手に持ってるの、ただのモップだぞ」


 サウナ内の客たちが画面を指さして盛り上がっている。


 俺は薄目を開けてチラリと画面を見た。

 灰色のツナギを着た男が、モップを振り回している映像が流れている。


(……あ、俺だわ)


 やっぱり映ってたか。

 しかも、よりにもよって「腰をひねってモップを叩きつける瞬間」がスロー再生されている。


 ……フォーム汚ねぇ。

 配信されるなら、もう少し脇を締めるべきだったな。


「これ、合成映像じゃないのか?」

「いや、聖女アイラちゃんの生配信だぞ。マジだって」

「誰なんだ、この英雄は……!」


 隣に座っているおっさんが興奮して話しかけてきた。

「おい、兄ちゃん、見たか今の! すげぇよな!」


「あ、はぁ……そうですね。

 あのモップ、結構高いヤツです」


「そこかよ!」


 俺は適当に相槌を打ち、12分計が一周したのを確認してサウナ室を出た。


 水風呂で体を締め、外気浴で整う。


 騒ぎなんて知ったことか。

 俺はただの清掃員。

 派手な世界を裏側で支える存在でいいんだよ。



 ◇



 風呂上がりのコーヒー牛乳を一気に飲み干し、銭湯を出た時だった。


「――お待ちしておりました」


 駐輪場の前。

 俺のママチャリの横に、不釣り合いな黒塗りのロールスロイスが停まっていた。

 そして、その前に立っていたのは、さっきダンジョンで腰を抜かしていた少女。


 ――聖女アイラが、そこにいた。


 泥だらけだった服は着替えているが、その金色の髪と、宝石のような青い瞳は間違いない。


「……あ、えっと……聖女アイラさんね。俺になんか用か?」


「はい! 先ほどは命を救っていただき、本当にありがとうございました!

 どうしてもお礼が言いたくて、ギルドの登録情報を頼りに探させていただきました!」


 彼女は深々と頭を下げた。

 育ちが良さそうな子だ。


「礼なんていいよ。俺はゴミと汚れを片付ける、自分の仕事を全うしただけだし」


「汚れ……あ、あのドラゴンを汚れと呼ぶのですか……?」


「そりゃそうだろ。通路を塞ぐ粗大ゴミだ」


 アイラはゴクリと喉を鳴らし、潤んだ瞳で俺を見上げてきた。


「あの……失礼ですが、あなた様のお名前とレベルをお伺いしてもよろしいでしょうか?

 あれほどの魔法の使い手……Sランク、いえ、国家戦力級の方とお見受けします!」


 ――レベル。


 またそれか。

 この世界の住人は、すぐに数字で人を判断したがる。

 ため息ひとつ吐いて答える。


「俺は吉岡。ただのFランク清掃員だ」


「えっ……Fランク、ですか? そんなはずは……」


「嘘だと思うなら、その箱で測ってみればいいだろ」


 俺は彼女が手に持っているタブレット端末のようなものを指さした。

 高級な『鑑定端末ステータス・チェッカー』だ。

 ギルド職員が持っている安物とは見るからに違った。


「し、失礼します……! 鑑定、起動!」

 アイラが端末を俺にかざす。

 青い光が俺の体をスキャンした。

 

 端末が「ギギッ……ガガッ……!」と嫌な音を立てて震え始めた。

「えっ、なに? 熱くなってる!?」 アイラが慌てる中、端末は煙を上げながら、空中に真っ赤な警告色交じりのホログラムを無理やり吐き出した。


【氏名】 ヨシオカ・ケンジ(47)

【職業】 清掃員ダンジョン・クリーナー

【ランク】 F

【レベル】 1(※測定限界突破によるループ表示)


【体力】 測定不能

【魔力】 測定不能

【保有スキル】

 世界清浄ワールド・クリーニング

 →対象の存在構造を原子レベルで分解し、無へと還元する神域スキル。

(※副作用:頑固な油汚れもよく落ちる)


【称号】

 掃除の神

 ドラゴンを染み抜きした男(New!)




 ……なんだこれ。


「レベル1……? それに『世界清浄』ってなんだ? 大袈裟な名前だな」

 俺は呆れてため息をついた。


 『対象の存在構造を原子レベルで分解』

 

 物騒な書き方だな。

 今の洗剤は「ナノレベルで分解」とかよく書いてあるが、その類か?

 最近の業務用洗剤はキャッチコピーが過激で困る。

「地獄の業火も瞬時に消化!」みたいな商品名も見たことあるしな。これもその一種だろ。


 しかもレベル1って。3くらいはあってもよくね?

 5年目なのに……新入社員かよ、俺は。


「なぁ、やっぱり壊れてるんじゃないか? 体力も魔力も表示されてないぞ」


「い、いえ……これは……」

 アイラの手が震えている。


 彼女は画面を凝視し、真っ青な顔でブツブツと呟き始めた。


「あ、あぁ……。ありえません……」

 アイラはガタガタと膝を震わせ、後ずさりした。


「レベル1じゃない……。測定器のカンスト上限を何周したのですか……?10周? いえ、100周?」

 

 彼女の瞳には尊敬を通り越して、深淵を覗き込んでしまった者の『畏怖』が浮かんでいた。


「それに体力と魔力が『測定不能』!?

 こんな表示、魔王クラスでも見たことがない」


「極めつけはこのスキル、世界清浄? 対象を原子分解!? 即死魔法なんてレベルじゃない……。存在そのものを消し去る権能……。もはや神の御業だわ!」


「……おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


「ひっ……!」

 俺が声を掛けると、彼女はビクッと肩を震わせ、直立不動の姿勢をとった。


 やべぇ。

 最近はおっさんが若い子に声かけるだけでもセクハラになるらしい。

 なんか、ビクッて拒否反応してたぞ。

 とっとと、この場から逃げなければ。



「も、申し訳ありません、よ、吉岡様!! 私、とんでもない無礼を……!あなたはFランクなどではなく、この世界の理を超越した『掃除神』であらせられたのですね……!!」


 ――は?

 神ってなんだ。

 もしかして、お礼と見せかけた宗教勧誘か?


 いろんな意味でヤバいぞ、この子。

 マジで撤退せねば。


「と、とにかくさ、俺の潔白(Fランク)は証明されたな?もう帰っていいか? ビールがぬるくなる」


「あ、はい! お引き止めして申し訳ありません! ……あ、あのっ!」


「こ、今度はなにっ!?」

 この子、マジこわい。早く帰りたいっ。



「……わ、私を弟子にしてもらえないでしょうか、し、師匠!」


 神の次は師匠か?

 この子何言ってんだ?


「掃除の師匠なんて、聞いたことねぇよ。じゃ、俺帰るよ」


「あ、あぁ、吉岡様ッ……」


 俺はママチャリの鍵を開け、キコキコとペダルを漕ぎ出した。

 俺の背中に向けて、国民的アイドルである聖女様が頭を下げていた。


 まったく、今日は厄日だ。

 俺の『人とはなるべく関わらない』のモットーを邪魔をしないでほしい。


 ――その後。


 俺がスーパーで半額の刺身を買って帰る間に、聖女アイラのSNSから一つの爆弾情報が投下された。


【速報】今日の英雄さんは、本物の「神様」でした。

 Fランクを装って人間界を視察(お掃除)されているようです。


 拡散数、100万リツイート。


 俺の平穏な日常は、こうして完全に「掃除クリーニング」されてしまったのだった。

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