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第2話 頑固な汚れは業務用にかぎる。


 目の前には、紫色の煙を噴き出す巨大なトカゲ(ドラゴン)。

 そして、腰を抜かしているキラキラした若者たち。


 正直、関わりたくない。

 

 俺の今日の勤務予定は、このB通路を綺麗にすれば終われるんだ。

 だが、このまま放置すれば、このエリア全体がガス(毒)で汚染される。

 そうなれば、翌日の営業停止は免れないし、何より俺の清掃エリアでの不祥事として始末書を書かされる。


 あの事務所で孤独に書き物をする時の空気感はマジで御免だ。


「……はぁ。やるか」


 俺はバケツを置き、腰の消臭消毒スプレーを構えた。

 若者たちの前へと歩み出る。


「ちょ、ちょっとおじさん!? 何してるんですか! 逃げて!」


 泥だらけの女の子が、悲鳴のような声を上げる。

 ……確か『聖女』とか呼ばれてるアイドルだっけか? 近くで見るとカワイイな。

 泥かぶってんのにカワイイとか、どういう生き物なんだ。


 彼女の周りにいる騎士風の男たちも、ボロボロの盾を構えながら叫ぶ。

「民間人は下がってろ! これは『変異種』だ!

 Sランクの俺たちの攻撃すら通じない化け物なんだぞ!」

「死にたいのか! 早く逃げろ!」


 うるさいな。 こっちは仕事なんだよ。


「すいません、清掃入りまーす。足元ご注意くださーい」


「はぁ!? 何言って……」


「……悪臭源まで行かないと、臭い取れないだろうがよ」

 俺は小声で呟く。



 俺は呆気に取られる彼らの横をすり抜け、ドラゴンの正面に立った。


「Sランクだかなんだか知らんけど、Fランクにもやんなきゃならんことがあるんだよ」


 鼻が曲がりそうな悪臭だ。

 硫黄と腐敗臭が混ざったような臭い。

 換気が不十分な現場でよくあるやつだ。


「グルルァァァァァ!!!!」


 ドラゴンが俺に気づき、咆哮を上げる。

 その巨大な口から、濃縮された毒のブレスが吐き出された。

 紫色の濁流が、俺めがけて押し寄せる。


「いやぁぁぁぁ!!」

「終わった……!」


 後ろで悲鳴が上がる。



 ――大袈裟だな。ただのガスだろ。


「臭いがキツイ時は、元から中和するに限る」


 俺は神経を集中し、念じる。


(――消臭!(毒無効化))


 刹那、俺の人差し指は残像を残す速さでスプレーのトリガーを引く。


 プシュワ~ッ。


 頼りない音がして、無色透明のミストが噴霧される。



 ――次の瞬間。

 俺の視界の前で、紫色のガスもまた、無色透明へと変わる。

 いや、正確にはミストに触れた瞬間、汚れの粒子が分解。

 周囲の毒ガスへも連鎖反応が起きて、放射状に全体が無害な空気に変わっていく。


 さすが業務用。高かっただけはある。

 市販品とはわけが違う。


 ブレスの直撃を受けたはずの俺は、少し服が濡れた程度で、平然とそこに立っていた。


「……は?」

「ウソ……だろ……? 『腐食の吐息カオス・ブレス』が……消えた?」

「あのおじさん、何をしたんだ……?」


 後ろで何やらボソボソと言っているが、俺は作業に集中する。

 ガスは消したが、悪臭源ドラゴンをどうにかしないと解決にならない。


「ドリアンみたいな匂いだな。

 ……ドリアンドラゴン、略してDDと名付けてやろう」


 俺はスプレーを腰に戻し、今度は愛用のモップを構えた。


 ドラゴンが苛立ったように、丸太のような腕を振り上げる。

 鋭い爪が俺の頭上から迫る。


 おいおい、暴れて壁に傷とか付けんなよ。

 俺のせいになって給料から修理費を天引きされんだよ。


「大人しくしてろ」


 俺は振り下ろされた爪を、モップの柄で軽く叩いた。

 手首のスナップを利かせて、衝撃を逸らす。


 いわゆる『いなし』だ。

『てこの原理』で重い家具を動かすときに使うコツと同じだ。


 ガギィィィン!!


 金属同士がぶつかったような音が響き、ドラゴンの巨大な腕が弾かれた。

 体勢を崩し、ドラゴンがよろめく。


「なっ……ドラゴンの爪を……モップで弾いただと!?」

「ありえない……ミスリルの盾すら紙切れのように引き裂く攻撃だぞ……!?」


 だから、うるさいな。

 いちいち実況するな。集中できないだろうが。

 最近の若い子はいちいち口にしないと気が済まないもんかね。


 俺はよろめいたドラゴンの足元――いや、汚れの『こびりつき』の中心核へと踏み込んだ。


 頑固な汚れには、一点集中。

 圧力を掛けて、根こそぎ剥がし取る。


「どいてろ。――『高圧洗浄ハイドロ・ブラスト』」


 俺はモップの先を突き出し、魔力を込めた。

 イメージするのは、業務用の高圧洗浄機。

 コンクリートの苔すら削り取る、圧倒的な水圧の刃。


 ズドォォォォォン!!


 モップの先から放たれた衝撃波が、ドラゴンの巨体を貫いた。


 いや、貫通ではない。

 汚れが壁から剥がれ落ちるように、ドラゴンの肉体が粒子となって分解されていく。


「ギャァァァァァァァ…………」


 断末魔すら残さず、数秒後には、そこには何もなくなっていた。

 ただ、チリ一つない綺麗な床が広がっているだけ。


「ふぅ。……よし、綺麗になったな」


 俺は額の汗を拭い、満足げに頷いた。


 やはり高圧洗浄は気持ちがいい。

 だが、モップ版は圧力が弱いな。

 次の給料出たら、ハンディタイプのケルヒャー買おうかな。



 俺はバケツと道具を片付け、くるりと振り返る。


 そこには、口をあんぐりと開けたまま石像のように固まった、聖女と騎士たちがいた。

 あと、彼らの後ろに浮いているカメラドローンが、じーっと俺を映している。


「あ、そこ。まだ床が濡れてるから滑らないようにね」


 俺はそれだけ言い残し、彼らの横を通り過ぎる。


「あ、あの! お待ちください! あなたは一体……!」


 聖女の女の子が慌てて呼び止めてくるが、俺は腕時計をチラリと見た。


 13時15分。


 やばい、サウナのロウリュウタイムに間に合わないかもしれない。


「あー、いやいや、配信お疲れ様でーす。失礼しまーす」とだけ言い残し、小走りでその場を去った。


 いつまでも配信者と関わってるとロクなことはない。

 俺は逃げるように帰った。


 まさか、その背中が全世界に生配信されており、コメント欄がとんでもないことになっているとは知らずに。



 ◇◇◇


『え?』 『は?』 『ファッ!?』 『今、何が起きた?』 『放送事故?』 『いや、ドラゴン消えたぞwww』 『一撃www』 『あのおっさん誰だよwww』 『モップでSランクドラゴン弾いたぞ』 『聖女ちゃんが口あけて固まってるのかわいい』 『つーか、あの霧吹きなに? 聖水?』 『洗剤だろwww』 『モップ最強説』 『嘘だろ……あのドラゴン、Sランク指定の変異種ニーズヘッグだぞ? 軍隊が出動するレベルだぞ?』 『それを掃除感覚で消しやがった』 『「お疲れ様でーす」じゃねーよwww 一番デカいゴミ(ドラゴン)片付けたのお前だろwww』 『誰か特定しろ!』『特定班はよ』 『【速報】胸の刺繍、「吉岡」と判明』 『吉岡wwww』 『吉岡強すぎワロタ』 『Fランクダンジョンに神がいた』 『今日からここは「吉岡ダンジョン」な』


 同接数、500万人突破。


 世界トレンド1位『清掃員のおじさん』。

 2位『モップ無双』。

 3位『吉岡』。


 俺がサウナで「くぅ~、整うわぁ」とタオルを頭に乗せている頃、世界中が俺を探して大パニックになっていた。

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