第11話 エリクサー・フード!ライト・オン!
地下ダンジョンのゴミ捨て場から生還した俺は、その足で駅前のスーパー『コモディ・イイダ』に寄っていた。
時刻は19時半。
主婦たちとの半額シールデスマッチを制し、戦利品をカゴに入れる。
今日の成果は半額の刺身盛り合わせ、30%引きの豚コマ、そして特売の白菜(1/4カット)だ。
「よし、今日は豚汁と白菜の浅漬け、あとは刺身で晩酌だな」
俺はレジ袋を提げ、ホクホク顔でアパートへの帰路についた。
今日の仕事(?)は、ハードだった。
聖剣のサビ取りで警備員に追われ、ダストシュートを滑り降り、スライム分別までやった。
全身の筋肉が悲鳴を上げている。
早く帰って、ビールを流し込み、今日という日を忘れてしまいたい。
築20年、5階建てアパート『メゾン・ド・カミキ』。
ここが俺の城だ。
管理が行き届いてるのと、ここに越してから割と良いことが起きるので気に入っている。
2階へ上がり、一番奥の205号室へ向かう。
だが、俺は階段を上がった廊下で足を止めた。
「……なんだ、あれ」
俺の部屋のドアの前に、巨大なトランクケースが二つ鎮座していた。
海外旅行にでも行くのかというデカさだ。
そして、そのトランクの上に、ちょこんと座っている人影があった。
共用灯の明かりに照らされた、金色の髪。 高級そうな白いワンピース。
どう見ても、この賃貸マンションには不釣り合いな存在。
「……あ!」
人影が俺に気づき、パッと顔を上げた。
宝石のような青い瞳が、俺を捉える。
「おかえりなさいませ! 師匠!!」
聖女アイラだった。
彼女はトランクから飛び降り、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「あ!お前っ!お前のせいで酷い目にあったんだぞ!
……てか、なんで俺の家を知ってんだ!?」
「私、吉岡様の見事な仕事捌きに感動しました!
それと師匠のご自宅はギルドの住所録から特定しました!」
笑顔で犯罪(個人情報の不正利用)を告白しやがった。
やはりこの子、思考回路がモンスター寄りだ。
「何しに来たんだ?もしや、俺の身柄の確保か?」
俺が周りをチラチラ気にしながら尋ねると、アイラはきょとんとした顔で答えた。
「え?何の話をされているんですか?」
なんだ?違うのか?
やはり若い子は何を考えてるのか分からん
「……じゃ、なんの用だ。弟子入りなら断ったはずだぞ」
「はい、一度は断られました。ですが、諦めません!」
そして、アイラは胸の前で手を組み、ウルウルとした上目遣いで俺を見つめた。
「私……実は、行くところがないんです」
「は?」
唐突の事に思考が追い付かない。
「今日の件をギルドに報告したら、『神を逃した』と責められ……居場所がなくなってしまって……。今夜、泊まる場所もないんです……」
――絶対、嘘だ。
こいつ、ロールスロイスで移動するようなお嬢様だろ。
それに、なんだ、その足元のトランクケースは。
「家出セット」にしては準備が良すぎるし、表情は悲壮感よりウキウキ感がにじみ出てる。――こいつ、ウソつけないタイプだろ。
「……嘘つけ。帰れ」
「うぅっ……そんなぁ……。外はこんなに暗くて寒いのに……。
か弱い乙女を野宿させるおつもりですか……?」
アイラが芝居がかった仕草で涙を拭う。
「泊めて頂けないと、警備隊に電話してしまうかも病が発症するかもしれません……。」
……もはや脅迫やん。
俺はため息をついた。
ここで騒がれて、警察にでも通報されたら昼間のギルドの件もある、色々とマズい。
「……はぁ。とりあえず入れ。 話だけは聞いてやる。泊めるかどうかは別だ」
「! ありがとうございます!」
アイラは瞬時に泣き顔を引っ込め、重そうなトランクを軽々と持ち上げた。
こいつ、絶対に、か弱くない。
ガチャリと鍵を開け、俺たちは部屋に入った。
間取り2DK、必要最低限の家財しかない殺風景な男の部屋だ。
「お邪魔します……! わぁ、ここが神の住まう神殿……!」
「ただの賃貸だ。そんな神々しく無いわ」
俺は荷物を置き、手を洗う。
アイラは部屋の中を興味津々でキョロキョロしている。
とりあえず、飯の支度だ。
俺は買ってきた白菜をザクザクと切り、塩を振ってジップロックに入れた。
これを揉み込んで、重石を乗せておけば、数時間で浅漬けになる。
「……重石、重石と」
俺はポケットに入っていた「アレ」。
地下ダンジョンのゴミ捨て場で拾った、虹色の石ころを取り出した。
拳大のサイズで、ずっしりと重い。
表面はツルツルしていて衛生的だ。
「おお、ちょうどいいな」
俺はジップロックに入った白菜の上に、その虹色の石をドンと乗せた。
完璧な安定感だ。
「よし、これで漬かるのを待つか」
俺が満足して振り返ると、アイラが、あわわわと震えていた。
「し、ししし、師匠ぉぉぉッ!?」
「うおっ、なんだ急に!」
アイラは震える指で、俺の即席漬物セットを指差した。
「そ、それ……その石……!
まさか、伝説のSSランク素材『虹の核』ではありませんか!?」
「ん? なんだそれ?」
「ダンジョンの最深部にしか現れない幻の鉱石です! ひとつあれば、城がひとつ買えると言われる、国家予算級の魔力結晶ですよ!?」
「へぇ。……じゃ、城が必要になったら交換してもらうとしよう」
「それまでの用途が、漬物石って、意味が分からないですよぉぉぉ!!」
アイラの絶叫が壁を突き抜けてマンション全体に響き渡った。
「うるせぇな! ちょうどいい重さだったんだよ!
今の俺に必要なのは『城』より『美味い漬物』なんだよ」
俺は耳をほじりながら答えた。
価値観の違いってやつだ。
俺にとっては、今日のご飯のお供の方が遠くの城より価値がある。
「し、師匠、無欲すぎますッ。 SSランク素材を……漬物石に……」
アイラはガクガクと膝をつき、うわ言のように呟いている。
だが、俺たちはまだ知らなかった。
この『虹の核』から溢れ出る濃密な魔力が塩もみされた白菜に浸透し、とんでもない化学反応(魔力変異)を起こし始めていることに。
ただの白菜が、万病を治し寿命を延ばす『神話級・保存食』へと進化しつつあることを。
◇◇◇
1時間後。
ちゃぶ台の上には、豚汁と刺身、そして出来上がった浅漬けが並んでいた。
「師匠の手作り料理ッ!!わぁーい!いただきまーす!」
アイラは、さっそく浅漬けを箸で摘んだ。
見た目はただの白菜だが、うっすらと虹色のオーラを纏っているように見える。
パリッ。
彼女が一口食べた瞬間だった。
カッッッ!!!!
アイラの身体が発光した。
文字通り、電球のようにピカーッと光ったのだ。
「ふおぉぉぉぉっ!!! な、なんですか、これはぁぁぁ!?」
「うおっ、まぶしっ! お前どうしたっ!?聖女って、発光機能ついてんのか!?」
「ち、違います! 食べた瞬間、体内の魔力回路が全開になって……!
疲れも、古傷も、肌荒れも、一瞬で消え去りました! これはただの漬物ではありません! まさに神の聖餐、エリクサー・フードですね!!」
アイラは涙を流して感動している。
「大袈裟だな。ただ塩加減が良かっただけだろ」
そう言いながら、俺も白菜に手を伸ばす。
――ったく、これだから配信者ってやつは……
ぱくっ……
……
「ほらな? 白菜ごときで何にも――」
ドクンッ……
ふおぉぉぉぉぉッ!!!?
「べ、ベタ過ぎる流れで、俺まで光ってるウゥゥッ!」
「し、師匠!これを毎日食べれば、私は最強の聖女になれます……!」
「や、やめとけ!!掃除と全然関係ないッ!それと俺は寝るとき、電気は全消し派だ!」
――結局、その夜。
「帰るところがない」と泣きつかれ、なし崩し的にアイラを泊めることになった。
なぜか俺のジャージが着たいと、駄々をこねられ、サイズが大きすぎてワンピースみたいになっている彼女は、俺の布団の横で、借りてきた猫のように丸くなって寝息を立て始めた。
お互い『エリクサー・フード』の効果が薄れ、俺は普通に戻ったが、アイラは常夜灯のように薄っすら光っている。
……調子が狂う。 俺の平穏な独身生活はどこへ行ったんだ。
しかし、これはトラブルの序章に過ぎなかった。
本当のトラブルは翌朝にやってきた。




