第1話 サンポールは最強です。
この世界にダンジョンが発生してから、かれこれ20年。
最初は誰もが恐怖していたが、ソレは次第に金になると分かり、世界は「冒険者」と「配信者」の熱狂に包まれていた。
一方の俺は社畜と化したサラリーマン人生を送ってきたが、最後は激務でぶっ倒れてドクターストップ。
まだやれると会社との交渉を粘ってみたが、倒れる奴なんていらないんだとさ。
あっけなく戦力外通告でクビになり、42歳にして無職で世界に放り出されてしまった。
そこで考えた。
次の仕事の条件は給料そこそこ、自分のペースで一人で出来るもの。
もういっそのこと、他人との関わりを極限まで減らして行こうと考えた。
スマホで求人サイトをくまなくチェックしてたら、ちょうどいいのが見つかった。
【年齢条件なし!ダンジョン清掃員急募!高待遇!自分のペースでお仕事進められます!】
――あった、これだよ。
冒険者が満足して帰った後のダンジョンで黙々と掃除する仕事。
要するに、次の冒険者が来る前に完璧に綺麗にすればいいんだろ?
サニタリーサービスの営業マン(兼、繁忙期は臨時作業員)だった俺からしたら、俺の『お掃除キャリア』は採用確率が格段に上がるはずだ。
――結果は即採用。
誰もやりたがらない仕事のようで万年人材不足な分、待遇は良かった。
とにかく配信の多くが集中する夕方までに仕事を終わらせること。
これだけが守るべきルールで、それ以外は自由だという。
福利厚生も完璧、有休もある、昇給賞与まで。
――最高すぎる職場じゃないか。
俺がここで働くことになった経緯と理由なんて、こんなもんだった。
そして、予想通り、俺にとって、この仕事は天職だった。
仕事も覚え、自分なりの手順や方法も身に着け、あっという間に5年。
相変わらず、独身だが、今の生活には満足している。
朝7時。
いつも通り、ギルドの裏口、社員通用口から入る。
IDカードを端末に押しつけ、作業着に着替える。
今や着慣れた、灰色のツナギだ。
今日の担当ダンジョンをホワイトボードでチェックする。
「……F。……ま、いつもどおりね」
事務所に挨拶をし、上司にダンジョン入場の声を掛ける。
「あ、吉岡さん、今日はちょっと酷いかも。
昨日、団体さんがはちゃめちゃに暴れちゃってさぁ、手間かけるけど、頼むね」
「あ、はい。じゃ、いつもより薬剤多めに持って行っておきます」
こんな感じで仕事が始まる。
俺はこの業界に入るまで知らなかったが、どうやらランクってもんがあって、それがこの世界のヒエラルキーを形成している。
俺は見事に『F』。
ダンジョンに立ち入るのも辞めた方がいいってレベルらしい。
そして、その『F』がでかでかと書かれたライセンスカードをぶら下げていなければいけないルールもあり、自分の底辺っぷりをアピールしながら働かなければならないとこだけは、どうにかしてほしい。
とはいえ?
俺は別に戦うわけじゃない。
しいて言うなら、俺の敵は汚れだ。
だが、臨時清掃で冒険者らがいる中に混じると、
「おいおい、Fランクの掃除屋がいるぞ」
「邪魔だ、ゴミめ」
なんて、イキッた小僧の暴言もたまに聞く。
前職のブラック企業での経験がある俺からしたら、そんなもんは『祭囃子』くらいにしか感じない。それに5年もやってりゃ慣れる。
俺は自由に仕事して、金さえ貰えれば、それでいい。
いつも通り、ギルド指定のFランクダンジョンへと向かう。
とぼとぼと一人、奥へと進む。
ここはテーマパークみたいなもんだ。
冒険者じゃない者たちが、冒険者気分を味わうのにスライム狩りみたいなもんをやる。
おかげで汚れ方が半端じゃない。
しかも、スライムってヤツは粘性が高く、こびりつきが酷い。
俺はいつも通りの手順で仕事をこなす。
左右と後ろに付けた腰袋からスプレーを取り出す。
ドラッグストアで買った『サンポール』だ。
スライムにはこれが一番効く。
壁や床に、べったりとついたスライムの残骸にサンポールを吹きかけ、ホームセンターで選び抜いたデッキブラシで素早く磨く。
冒険者風にいうなら……
薬剤スプレーとバケツに雑巾。
そしてデッキブラシとモップがおれの最強の武器《清掃道具》だ。
そうそう、大概の清掃員はスライムの粘液清掃はマジで嫌だと言って避ける。
おかげでFランク清掃の作業員が足りないらしい。
俺からしたら、サンポール掛けて磨くだけの楽チン仕事の何がイヤなんだか、全くもって意味が分からない。
みんな力が入りすぎなんだよな。汚れってのは力で落とすんじゃない。
もっとこう……「分解」するイメージだ。
こうやって、汚れの結合部に意識を集中して、ブラシをスッと通してやれば……。
キィィィン……。
甲高い音と共に、ベトベトの粘液が光の粒子となって霧散する。
な?
これが、サンポールとスライムの化学反応ってやつだ。
綺麗に中和されて消えていく。
「よし、落ちた」
ほれ、所要時間1秒だよ。
しかも、完璧な仕上がりだ。
これの何がいやなんだか。
やだね、なんでも楽を求めてるんかね?
1秒の我慢もできないのかっつーの。
俺の担当エリアは、今日もチリ一つない状態。
これなら後の配信者たちも気持ちよく撮影できるだろう。
「よし、このエリアは完了。次は奥のB通路か……あそこ、カビやすいんだよな。
ま、でも、この調子なら午前には終わる。
さっさと帰って、今日はサウナいこう!」
バケツとモップを持ち上げ、俺は鼻歌交じりに通路を歩き出した。
その時だった。
ズドォォォォォン!!
ダンジョンの奥から、地響きのような轟音が鳴り響いた。
続けて、悲鳴。
「きゃぁぁぁ!! 無理無理! こんなの勝てないぃぃ!」
「退却ぅぅ! 聖女様を守れぇぇ!!」
通路の曲がり角から、煌びやかな装備をした集団が転がり出てきた。
泥だらけで、涙目になった美少女と、それを守るイケメン騎士たち。
テレビで見たことあるな。
たしか大手ギルドの……Sランクパーティだっけか?
パーティ名なんだっけ?
横文字弱いんだよな、俺。
てか、なんでこんなFランクダンジョンにいるんだ?
上司も誰かいるなんて言ってなかったぞ?
つーより、俺の担当エリアを荒らすんじゃねぇよ!
サウナの予定が狂うだろうが!
自分の予定を狂わされる方が気になった。
彼らは俺の横を風のように駆け抜けていく。
そして、彼らが逃げてきた奥の暗闇からソレは姿を現した。
「グルルルルル……!!」
天井に頭が届きそうな巨体。
全身から紫色の毒ガスを撒き散らす、変異種のドラゴン。
Fランクダンジョンにいるはずのない、Sランク指定の災害モンスターだ。
逃げ遅れた俺とドラゴンに追いつかれたSランクパーティ。
絶体絶命のピンチ。
だが、俺が思ったことは一つだけだった。
「……おいおい。通路でガス漏れさせるなよ。換気が大変だろうが」
俺はため息をつきながら、腰袋から強力消臭消毒スプレー(業務用)を取り出した。
最悪だ。換気となったら半日は帰れん。
至高の『昼間っからサウナ』計画が台無しじゃないか。




