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仈:望月懐遠(月を望んで、遠きを懐う)張九齢

挿絵(By みてみん)

張九齢ちょう きゅうれい

儀鳳3年(678年) - 開元28年(740年6月5日)

字は子寿。諡は文献。韶州曲江県の出身。


【しおの】


海上生明月,天涯共此時。

はるか東の海の上に、いま、くっきりと明るい月が昇ってきた。この世界の果てにいるあなたも、きっと今、この同じ月を眺めていることだろう。


情人怨遙夜,竟夕起相思。

情の深いあなたは、この長すぎる夜を恨めしく思っているのではないか。私もまた、一晩中眠れぬまま、あなたへの想いに胸を焦がしている。


滅燭憐光滿,披衣覺露滋。

灯火を消せば、部屋の中まで月の光が満ちあふれ、そのあまりの美しさに心打たれる。上着を羽織って庭に出れば、夜露がしっとりと降りてくるのが肌に伝わる。


不堪盈手贈,還寢夢佳期。

この美しい月光を両手ですくって、あなたに届けてあげたいけれど、それは叶わぬ願い。せめてもう一度眠りについて、夢の中であなたと再会できる幸せな時間を祈るしかない。

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柳宗元の「静寂と孤高」の世界から一転、今回は唐代の名宰相であり、風流な詩人としても愛された張九齢ちょうきゅうれいの傑作『望月懐遠ぼうげつきえん』をお届けします。

この詩は、離れ離れになった愛する人を想い、同じ月を見上げている切なさを描いた、唐詩屈指のロマンティックな名作です。


歴史と文化の背景:張九齢の「気品」

張九齢は、玄宗皇帝に仕えた「最後の賢相」と呼ばれた人物です。

 「天涯共此時」の普遍性: 「遠く離れていても、同じ瞬間を共有している」というこのフレーズは、1300年後の現代を生きる私たち、例えば遠距離恋愛中の恋人たちや、故郷を離れて働く人々の心にも深く刺さる、究極の共感メッセージです。

 月の贈りもの: 「月光を掬って贈りたい」という発想は、当時の中国の風習や「月=清らかな想いの象徴」という文化を反映した、最高に優雅で切ないファンタジーです。

唐の時代を締めくくる「最後の良心」、それが張九齢ちょうきゅうれいです。

李白や杜甫が活躍した「盛唐」というキラキラした時代の裏側で、国がヤバい方向に行かないよう必死にハンドルを握っていた、超苦労人の名宰相(総理大臣クラス)。現代の若者が「組織の中で正論を言う難しさ」や「遠く離れた人へのエモい感情」に直面したとき、一番心に染みるのが彼かもしれません。

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1. 張九齢の「履歴書」:忖度なしのガチ勢リーダー

彼は、中国の南の果て(広東省)から実力一つで中央へ登り詰めた、超エリートです。

 「最後の賢相」: 玄宗皇帝がまだまともだった頃、彼の隣で「陛下、それはダメです」「今のうちに手を打たないと国が滅びます」とガチの正論を言い続けたラスト・サムライ的な存在。

 安禄山を見抜いていた: 後に唐を崩壊させる「安史の乱」の張本人・安禄山が若い頃にやらかした際、張九齢は「こいつは絶対裏切るから、今ここで処刑すべきです」と皇帝に進言していました。結局、玄宗が聞き入れなかったせいで歴史は悲劇へと向かいますが、彼の「先見の明」はチート級でした。

 美しき左遷: 結局、忖度できない性格が災いして、口当たりの良いことしか言わないライバル(李林甫)にハメられ、都を追われてしまいます。

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2. 張九齢の「推しポイント」:気品あふれる「大人」の魅力

① 圧倒的な「気品」と「オーラ」

張九齢は、その風貌や立ち振る舞いがあまりにエレガントだったため、彼が去った後も、玄宗皇帝は新しい大臣を任命するたびに「そいつは、張九齢みたいにシュッとしてるか?(気品があるか?)」と聞き返したという伝説があります。「九齢風度きゅうれいふうど」という言葉があるほど、彼の美学は一つのブランドでした。

② 遠距離の「エモさ」を定義した

先ほど紹介した『望月懐遠』の「海上生明月,天涯共此時」というフレーズ。 SNSもビデオ通話もない時代に、「同じ月を見ている=私たちは繋がっている」という概念をこれほど美しく言語化したのは彼です。今の若者が、深夜に好きな人のインスタの更新を見て「同じ時間を生きてるな」と感じる、あの感覚の元祖です。

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3. 日本文化への影響:風流のスタンダード

彼の詩は、日本でも古くから「教養ある大人のたしなみ」として愛されました。

 『唐詩選』のトップバッター: 江戸時代に大流行した『唐詩選』というベスト盤の最初の方に彼の詩が載っていたため、日本の知識人にとって張九齢は「まず最初に通るべき、正統派の美学」でした。

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4. 現代の心に刺さる代表作

感遇かんぐう』:自分らしく咲くということ

「草木にもとから心有らんや、何ぞ美人の折るを求めん」 (草木が美しく咲くのは、誰かに摘んでほしいからじゃない。ただ、自分の中に咲く理由があるから咲いているだけだ)

「いいね!」が欲しいから頑張るのではなく、「自分が自分であるために、美しくありたい」。承認欲求に疲れがちな現代のSNS社会に、1300年前から彼が投げかけてくれる力強いメッセージです。

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5. まとめ:張九齢は「品格のある大人」の理想像

張九齢は、単なる「仕事ができる人」ではありませんでした。どんなに政治で苦労しても、その心の中には常に「月のように澄み切ったロマン」を持ち続けていた。

「正論を貫く強さ」と「誰かを想う優しさ」。 この両方を持っているからこそ、彼は歴史の中で「特別な一人」として輝き続けています。

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