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陸:春暁(春のあけぼの)孟浩然

挿絵(By みてみん)

もう 浩然こうねん

(689年 - 740年)

名は浩、字は浩然と言われる。

若い頃から節義を重んじ、人の患難を救うなどの行いがあった。


【しおの】


春眠不覺曉,處處聞啼鳥。

春の眠りは心地よく、夜が明けたことにも気づかずにまどろんでいた。ふと意識が戻れば、庭のあちこちから鳥たちのさえずる声が聞こえてくる。ああ、もう朝なのだ。


夜來風雨聲,花落知多少。

そういえば、昨夜は激しい風雨の音が枕元まで届いていた。庭の桜や桃の花は、一体どれほど無残に散ってしまったことだろうか。

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孟浩然もうこうねんの『春暁しゅんぎょう』。わずか20文字の中に、春の朝のまどろみ、生命の息吹、そして散りゆくものへの淡い哀惜が完璧なバランスで封じ込められています。

王維と並び「山水田園詩人」と称される彼が描いた、もっとも幸福で、もっとも切ない「春の目覚め」。


歴史と文化の背景:孟浩然の「隠棲」と「憧れ」

孟浩然は、李白や王維よりも年長で、彼らから深く尊敬された詩人でした。

 「隠者の美学」: 彼は生涯のほとんどを故郷の鹿門山で隠士として過ごしました。この詩に見える「不覺曉(夜明けに気づかない)」という表現は、世俗の野心や時間の束縛から解き放たれた、隠者ならではの贅沢な時間の使い方を象徴しています。

 李白との友情: 李白は彼を「孟夫子(孟先生)」と呼び、「私は孟先生が大好きだ、その風流な姿は天まで届くほどだ」と熱烈な詩を贈っています。

孟浩然もうこうねんを一言で表すなら、「就活にことごとく失敗したけれど、業界のレジェンドたちに死ぬほど愛された、愛すべきニート」です。

李白、杜甫、王維、白居易……これまで紹介した「唐代スター列伝」の中でも、孟浩然はちょっと異質なポジションにいます。現代の若者が「自分らしく生きるって何?」と悩んだ時、一番ヒントになるかもしれない彼の人生を紐解いでいきましょう。

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1. 孟浩然の「履歴書」:不器用すぎる天才

彼は「隠者(世捨て人)」として有名ですが、実はずっと就職したかった人なんです。

 遅咲きの挑戦: 故郷の山にこもって勉強していましたが、40歳手前で「やっぱり一旗揚げたい!」と都の長安へ向かいます。今で言うなら、40歳で突然「スタートアップの聖地で勝負してくる!」と上京したようなものです。

 伝説のやらかし: 当時、友人だった王維が彼をこっそり宮廷に招いたとき、突然皇帝(玄宗)がやってきました。パニックになった孟浩然はベッドの下に隠れますが、見つかってしまいます。

 自爆ボタン: 皇帝の前で自作の詩を披露するチャンスを得ますが、あろうことか「皇帝なんて僕のことを見捨ててるし」という内容の詩を読んでしまい、「勝手に見捨てたのはお前だろ!」と皇帝を怒らせ、不採用に。結局、官職には一度も就けませんでした。

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2. なぜ彼は「レジェンド」になれたのか?

就活には全敗。でも、彼は「アーティストとしての徳」が異常に高かったのです。

① 「自然体」という最強の武器

彼の詩には、気取った言葉がありません。

「あー、よく寝た。鳥が鳴いてるな。昨夜の雨で花が散っちゃったかな……」 そんな、誰の日常にもある「等身大の感覚」を美しく切り取る天才でした。この飾らない姿勢が、後の「わび・さび」に通じる日本の感性に深く突き刺さります。

② 天才たちに愛される「推しキャラ」

彼は驚くほど人望がありました。

 王維: 彼の親友で、彼が職を得られるよう必死に根回ししてあげました。

 李白: あの傲慢な李白が「私は孟先生を心から愛している(吾愛孟夫子)」という詩を贈るほど、心酔していました。 李白にとって孟浩然は、権力に媚びず(失敗しただけとも言えますが)、山の中で風流に生きる「理想の自由人」に見えたのです。

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3. 日本文化への影響:教科書に必ずいる「あの人」

日本の国語の教科書で、一番最初に習う漢詩といえば『春暁』ではないでしょうか。

 春眠暁を覚えず: このフレーズが1300年以上、日本人の「春の感覚」を支配し続けています。

 「隠逸いんいつ」の理想: 都会の喧騒に疲れ、田舎で静かに暮らす。そんな日本人が大好きな「スローライフ」の理想像を形にしたのが孟浩然でした。

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4. 現代の心に刺さる代表作

宿建徳江しゅくけんとくこう』:旅先の「孤独」

「野は広くして天 樹にれ、江は清くして月 人に近し」 (広い野原の果てで、天は樹木に覆いかぶさるように低く見え、澄み渡った川面に映る月は、孤独な自分に寄り添うように近くに見える)

一人旅の夜、ふと空しさや孤独を感じたとき、スマホの画面ではなく夜空を見上げる。そんな「孤独と風景が溶け合う瞬間」を捉えた、究極の情緒派ソングのような詩です。

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5. まとめ:孟浩然は「ありのまま」の先駆者

孟浩然の人生は、世渡りとしては「失敗」だったかもしれません。でも、彼は自分の感性に正直に生き、その結果、李白や王維といった後世の天才たちに「あんな風に生きたい」と思わせる北極星のような存在になりました。

「社会にうまく馴染めない」「競争に疲れた」と感じる現代の若者にとって、「仕事はなくても、美しい朝を愛でる心があれば、歴史に名は残せる」という彼の生き方は、不思議な安心感を与えてくれるはずです。

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