伍:西施詠(西施を詠ず)王維
王 維
701(長安元年) - 761(上元2年)
字は摩詰、最晩年の官職が尚書右丞であったことから王右丞とも呼ばれる。
同時代の詩人李白が“詩仙”、杜甫が“詩聖”と呼ばれるのに対し、
その典雅静謐な詩風から詩仏、また“南画の祖”と仰がれている。
【しおの】
豔色天下重,西施寧久微。
まばゆいばかりの美貌は、いつの世も尊ばれる。あの西施のような美しさが、卑しい身分のまま、いつまでも埋もれているはずがなかったのだ。
朝乃越溪女,暮作吳宮妃。
朝には越の国の川辺で衣を洗う村娘だった彼女が、日が暮れる頃には呉の王宮に召し出され、最愛の妃となっていた。
賤日豈殊眾,貴來方悟稀。
貧しかった頃の彼女は、他の娘たちと何ら変わらぬように見えていた。だが一度貴い身分となってみれば、世の人々は「これほど稀な美人はいない」と、今さらながらに気づくのだ。
邀人傅香粉,不自著羅衣。
今では、人の手を借りて香る白粉を肌にのせ、薄絹の衣さえ自分の手で着ることはない。
君寵益嬌態,君憐無是非。
王の寵愛を受ければ受けるほど、その振る舞いは艶かしく増長し、王が彼女を慈しむ以上、彼女のやることに間違いなど何ひとつないとされる。
當時浣紗伴,莫得同車歸。
かつて川辺で共に衣を洗っていた仲間の娘たちは、もう二度と、彼女と同じ車に乗って帰ることなど叶わない。
持謝鄰家子,效顰安可希?
隣の家に住む不器用な娘に、そっと教えてやりたいものだ。「西施の真似をして眉をひそめてみたところで、どうしてあのような輝きを手にできようか」と。
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王維の『西施詠』。この詩は、単なる美人の成功譚ではありません。静謐で達観した視点を持つ王維が、運命の激変と、それを取り巻く世間の移ろいやすさを、淡々と、しかし鋭い筆致で描き出した物語です。
絶世の美女・西施の数奇な運命を、小説の断章のような対照意訳で綴ります。
歴史の裏側と王維の皮肉
この詩の背景には、呉越の戦争という巨大な歴史のうねりがあります。西施は、越王・勾践が呉王・夫差を骨抜きにするために送り込んだ「美貌という名の兵器」でもありました。
「効顰」の由来: 西施が持病の胸の痛みで眉をひそめていた姿があまりに美しかったため、醜い女がそれを真似てさらに醜くなったという「東施効顰」の寓話を引いています。
王維の視点: 山水の詩人として知られる王維ですが、ここでは「権力による価値の逆転」や「うわべを真似る愚かさ」を冷静に、少し冷ややかな眼差しで観察しています。
「詩仏」こと、王維。
李白が「ロックスター」、杜甫が「熱血ジャーナリスト」なら、王維はズバリ「究極のミニマリスト・クリエイター」です。
今の日本の若者が追求する「丁寧な暮らし」や「チル(Chill)な時間」を、1300年前にすでに完成させていた王維。彼の多才すぎる、そして意外と波乱万丈な生き様を見てみましょう。
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1. 完璧超人の「光と影」:挫折を知ったセレブ
王維は、実は若い頃から「超勝ち組」でした。
ハイスペック男子: 顔はイケメン、詩は天才、書道もプロ級、さらに音楽(琵琶)も達人。21歳という若さで科挙にトップ合格した、絵に描いたようなエリートでした。
突然の転落: しかし、人生そんなに甘くありません。仕事でのミスで左遷され、さらに中年に差し掛かった頃、国を揺るがす「安史の乱」に巻き込まれます。
捕虜と裏切り者の汚名: 反乱軍に捕まった王維は、無理やり役職を与えられてしまいます。国が元に戻った後、彼は「敵に協力した裏切り者」として処罰されそうになりますが、弟の必死の嘆願でなんとか命を救われました。
この「成功からの転落、そして死の恐怖」という経験が、彼を「もう俗世間の競争はいいや……」という、悟りの境地(仏教への傾倒)へと導いたのです。
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2. 王維の「推しポイント」:元祖「チル」な生き方
後半生、彼は都の郊外にある「輞川」という別荘で、詩を書き、絵を描き、静かに暮らしました。
① 「詩の中に絵があり、絵の中に詩がある」
これは後の大作家・蘇軾が王維を評した言葉です。王維の詩を読むと、まるで4Kカメラで撮った風景動画を見ているような気分になります。 余計な形容詞を削ぎ落とし、「ただ、そこにある空気感」を切り取るセンス。今のインスタでいう「余白を活かした投稿」の天才だったのです。
② 現代のミニマリスト精神
「偉くなりたい」「金が欲しい」という執着を捨て、雨の音を聞いたり、落ち葉を眺めたりすることに価値を見出す。そんな彼のスタイルは、現代のソロ活やマインドフルネスの精神そのものです。
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3. 日本文化への絶大な影響:日本の「美」のルーツ
実は、王維がいなかったら、日本の「和」の美意識は少し違ったものになっていたかもしれません。
水墨画の祖: 彼は水墨山水画の創始者の一人とされ、後の日本の水墨画(雪舟など)に多大な影響を与えました。
「わび・さび」の先駆け: 派手さはないけれど、静かで奥深い。そんな王維の詩の世界観は、中世以降の日本の文人たちに熱狂的に受け入れられました。
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4. 現代の心に刺さる代表作
『鹿柴』:究極の静寂
「空山人を見ず、但だ人語の響きを聞く」 (人気のない山。人の姿は見えないが、どこからか話し声の響きだけがかすかに聞こえてくる)
これ、めちゃくちゃ「チル」じゃないですか? 視覚を消して、聴覚だけで空間を感じる。「何もない贅沢」をたった20文字で表現した、王維のシグネチャー的な詩です。
『竹里館』:ソロ活の極致
「独り座す幽篁の中、琴を弾じ復た長嘯す」 (竹藪の中に独り座って、琴を弾いたり、おもむろに詩を吟じたりする)
「一人でいて寂しくないの?」という問いに対し、彼は「月が僕を見つけてくれたから大丈夫」と答えます。「孤独を孤独のまま楽しむ」という強さは、現代を生きるヒントになります。
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5. 王維は「心のデトックス」
李白に元気をもらい、杜甫に人生を教わり、白居易に親しみを感じる。そして、疲れた時に最後に帰りたくなるのが、王維の静かな世界です。
忙しい毎日を送る現代の若者にとって、王維の詩は、スマホを置いて目を閉じた時に広がる「心のサウナ」や「デジタルデトックス」のような存在だと言えるでしょう。




