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燃える教会―戦争で焼け落ちた街。教会に逃げ込んだ13人の避難者。  作者: 妙原奇天


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第7話「最後の審問、名を呼ぶ声」

 夕刻が近づいても、アルカは戻ってこなかった。


 天窓から差し込む光は、朝の白さをとうに失い、埃と煙を染めながら橙色に傾いている。誰かが「もう夕方だ」と口にするたびに、教会の中の時間は一時間ずつ、まとめて削られていくように思えた。


 サラは祭壇の側のベンチに座り、膝の上にノートを開いたまま、ほとんど何も書けずにいた。紙の上には、途中で止まってにじんだインクだけがいくつも残っている。


 赤ん坊の泣き声だけが、時刻を告げる鐘の代わりになっていた。


「まだ…戻ってこないんだね」


 リーナが小さな声で言う。トマが無理に笑顔を作って妹の頭を撫でる。


「すぐ戻ってくるよ。ほら、アルカさんって、なんだかんだで運いいし」


「そんな統計、どこにもないぞ」


 ノラの乾いたツッコミにも、笑いは広がらなかった。


 地下へ降りる螺旋階段からは、冷たい空気だけが上がってきている。さっきから何度も誰かが耳を澄ませているが、足音も、呼び声も聞こえない。


「もう一回、誰か降りて――」


 と言いかけたときだ。


 かさり、と小さな音がした。


 誰も動いていないのに、空気が擦れる音。サラが顔を上げると、鐘楼とは逆側、納骨堂へ続く穴の縁に、小さな何かが引っかかっているのが見えた。


「紙……?」


 ミラが近づき、慎重にそれをつまみ上げる。薄汚れた紙片が、ねじれた糸につながれている。どう見ても、この教会の備品ではなかった。


 紙は、泥と水でぐしゃぐしゃになっていたが、ぎりぎり文字は読めた。


 濡れた字で、三行だけ。


『水は手に入る、が、ここは出口ではない』


『上に戻れるとは限らない』


 そして、かすれて読みにくいが、最後に一行。


『上を疑え』


 教会の空気が、凍った。


「これ……」


 サラは思わず立ち上がる。文字の形が、どこか見覚えがあった。線の強さ、ひらがなの癖、漢字の簡略の仕方。アルカが配給のメモに書き殴っていた字に、少し似ている。


 けれど、泥と水に滲んだせいで、「そうだ」と言い切ることはできなかった。


「上って……」


 トマが不安げに呟く。


「上って、ここ、だよね。教会のこと?」


「地上のことかもしれないし、私たち“上にいる人間”のことかもしれない」


 エヴァが紙片を受け取りながら言う。


「『出口ではない』ってことは、地下に水がある場所があったってことでしょう。でも、そこからはこの教会へは戻れないかもしれない」


「じゃあ、これを書いたのは……」


 ノラが周りを見回す。


「まだ地下にいるってこと?」


「あるいは、もう、別のどこかへ出たか」


 マグダが静かに呟いた。


「“上を疑え”っていうのが、いいわね。曖昧で、みんなの不安をきれいに刺激してくる」


「笑い事じゃない」


 ミラが睨む。


「アルカが書いたのかどうか、それだけでもはっきりさせたい」


「文字の癖は似てるけど、決めつけるには材料が足りない」


 サラは唇を噛む。


「アルカに似せて書いた誰か、って可能性だってある」


「誰が、どうやって」


 トマが震えた声で言う。


「アルカさんが地下で死んでて、その人の手から紙を取って、自分で書いて、それを上に向かって投げたって言うの?」


 誰も、その想像を最後まで否定できなかった。


 沈黙の中で、ヨナス神父が紙片をじっと見つめる。


「“出口ではない”か」


 彼はぽつりと呟いた。


「ここも似たようなものだ」


 その言葉には、自嘲と諦めが混ざっていた。


「出口じゃないからこそ、決めなければならないことがある」


 マグダが、紙片から顔を上げる。


「誰を“内側”に残すのか。誰のために、在庫と水を使うのか」


 エヴァが配給表を抱える腕に力を込める。


「……また、投票?」


「今度は違うやり方にしましょう」


 マグダは祭壇の前へ歩み、くるりと振り返った。


「これまでの懺悔は“自分の罪”を語るものだった。でも、さっきから誰もそんなこと興味ないでしょう?」


 ノラが苦笑する。


「まあね。“悪いことした自慢”なんて聞いてる余裕はないし」


「そう。だから変えるの」


 マグダの声は、妙に澄んでいた。


「これから先の水と食糧を誰に優先して使うか。それを決める“最後の審問”を開きましょう」


「最後……?」


 リーナが不安げにミラの袖をつかむ。


「“最後”って言わないでよ」


「名前は大事だからね」


 マグダはあえて呻き声には答えず、続けた。


「ここにいる全員に質問する。今度は、自分の罪じゃなくて、“誰を生かすべきか”。“誰の命に、他よりも価値があると思うか”。それを言葉にしてもらう」


「そんなの……」


 ミラの顔が歪む。


「言えるわけない。誰かを選ぶってことは、誰かを選ばないってことだよ」


「でも、もう皆、心の中ではとっくに計算してるはず」


 エヴァが静かに言う。


「イレナと赤ん坊は最優先。これは誰も否定しない。でも、“二番目”は? “三番目”は? 私だって配給表を見ながら、無意識に考えてしまっている。“この人がいなくなったら、何日伸びるか”って」


 その告白に、誰も彼女を責めることができなかった。


「だから、口に出そう」


 マグダの目が全員を順番に刺していく。


「どうせ黙ってても、心の中で同じことを繰り返すだけだ。だったら、名前を呼ぶ声を、隠さずにここに並べる」


「イレナと赤ちゃんは……」


 トマがためらいながら口を開く。


「守るべきだよね」


「当たり前だろ」


 レオが言う。


「そこは争うところじゃない。イレナと赤ん坊のために水と食糧を優先するのは、この場の全会一致でいい」


 イレナは俯いたまま、小さく首を横に振った。


「そんなの……私が決めることじゃない」


「決めるんじゃない。受け取るんだ」


 ミラが言う。


「“守るべき命だ”って、誰かに言ってもらえること。それ自体が、今のあんたたちの仕事だよ」


 イレナの目に涙が浮かぶ。腕の中の赤ん坊は、そんな大人たちの葛藤とは無関係に、小さな手をばたばたさせていた。


「では、一つだけ条件をつける」


 マグダが言う。


「自分の名前は禁止。自分で自分を推薦するのはなし」


 サラの胸がぎゅっと縮んだ。


「自分を生かしたいなら、誰かに言ってもらうこと。誰からも名前が出ないのなら、その人の命は、ここでは優先されない。……残酷だけど、わかりやすいルールでしょ?」


「そんなルールを“神様”みたいな顔で決めないで」


 ノラが皮肉っぽく笑う。


「決めなきゃ先に進まない。だったら、誰かが嫌われ役をやるしかないわ」


 マグダは祭壇の銃にちらりと目をやる。


「私は言葉を扱うのが仕事。神父さんの代わりに、“この場の神の役”を一時的に預かってあげる」


 ヨナス神父は何も言わなかった。静かに目を閉じ、拳を握りしめているだけだった。


 「審問」は順番に始まった。


 丸く集まった輪の中央に、ひとりずつ立つ。周りにいる誰かの名前を挙げ、「この人を生かすべきだ」と証言する。理由を添えて。


 自分の名前以外なら、何人挙げてもいい。ただし、“一番に”という言葉を付けるのは、一人にだけ。


 最初は、誰も立ちたがらなかった。


「じゃあ、私から」


 静けさを破ったのはミラだった。彼女は一歩前へ出て、皆を見回す。


「一番に、生かすべきはイレナとこの子。それはさっき決まったから、二番目の話をするね」


 彼女は迷いなく指を向けた。


「エヴァ。あなたが倒れたら、私たちの食糧の計算は一瞬でめちゃくちゃになる。誰かが代わろうとしても、その人がまた責められるだけ。だったら今のまま、在庫を抱えていて」


 エヴァは目を伏せて「責任、重いな」と呟いたが、その頬にはわずかに安堵が浮かんでいた。


「三番目は……」


 ミラの視線がサラの方へ動きかけて、そこで止まる。


「レオ。外の地形を覚えてるのはあんただし、戻ってくる腕もある。きっと、また“必要なとき”が来る」


 サラは息をひそめる。自分の名前が挙がるかもしれない、と思ってしまった自分にうんざりした。


 次に立ったのはレオだった。彼は肩の包帯を気にしながらも、穏やかな声で言った。


「一番は、トマとリーナだ」


 意外な名前に、トマが目を丸くする。


「子どもがいなきゃ、ここはただの待合室になる。ミラの言う“守るべき命”って意味でもそうだし、俺たち大人がどれだけ醜いかを見て、覚えてる奴が必要だ」


「ひどい言い方」


 ノラが笑い、でも少し嬉しそうでもあった。


「二番は……サラ」


 名前を呼ばれて、サラはびくっとした。


「記録を残してるのはお前だけだ。俺は、誰かが戻れなかったとしても、その名前がどこかに刻まれてるって事実が欲しい。……書くのはきつい仕事だけど」


「……書きます」


 サラは小さく答えた。


「ちゃんと、全部。私に許される限り」


 証言が一人ずつ、重ねられていく。


 ガブリエルはヨナス神父の名を挙げた。「罪を背負ったまま生きて、最後まで見届ける人間が必要だ」と言った。


 ノラはミラとエヴァとサラの名をほぼ同列で挙げ、「私みたいな“適当な奴”が生き残る世界は、あんまり楽しくなさそうだから」と笑った。


 トマはリーナの名を真っ先に挙げ、「俺の分の水もご飯も、あいつに回してほしい」と言った。リーナは「半分こだよ」と泣きそうな声で言い返した。


 サラの順番が近づくにつれ、ノートの余白が涙で少しずつにじんでいく。


「サラ」


 マグダが促す。


「あなたの番」


 サラは立ち上がり、膝がわずかに震えるのを感じた。


「……一番に生かすべきは」


 言いかけて、喉が詰まる。


 本当は、自分の名前を書きたかった。書いてほしかった。自分の命がここにあってもいいと、誰かに言ってもらいたかった。


 それでも、口からこぼれたのは別の名前だった。


「……イレナと赤ちゃんを除けば、ミラさんです」


 ミラが驚いたように目を見開く。


「怪我人を診られる人がいなくなったら、ここは本当に“待つだけ”の場所になる。それは、嫌だから」


「二番は?」


 マグダが問う。


「二番は……」


 サラは視線を泳がせ、ノートのページを見た。


 そこには、これまで書いてきた名前が、びっしり並んでいる。


「サラ」


 レオが呼びかける。


「無理に言わなくても――」


「エヴァさんです」


 サラは絞り出すように言った。


「理由は、さっきミラさんが言ったのと同じ。私、計算が苦手だから」


 笑いが少しだけ起きる。


「自分の名前は……」


 聞かれていないのに、サラは続けた。


「言えません」


 言った瞬間、頬を一筋の涙が伝った。自分の名前を誰も挙げてくれなかった、という事実よりも、自分の口から自分を推薦できない臆病さが、胸を締めつけた。


「それも立派な答えよ」


 マグダが軽く言う。


「“自分が一番じゃない”って言える人は、案外少ないから」


 最後に残ったのは、ヨナス神父だった。彼はしばらく沈黙したのち、低く言った。


「……私は、自分の名前を最初に消す」


「禁止ですよ、それ」


 ノラが苦笑する。


「ルール違反は神父さんでもだめ」


「では」


 ヨナス神父は少し考えてから、サラの方を見た。


「彼女を、一番に」


 思わず、サラは顔を上げる。


「理由は?」


 マグダが問う。


「私が犯した罪も、私が救えなかった命も、私が歪めてしまった“救い”の形も、全て書き留めておいてほしい。誰かが見ていた、という事実がなければ、私の過去はただの言い訳になってしまうからだ」


 サラは、何も言えなかった。


 そのときだった。


 ふら、と誰かが身じろぎする音がした。


「……うるさいな」


 低い声。納骨堂の隅で横たわっていたユリウスが、額を押さえながら身を起こしていた。顔色はまだ悪いが、目はしっかりと開いている。


「生きてる!」


 トマが思わず叫ぶ。


「死なせるかよ」


 ユリウスはそう言って、ゆっくり周囲を見渡した。


「何だ、この“優先順位会議”みたいなのは」


「最後の審問よ」


 マグダが肩をすくめる。


「“誰を生かすべきか”の証言大会」


「くだらん」


 ユリウスは即答した。


「どうせ、全員分の水は足りない。順番決めても、一番目から順に死んでいくだけだ」


 その乱暴な言い方に、誰も反論しなかった。


「……一つだけ、言っておく」


 ユリウスは左肩を押さえながら、サラの方を見た。


「鐘のことだ」


 鐘。あの二度鳴って止まった鐘。


「何か、覚えてるんですか」


 ミラが身を乗り出す。


「あのとき、お前らは下にいた。俺と、マグダと、ガブリエル爺と、鐘楼にいたのは三人だけだ」


 ユリウスの目が天井を向く。


「一度目の鐘は、俺が鳴らした。二度目も、俺だ。三度目を鳴らそうとしたとき――」


 彼は左肩を見下ろす。包帯の下には、弾が抉った傷がある。


「銃声がした」


「それは……」


「外からじゃない」


 ユリウスはきっぱりと言う。


「鐘楼の中だ。もっと言えば、“俺より少し下の位置”からだ。外の狙撃なら、肩をかすめる前に壁に穴が開いてる。綱だけを撃ち切るなんて芸当、できるはずがない」


 サラの背筋が凍る。


「つまり……」


「鐘は、中から鳴った」


 ユリウスの言葉は、聖堂全体に重く落ちた。


「鳴らすふりをして、撃つための合図にした奴がいる。“三度目の鐘が鳴ったら撃て”と自分に決めて、引き金を待っていた奴が」


 視線が自然と、二人の方へ集中する。


 マグダと、ヨナス神父。


 鐘楼にいたのはその二人だけだから。


「ちょっと待ってよ」


 ノラが慌てて言った。


「ガブリエルさんもいたって言ってたじゃない」


「爺さんは綱から離れて、外を見てた。腕も震えてたし、あの反動に耐えられるとは思えない」


 ユリウスはガブリエルを一瞥する。ガブリエルは膝を抱えて座り込み、何も言わない。


「マグダ」


 レオが名を呼ぶ。


「やった?」


「いい質問ね」


 マグダは微笑んだ。


「答えは?」


「ノーよ」


 彼女は即答した。


「私は撃ってない。綱にも触ってない。あのとき私は、外の光を見ていた。『あれは救援だ』って、あなたとガブリエルさんに力説してたじゃない」


「神父さんは?」


 エヴァが問い詰めるように言う。


「あなたはどこにいた?」


「私は……」


 ヨナス神父は目を閉じ、短く息を吐いた。


「鐘楼にはいなかった。下で、結果を待っていた。鳴るのを、ただ祈っていた」


「誰かが嘘をついている」


 トマが小さく言った。


「ここにいる誰かが、あの綱を撃った」


「犯人探しは、後だ」


 マグダが軽く言う。


「今それをやり始めたら、この場は一瞬で壊れる。誰が撃ったかより大事なことがある」


「何だよ」


 レオが苛立たしげに言う。


「“あの撃ち方を覚えてる奴”がいるってことよ」


 マグダは淡々と続けた。


「鐘の音を利用して、合図にして、人の動きを操る方法を、ね」


 その言い方が、むしろ彼女自身を一番怪しく見せた。


 そのとき。


 扉の向こうで、足音がした。


 皆の体が反射的に硬直する。ベンチが軋み、誰かが思わず息を呑む音がした。


「また、あいつらか」


 レオが低く言い、扉の覗き窓に目を寄せる。外の光が差し込み、煙にまみれた視界が揺れる。


 焔の向こうに、人影が一つ。


 レオの喉が鳴った。


「……アルカだ」


 皆がどよめく。イレナは赤ん坊を抱きしめ、ミラは扉の方へ駆け寄る。


 覗き窓から見えるアルカは、煤だらけで、レオが戻ってきたときと同じようにボロボロだった。肩には水袋がいくつも括り付けられ、腰にもタンクが見える。


 そして、彼の右手には――


「銃……?」


 サラの声が震えた。


 アルカの手には、一丁の拳銃が握られていた。祭壇の上にあるものと同じ型。黒く、短く、重そうなそれ。弾倉の欠けもなく、傷もない。レオが最初に見たときの、あの“使われる前の形”そのものだ。


 レオは扉に手をかけ、振り返る。


「開けるかどうか、三秒で決めろ」


「開ける」


 ミラが即答した。


「罠かもしれない」


 エヴァが言う。


「罠じゃなかったら?」


 ミラは睨み返す。


「このまま扉一枚隔てて死なせるの? そんなの、本当に“神様”の仕事だと思う?」


「扉を開けた瞬間に撃たれたら──」


「それでも、私は開ける方に賭ける」


 ミラの声は震えていなかった。


 ヨナス神父が頷く。


「開けよう。私たちは、もう“鐘の音”で選ぶことはやめたはずだ。扉の前で躊躇うなら、せめて自分の手で選ぶ」


 レオは閂を外し、扉を少しだけ開いた。熱と煙が流れ込み、外の赤い光が教会の床を舐める。


 アルカが、よろめきながら中へ入ってきた。


 足元がふらつき、そのまま膝をつきそうになったところを、ユリウスとミラが両側から支える。


「……ただいま」


 アルカは笑った。


「随分と出迎えが豪華だな」


「どこほっつき歩いてたのよ!」


 ノラが叫ぶ。


「手紙まで飛ばして!」


 アルカは眉をひそめる。


「手紙?」


「これのことよ」


 エヴァが紙片を見せる。


「『水は手に入るが、ここは出口ではない』『上を疑え』。あなたの字に見える」


「ああ、それ」


 アルカは軽く鼻で笑った。


「俺の字じゃない」


「は?」


「似せて書かれてるけど、違う。俺は“疑え”なんて上品な書き方しない。“信用するな”って書く」


 言われてみれば、とサラは思う。確かに、アルカの口から“上を疑え”なんて理性的なフレーズは、あまり似合わない。


「じゃあ、誰が……」


「それは、後で話す」


 アルカは水袋をエヴァに押しつける。


「とりあえず、水。地下の通路の先に、ピットみたいな貯水槽があった。あれなら、何往復かすればもう少し――」


「帰り道は?」


 レオが食い気味に問う。


「“出口ではない”って、さっき——」


「出口は、あった」


 アルカは言う。


「ただし、ここじゃない場所に繋がってた」


 皆が息を呑む。


「別の建物だ。多分、昔の避難所。地下で繋がっててな。そこには、まだ生きてる奴らがいた」


「生存者……!」


 トマが目を輝かせる。


「じゃあ、救援を――」


「落ち着け」


 アルカの顔には、喜びよりも疲労が濃く刻まれていた。


「“別の教会”みたいなもんだった。部屋の真ん中に祭壇みたいな台があって、その上に銃が一丁。周りを囲んでた奴らが、紙に何か書いて、名前を呼んで、誰かを外に出してた。……ここと同じだ」


 サラの背中に、ぞくりと冷たいものが走る。


「指名制、ってやつ?」


 マグダが笑いを消して問う。


「ここでさっき決めたルールと同じ?」


「似てたよ。誰かが“この人を生かすべきだ”って名前を挙げて、“外へ出る役”を押しつけてた。違うのは――あっちは、それを“神意”だって本気で信じてたところだ」


 アルカはちらりとマグダを見る。


「壇上に立ってたのは、白いローブを着た女だった。自分のこと“預言者”とか呼んでたな。銃を掲げて、『選ばれた者は神に試される』って」


「その銃が、それ?」


 レオがアルカの手元を見る。


「いや、あいつらのは、まだ祭壇の上だ」


 アルカは手にした銃を持ち上げた。


「これは、そこのガキに渡そうとしてた“次の信仰の道具”だ。間に入って、もらってきた」


「奪ったんじゃなくて?」


「言葉はどっちでもいいだろ」


 アルカは乾いた笑いを漏らす。


「一瞬だったよ。銃を掴んで、目の前の“預言者様”の額に突きつけて、『その神様、何発で死ぬと思う?』って聞いたら、あっさり譲ってくれた」


 ノラが息を呑む。


「撃ったの?」


「撃ってない」


 アルカは首を振る。


「撃ったら、あそこは地獄になる。それはここと同じだ。祭壇の銃に最初の血を吸わせた瞬間から、全部が“儀式”になる」


 彼は祭壇の方を見た。


「人は、生き延びるために、すぐ神を名乗る。自分の決めたルールに“神の名”を貼り付けて、誰かを選んで、誰かを切り捨てる。あっちでも、こっちでも。やってることは同じだ」


 ヨナス神父は、まるで自分の胸を撃たれたかのような顔をして、その言葉を聞いていた。


「……じゃあ」


 サラが震える声で言う。


「ここで“神”を名乗ってるのは、誰?」


「さあな」


 アルカは肩をすくめる。


「最初は神父さんだったのかもしれないし、途中からは投票の紙だったかもしれない。今なら、マグダかもな」


 視線がマグダへ集まる。


 マグダはしばらく、その視線を受け止めていた。いつもの薄い笑みは消えている。代わりに、どこか決意を宿した静かな目だけがあった。


 彼女はゆっくりと息を吸い、吐き、その場で言葉を置いた。


「じゃあ」


 その声は、聖堂の隅々まで届いた。


「終わりにしよう」


 皆が息を止める。


「“誰が神か”って問答を、ね」


 マグダは祭壇に歩み寄る。そこには、ヨナス神父が晒した古い一丁と、アルカが持ち込んだ新しい一丁。二つの黒い金属が並んでいた。


「神父さんが降りた椅子を、投票で埋めようとした。懺悔を、審問に変えて。鐘の音を、合図に変えて。銃を、信仰の形に変えて」


 彼女はアルカの持ってきた銃を手に取る。重みが掌にのしかかる。


「ぐずぐずしてるから、誰の言葉が効いていて、誰の責任なのか、全部ぼやけていく」


 サラは、喉がからからに乾くのを感じた。


「だから、はっきりさせる」


 マグダは銃口をすっと持ち上げた。皆の視線が、その動きを追う。


「神は――」


 彼女の視線が、一瞬だけサラのノートに落ちる。次に、ヨナス神父に。レオに。イレナと赤ん坊に。そして、最後に自分の胸元へ。


「わたしだ」


 乾いた音が、教会の天井を撃ち抜いた。


 耳をつんざくような銃声。石の天井に弾丸が当たり、粉塵と小さな破片が降り注ぐ。赤ん坊が驚いたように大きく泣き出し、誰かの悲鳴が重なる。


 火花が散り、天井の黒ずんだ絵が一部剥がれ落ちる。その下で、マグダは銃を構えたまま微動だにしなかった。


「今のは、合図」


 彼女は低く言う。


「“最後の審問”の、本当の始まりのね」

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