7日目
結衣がうちに来てから、一週間が経った。
最初のころは布団にくるまって一日をやり過ごしていたけれど、ここ数日は少しずつ起き上がる時間が増えてきた。
今日は思い切って外に誘ってみた。
「ねえ、結衣。外、行ってみない?」
「……どこに」
「近所の公園。ちょっと歩くだけでも気持ちいいと思う」
「……気持ちよくなんてならないよ」
そう言いながらも、結衣はしばらく黙った後に小さくため息をついた。
「……まあ、いいけど」
その「いいけど」が、私には嬉しかった。
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公園までの道は、春の匂いがしていた。
街路樹の若葉が風に揺れ、空は薄水色で、鳩が数羽飛び立っていく。
そんな当たり前の光景が、結衣と並んで歩くと特別なものに見える。
結衣は無表情のまま歩いていたけれど、私より少しゆっくりと歩幅を合わせてくれていた。
それだけで心臓がじんわりと温かくなる。
「……子ども、多いね」
公園に着くと、結衣がぽつりと呟いた。
滑り台やブランコで遊ぶ子どもたちの声が響いている。
彼女の目が、ほんの少し遠くを見ていた。
「賑やかでいいよね」
「……私、ああいうの苦手」
「どうして?」
「うるさいし、眩しい。……自分が混ざれないの、わかってるから」
冷めた声。でも、それは嘲りではなく、ただ淡々とした事実の告白だった。
私は一瞬言葉に詰まったけれど、思い切って言った。
「じゃあ、私と一緒に静かにベンチに座ろっか」
「……そういうところ、ほんと変だよ」
「変でいい」
結衣は小さく息を吐いて、それからベンチに腰を下ろした。
横顔はやっぱり少し疲れていて、それでも私の隣にいることを拒まなかった。
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ベンチに座ってしばらく、結衣は無言で空を見上げていた。
やがて、木漏れ日が差し込む中で小さな声を漏らした。
「……青いね」
「うん、青い」
「久しぶりに、ちゃんと見た」
その一言が、私には奇跡のように思えた。
何も感じないふりをしている彼女の心の奥に、まだ「青い」と思える感覚が残っていたことが、嬉しくて仕方がなかった。
「また来ようね」
「……別に、どっちでもいいけど」
そう言いながら、結衣はほんの少しだけ口元を緩めた。
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帰り道、アイスを買った。
コンビニの前で二人並んで食べる。
結衣はバニラ、私はチョコ。
「……冷たい」
「アイスだからね」
「バカ」
そのやりとりが、どうしようもなく楽しかった。
結衣は「バカ」と言ったあと、小さく笑った。
笑ったというより、口の端がわずかに上がっただけかもしれない。
それでも私の胸はいっぱいになった。
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夜。
布団に入る前、結衣が不意に言った。
「……今日、まあ、悪くなかった」
「ほんと?」
「……うん」
それだけで十分だった。
彼女が少しでも「悪くない」と思ってくれたのなら、今日という一日は報われる。
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「7日目」
結衣と外に出られた。
青い空を一緒に見られた。
ほんの少し笑ってくれた。
小さなことだけど、私には宝物だ。
彼女が生きている証を、私はこうして集めていきたい。
……どうか、この日々が少しでも続きますように。