最初の死体
最初に感じたのは、寒さだった。
空気が重く、湿っていて、吐いた息がすぐに白くなる。
目を開けた先にあったのは、木々が不自然に枯れた森と、曇天の空。
「……ここ、どこだ……?」
制服姿のユウが、地面に倒れたまま息を吐く。
土は硬く、腐葉の匂いが鼻を突いた。携帯は圏外。ポケットにはいつもの鍵と折れたペン。
――そしてそのすぐ先。
朽ちた鎧と、白骨化しかけた人間の死体が一つ。
(……マネキン?)
そう思いたかった。
けれど、異常に太い大腿骨、金属と木が混じった不格好な武器、崩れた兜にこびりついた乾いた血。
それは、間違いなく“本物の死体”だった。
「うっ……」
吐き気とともに這いずり、距離を取ろうとした。
だが、そのとき。
──カチリ。
金属音が鳴った。死体の指が、不自然に動いた。
「…………え?」
まさか、と見返した瞬間、彼の眼前に黒い陣が浮かんでいた。
死体の周囲に、小さく円を描いた呪文陣。その中心から、微かに赤黒い光が浮かび上がっていた。
(な、なんだこれ……!?)
恐怖で逃げようとするユウの背中に、“声”が届いた。
――「命じろ」
誰の声でもない。
それはまるで、脳の奥に直接響いたような、圧力と誘惑を孕んだ音だった。
――「命じれば、動く。飢える前に、狩れ」
「…………ふざけんなよ」
ユウは、握った石を震える手で構えた。だがその腕が、勝手に震えを止める。
(なんだ……動け……! 俺の身体……)
陣の中央に、骸骨の眼窩がゆっくりとこちらを向いた。
その時だった。
ユウの頭に、無理やり叩き込まれるようにして、“術式”が流れ込んだ。
死体の構造。霊力の巡り。指先から出すべき魔力の流れ。
言葉もない。理屈もない。ただ理解だけが“書き換え”のように降ってくる。
「……下位個体……召喚、起動」
無意識に、ユウはそう言っていた。
次の瞬間、死体は立ち上がる。
ぎぃ、と軋む骨。だが、確かにそれは動いていた。
ユウの目の前で、彼の言葉に従って首を傾げ、待機していた。
ユウは、思った。
(……これが、“俺の力”なのか……)
――そしてその死体は、数分後に、ユウを襲おうとした獣を一撃で仕留めることになる。
ユウは、初めての命令を受けた屍を見つめながら、吐息のように呟いた。
「……ありがとう。助かった」
それは、心から出た言葉だった。
だが。
それが、取り返しのつかない道の始まりだったことを、彼はまだ知らない。




