火事の後の村、暗闇に光る紅き眼
火事騒ぎの翌日、村は妙な静けさに包まれていた。
誰も直接は話しかけてこないが、露骨な敵意は薄れ、遠巻きにこちらを観察する視線へと変わっていた。
リーナは、昨晩のユウの言葉を思い出していた。
“ただの『よそ者』じゃないと知らしめる機会だ”
まるでそれを計算していたかのような行動。そして、あの氷の魔法。彼は、確かに人々の中に「必要な存在」として一歩を踏み込んだ。
「……ユウって、やっぱりすごいね」
ぽつりと、リーナが呟いた。
ユウは小さく鼻を鳴らしただけだった。
「すごいんじゃない。生きるために、そうするしかなかった」
彼の声は、どこか遠くを見ているようだった。
そしてその夜。
宿の扉が、控えめにノックされた。
「……どちら様?」
リーナが戸口に近づくと、年配の男がひとり、帽子を脱いで頭を下げていた。昼間、火事場で見かけた、あの若者の父親らしい。
「息子が……あの……礼を言いたいと。夕食をご一緒にいかがですか」
リーナは驚いてユウを見る。ユウはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「いいだろう。ただし、リーナも一緒だ」
その言葉に男は安心したように頷き、こう付け加えた。
「……ありがとう。あんたがたは“ただのよそ者”じゃなさそうだ」
その夜、囲炉裏の火の前で交わされた会話は、ぎこちなくも温かかった。
ユウが少しずつ、村の中に「居場所」を得ていく様を、リーナは隣で静かに見つめていた。
そして、彼女の胸にはひとつ、確かな想いが芽生え始めていた。
(……私も、強くなりたい。ユウと並んで歩けるくらいに)
翌朝。
村の空はどこまでも澄んでいた。だが、その静けさを破るように、一人の少女が村を駆け抜けてきた。
「大変! 森の見張り塔が壊されてる!」
村人たちがざわつき始める。ユウはその声を聞いた瞬間、立ち上がっていた。
「リーナ、行くぞ」
「うん!」
二人が現場に駆けつけると、塔の基部は無残に倒壊していた。何か重いものがぶつかったように、木がへし折られ、地面には巨大な足跡が残っている。
「……魔獣か、それとも」
ユウが足跡に膝をつき、指先で土をなぞる。
「これは……二足歩行。人間の足跡だ。ただし――異様に大きい」
リーナが不安げに呟く。
「人間じゃない、ってこと……?」
ユウは小さく頷いた。
「この土地に馴染みのない“何か”が動き出している。昨日の火事は、偶然じゃなかったかもしれない」
その言葉に、リーナの背筋が凍る。
「じゃあ……あれは、わざと……?」
「おれたちの存在が、外の“何か”を刺激した。そんな気がする」
村人たちが集まり始める。ユウは皆を見回し、言った。
「ここは、もう安全じゃない。子どもや老人は、森の向こうの巡礼小屋に避難させろ」
「な、何を――! あんた、何様のつもりだ!」
怒号が飛ぶ中、あの若者が一歩前に出る。
「この人は助けてくれた。少なくとも、今は信じてみる価値がある!」
沈黙。だが、その声が確かに空気を変えた。
ユウは村長へと視線を向ける。
「猶予はない。判断は、今すぐに」
やがて村長は、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。動こう」
それを聞いたリーナの胸に、熱いものがこみ上げる。
(この人は、やっぱり人を動かす。冷たいようで、まっすぐで……)
だが、彼女の想いが形を成すより早く、森の奥から低く唸るような声が響いた。
「――見つけたぞ、“外”からの匂い……」
それは、人の声にしては低く、けれど、獣ともつかぬ歪んだ響きを持っていた。
ユウはすぐにリーナを背に庇い、静かに構える。
「……来るぞ」
樹々の間から現れたのは、黒い甲冑のような異形の巨躯――そして、目だけが異様に赤く光っていた。
「――侵入者、排除スル」
リーナは、ユウの背中に隠れながら、それでも見た。あの夜見た、冷たい背中ではない。
今は――皆を守ろうとする、熱を宿した背中だった。
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