花守さんが持つじょうろ
花や木が好きで、植物と会話が出来る花守さんは、まるで白樺の木を擬人化させたような感じの人です。
見た感じは抽象的な為、性別が読めずまさに『花』が動きを覚えているとも思えてしまう……そんな人なんです。
「連絡を受けて来ました。
弱りかけているキキョウというのは、この子ですね。
ふ……ん……確かに、呼吸が微弱になりつつあります」
花守さんは咲き茂る何輪かのキキョウに視線を向け、そのうち一輪のキキョウを見ると敏感に反応を示しました。
「花守さん、本日は赴いてくださりありがとうございます。
……どのキキョウが弱っているか、やはり花守さんにはわかるのですね」
キキョウの具合を心配した女性、花園さんは花守さんの噂を知り、手紙で依頼をお願いしたのです。
(キキョウを『この子』とよぶなんて、慈悲深いお人柄が伝わるわ)
花園さんは花守さんがキキョウを見つめている姿が、まるで天女さんのように見えてしまいます。
「はい……教えてくれるんです、お花たちの方から」
花守さんの目線先はキキョウに向けられたままですが、心は花園さんへとちゃんと向けられています。
人にも花にも分け隔てなく接する、それが花守さんです。
「植物と会話が成り立つなんて、良いですね。
うらやましいです」
「草花や木との会話は、生身というより、震動……呼吸を感じる事ですね」
「呼吸を、感じる……難しいです。
才能の有無ですね」
花園さんが切ない表情を浮かべるのを目のはしで受け止めると、花守さんはそよ風のような眼差しを向けて囁きました。
「この子たちは、花園さんが可愛がってくれていると喜んでいます。
弱りかけているこの子も、とても気にかけてくれている事を嬉しく思っています」
花守さんはエプロンドレスのポケットから虹色のじょうろを出しながら、花園さんに羨ましそうに云いました。
「これほどたくさんのお花たちに愛されているなんて、わたしこそ花園さんがうらやましいですよ」
虹色のじょうろを傾け、花守さんは弱りかけているキキョウの根元へと優しく水を注ぎます。
ポケットから出したばかりなのに、もう水が入っているなんて……なんて不思議なじょうろでしょう。
「綺麗なじょうろですね……まるで虹が雨をふらせているみたいです」
「ありがとうございます。
花園さんの言葉には風情が込められていますね」
「えっ?
そうで……しょうか?」
花守さんのじょうろから注がれる水を浴びて、弱りかけていたキキョウがピン……と茎を伸ばしました。
どうやらもう、キキョウは回復出来たようです。
「はい。
この子は元気になりました。
花園さんの育て方が良いのでしょうね」
「凄い……花守さんのおかげです!
ありがとうございます」
〈花園さん、花守さん、元気にしてくれてありがとう!〉
「えっ⁉
花守さん、今……キキョウが……」
「お花の呼吸が花園さんにも届いたのですね」
〈病気、治ったよ!
ありがとうね〉
キキョウの声を受け止めて、花守さんも花園さんも気持ちが鮮やかになりました。
「「どういたしまして」」