21話・紅玉の少女 名を……
「そういえばなんですが、この迷宮ってどうしてここまで形が違うんですか?」
「わからん」
「そうですか……」
約9割のフェンリルの努力によってたどり着いたボス部屋らしき場所には赤い宝石で飾られた……いや、その宝石を飾るための指輪が一つ、たった数カラットの宝石を前にして絢はピンと来ていないが、フェンリルは既にその宝石に魅了されかけていた。
フェンリルが宝石に向かって歩いていくことに、最初こそ気にしていなかったが、僅かに宝石の力が動き、尻尾を掴んで引き寄せる。
「━━!?!? な……、何をする!!」
絢の予想よりも若干遅く、そのフェンリルの言葉の途中で、地面から宝石の刃が突き上げられる。
突如起きた二つの出来事にフェンリルが驚いていると、どこからか少女のような声が響く。
「なぁーんだ、当たらなかったんだぁ~」
視線を前へと移すと、真っ赤なドレスに先ほどまで台座に飾られていた指輪を付けた少女が台座の上で座っていた。
「私達はそこを通りたいだけなのですが……」
至極真面目に要求を伝える絢に対して、「だぁーめ、もっと私を楽しませて♪」と、いたずらっぽく少女が答える。
そんなことを言われ一つ大きなため息をつく絢にフェンリルが小声で話しかける。
「無視して通り抜ければいいのではないか?」
「……できると思いますか?」
目の前では、もはや魔眼を通さずとも目に映るほどの魔力を放出している少女が、こちらを見据えていた。
「私だけならともかく、貴方は通り抜ける間に攻撃されて終わりですね」
「や、やめておこう……」
(と言ったものの……、あれほしいですね、あの人型と指輪は同じものなようですし……どうしましょう)
絢の脅しのようなものでフェンリルは完全に怯んでしまい冷や汗をかいているが、当の絢自身はこの迷宮よりも目の前の少女と指輪に興味が移っていた。
「貴女、私の物になりませんか?」
「ハッッ!?!?」
時間的には短い間でありながら長い思考を経ての回答、その言葉にフェンリルはもちろん、台座に座っている少女ですら驚き目を見開いた。
一瞬絢の言葉に固まったが、先ほどまでいたずらっ子の様な口調のまま若干怒りを含んだ声音で「い~やッ」と返事をし、ほぼ同時に先ほどフェンリルの首を狙った宝石の刃が今度は絢に牙を向く。
「何処がダメなんですか? 理由位聞かせてください」
自分の申し出を拒否された絢はその理由を問いながら障壁で刃を受け止め、二つの衝突は甲高い音を発生させる。
「ッッ……とにかく嫌!!」
先ほどよりも怒りの感情が強くなった言葉は、絢を強く否定し魔法によって衝撃波を飛ばす少女を視界の中央に見据え、絢はさらに言葉をかける。
その間にも、宝石の刃を始め、道中フェンリルたちを足止めした剣や槍、矢や本が絢を攻撃し、絢はそれを凌ぎながら、器用に本だけを回収していく。
「私を貴女程度がどうにかできると思いますか?」
その言葉は、ほんの僅かな時間の観察から目の前の少女の姿をした存在が何を思っているのかを見抜いていた、それは今まで家の事情から自然と絢が手に入れた力であり、それ以上に彼女が分かりやすいのも理由だった。
人が考えることは分からない絢だが、人が感じる事は分かるそんな歪な絢が感じとるのは、人による所有を恐怖する「感情」それは……絢が持ちえないものだった。
そして、それらは絢の興味を自らのものにするのに十分な要素となっていた。
「でも……」
さらに攻撃の威力を上げようと、絢の防御を破壊することは無い。
「で、も……」
さらに攻撃の密度を上げようと、あやの防御をすり抜けることは出ない。
「で…………も……」
次第に、攻撃の威力が減り、密度が減り、完全に攻撃が止まる。
「……死なない?」
その目は、今にも目から零れ落ちそうなその雫を必死にせき止めるような……
「貴方がその約束を望むのなら」
「……無理しない?」
その顔は、どこか安心し喜びながらも、不安と悲しみにまみれていた。
「私に無理は中々ありません……
貴女、私の物になりませんか?」
「……はい、私の、身も心も、貴方の命が尽きるまで……」
そんな空気感の中で完全に蚊帳の外なフェンリルは、少女の急な心変わりや絢の執拗な勧誘に疑問を感じつつもその次の少女の言葉に(いや、重すぎないか?)と心の中でツッコミをしてしまう。
少女が絢にその身を完全に託すような発言をすると、一度その体が消え指輪も宝石のみを残し消えてしまう。
宝石が不自然に宙を移動して絢の左手の薬指に移動すると、大きさこそ違う物の先ほどと同じような指輪が形作られる。
「これからよろしくね♪」
その声は指輪からではなく、絢の肩の近くに顔を寄せる少女によってだされた。
それに「ええ」と答えつつも、一度のジャンプでフェンリルの上に飛び乗り「さぁ、進んでください」と言ってどこからか本を取り出すと、フェンリルは大きくため息をつき次の階層へと歩を進め、その後ろを少女がふわふわとついていく……
「ところで、貴女は何ですか?」
「何って?」
「おそらく人間が魔具と呼んでいる物だろうな」
「魔具? なにそれ」
「魔具と言うのは魔力が道具の形をとったものですね」
「大体そんなものだ……」




