20話・宝石はほどほどだからいいのです
フェンリルの毛皮、柔らかい上に腰が痛くなりません、本を読むのにはいい場所ですね、ジムラドさんの所の本全てもらって来ればよかったです……。
フェンリルの背に絢が乗り下への階段を下りていくと、次の階の光景は先ほどまでの漆黒の魔力に覆われた洞窟ではなく、どこかの博物館さながらの廊下に先ほどの階段が直接つながっているという謎の空間が広がっていた。
「こういう迷宮は同じ光景が永遠とつながっていると思っていたんですが……」
「ああ……、そうだな……!?」
自分の上で特に何の感情もなしに乗っている絢にとてつもない緊張を抱いていたが彼は気付いていない。何を考えているかわからない自分のことを簡単に消し飛ばせる存在を自らの背に乗せている彼からすれば当たり前ではあるのだが、絢がそれなりに彼のことを大切に思っていることをまだ気づけていなかった。
そして、今まで大した格上がいなかった彼の言葉遣いは、絢が相手出なければ随分と危険なことだという事もまだ気づいていなかった。
「このダンジョンの事知らないんですか?」
絢はフェンリルがこの階層のことについてあまり知らないような発言をしたことが気になったが、フェンリルはそんなことよりも目の前に現れた3本の剣に意識が吸い取られる。
真っ直ぐとフェンリルに向かって進んでいく剣を絢はその上から光線で消し飛ばす。
「大丈夫ですよ、進んでください」
絢はそういうが、その先には剣に槍に矢の大群がイワシのようにフェンリルの方へ向かっていた。
「いや……だが……」
「進んでください」
その声は全くと言っていいほど抑揚が無く、謎の強制力をはらむ(えぇい!! ままよ!!)と心に決め突進すると、背の上から一つの甲高い音が響く。
先ほど、自らの身を焼いた炎が今度は目の前の金属製品たちを沸かしていく、かなりの高温だが、それが直接身に当たるのに比べれば耐えられないほどではない。
「あの扉に入ってください」
その声が聞こえると、廊下の横側に扉が見えた。
勢いよくその扉に飛び掛かり部屋の中に入ると、壁に当たった扉がその反動で完全に閉じてしまう。
「ここは……」
フェンリルが声を上げるのも無理はない、目の前にはジムラドの物の十倍は広い図書室が広がっていた、人の生活に触れてこなかった彼からすればこの光景は夢のような物だろう……
絢も本来であれば目を輝かせて飛びつくような光景なのだが……、明らかにこの場所に合わない光景、さらには、本の一つ一つに丁寧に張り付けられている宝石がその異様さを際立たせていた。
「本当に、短時間で色々と起きますね……」
絢の魔眼が捉えた光景は宝石から発される異常なほどの魔力、それが波動のように部屋を打つと本がガタガタと動き出す。
「動かないでくださいね」
絢は一瞬後ろに下がりかけたフェンリルに声をかけてその動きを止め、今までで一二を争うほどの硬度を持つ障壁を展開する。
棚から本が乱暴に引き抜かれ勢いよくページが捲られる、ある程度のページまで捲られるとそこから炎の矢や風の刃、水の槍など多種多様な魔法が放たれ、絢の障壁によって防がれる。
「……」
「どうかしたのか?」
何か考え事をして今までのようにすぐに消し去ってしまわない絢を見て何かあったのかと心配になるが、絢は大丈夫だ
「いえ、どうにかしてあの本を読む方法はないかな、と……」
「特に有用なことは何も書いてないと思うぞ……」
「それは読んでみるまで分かりません、楽しそうな歴史が書いてあったりするかもしれませんし……」
「そ、そうか……」
フェンリルは(いや、我の話は聞かなかったじゃないか……)とも思ったが、もし絢の意に反するような何かを言った時、自分の首から上が消し飛ぶ未来がその脳裏に浮かぶため何も言えない。
絢は障壁の外に魔方陣を出現させ、驚異的な魔法操作によって宝石だけを打ち抜き、いつの間に使えるようになったのか、空間魔法で作り出した空間の中に本を取り込んでいく。
「……」
只々淡々と続けられる本の回収作業を無言で眺めながら、その行為に順応していく自分がいることをフェンリルは淡々と飲み込んでいく……
◆◇◆◇◆◇◆◇
30分程かけて、丁寧に本を回収した絢は、空間魔法から一冊ずつ本を取り出しフェンリルの上で読みふけっている、最初の方こそ絢も迎撃していたの物の、今となっては障壁だけ張って攻略も迎撃も完全にフェンリルに任せていた。
そのせいか……いや、完全にそのせいだろうフェンリルの次のボスが出現する部屋に到着するまでに丸1日も消費した。
「はぁ、はぁ、やっと……、着いた……」
魔法を使うというのはかなりの集中力を有する、まあ、炎を出すために永遠と炎の事を考えないといけないのだから当たり前と言えば当たり前だ、魔法を発動しながら本が読めるなんて言う絢がおかしいのであってそこは勘違いしてはいけない。
「そろそろ……、自分で歩いてくれ」
丸1日走り続け、魔法を発動し続けたフェンリルは、既に疲労困憊、心なしかその体も一回りほど小さくなっているように感じる。
「もう着いたんですか」とまだついてほしくなさそうな言い方をする絢に腹が立ちつつも、その感情を口に出さないフェンリルは判断を誤ったというべきだろう……。
絢がフェンリルから降りて扉を開けると、そこにはフェンリルの時とは違い紅い宝石のついた指輪が一つだけ飾られているだけだった……
いやー、フェンリル君の話は聞かないのに本は読むんですね。




