1話・開校日が安全な物とは限りません
「何でもできる」
その事実は人の人生から輝きを失わせる。
何でもできるから努力をする必要がない……、でも、本当に何でもできるならこの状況で楽しむこともできたのではないだろうか……
同じ100万円を貰うにしても、ポンと何もせずに100万円を貰うのと、必死に努力して何かを乗り越えてもらう100万円の方が感動するのだろう。
普通にしていても楽しくない、なら普通にしなければいい。人生に幾つも縛りと重りを身に着けて無理やりにでも山を急にすればいい、そんな山でも簡単に登れるのだから。
日本のどこかの山の中腹に建てられている豪邸、その壁は赤茶色のレンガで作られ等間隔に両開きの窓が取り付けられていた、その建物はとある一家の末娘のために建てられた別荘であり、この屋敷の主人は此処に住み始めて約5年になる。
屋敷の正面から見れる窓の中は1階ごとに廊下と部屋とが入れ替わる……が、2階にある一部屋分、連続した3つの窓のカーテンはまるでその中を見せたくない様にも見えるほどしっかりと閉められていた。
その2階の廊下を1週間ぶりにその部屋へ一人のメイドが歩いていく、いつも通り朝食と紅茶を乗せたバーワゴンを押し歩いていく彼女だが、その表情は何処か不安に満ちていた。
「お嬢様、絢お嬢様」
その扉にたどり着いた彼女はその部屋の主の名を呼びながら扉をノックするが一連の行為に対して返事が返ってこない。
いつもの事かのように「はぁ」ため息をつきながら扉を開けると、そこには大量の書類が散らばり、先ほど絢と呼んだ自分の主人がその書類の山に埋もれるように横たわっていた、一部の書類は積みあがっているのを見るに、どうやら積み立てた書類の山が彼女が倒れた衝撃によって同じく倒ればら撒かれてしまったのだろう。
(まったく、この人は……)
彼女はバーワゴンを扉の隣に止めると、足場を無くすように地面に散らばる書類を避けるようにわずかに見える床を踏み軽やかな足取りで主人の元へ近づいていく。
「起きてください、朝ですよ」
少女のすぐそばにまで近づいた彼女は書類を退け、主人の体を少し揺らす、目の前に横たわる少女はその年齢に対してあまりにも低い身長、その身長からしても軽い体重、彼女にとってその姿はその耐性以上愛らしいものだが心を鬼にしなければならない、体を揺らしたことによって簡単に目を覚ました少女は近くの書類を拾い集めようとする、特に臭いはしないが彼女の経験からして、その姿は明らかに長い間風呂に入っていない姿だった。
「何故都月さんがここに……」
そういった少女は近くにある時計に視線を移すと短針が6の数字をさしていた、それを見た彼女は「あぁ、寝てしまっていたんですか……」とだけ言い周囲に散らばった書類を拾おうを体を動かす。
「ダメですよ、まずお風呂です、その様子ですと私が長期休暇を取っていた間入ってないでしょう!!」
そういった彼女は主人の軽々と持ち上げると、入る時と同じように書類を避けながら部屋を後にし、その外に置いたままのバーワゴンもそのままに咄嗟に拾った数枚の書類を持った絢を風呂場へと持っていく。
「別に大丈夫ですよ……、ここでは入らなくて体が汚れるわけじゃないですし……」
「ダメです、夏休みは昨日で終わりました、今すぐお風呂に行きますよ!!」
都月が一度言うと、絢は諦めたように手に持った書類に目を落とす。
「いい加減それ離してください」
自分で歩く気のない絢はその都月の言葉を無視しながらもその腕の中で書類を読み続ける。
一応言っては見たものの、何度も行われたそのやり取りにもう飽きかけていた都月はその先を言うことはなく先を急ぐ、そんな中、屋敷の曲道でもう一人の少女と出会う
「唯様、お久しぶりです」
「都月さん戻ってきてたんですね!!」
「はい今日から出勤です……」
唯と呼ばれたその少女は、その年齢に対して平均的な身長体重、見てすぐに不健康だとわかる絢とは対照的に、とても健康そうだ。
彼女も絢が連れてきた同居人の一人だ。
その彼女を見て都月は思い出したかのように目の前の少女に提案する。
「唯様、お嬢様をお風呂に入れて来てくれませんか?
私が呼びに行くまではお嬢様を好きにしていいですので」
「本当ですか!!」
「はい」
無邪気な笑顔を浮かべる唯に対して、都月はどこぞの令嬢が浮かべるかのような作られた笑みを披露する、唯は絢をお姫様抱っこの要領で持ち上げ、都月は絢の手から書類を取り上げる。
「何故こんなファンタジーな物を……」
先ほどバーワゴンを置いてきてしまった部屋へと戻り、散らかっている書類の片づけと掃除を30分で終わらせ、少なくとも数日はまともなものを食べていないことがだろう主人のために朝食の作成を始める。
数十分して朝食の作成が終わり風呂場に二人を迎えに行く前に衣装部屋へ二人分の下着と制服、バスタオルを取りに行く……、風呂場につくと彼女の想像通りそこにはバスタオルも下着もなく、風呂場には唯の楽しむ声が響いていた。
「そろそろ上がれそうですか?」
そう都月が聞くと「はい、今行きます!!」と返事が響く、だがこの勢いだと風呂場で走ってコケる未来が見を見た都月は「走らないでくださいね!!」と一言だけ付け加える。
唯に一枚バスタオルを手渡し、そのまま脱衣所から出ていこうとする絢を椅子に座らせ体から水分をふき取っていく。
透き通るような白い肌よりさらに、白い色素の抜けた髪、眼球の奥まで光が透き通り真っ赤に染まっている。常に手入れしている制服を着せればその姿は人形にしか見えない。
「さて、先ほども言いましたが今日は開講日です、急ぎますよ」
そして二人に急いで朝食をとってもらい、二人分の身支度とを済ませ車に乗せる。
「少し時間がおしていますので少し時間が押していますので少し飛ばします、しっかりとシートベルトを付けてください」
そういった都月はエンジンを吹かし黒塗りの車を発進させる、その速度は急加速によって交通法ギリギリの速度で学校へと向かう。
「40分ほどで付きますので少々お待ちください」
その宣言通りに道順をたどり宣言通りの時間に目的地へたどり着いた。
都月は運転席から降りて校門側に止めた絢側の扉を開ける。
「それでは唯様、しばらくの間お嬢様をお願いします」
「任せてください!!」
そういいながらも絢の左手をぎゅっと掴むその姿に都月は苦笑しながらも唯が絢を連れていく姿を見送ってから、車に乗り駐車場へ車を止めに行く……。
唯と絢の二人は自分の教室に入り担任の先生と都月を待つ、この学園は絢を含め1企業の社長をはじめとして、大企業の幹部、一国の長や国会議員まで一般的に「金持ち」と呼ばれる人間の子息息女が通う学園だ、そんな人間に「もしも」の事があった時国際レベルの大問題になることも多い、その為事前に登録さえしていればボディーガードを連れて来て良いことになっている。
事前に教室にいるべき全員がそろわなければ授業が進まないことになっている、そして席に着き教科書と板書を取るためのノートを取り出した段階で都月さんと先生、他の生徒のボディーガードも全員到着した。
「遅れて申し訳ありません」
何か大変なことをやらかしたように言う都月に向けて、絢は何もなかったということをアピールするように「大丈夫ですよ!!」と伝えておく
(そんな一生モノの大事を起こしたように言われてもまだ予定していた時間の5分前なんですけどね……)
そんなこんなで漸く新学期初めての授業が始まろうとした時、謎の音が響く、よく耳を澄まさなければ聞こえないような小さな音だが、その音を絢は聞き逃さなかった。
(何でしょうかあの罅、天井に入っている……わけではなさそうですが……、あれ何処に)
そう考えた瞬間に罅が強く発光しだし、その存在を他の人たちも気づき始める。
(やばそうですねあれ……とりあえず唯と都月さんは守れますかね)
ほんの一瞬のうちにそう考えた絢は唯と都月を二人を守るように抱え机よりも低い場所へ伏せる……、それすらも飲み込む勢いで罅の光はその輝きを増し、やがて教室全てを飲み込んでしまった。
ここから先、私が楽しむことはできるのでしょうか。
いつかこの枷を……重りを外して楽しむことが出来るのならば……
ここから先はまだ何もないですね。