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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今年も夏が来るな。

作者: 羽結乃

【あらすじ必読。注意事項あります】



私自身、眠れない日々が続いたことがありました。

いくら好きでも振り向いてもらえず、何が好きで本当に好きなのかすら不安になる夜。

睡眠薬を飲んでみても、やっぱり紺青色が褪せていく空を眺める毎日。

また眠れなかったと自分を責める中、頭の中でぐるぐる考えた言い訳からこの物語は紡ぎ出されました。

 それなりに心も穏やかになり、夜も眠れるようになった頃にはこの物語の存在すら忘れて、私の気持ちを代弁していたキャラクター達もスマホのメモ欄の奥に仕舞い込まれてしまって、彼女たちの物語は進むことがありませんでした。

 ですが、知り合いから記念企画で声劇の台本が欲しいと声をかけられ、締め切りまで時間が無いところメモ欄に置いてあったこの物語の存在を思い出しました。

止まっていた時を動かすように、また執筆を始めたのです。

 物を書く機会って素敵だなと思いました。

稚拙な文体かとは思いますが、何かが貴方様に伝わって心が動いてくれたら私はとても嬉しいです。


羽結乃


女:黒木冬華くろきとうか

男:紫田千秋しばたちあき

男:白森夏輝しらもりなつき

男:青羽優雨あおばゆう

女:黄瀬恋春きせこはる

男:おじいさん

女:担任


↓冬華side↓


早朝、一睡も眠れなかった私は自己嫌悪に近いもやもやとした気持ちで、すずめがチュンチュンと鳴き出した、薄明るい空がちらつく窓を眺めていた。眠るという簡単なこともできない自分をどうにか肯定したく、パジャマのまま玄関を開けてみる。ふわっと冷たい風が前髪を揺らして、肺の中へ素直に空気が送り込まれたような気がした。

一歩外に出て、玄関の扉を閉じる。この早朝の心地よい空気に触れるために、私は寝ずに、この時間を待ったんだ。早起きをして、眠たい瞼と重い頭を抱えながらでは、きっとこの冷たい風が鬱陶しいものになってしまうのではないか、とそれらしい理由を無理矢理つけてみる。

家の裏の川沿いを、理由もなくとぼとぼと歩いてみた。

ほんの3時間ほど前までは、近所の大学生が酔っ払いながら大声で歌ったり、バイクがエンジンを蒸して横切ったり、救急車のサイレンや、誰かが嘔吐する音、近隣同士の怒鳴り声が響いていた街なのに。

この早朝、ほんの一瞬だけ。この街も若返るような爽やかさがあるんだな、と思っていた。なんとなく、都会ではないような、発展する前の昔はこんな感じだったのかとか、田舎の登校時間の空気というか。

人工的な音がしなくなる時間。

スズムシとコオロギが鳴き止み始めて、横を流れる川の音。風が揺らす葉桜のほんのりとした音。スズメの鳴き声。

そこだけ切り取るとまだこの街も捨てたもんじゃないかもしれない、と考えてみる。

たぶん、あと30分もしたら、ゴミ回収のトラックの音が聞こえ始め、郵便物がポストに投函される派手な音。仕事に出かける大人が荒々しく扉を開ける音が響いて、日常的な煩い街に戻ってしまうけれど。

涼しくて気持ちいい。

寝てないけど、頭はすっきり冴えている。

この時間だけを生きていたい。

一日が始まると、いろんな憂鬱な現実を考えないといけないから、すごく生きづらい。

来週テストだなぁとか、担任から毎日のように聞かれる進路希望とか。高校卒業後のことなんか考えたくない。

大好きだった人は、私が9才の頃に死んでしまって、母は現実逃避かのように、家には帰って来ず、生活費だけを私に投げて行く。父はいない。

寂しい…のだろうか、わからない。ただこの言葉にできない心の空白を何かで埋めたかった。

好きな人を愛したい、愛されたい。夜中まで年上の男の人と遊んだ。ああ、でもあいつは私のこと好きだったわけじゃないんだなぁ…とか、あの女いなくなればいいのに。とか。

こんなことしか考えられない自分を、この早朝の少しの時間が慰めてくれているような気がした。

あなたの脳と肺に、たくさん空気を送ってあげるから。もっと軽く考えても大丈夫だよ、スッキリしなさい。って。

たぶん言ってないけど。

目の前の橋を、灰色がかった変な柄の猫が横切った。首輪を付けている。

橋を渡りきって、横の小道へ入って行った。

猫好きなので、ちょっと尾行してみる。私に気付いてはいるみたいだけど、逃げないってことは、迷惑ではないってことでいいかな。

猫的には、夜中の会合が終わって帰宅の時間。疲れたからこれから眠るって感じなのかしら。

少し奥まった道へ入ると、猫は家の中へ入って行った。

家には、コーヒーの絵が入ったドアと、closeの看板が下げられていた。

へえ、カフェ?なのか。

近所だけど知らなかった。しかもこんな小道の奥で。やっていけてるのだろうか。

少し中を覗こうと思い、背伸びをしてみると、カウンターで豆を削っている人の姿が見えた。

わ、人いるじゃん。早起きなんだなー。

店内はアンティーク調の落ち着いた雰囲気だった。外からだとやってるのかすらわからなかったから、意外と綺麗な店内で観察が進んでしまった。

さっきの猫が、店主のいるカウンターに飛び乗りひと鳴き。猫へ目をやった店主が、店を覗いていた私に気付き、目を見開いた。

やば、目合っちゃった。

するとすぐに微笑みに表情を変え、扉の方へ歩いてくる。

わー。どうしようかなー、別に用事あるわけじゃないんだけど。でもここで逃げるのも変だしなー。とあせあせしていると、カランと扉を開けられてしまった。


千秋「いらっしゃい。朝ごはんかな?」

冬華「あ、いえ、あ、その。散歩をしていて、猫がいたので、近所だったんですけども。あ、こんなお店あったのかって、えっと知らなくて」

千秋「そっか、ご近所さんなんだね。お腹は空いてない?」


店主は、たぶん20代後半くらいかな。細身で落ち着いた雰囲気の男性。店の外観にはちょっと合わないかっこいい感じ。もっとおじいさんがやってるお店だと思った。


冬華「あ、や、ほんと財布とかもなにも持たずに出てきちゃったんで、あの、また今度お邪魔します」

千秋「そうなの?でも別にいいですよ、ご近所割引ってことで」

冬華「えっ、やそんなダメですよ。しかもこんな早い時間で、ほら看板もcloseってなってますし」

千秋「あ、そうだったね」


店主は笑い、closeの看板を裏返した。


千秋「オープンしましたよ。ちょうど良かったですね」

冬華「ええ、いや、でも本当にお金持ってないので。すみません、客でもないのに紛らわしいことをしてしまって。申し訳ないです」

千秋「あは。だからお金とか、そういうのは良いよ。せっかく来てくれたんだから。あ、じゃあ僕の朝食に付き合ってください。ちょうどコーヒーが入ったところなんです」

冬華「え、いや、でも悪いですよ」

千秋「お腹すいてなかったですか?」

冬華「それはすいてなくはないのですが」

千秋「じゃあ、食べちゃおう。ちょうど1人が寂しいなーって思っていたところです。入って入って」

冬華「…では、お言葉に甘えて」


迎え入れられてしまった。

詐欺とかだったらどーしよっかな。キャッチカフェとか。まあ、そんときはそんときか。

店内には香ばしいコーヒーの匂いで充満していた。落ち着く空間な気がしてくる。


千秋「いいですよね、コーヒーの香り。ここのカウンターすわっててね。今準備するから」

冬華「あ、すみません、失礼します…」


お洒落なカウンター席に腰をかける。

右斜め前には、さっきの猫が丸まっていた。


冬華「あ、あの、猫、触っても平気ですか」

千秋「いいよ、噛まれないようにね」

冬華「か、噛むタイプですか!?」

千秋「あはは、嘘だよ。噛みもしなければ引っ掻きもしない。とっても良い子だから触ってあげて」

冬華「は、はぁ」


びびらされたので、おそるおそる猫に触れてみると、身をよじったけど本当に大人しく触らせてくれた。もっふもっふ。


冬華「かわいい…」

千秋「ふふ。かわいいでしょ。うちの看板猫」

冬華「もっふもっふです」

千秋「もっふもっふなんだよ」


店主が笑う。


冬華「このお店、普段は営業時間こんなに早いはずないですよね?私が来ちゃったからですよね、ご迷惑だったんじゃ…」

千秋「営業時間?うちの店は、そういうのはないんです。開けたいと思うときに開けるから。この時間に開けてることも多いよ」

冬華「え、へえ。お客さんが来たら、とかですか?」

千秋「どうだろうね、気分…かな?」

冬華「え」

千秋「お店、やっていけてんのか、大丈夫か?って思ったでしょ」

冬華「あ、はい、まあ、思いました。なんなら見つけた瞬間に」

千秋「あははは。素直でよろしいですね、はい。コーヒーです」


カウンター越しから、湯気の上がったコーヒーがやってきた。すごく良い香り。このまま飲みたい。

うーーん。悩む。


冬華「すみません、ミルク…頂いても大丈夫ですか」

千秋「あ、ごめんね、はい。どうぞ」

冬華「ありがとうございます」


ミルクをゆっくりカップへ注ぐ


冬華「ゴクゴク…ふぅ。美味しい…」

千秋「ミルク派だったんだね」

冬華「あ、いや、本当はブラックで飲みたいんですけど、後を考えると…」

千秋「後?」

冬華「コーヒー、胃が痛くなってしまって。ブラックは諦めてしまいます」

千秋「なるほど、そっか。胃が痛くなりにくいコーヒー、探しておきますね」

冬華「あ、そんな、お気遣いなく、で」


また、一口。

美味しい。


千秋「他には、なにか苦手なものとかある?」


こちらを見つめながら店主が言う。


冬華「あ、結構なんでも食べます、ね」

千秋「お、いいですね。僕も結構なんでも食べます」


ふふ、っと笑った。


冬華「あ、強いて言うなら、女子がバレンタインに作る甘々な手作りチョコが苦手です」

千秋「え??」


と不思議そうに目を見開き、私を見つめる店主の表情がだんだんと緩んでいき、肩を震わせ始めた。


千秋「ええ??なにそれ…ふふっ、あはは。うん、でもわかるわかる。学生の時にね、びっくりするくらい甘いチョコ貰うよね、あはははは」


細長く男らしい手を口元に当てて、店主は肩を震わせ続けた


千秋「いやあ、まさかその答えが返ってくるとは思わなくて、…ふふふっ、あーおもしろい」

冬華「え、そんな、笑わせるつもりで言ったわけじゃ…」

千秋「ごめんね、それもわかってる上でおもしろくて」

冬華「まあ、笑っていただけて良かったです」


コーヒーをもう一口。

店主はまだ笑っていた。


冬華「…学生の時、やっぱり貰いました?よね、お兄さんカッコいいですもんね」

千秋「甘々のチョコ??ふふふっ」

冬華「まだ面白いですか」

千秋「いやーごめんごめん。でもそうだねえ、うん。ありがたいことに毎年もらってはいたかな」

冬華「やっぱり」


少し笑いが落ち着いたのか、パンを切り始めていた。


千秋「お客さんが言うように、実を言うと、僕もあの甘々の手作りチョコが苦手でね…、作ってくれたから食べないのも申し訳ないから食べるんだけど、そのプレッシャーが尚更苦手だったなぁ…」


少し恥ずかしそうに店主はそう言った。


冬華「あ、やっぱり男性からみてもちょっときついんですか」

千秋「キツいってことはないんだけど、時々市販のものがあるとちょっと嬉しかったね」


あはは、と冗談混じりに言う店主。


千秋「あー、でも、一人だけ」


料理の手を止めて、店主が何かを思い出すように話し始めた。


千秋「一人だけ、この人の作るものならもう一度食べたい。と思った子がいたんだ」

冬華「…彼女ですか??」

千秋「いや、そんな関係じゃないよ」


笑みを浮かべながら、店主はまた料理を始める。


千秋「あれも、バレンタインだったのかな。その人からは、その年に初めて貰ったんだ。…と言っても、僕に渡したくて作ったわけじゃなさそうで。いらないからあげる。そう言ってたかな」

冬華「…すごいラノベ小説みたいなツンデレじゃないですか。絶対それ嘘ですよ」

千秋「あはは、うん。嘘だったら、その方が嬉しかったかな」


あれ、あ、そういう話?なのか。


千秋「申し訳ないことに、ああ、また手作りか。余ったって理由なら他のやつに渡してくれ。それか自分で食べればいいのに…って思っちゃったんだよね」

冬華「めっちゃくちゃモテたんですね」

千秋「まあ、否定はしないでおくよ」


モテたのか。そりゃそうだ、正直めちゃくちゃカッコいい。


千秋「ほぼほぼ押し付けられと言ってもいいその箱を開けてみたら、やっぱり手作り感満載な見た目のチョコが4つ並んでた」

冬華「見た目も酷かったんですか?」

千秋「綺麗…とは言えないかな?」

冬華「え、それなのにまた食べたいと?」

千秋「その時点では思ってないよ。ただ、目の前で感想教えろっていうからさ、一つ口にいれてみた」

冬華「……」


コーヒーを、またひと口飲んだ。


千秋「一つ食べただけでわかった。ああ、これはしっかり心を込められて作られた手作りの味なんだ、って」

冬華「…わかるものですか」

千秋「上手く言葉にはできないんだけど、食べる相手の事をしっかり考えられて作られている味、というか。自己満足じゃないというか。」

冬華「美味しかったですか?」

千秋「うん、美味しかったですよ、すごく。このチョコを作った子は、渡した人のことすごく好きなんだなって。なんか、伝わってきました」

冬華「そういう、ものですか…」


…あれ、今なんか違和感を感じた。


冬華「あ、あの渡した人って」


にゃーーー

丸まっていた猫がノビをして、カウンターから降りた。

カチャン

その時、物音を立てて何かが倒れた。


千秋「あーー、こら、なにやってるのマル」


猫の名前はマルというらしい。

倒れたのは写真立てだった。こちらからは見えないように店主が写真立てを元の位置に戻す。


冬華「大丈夫ですか?」

千秋「なんともありません、大丈夫です」


店主はしばらくその写真を見つめた。


千秋「そういえば、さっき何か言いかけませんでした?」

冬華「あ、いえ!大丈夫です」

千秋「そう?さ、おまたせしました。サンドイッチです。お口にあえばいいけど」

冬華「わ!美味しそう!いただいていいんですか?」

千秋「もちろん、めしあがれ」


卵とハムとレタス

いたってシンプルだけど、手作りのサンドイッチだ。なんだか久しぶり。


冬華「いただきます、…おいしいです!!」

千秋「良かった。コーヒー、おかわりあるからね」

冬華「ありがとうございます」


店主はコーヒーを飲む。

絵になるな…と思った。



↓千秋side↓

早朝、またいつもと同じ時間に目が覚める。

いつからか、睡眠時間がとても少なくなってしまった。まだ日が昇りきらない、川の流れる音とスズメの鳴く声だけが聞こえる、唯一穏やかな時間。

この春から新しい学校で教鞭を執ることとなった。祖父が切り盛りしている、このカフェ兼自宅に間借りをすることとなり、1週間ほど前からこの街に戻ってきた。というのも、着任先の学校は自分の母校だからだ。

高校生になると、実家を離れてこの祖父の家に世話になっていた。昔と同じこの部屋を借り、今度は学生ではなく教員として、この街で暮らしていく。

顔を洗い、身なりを整えて、一階のカフェスペースへ向かう。朝食をつくる時は学生時代から決まってこのカフェスペースを借りていた。

豆をミルで挽き、お湯を沸かし、コーヒーを入れる。

きいと音を立てて、外と繋がっている小さい扉から猫のマルが戻ってきた。


千秋「おかえり、マル」


マルは夜の間は外に出ている。会合でもあるのだろうか。

カウンターに飛び乗り、いつもの定位置についた。


千秋「あとでご飯あげるからな」


マルをそっと撫でると、店の入り口、扉の小窓から人影が見えた。

ふっと目をやると、高校生くらいの女の子と目があった。

じいちゃんが店を開けるにはまだ早い時間だし、おそらく常連さんではないのだろう。

なにか用があるのだろうか。

カウンターから出て、扉へと向かう。

近づいて行く僕に対して、おろおろと戸惑った様子だった。


カラン


千秋「いらっしゃい、朝ごはんかな?」


扉を開けて、女の子に声をかける。

あたふたしている少女。


冬華「あ、いえ、あ、その。散歩をしていて、猫がいたので、近所だったんですけども。あ、こんなお店あったのかって、えっと知らなくて」


声を聞いた瞬間、ひどく懐かしい気持ちが込み上げた。なぜだろうか。初めて会った気がしない。

ここで帰らすのを惜しく感じた。

朝食に誘ってみる。


冬華「えっ、やそんなダメですよ。しかもこんな早い時間で、ほら看板もcloseってなってますし」


それはそうだ。普段こんな時間に店を開けることはない。

closeの看板を裏返した。


千秋「オープンしましたよ。ちょうど良かったですね」


少女を店に迎え入れ、コーヒーを入れた。

ミルクを注いで少しずつ口に運んでいる。

どうやら猫好きのようだった。


冬華「このお店、普段は営業時間こんなに早いはずないですよね?私が来ちゃったからですよね、ご迷惑だったんじゃ…」

千秋「営業時間?うちの店は、そういうのはないんです。開けたいと思うときに開けるから。この時間に開けてることも多いよ」


嘘をついた。

いつもじいさんが決まった時間に開ける。

この子と話したいという気持ちだけで。なぜだろう。初めて会った気がしないんだ。

彼女と話していると、懐かしいような切ない気持ちが押し寄せる。


千秋「他には、なにか苦手なものとかある?」

冬華「あ、強いて言うなら、女子がバレンタインに作る甘々な手作りチョコが苦手です」

千秋「え??」


何気なくした質問への返答にひどく驚いた。

全く同じ回答をした人間を、僕は1人知っていた。

その時、自分の中で腑に落ちた。

ああ、そうか。この子はあいつに似ているんだ。

俺はあいつの面影をこの子に重ねたんだな…と。

懐かしい街、この青春時代を過ごした空間のせいに違いない。

懐かしさに笑いが漏れてしまった。


千秋「いやあ、まさかその答えが返ってくるとは思わなくて、…ふふふっ、あーおもしろい」

冬華「え、そんな、笑わせるつもりで言ったわけじゃ…」

千秋「ごめんね、それもわかってる上でおもしろくて」

冬華「まあ、笑っていただけて良かったです」


ニャーと、

マルがカウンターから飛び降りると、飾ってあった写真立てがカチャンと倒れた。


千秋「あーー、こら、なにやってるのマル」


マルが倒した写真立てを元に戻す。


冬華「大丈夫ですか?」

千秋「なんともありません、大丈夫です」


学生時代、大好きだった人と撮った写真。

今でも鮮明に覚えている。

高3の文化祭、祭ごとがあまり好きじゃない俺を無理矢理連れ回してくれた。


(以下 千秋side回想)


クラスの出し物の仕事も終わり、誰もいないであろう屋上にでも行って休もうと思っていた。

教室からでると待ち伏せしていたらしいそいつが、俺の肩に肘を乗せる。


千秋「夏輝」

夏輝「さ、行くぞー」

千秋「行くって、どこにだよ」

夏輝「はぁ?お前、何言ってんのー!?文化祭だぞ!文化祭!!他のクラス回るに決まってんだろ!」

千秋「いいよ、仕事終わって疲れた。休みたい」

夏輝「ほんとお前弱っちーのな、最後の文化祭だろ!?作れよ思い出!!」

千秋「充分、疲れたって思い出ができたよ」

夏輝「あのなー、お前が一緒に回ってくれなきゃ、誰が俺と一緒に思い出作ってくれるってのよ」

千秋「いるだろ、そこにいっぱい」


視界の先を指さす。

こちらの様子をちらちらと伺う女子たち。


夏輝「なーにいってんだよ。彼女でもない女子と回ったって疲れるだけだろ」

千秋「あ、そう」

夏輝「それにいーのかー?俺と一緒にいないと、お前こそ女子からのお誘いひっきりなしだろ」

千秋「…まく」

夏輝「むりだって」

千秋「……」

夏輝「さ、行くぞ~!まずは腹ごしらえな!焼きそば食うぞ~」

千秋「はあ…」


言われるがまま、彼について行く。

焼きそば、りんご飴、チョコバナナ、お化け屋敷、軽音部のステージ、美術部の展示。

次から次へとまわっていった。


千秋「もういいよ。疲れたから、お前1人で回ってこいよ」

夏輝「えーー、なんだよ!時間まだまだあんだろ!じゃあ演劇部の舞台行こうぜ!!それなら歩かなくていいだろ??」

千秋「いや、寝そう…申し訳ない」

夏輝「ひっでーの」

千秋「……」

夏輝「…じゃあさ」


しばらく考えて、彼は言った。


夏輝「最後にあそこだけ、一緒行こう」

千秋「どこだよ」

夏輝「写真部がさ、記念写真撮ってくれるっていうから、それだけ撮りに行こうぜ」

千秋「いいよ、写真とか。恥ずかしいし」

夏輝「いいだろ!?記念だよ、記念!!高校最後の文化祭、形に残る思い出欲しいだろ」

千秋「べつに…」

夏輝「なぁ、頼むよ…」

千秋「…はあ。わかったよ、それで最後な?」

夏輝「よし!行こうぜ!!」


腕を引かれ、早足で写真部の部室へ向かう。

彼に掴まれている手首を横目に、なんだかんだ嬉しいと思っている自分がいた。

部室に着く。

俺たちの前には一年生のカップルがお互いの手でハートを作ってポーズを決めていた。


千秋「なぁ、本当に撮るのか…」

夏輝「ここまで来て、撮らないはないだろ!ほら、俺らの番!!」


そのまま無理矢理、アートが施された黒板の前へ押し出される。


夏輝「さ!ささっと撮っちゃってください!!こいつ逃げちゃうんで!!」

千秋「逃げないよ…」


写真部から撮りますよーと言われ、彼はいつものように俺の肩へ肘を乗せる。

歯を見せた明るい笑顔。右手で作るピースサイン。

パシャ、パシャ、パシャ

自然と笑顔が溢れた。


夏輝「夏休み明けたら、写真買えるんだってさ」

千秋「そうか」

夏輝「お前、絶対買えよー?」

千秋「お前が買えばいいじゃないか」

夏輝「俺は、まあ、買うよ。当たり前じゃん。でもさ、2人の思い出だろ?買えよ?」

千秋「はいはい、わかったわかった」

夏輝「約束な?」

千秋「うるさいな、たかが写真だろ?約束とか、大袈裟な」

夏輝「うるせぇ」


そんな思い出の写真だった。


(回想終了)


千秋「そういえば、さっき何か言いかけませんでした?」

冬華「あ、いえ!大丈夫です」


俺の作ったサンドイッチを頬張る彼女。

気に入ってもらえたようで良かった。


冬華「あ!!すみません!そろそろ時間なので、失礼します!」

千秋「ああ、もうこんな時間か。学校ですか?」

冬華「そうなんですよ、今日始業式で!家に戻って支度しないと。あの、本当にお金いいんですか…?夕方にでも払いに来ます!」

千秋「大丈夫ですよ、今日は僕の朝食に付き合ってもらっただけです。なにも気にしないで」

冬華「…じゃあ、また来ます!その時はしっかりお支払いしますので!」

千秋「待ってますね」


そう言い残し、彼女は足早に帰っていった。

俺もそろそろ支度をしないといけないな。着任早々、遅刻するわけにはいかない。

あの子は、どこの高校なのだろうか。もしかすると生徒になってしまうかもな…と、思いながらスーツに着替え、ネクタイを締めた。


↓冬華side↓


家に帰り、急いで顔を洗い、薄くメイクをして、髪を整える。着なれた制服に袖を通し、鏡の前でおかしなところは無いか確認する。

カバンの中の持ち物を確認して、いつものように大好きだった兄の写真の前で手を合わせる。


冬華「いってきます」


挨拶を終えると、ローファーを履き、本日2度目の玄関を開ける。

さっきとは全然違う外の空気。

涼しさが生温かさに変わり、春の終わりを感じる。まだ4月だというのにとっくに桜は青青とした葉っぱに包まれている。

遅刻しそうなサラリーマン、挨拶を交わす小学生。主婦たちの井戸端会議。そして、だるそうに歩いている高校生。今から私もその中の1人になるのだ。

通いなれた道を、だらだらと歩く。

寝てないから体が重い。おなかもいっぱいになってしまったから、眠気が襲う。

校門まで向かう道に入りかかったとき、後ろから声をかけられた。


恋春「おっはよー!冬華ちゃん!」

冬華「ああ、恋春。朝から元気だね、おはよう」

恋春「冬華ちゃんはすっごい眠そうだけど、また夜更かししたの?」

冬華「今日は一睡もしてない」

恋春「まじで!?」

優雨「冬華またオールかよ」


恋春の後ろから、呆れたようにまた1人声をかけてきた。


冬華「寝れないの、しょうがないじゃん」

優雨「昨日は誰と一緒だったんだ」

冬華「別に、優雨には関係ないと思うんだけど…」

優雨「関係なくねぇし、心配してやってんだろ」

冬華「はいはい、どうもありがとう」

恋春「ねえ、そうやって言い合いしないと2人の朝は始まらないんですかー?」

冬華「こいつが突っかかってくるから」

優雨「人が心配してやってんのに」

冬華「父兄かよ」

優雨「おまっ」

恋春「まーまー、もう。朝からやめてよー。仲良くしよ!仲良く!それに、冬華ちゃんもだめだよー?若いからってしっかり寝ないとお肌に悪いんだからっ!」

冬華「ごめん、気をつける」

恋春「そうだよー?せっかく美人さんなんだから」

優雨「なんで恋春の言うことは素直に聞くんだよ」


この2人とは、高校に入学した時からなぜか一緒にいることが多い。一年生の時、優雨とクラスが同じになって、なぜか私に絡んできた。それに釣られるようにいつからか恋春も私に絡んでくるようになった。

2人は幼稚園からの幼なじみらしい。そんな2人がどうして実家を離れてこの街に来た私なんかに絡んでくるのか、2年経った今でも不思議でならない。別に人付き合いは得意じゃないし、愛想だって良いわけじゃないのに。

ただこの2人のお陰で高校生活、ぼっちは免れているので感謝はしていた。


恋春「ねーね、新しい先生くるよね??カッコイイ男の先生いないかなぁ~」

優雨「イケメン教師なんかいねえーよ。ドラマじゃないんだし」

恋春「そうかなー?イケメンだって教師になる資格あるよー?ね?冬華ちゃんもイケメン先生が良いよね!」

冬華「うーん、あんまり興味ないかな」

恋春「えーー」

優雨「冬華はお前みたいにお花畑じゃないんだよ」

恋春「なにそれ!優雨くんひどーい!」


基本、2人での会話の中、時々私へ話が振られる。といういつも通りのスタイル。

校門を通り抜け、クラス割の表を3人で確認する。

去年は3人バラバラのクラスだったけど、今年はどうだろうか。

黒木冬華。自分の名前を探す。


冬華「あ、3組だ」

恋春「うそ!?冬華ちゃん、私も3組!」

冬華「初めて一緒だね」

恋春「うれしい~!優雨くんは?」

優雨「まて、3組、3組だろ??あ!あったぞ!!俺も3組!!まじか!!」

恋春「ほんとだ!!優雨くん同じクラス!!中1ぶりだね!!」

優雨「そうだったけか?」

恋春「ひどいよ!覚えててよ!」

優雨「全員同じだな、よろしく」

冬華「まぁ、よろしく」

恋春「冬華ちゃんお昼絶対一緒ね!」

冬華「それは、今までもそうだったけど…」


3人で3組の教室へ向かう。見たことない顔が沢山行き交う廊下を歩く。

クラス替えで一喜一憂しているのだろう。肩を落としたり、馬鹿みたいにはしゃいだり。いろんな人がいる。


恋春「冬華ちゃん!!」


後ろを歩いてた恋春に呼び止められた。

振り向くと、廊下の窓にメガネのようにした両手を当ててどこかを見ていた。


冬華「何見てるの」

恋春「あの人!見たことないよね!?きっと新しい先生だよね!!ほらあそこ!」


恋春の指さす方向を見ると、中庭を挟んだ向こう側の廊下を歩くスーツ姿の男の人がいた。


冬華「え…?」

恋春「イケメンじゃない!?イケメンだよね!」

優雨「そうかー?俺の方がイケメンじゃね?」

恋春「優雨くんうるさい」


どうして、あの人がここにいるんだろうか。

さっきまで一緒に朝食を取っていたカフェの店主…にとても似ている。

スーツ姿にさえなっているものの、間違いなくあの人だと思った。


冬華「なんで…」


キーンコーンカーンコーン

朝礼5分前のチャイムが鳴り響いた。

すぐに駆け出して、向こう側の廊下へ行きたいところだったが遅刻扱いは避けたいので、大人しく自分の教室へと入った。

席へ着いても、頭の中が混乱していた。

カフェの店主じゃなかったの?

でも確かにあの店の人だった。どういうことなんだろうか。もしや双子なのか。他人の空似…?

いろんな可能性を考えたが、自分の中では解決しなかった。

新学期の初日、1時間目は着任式だったので、朝礼が終わった瞬間に席を立ち、急いで体育館へ向かった。


恋春「冬華ちゃん!?ちょっと、一緒行こうよー!」

優雨「あ、お前ら待て!」


2人を待つこともなく、早足で歩いた。


恋春「冬華ちゃん、興味ないって言ってたわりにすごい気になってるじゃん!」

優雨「え、そうなの?」

恋春「さっきのイケメン先生でしょ??早く会いたいんだってば」

優雨「うそだろ!?」


早く確かめたかった。

本当にあの人なのか、誰なのか、名前を知りたかった。

体育館に着き、壇上にいるあの人を見つめる。

やっぱり、さっきのカフェの人だ…。

1人ずつ、新任の先生方が挨拶をしていく。

1人、また1人とあの人に近づくたびに、胸が高鳴った。

そして、マイクが手渡される。

息を呑んだ。


千秋「紫田千秋です。初めまして。今年から社会科担当としてこの学校に赴任してきました」


しばた、ちあき…。


千秋「今日、この学校へ来る道のりをとても懐かしく感じました。実はここは僕の母校でもあります。僕の頃の制服はブレザーではなく学ランでしたが、この体育館や、校舎は変わらず昔のままで青春時代を思い出します。またここでの生活が始まると思うと楽しみでもあるので、皆さん、気軽に話しかけに来てくださいね」


まさか先生だとは思いもしなかった。

でも、どうして。確か公務員は副業禁止だったはず。あのカフェに住んでる…んだよね…。あの時間にいたんだし、飼い猫もいるし…。

でも、ここの卒業生か。

もしかしたら、兄のことを知っているかもしれない。

紫田先生は、残念ながら私のクラスとは関わりが無いようだった。

となると、こちらから会いに行くしかないってことか。

新学期初日は午前中に授業が終わったので、部活にも入っていない私は急いで社会科教員室に向かった。早足で階段を駆け上がり、4階にある扉の前で立ち止まった。

この学校に通って3年目になるけど、初めてこの扉を叩こうとしている。

もし人違いだったらどうしよ…。

変な緊張で手が汗ばんできた。

ゆっくりと息をすって、ふーーっと吐いた。


冬華「よし…」


コンコンコン

3回ノックをする。


千秋「はい、どうぞ」


中から、今朝聞いたものと同じ声が聞こえてきた。

やっぱり、あの人だ。

恐る恐る、ゆっくりと引き戸を開けた。


冬華「あ、あの、紫田…先生にご用があります。入室してもよろしいでしょうか」

千秋「あ、今朝の」


その言葉で、確信になった。


千秋「どうぞ、お入りください」

冬華「し、失礼します…」


他の先生はいないようだった。

ゆっくり、紫田先生の机の横に立った。

ここまで来たはいいけれど、どう話を切り出そうか…。

紫田先生は、イスをくるりと回して体をこちらに向けてくれた。


千秋「ごめんね、驚かせてしまったかな」

冬華「あ、いえ!…いや、はい…。正直めちゃくちゃびっくりしてます。えっと、先生だったんですね」

千秋「実はそうなんです」

冬華「じゃあ、あのカフェはなんですか?副業は禁止ですよね…?」

千秋「あそこは、祖父の店なんだ。僕はあの家に間借りさせてもらってるだけで、働いてるわけじゃないんです」

冬華「え、でも今朝はあそこでコーヒー淹れたり、サンドイッチ作ってくれたりしてましたよね?」

千秋「うん、そうだね。朝食を取るときはあのカフェスペースを使わせてもらってるだけ」

冬華「営業時間は…」

千秋「決まってます」

冬華「今日いただいたお料理は…」

千秋「メニューには無いものです。だから言ったでしょ?お金はいりませんって」

冬華「嘘…ついたんですか」

千秋「少し言葉が足りなかったかもしれないですね」

冬華「はあ…」

千秋「実は、もしかしたら生徒かもしれないな。とは思ったんですけど、あのタイミングで高校がどこなのか聞くのは、怪しいですから」

冬華「そうですかね…」

千秋「では、改めて教師という立場ですから。初めまして、社会科担当の紫田千秋です。君は何年生?お名前は?」

冬華「えっと、3年3組…黒木冬華です」

千秋「3年3組…、僕は受け持ってないね」

冬華「そうみたいですね」

千秋「あまり関わることがないかもしれませんが、1年間よろしくお願いします。ここに話に来てくれてもいいですし、今朝の時間でしたらいつもカフェにいますので」

冬華「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。あ、あの。私からも質問いいでしょうか」


紫田先生がここの卒業生だとしたら、もしかすると兄のことを知っているかもしれない。


冬華「あの、先生はおいくつでしょう」

千秋「年齢ですか?気になります?」

冬華「はい、とても」

千秋「27です」

冬華「27…」

千秋「どうかされました?」


生きていたら、兄と同い年だ。

もしかしたら、知っているかもしれない。


冬華「あの、先生ここの卒業生だって、仰ってましたよね??白森夏輝って、ご存知じゃないでしょうか…。おそらく先生と同学年だったはずなんですが…」

千秋「白森…夏輝ですか」

冬華「ご存知ないですか?」

千秋「どうして、そんなことを?」

冬華「兄なんです」


紫田先生は、ゆっくりと目を見開きとても驚いた顔で私のことを見つめた。

確実に知っているようだった。


冬華「ご存知、ですよね?」

千秋「…そうですね。お名前程度にはなりますが」

冬華「本当ですか?」

千秋「ええ。ですが、苗字が違うのは…」

冬華「両親が離婚して、お互いそれぞれの親に引き取られたので」

千秋「そうでしたか」

冬華「本当に、よくご存知じゃないんですか?」

千秋「そうですね…、なにぶん大きな学校ですから」

冬華「そうですか…。私、学生時代の兄のことが知りたくて」

千秋「例えば?」

冬華「兄が、学生時代好きだった人、もしくはお付き合いしてた方とか。噂程度でもなにかご存知ありませんか」

千秋「…いえ。わからないです」

冬華「そうですか。ありがとうございます」


紫田先生は、深く考えるような深刻そうな表情をしていた。

失礼します。とだけ挨拶をして社会科教員室を出ると、そこに優雨と恋春がいた。


冬華「なに、聞いてたの」

優雨「聞いてねえし。待ってただけだろ」

冬華「そう」

恋春「冬華ちゃん、何も言わず走って行っちゃうんだもん」

冬華「ごめん」

優雨「知り合いか、あいつ」

冬華「そんなんじゃないよ」

恋春「ねえねえ、近くでもやっぱりかっこよかった?」

冬華「そうだね、イケメンだと思うよ」

恋春「だよね!!えー、私も挨拶しに行っちゃおうかなぁ」

冬華「今日は帰るよ」

恋春「えー!冬華ちゃんだけずるいー!」

冬華「また明日もいるんだから、好きなだけ会えるよ」

恋春「そうだけどさー」


廊下に差し込む夕日が、私たち3人の影を伸ばした。


↓優雨side↓


高校入学初日。サイズの合わなくなったガキっぽい学ランから、憧れていたブレザーに袖を通して、この日のために練習していたネクタイを締める。

なんだかんだ高校生活を楽しみにしていた俺は、いつもより早めに家を出て、中学とは反対方向の道を歩き始めた。

校庭で張り出されていたクラス割。

5組で自分の名前を確認する。新しい上履きに履き替え、長い廊下を進んでいく。まだまばらにしか人がいない時間に、教室に入ると1人の女の子が目に入った。

肩甲骨あたりまで伸ばした、綺麗な黒髪。中学の時は女子は一つにまとめろって校則があったから、女子のヘアスタイルにまで高校生になった実感を持った。

彼女の隣の席に腰をかけ、なんとなく声をかけてみた。


優雨「おはよう」


少し、ビクっと肩を揺らしてゆっくりとこちらを見た。黒く透き通るような綺麗な瞳だと思った。


冬華「…おはよう」

優雨「俺、西中出身。青羽優雨。どこ中?東とか?」

冬華「…いや」

優雨「南?」

冬華「……」

優雨「あ、中央か」

冬華「…私、隣の県から来てるから」

優雨「え?遠くね?朝つらくないの」

冬華「…実家出て、一人暮らししてるけど」

優雨「まじかよ!偉いな」

冬華「べつに、なにも偉くないよ。その方が楽なだけ」

優雨「そういうもんかな」

冬華「…」

優雨「で、名前は?俺は青羽優雨な!」

冬華「さっき聞いた」

優雨「聞こえてないのかと思って」

冬華「黒木冬華」

優雨「とうかか!すごいぴったりな名前だ。よろしくな、とうか」

冬華「呼び捨て…」

優雨「だめかよ」

冬華「すきにすれば」


クールな奴だと思った。

でも、すごく仲良くなりたいと、そう思った。

今思うと、この頃からすでに好きだったんだと思う。


恋春「優雨くん!!!」

優雨「よー恋春」

恋春「なんで先に行っちゃうの!?迎え行ったらもう出たっておばさんが!酷いよ!いつも一緒に行ってるのに!」

優雨「お前待ってたら遅れるだろ」

恋春「早く起きて迎え行ったよ!?」

優雨「俺より遅いじゃん」

恋春「明日は一緒に行くから!!!もう、ただでさえクラス違うんだから、登下校くらい一緒でいいじゃん…」

優雨「お前さ、幼なじみだからっていつまで俺にくっついてんだよ。高校生なんだからさ、周りに誤解されても知らねーからな」

恋春「なによ、誤解って」

優雨「彼氏できなくなるぞーって言ってんの」

恋春「いらないもん…」

優雨「俺は彼女欲しいの!良い距離保て!!」


すっと、隣に座っていた冬華が席を立った。


優雨「あ、ごめん!騒がしかったよな!」

冬華「いや、別に」

恋春「優雨くん、だーれー?」

優雨「なんか、隣の県から来てるんだってよ。黒木冬華ちゃん」

恋春「へー、大変だね。私、黄瀬恋春!よろしくね~」

冬華「あ、うん。よろしく」

恋春「とうかちゃん、美人さんだねぇ~」

冬華「そんなことないと思うけど…」


そんなこんなで、俺たち3人はそれから毎日のようにつるんでいた。

仲良くするほど、冬華は何か俺に言えない悩みを抱えてるような気がした。

高1の冬。部活終わりに、自転車で街を走っていると、大学生くらいの男と手を繋いで歩いている冬華を見かけた。

まさかとは思ったけど、どう見てもいつも隣の席にいる冬華だった。騒ぐ胸を落ち着かせながら、2人の横に行った。


優雨「よう、冬華。なにやってんの」

冬華「優雨…」


繋いでいた手を、すぐさま離した。


優雨「彼氏?いたの?」

冬華「そんなんじゃ、ないよ。友達」


なに、同級生?話すなら俺先に行ってるから。とか言いながら相手の男は冬華を置いて歩き出した。


冬華「あ、待って!私も行くから!」

優雨「おい、冬華」

冬華「優雨には関係ない。じゃ」


走り去る冬華を見つめながら、どうしようもなく、やるせないような、悔しい気持ちが押し寄せていた。

あいつの闇を取り除きたいって思うようになった。俺に頼れば良いのにって。

それから、何度か男と歩いている冬華を見かけるたびに、胸が張り裂けそうになった。

さっさと告白してしまえば済むのに、今の関係が壊れるのがとてつもなく恐ろしく感じた。

今より距離を置かれてしまったら、それこそあいつにとって俺は何者でもなくなってしまう。

黙って高校生活の同級生でしかいられなかった。

高3になる春。

新しい先生に、なぜか冬華は興味があるようだった。

イケメンに舞い上がるタイプの女子では無いし、俺たちを置き去りにするほど、なにか冬華にとって重要な人物のようだった。

放課後、走って奴の元へ行った冬華に嫉妬しながら、後をついて行く。

社会科教員室から聞こえてくる、冬華の声。


冬華「3年3組…黒木冬華です。よろしくお願いします」「あの、先生はおいくつでしょう」「先生ここの卒業生だって、仰ってましたよね??」


とても興味深々で質問を投げかける冬華の声。

教師と生徒。ありえないと思いながらも胸騒ぎが止まらなかった。


恋春「ねぇ、優雨くん…。これじゃ聞き耳立ててるみたい…」

優雨「何かあったら、助けないといけないだろ」

恋春「助けるって…そんな危ないことなにもないよ」

優雨「……」

恋春「ねぇ、優雨くん。あっち、少し離れたところ行こ…?」


恋春が、制服の裾を掴みながら引っ張る。


優雨「いいんだよ、ここで。居心地悪いなら、お前はあっちいればいい」

恋春「…ううん。優雨くんと一緒いる…」

優雨「そうか」


恋春は、幼稚園の頃からの幼なじみだ。

家同士もはす向かいで仲が良い。恋春も、元々友達が多い方ではないけど、いくらなんでも俺にくっつきすぎだと思う。

社会科教員室の扉が開き、冬華が出てきた。

こちらに気づくと、ふっと息を吐いた。


冬華「なに、聞いてたの」

優雨「聞いてねえし。待ってただけだろ」

冬華「そう」


冬華の黒髪を夕日が照らしてキラキラしていた。


新学期が始まって、1ヶ月が経とうとしていた。相変わらず、冬華は紫田と話しに行くことが多いみたいだ。そのかわり、外で他の男と会うことは減ったように思う。

いくら俺が心配したところで、あいつにとっては小言にしか聞こえてないようだ。

紫田と何話してるんだと聞いたところで、優雨には関係ない。と言われてしまう。

放課後、部活が終わり荷物を持って帰ろうとした時。ふと、教室に忘れ物をしたことに気がついた。国語のノート。無くてもいいかと思ったが、明日小テストがあることを思い出した。

仕方ない、取りに行くか。

誰もいない廊下を歩き、自分の教室の前までついた。誰かが教室の中にいた。

なんとなく、身を隠して、ゆっくりと教室を覗く。


優雨「え…?」


紫田だった。

どうして、あいつが3組の教室にいるんだ。

一応、教室の看板を確認するが、やっぱりここは3年3組の教室だった。

あいつは、このクラスとは関係がない人なのに。

紫田は、なにか物思いにふけるように一点を見つめ、そして窓際の後ろの席。一つの机にそっと触れた。

その時、気が付いた。その席は、冬華の席だ。

どうしてあいつが冬華の席にいるんだ。

どうしようもない苛立ちと、嫌悪感から、俺は教室の中に飛び出していた。


優雨「なにやってんすか」

千秋「あれ、君は。黒木さんとよく一緒にいるよね」

優雨「だからなんだよ」

千秋「まだ帰らないんですか?もう部活も終わった時間でしょう」

優雨「忘れ物取りに来たらあんたが居たんだよ。その席に何か用か。紫田先生って、このクラスには関わりないっすよね」

千秋「君の席だった?」

優雨「誰の席か知っててそこに居たんじゃねぇのかよ」

千秋「いや、今ここが誰の席なのかは知らないです」

優雨「冬華だよ」

千秋「黒木さん…」

優雨「あのさ、言わせてもらうけど、教師と生徒だよな。仲良すぎるように見えんだけど」

千秋「そうですか?別に他の子と接し方は変わりませんが」

優雨「冬華は、そう思ってないんじゃねぇの」

千秋「どうでしょうか」

優雨「あんまり冬華に紛らわしい態度とるんじゃねぇよ」

千秋「…君は黒木さんのことが好きなんだね」

優雨「悪いかよ」

千秋「いいえ。だとしたら考えすぎです。いち生徒に恋愛感情なんか持つはずがないでしょう」

優雨「あ、そう」

千秋「そろそろ僕は帰ります。君も早く帰りなさい」


そう言うと、紫田は教室を去って行った。


↓冬華side↓


7月。

もうすぐで夏休みに入ろうとする頃。

私は紫田先生のいるカフェで朝食を取るのがほぼ習慣になっていた。

自分の家にいるより落ち着くし、なによりご飯が美味しかった。


冬華「先生、このコーヒー美味しいです。昨日ブラックで飲んでもお腹痛くならなかったです」

千秋「カフェインが強くないやつ探したんです。気に入ってもらえて良かった」

冬華「ありがとうございます。あ、そろそろ時間ですね。先生スーツに着替えないと」

千秋「そうだね。黒木さんも早めに出るんだよ」

優雨「はい。ご馳走様でした」


先生が2階に上がっていくと、カチャンとあの写真立てをマルが倒した。


冬華「あ、マルまた倒してるよ」


いつもお客側には見えないようになっている写真に手を伸ばし、少し罪悪感を覚えながらも見てみたい衝動に駆られた。

ゆっくりと倒れた写真立てを拾い上げ、裏返してみた。


冬華「え…お兄ちゃん?」


その写真には、間違いなく私の兄。白森夏輝と、紫田先生が写っていた。

肩を組んで、2人で笑顔で写っている写真。


冬華「だって、先生お兄ちゃんのこと知らないって…」


2階から階段を降りてくる音が聞こえた。

私は急いで写真立てを元に戻して、カフェを後にした。

学校への道を歩きながら、あの写真のことを考える。明らかに学生時代の兄と紫田先生だった。

あんなに仲良さそうな写真を撮っておきながら、どうして兄のことを知らないと言ったのだろうか。私に嘘をつく理由が全くわからなかった。

その日一日中、何も集中できなくて、頭の中があの写真と紫田先生のことでいっぱいになってしまった。

早く確かめたくて、授業が終わるとすぐに先生の元へと向かった。


優雨「冬華、またあいつのところかよ」


ぐっと肩を掴まれて、体がよろついた。


冬華「なに、追いかけて来たの?優雨には関係ない」

優雨「…っ。関係なくねぇだろ!」

冬華「やめてよ、大きな声出さないで」

優雨「悪い…。でもさ、なんでいつもいつも、お前は俺のことなんにも頼らねえんだよ」

冬華「頼るって、優雨に頼ることなんて何にもないよ」

優雨「紫田じゃないとダメなことなのか」

冬華「そうだよ、紫田先生に話があるから急いでるの。離して」

優雨「なぁ、お前あいつのこと好きなの?」

冬華「え?なにそれ」

優雨「付き合いたいとか、そういう意味で好きなんじゃないのかって聞いてる」

冬華「そんなんじゃない。それに、それこそ優雨には関係ないじゃん」

優雨「俺はお前が好きだ」

冬華「は?」

優雨「俺は冬華と付き合いたいって思ってるよ。だからあいつの所に、お前を行かせたくない」

冬華「冗談やめて」

優雨「本気だけど」

冬華「…少なくとも、私は別に紫田先生のことそういう意味では見てない…」

優雨「あいつはどうかわからないだろ」

冬華「どういう意味」

優雨「この前、あいつ俺らの教室にいたんだよ」

冬華「3組に?なんで」

優雨「知らねぇよ。ただお前の席でぼーっと突っ立って、そっと触れてるところを見た。あんなの、好きな奴の席だからに決まってるだろ」

冬華「たまたまでしょ、ホコリでも付いてたんじゃないの」

優雨「冬華」

冬華「いいから、早く離して。急いでるから」


優雨を振り切って走り出した。

なに、いきなり好きとか。ほんとに意味わかんない。第一、優雨が私のことを好きになる理由が無い。

そんなことよりも、先生と話したい気持ちが上回って告白されたはずなのにちっとも浮ついた気分にならなかった。

いつも通り、社会科教員室の前まで来てノックをする。

返事が無かった。

ゆっくり扉を開けると、部屋の中には誰も居なかった。カバンも置いてないとなるともう帰ってしまったらしい。

優雨に時間を取られてしまった。

急いで階段を駆け下り、靴を履き替えて、校門を出た。走ってカフェに向かう。


冬華「はあ、はあ、はあ」


カフェの扉を開ける。

カランという音と共にコーヒーのいい香りが広がる。


おじ「おや、千秋の学校の生徒さんかな?」


紫田先生ではなく、おじいさんだった。


冬華「あ、あの、初めまして。紫田先生いらっしゃいますか」

おじ「ちょうど帰ってきたところです。呼んでくるので、お名前聞かせてください」

冬華「あ、黒木冬華です。すみません、お忙しいところなのに」

おじ「君が黒木さんですか。千秋から話は聞いていますよ」


おじいさんは、2階に上がって行き、すぐ戻ってきた。


おじ「すぐ降りてくると思います。そこの席にでも座って待っていてください」

冬華「あ、すみません。ありがとうございます」

おじ「息を切らせているようなので、お冷がいいですかね」


すっと、コップに入ったお水を差し出された。


冬華「ありがとうございます」


一気に飲み干した。

すると、2階から紫田先生が顔を出した。


千秋「黒木さん、どうされました?」

冬華「あ、あの紫田先生にどうしても聞きたいことがあって…」

千秋「勉強のことでしたら、教科担任の佐々木先生に聞いてみては?」

冬華「あ、えっと。授業のことでは無くて、兄のことで…」

千秋「そうですか…、ですが以前言ったように、お兄さんのことは良く知らないんです」

冬華「嘘です…。先生、私、そこの写真見ちゃいました」

千秋「……」

冬華「嘘をつく理由がわからなくて。どうしても先生から話を聞きたいです。お願いです。話してください」

千秋「…。ここではなんですので、上に来てください。そこで話します」


階段を登る先生の後を追った。

階段を登って突き当たりの部屋。中はアンティーク調の机が置いてあり、窓から風が入ってカーテンが揺れていた。


千秋「狭くてごめんね、適当に座って」

冬華「あ、すみません」

千秋「本当は生徒を部屋にあげるなんていけないんだろうけど。秘密にしてくださいね?」

冬華「はい」

千秋「写真を見たって、カフェに置いてあるやつ?」

冬華「あ、えっと、マルが倒しちゃって。それを戻すとき少し…」

千秋「そっか」

冬華「あの、兄と中良かったんですよね?あんな素敵な写真、仲良くないと撮れないはずです」

千秋「うん、そうだね。夏輝とは親友みたいに仲が良かったよ」

冬華「じゃあ、どうしてあんな嘘を付いたんですか?」

千秋「俺には、もう夏輝に親友だって言える資格が無いんだ。きっとすごく傷つけた」

冬華「喧嘩…ですか」

千秋「喧嘩ではないかな」

冬華「何があったか教えていただけますか」

千秋「誰にも話したことが無いんだ。黒木さんは嫌悪感を抱くかもしれないですよ?」

冬華「話してください」


しばらくの沈黙の後、先生は語り始めた。



↓千秋side↓

(回想)

高校2年の2月14日

世間はバレンタインデーに盛り上がる日。うちの高校も例外ではなく、朝から甘いお菓子の匂いで充満していた。

毎年、俺はこの日が憂鬱だった。下駄箱を開けるとやはり大量の手紙とお菓子が詰められている。少し潔癖の気もある俺にとって、食べ物を下駄箱に入れる神経から疑っていた。

持ってきた袋にそのお菓子や手紙を詰める。これは家に帰ってから処分するつもりだった。

靴を履き替えると、おはようの挨拶とともに義理だと言いながら同級生の女子が俺にお菓子を押し付ける。下駄箱のものとは違う袋に入れる。

教室に着くまでもいくつか手渡され、授業の合間合間にも下級生やら先輩からも渡される。

隣の席の男子が「もはや名物だから面白がられてるまであるよな」と言う。

昼休憩に逃げるように屋上へと駆け込み、一人弁当を開いた。すると、屋上の扉がギッと開く音がした。少し身構えて振り向く。


夏輝「やーっぱりここにいたか」

千秋「夏輝か」

夏輝「今年は千秋様は何個もらったんですかー?」

千秋「知らない」

夏輝「勝負しようぜ!」


夏輝は両手の紙袋をひっくり返し、もらったお菓子たちを数え始めた。


夏輝「いーち、にー、さーん」

千秋「俺は数えないぞ」

夏輝「なんでだよー!今年は俺が勝ってるかもしれないだろ!?」

千秋「じゃあいいよ、夏輝の勝ちで」

夏輝「んなもんつまらないじゃん!」

千秋「お前、それ全部食べるの?」

夏輝「食べるよー。気持ち嬉しいじゃん」

千秋「えらいな。俺無理だわ。下駄箱のやつは絶対捨てる」

夏輝「あはは、ひっでーの」

千秋「市販のやつから選んで食べる」

夏輝「あーまーな?それはわかる」

千秋「ていうか、夏輝こそ甘いの苦手って言ってなかったっけ」

夏輝「まぁー、別に嫌いじゃないんだけどさ。この時期ってどうしても食べる量が増えるっていうかさ。手作りって必要以上に甘かったりするじゃん。あれが少し、苦手。でもちゃんと食べるよ~」

千秋「えらいな」

夏輝「…あ、そうだ。これは、千秋にやるよ」

千秋「は?」

夏輝「ほら」


沢山あるお菓子の中から、一つ夏輝が俺に差し出してきた。どう見ても手作りのそれ。


千秋「いや、いらないんだけど…。なんで、お前が貰ったんだろ?」

夏輝「い、いや。なんていうかー、ああ、ほら、良かったら千秋くんと一緒に食べて~みたいな?」

千秋「はぁ?それ絶対本命なの恥ずかしがってるだけだろ」

夏輝「いいだろ、その子がそう言ってんだから。食べろよ」

千秋「夏輝1人で食べたらいいだろ」

夏輝「いいから!その子が感想も聞いてきて!って言ってたから早く食べろ!今すぐ!」

千秋「なんだよそれ…」


仕方なく、夏輝からその箱を受け取り、蓋を開けた。中にはお世辞にも上出来とは言えないチョコレートが4つ入っていた。


夏輝「ほら、早く食べろよ」

千秋「はぁ…」


仕方なく一つを口に入れた。


夏輝「どうだ?」

千秋「うん、うまい」

夏輝「ほんとか!?」

千秋「全然甘ったるくないし、ビターよりで。うん、これなら食べられる」

夏輝「そっか!気に入ったならそれ全部やるよ」

千秋「いや、お前が貰ったんだろ。食べろって」

夏輝「俺はさ!もう自分の分たべたから!」

千秋「そうか。まあでも、その子に美味しかったって伝えといて」

夏輝「お、おう」


なぜか嬉しそうな夏輝を横目に、少し嫉妬している自分がいた。

このチョコレートを作った子は甘いものが苦手な夏輝のことを考えて作ったんだろう。すごく好きなんだと思う。こいつの事が。


高校3年の一学期。

文化祭も終わってもうすぐ夏休みに入ろうとしていた頃だった。

放課後、いつものように夏輝と教室で時間を潰していた。


夏輝「夏休み早く終わらないかなー」

千秋「まだ入ってすらないだろ」

夏輝「俺、早くあの写真欲しいんだよね」

千秋「そんなに楽しみなのか」

夏輝「あたりまえだろー。一生の宝物にするかんね」

千秋「はいはい」

夏輝「なぁ、千秋さー」

千秋「なんだよ」

夏輝「あーー、いや、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」

千秋「そうか?行ってらっしゃい」


夏輝は立ち上がると、一瞬力が抜けたようによろっとした。

反射的に夏輝の腕を掴んで思った。


千秋「おい、大丈夫かよ。……あれ、なんかお前痩せたか?」

夏輝「んー?そうかー?あれだ夏バテだよ夏バテ」

千秋「しっかり水分補給しろよ」

夏輝「わーかってるって!何、千秋もトイレ行くの?いつまで俺の腕握ってるんですかー?」

千秋「うるさい、一人でさっさと行ってこい」

夏輝「はーい」


掴んだ腕の細さに少しの違和感を感じながらも、大して気には止めなかった。

そして、一学期が終わる日。終業式を終えると夏輝が声をかけてきた。


夏輝「なぁ、千秋」

千秋「なんだ」

夏輝「今日さ、この後お前の部屋行ってもいいか?」

千秋「別にいいけど。何か用事?」

夏輝「あー、いや、話したいことがあってさ」

千秋「なに、改まって」

夏輝「いや!別に深刻な話じゃないんだけどさ!」

千秋「あ、そう」

夏輝「ホームルーム終わったら校門で待ってて。一緒行こう」

千秋「わかった。早く来いよ。暑いから」

夏輝「了解です」 


言われた通り、ホームルームが終わってからすぐに校門に向かった。

そこにはすでに夏輝が待っていて、日差しに照らされてる彼がキラキラと輝いて見えた。


千秋「悪い、待たせた」

夏輝「お、来たか~。いやー暑いな、今年の夏はやばいかもな」

千秋「そうだな、日陰にいればよかったのに」

夏輝「いやーなんとなくね?日に当たりたい気分だったのよ。じゃ、行きますか」


夏輝がまたよろっとよろけた。最近多い気がする。


千秋「おい、水飲めって。ほらこれやるから」

夏輝「はは、悪い悪い」

千秋「なぁ、夏輝また少し痩せたか」

夏輝「んー、暑いからさ。あんま食欲湧かないんだよなぁー」

千秋「お前食べるの好きだろ」

夏輝「不思議だよな~千秋は夏バテするなよ?弱っちいんだから」

千秋「しないよ」


部屋に着くと、夏輝はベッドに腰掛けた。

なんとなく儚く見えた。


千秋「コーヒーでいいか」

夏輝「ありがと」

千秋「持ってくる」


コーヒーを運び、夏輝に差し出す。

口に運ぶ姿が絵になるなと思った。


千秋「で、話ってなんだ」

夏輝「うん。俺さ、夏休み地元帰るんだわ」

千秋「そうか」

夏輝「たぶん会えないからさ」

千秋「連絡くらい取れるだろ」

夏輝「どう、かな。忙しくなりそうで」

千秋「別にいいよ。夏休みくらい1人にさせてくれ」

夏輝「はは、ひっでーのな」

千秋「で?それだけ?」

夏輝「いや、だからさ。一つ千秋に伝えておきたいことがあってさ」

千秋「なんだよ」

夏輝「うん、ごめんな」

千秋「謝られることあったか?」

夏輝「いや、嫌な気持ちにさせるかも」

千秋「なんだよ、言えって」

夏輝「俺さ、千秋のこと大好きなんだよなって」

千秋「なんだそれ」

夏輝「俺の言ってることわかってる?友達としてじゃないよ?」

千秋「……」

夏輝「千秋に対して、恋愛感情持ってんのよ俺」

千秋「……」

夏輝「別にさ?元から男が好きってわけじゃないんだよ?今まで彼女だっていたことあるし、女の子みたら可愛いなーって思うし、そういう気分にだってなる」

千秋「あ、そう…」

夏輝「でもさ、なんでかわかんないだけど、高校入ってから、俺千秋以外好きじゃないんだよね。ほんと、自分でもわけわかんないんだけど。ほんとに好きなんだよ、お前のこと」

千秋「……」

夏輝「正直、死ぬまで言わないつもりだったんだけどさ。だって、気味悪いだろ…。千秋は俺のことそんな風に思ってないだろうし。だから、返事とかはいらない。俺が一方的に好きだーって伝えたくて。ごめんな?」

千秋「…ごめん」

夏輝「うん」

千秋「気持ちはさ、受け取っておく。でも正直付き合うとか、そういう未来は俺には見えない」

夏輝「…わかってるよ」


今でもなぜあんな事を言ったのか分からない。嬉しいはずだったんだ。薄々気がついていた自分の感情が夏輝からの言葉で確信に変わった。

そうだ、俺だって好きじゃないか。こいつのことが。

ただ、どうしたって男同士で付き合うという現実味のないことや、周りからの目。そんな未来、ありえないと決めつけてしまった。

第一、自分が性的マイノリティとして生きていくことが…


千秋「怖いよ」


口にした瞬間、ハッとした。

顔を上げて夏輝のことを見る。


夏輝「ハハハ…、いや、うん。そうだよなぁー。俺だって他の男から言われたらこえーよ。千秋なんも間違ってないって」

千秋「ち、ちが…」

夏輝「いいんだって」

千秋「夏輝…」

夏輝「よし!言いたいこと言えてすっきりしたし、そろそろ帰るわ!もう明日から地元帰るからさ。しばらく会えねーわ」

千秋「おい、まって…」

夏輝「会えない間にやっぱり好きーってなっても知らねぇからなぁー。じゃ!またな千秋」

千秋「おい!夏輝!」

夏輝「あっ!!そうだ!!」


夏輝が振り返る。


夏輝「文化祭の写真は、あれは絶対買えよ!?あれは記念だから!約束な!?」


そう言い残し、帰って行った。

しばらく動けなかった。すぐに追いかけていかないといけなかった。

ただ、傷ついた夏輝の顔が頭から離れなくて。何を言えばいいのか分からなかった。

携帯を取り出して、メールを打とうしても、言葉が出てこない。

大丈夫、またすぐ会える。一生会えないわけじゃないんだし。

落ち着いて、ゆっくり考えよう。

夏休みが空けて、学校で会ったとき謝ろう。

しっかり謝って、誤解だと伝えて。そして、俺も好きだと。素直に伝えるんだ。そう心に決めていた。

高校に入学してから、初めてこんなに長い期間夏輝と会わない時間だった。

ただでさえ長い夏休みが、ありえないほど長く感じた。

何度か、元気か?忙しいのか?とメールを送ってみた。だけど、夏輝から返信は無かった。

それはそうだ。あんな言い方をしたんだ。夏輝はもう連絡を取りたくないと思ってるかもしれない。

長い長い夏休みが空けた。

ここ最近全然眠れていない。早朝に目が覚めてしまう。待ちに待った新学期だった。

急いで支度をして家から飛び出た。早く、夏輝に会いたかった。会って話をして、好きだと伝えたかった。

誰もいない教室に入る。まだ誰も来ていない。

一応夏輝のクラスも覗いてみた。誰もいなかった。

3組の教室。夏輝の席の横に立つ。窓際の、後ろの席。

そっとその机を撫でた。ただの机さえも愛おしく感じた。


廊下から声がしだして、その教室を出る。

待ち伏せするようで少し気が引けたが、扉の近くの壁に寄りかかりながら夏輝を待った。

1人、2人と増えていく。登校時間が迫り、一気に生徒が押し寄せる時間帯になっても、夏輝の姿は見当たらなかった。

遅刻…だろうか。ホームルーム開始5分前のチャイムが鳴った。さすがに自分の教室に戻らないと遅刻扱いになってしまう。

ホームルームが終わったらまた来よう。

自分の席に着き、間も無くして担任が来た。

早く終われ。と願う中、担任が何かを言った。


担任「おはようございます、皆さん。新学期早々にはなりますが悲しいお知らせです。3組の白森夏輝くんが、夏休みの間にお亡くなりになりました」


心臓が止まった感覚だった。

いま、この人は何をしゃべったんだろうか。

亡くなった?誰がと言った?


担任「詳しくは話せませんが、病気でしばらく入院していて急変されたそうです。このクラスにも仲良くしていた子がいたかもしれません」


病気…?入院…?

なんだそれ、なにも聞かされてない。

視界が真っ白に染まって、周りの音がなにも聞こえなくなった。呼吸さえ止まった気がした。

息苦しさがわからなくなるほど、全身の感覚が消え失せていた。

その日、1日の記憶が全くない。

どう動いて、どう話して、どう生きていたのか。

全くわからない。

うっすらと、どこかで女子の泣く姿をあちらこちらで見たような気がする。

どこかで担任に声をかけられた気がする。「紫田くん、大丈夫?白森くんと仲良かったでしょ?辛かったら早退しても大丈夫だからね」とかなんとか。なんて返したかは覚えてないけど、こいつは何を言ってるんだ?夏輝が死んだ?そんなわけないだろ。ふざけるな。と怒りが湧いた気がする。もしかしたら、そのままそう言ったのかもしれない。

とにかく記憶がなかった。

携帯を取り出し、夏輝へメールを送る。

おい夏輝、なんで学校来てないんだよ。話したいことあるんだ。さっさっと来い。

すぐに返事が来るはずだった。

なのに、夜になっても、次の日になっても、また次の日になっても。なぜか夏輝からの返信はない。


千秋「なんで、返信しないんだよ…。あ、そうだ。今日から文化祭の写真買えるんだっけ。

おい、夏輝。一緒に買うって言ってた写真の販売日だぞ、早く登校しろ。っと。送信」


待っても待っても、夏輝からの返信は無かった。仕方なく1人で写真部の部室へ向かう。

何人かのカップルが部室の前に集まっていた。


千秋「えっと、どの写真だ」


上から、一つ一つ写真を探していく。

沢山のカップルの写真の中。あった。

肩を組んで笑顔をこちらに向ける2人の男。


千秋「306番…。仕方ないからあいつの分も買っておくか」


封筒に306番2枚。と記入した。

もう一度飾られている写真を見る。

幸せそうな満面の笑みを向けている大好きな人。

会えない…のか?

もう本当に会えないのだろうか。


千秋「…っ、はっ、はっ、はっ…」


だって、こんなに幸せそうに、俺の横で笑ってる。

伝えるはずだった。好きだって、俺も、お前のことが大好きだって。

なんで勝手にいなくなるんだ?

なぁ、嘘だって言えよ。


千秋「はっ、はっ、はっ、はっ、」


呼吸が早くなっているのが自分でもわかった。


千秋「夏輝…?」


死んだのか、ほんとうに。

その時、もう彼がこの世にいないと。理解した。


千秋「うぁ、ああああ、っう、ああ、あああっ…」


その日、初めて涙を流した。

夏輝が死んでしまったこと、もう会えないこと。好きだと伝えられないことをやっと実感したのだった。


(回想終了)


千秋「どうですか?ひきますか?」


夏輝との話を黒木さんに一通り話した。

自分の兄が男を好きだったと知ったら彼女はどう思うのか。あえて話すことでも無いし、夏輝のためにも言わない方が良いと思って今まで隠していた。


冬華「いえ。話してくれてありがとうございます」

千秋「気持ち悪くないの?」

冬華「全く。むしろ、兄が愛した人が先生で良かったです」

千秋「そうですか」


黒木さんは、目を背けることもなく、俺の目を見ながら話してくれる。


千秋「黒木さん」

冬華「なんですか」

千秋「実をいうとね、君に会った時から僕はあなたに夏輝の影を重ねてしまっています」

冬華「はい」

千秋「君が手作りの甘いチョコが嫌いと言った時も、コーヒーを飲む姿も、ふとした瞬間に見せる儚さだったり。どうしても好きだった人と重ねて見てしまうんです」

冬華「似ていますか?私と兄は」

千秋「性格は、そこまで似てる気はしません。ただ空気感。今こうやって一緒にいても落ち着く空気感だったり、見た目はやっぱり似ているよ」

冬華「小さい頃の兄と私はすごく似ていたみたいですよ?」

千秋「そっか。見てみたいな」

冬華「先生。私、先生に渡したいものがあります」

千秋「なに?」

冬華「ここに来る前、一度家によって取ってきました。これ、どうぞ」

千秋「これって…」

冬華「兄が、亡くなる前に書いた遺書です」

千秋「え…」

冬華「私宛への遺書の中に、一緒に入っていたんです。もし死んだ後に誰かが訪ねてきたら渡してほしい。もしだれも来なくても、宛てた人は詮索しないで。と書いてありました」

千秋「本当に、俺宛てなのか」

冬華「私は読んで無いのでわからないですけど、好きな人への手紙なんだと。兄は言っていたので」


差し出された手紙を受け取り、震える手で開いた。


千秋「…っ」


紛れもなく、夏輝の字だった。

視界が悪いけれど、なんとか読み進める。


↓夏輝手紙↓


拝啓、元気ですか?

この手紙を読んでいるってことは、俺はもう死んでいて、そのあと家族の所まで訪ねてきてくれたってことでいいかな。

俺は、正直元気じゃありません。

小さい頃に発症した病気が、運悪く数年前に再発しました。

病院に通いながらどうにかこうにかやってきましたが、この夏入院することになりました。

日に日に自分の体力が無くなっていくのが分かるし、食べようと思って食べても体が痩せていきます。貧血もすごくなってきて、夏休みのタイミングで長期入院してます。

今は薬のせいで頭は坊主になってしまってるので、ちょっと会えないかな笑

体力が落ちてるみたいで、何度か高熱をだしたりと繰り返してて、記憶がない日もあります。

今日はたまたま調子が良いので、手紙を書くことにしました。

携帯もほとんど触れなくて嫌になるけど、こんなことデータに残せないから手紙って丁度いいよな。


いきなりあんなこと言ってごめんな。

すごく困惑させたの、わかってるし、気持ち悪いって思うのも理解してる。

本当にさ、伝えたかっただけなんだよ。

俺はこんなに好きだぞー!わかってんのか!?ってさ。

実際、俺こんな病気だし、遺書書くくらいには覚悟決めてるからさ。

付き合おうとか、一生隣にいてほしい。とか、そういうことが言いたかったわけじゃないんだよ。

だから、むしろあのタイミングで言うのも後味悪くさせてるんじゃないかなぁって思って、悪いと思ってるんだよ。

ただ最後に言っておかないとさ、死んでも死にきれねーっつーの?

でもさ、伝えたこと後悔してないよ。すっきりした。

覚えてる?バレンタインで俺、お前に1つチョコレートあげただろ。

あれさ、実は俺が作ったやつだったんだよね~

妹から甘くならないような作り方教えてもらってさ。あんまり上手く出来なかったかもしれないけど。美味しいって言ってもらえてすっごい嬉しかったわ。

あ、来年のバレンタインの数競いたかったな。

絶対俺が勝つけど!

文化祭とか、体育祭めちゃくちゃたのしかったよなー。

でも俺、お前と一緒に屋上で弁当食う時間が1番好きだったんだよね。また一緒に弁当食べたいなー。

病院の飯あんまり美味しくないんだよ笑


本当に、高校生活楽しかったなぁ。

お前と出会えて良かったよ。

千秋、大好きだ。ありがとう。また会おう!


大好きな人へ、白森夏輝より。


p.sあっ!ちゃんと文化祭で撮った写真買っただろうな!?あー、俺も欲しかったわー


↓千秋side↓


涙が落ちた。

あんなにひどい言い方をしたのに。

夏輝は最後まで明るく、俺の名前を呼んだ。


千秋「どうして、これを俺に直接宛ててくれなかったんだ」

冬華「私宛ての手紙には、振られちゃってるから無理矢理渡すの気持ち悪いだろ。だからもし、向こうから訪ねて来てくれたときに渡してくれ。って書いてあったので、、兄なりの気遣いだったのかもしれません」

千秋「そうか…」


視界が歪む。

好きだった。大好きだった。


千秋「くっ…、うっ、うっ」


涙が溢れて止まらなかった。


冬華「先生」


そう呼ばれたと同時に、優しい腕に包まれていた。


冬華「良かったです。大好きな兄の、好きになった人が先生で」

千秋「え…」

冬華「兄のこと、好きになってくれてありがとうございました」

千秋「うん。…好きだった、好きだったんだ。本当に、誰よりも」

冬華「きっと伝わってます」

千秋「直接言いたかった」

冬華「会いに行ってあげてください、そろそろ命日なので」

千秋「行ってもいいんだろうか」

冬華「もちろんです」

千秋「ありがとう」



↓冬華side↓


夏休みが終わろうとしていた。

私は紫田先生と一緒に、兄の墓参りに来ていた。お花と線香を供えて、一緒に手を合わせる。


冬華「お兄ちゃん。お兄ちゃんの好きな人連れてきたよー」

千秋「久しぶり、夏輝。なかなか会いに来られなくてごめんな。俺、お前のこと傷つけたよな。本当はちゃんと会って話したかった。本当はさ、俺もお前のこと好きだった。ちゃんとあの時好きだって伝えれば良かった。ごめん…」

冬華「ちゃんと伝わってるよね、お兄ちゃん」

千秋「また、来るから。これからは毎年必ず」


日差しの強い道を先生と歩いていた。

鳴り響く蝉の声。地面から漂う陽炎。

噴き出る汗。


冬華「暑いですね」

千秋「そうだね。こんな日が命日なんて、夏輝らしいよ」

冬華「はは、確かに」


季節は過ぎ去り、卒業式。

桜が散りながらも、まだ肌寒い頃。着慣れた制服に袖を通すのも今日が最後。

校内では泣きながら抱き合う生徒や、制服のボタンをもらおうとしている下級生でごった返していた。


恋春「え、冬華ちゃん!?」

優雨「冬華!?お前、髪どうしたんだよ」


いつものように、あの2人に声かけられる。


冬華「あ、おはよ。2人とも」

恋春「おはようじゃなくて!なんで!?綺麗なストレートだったのに」

冬華「別に、深い意味はないんだけどね」

優雨「にしたって、切りすぎだろ。男みたいだぞ…」

冬華「似合わない?」

恋春「ううん!すっごい似合う!イケメンだよ冬華ちゃん!」

冬華「そっか、なら良かった」

恋春「あっ!!おーーーい紫田せーんせー!」


恋春が遠くにいる先生を呼び止めた。

こちらに向かってくる。


千秋「え、、冬華……さん?」

冬華「なんですか?千秋先生」

千秋「いや、あまりにもイメージが違ったから驚いた」

恋春「ね!紫田先生も似合うと思いますよね」

千秋「うん、そうだね」

優雨「なぁ、冬華。ほんとに意味もなく切ったのかよ」

冬華「優雨には関係ないよー」

優雨「…」

千秋「さ、皆さん。はやく行かないと式が始まります。急いで向かってくださいね。」

冬華「あ、私も行きます」

優雨「あ、まて!冬華!」

恋春「待って!優雨くん」

優雨「なんだよ、恋春。早く追いかけるぞ」

恋春「ねぇ、優雨君は本当に冬華ちゃんのことが好きなんだね」

優雨「だからなんだよ」

恋春「聞いた?冬華ちゃん、卒業したら紫田先生の家のカフェで働くって」

優雨「聞いた…」

恋春「いつの間にかお互い下の名前で呼び合ってるし。たぶん、あの2人くっついちゃうよ…?」

優雨「諦めろって言ってんのか」

恋春「私じゃ…だめなの?」

優雨「は?」

恋春「私じゃ冬華ちゃんの代わりにはなれないの?冬華ちゃんよりずっと昔から優雨くんの隣にいるのに?」

優雨「恋春…」

恋春「私なら、これからもずっと優雨くんの隣にいられるよ…?」

優雨「恋春。代わりとか言うな。お前は誰の代わりにもなれないし、なろうとするな。恋春は恋春だろ」

恋春「うん…」


3年間歩いてきた渡り廊下を千秋先生と歩く。


冬華「先生、本当に似合ってますか?この頭」

千秋「うん、似合ってるよ」

冬華「似てますか…?」

千秋「え?」

冬華「いえ。ただ、兄も卒業式出たかっただろうな。って思ったんです。兄の代わりと言ってはなんですが」

千秋「そうだな、似てるよ」

冬華「ハハッ、良かった」

千秋「なぁ、冬華。本当にあのカフェで働くのか。本当はもっとちゃんとしたところに就職した方がいいだろ」

冬華「いいんです。私あのお店が大好きなんです。それに、先生といると落ち着きます。他の誰かが必要ないくらい」

千秋「そうか」

冬華「勘違いしないでいただきたいのは、好きだとかお付き合いしたいとか、そういう気持ちではないんです」

千秋「そうだな…。俺も冬華といると落ち着くよ」

冬華「利害の一致ですね」

千秋「いいのか、それで」

冬華「いいんですよ」

千秋「そうか」

冬華「あ、先生。写真とりませんか。あの黒板の前で」

千秋「いいけど」

冬華「肩でも組みますか。はいーちーず。…うん、

やっぱりお兄ちゃんには叶わないなぁ。あの写真の方が全然いい表情ですよ。千秋先生」

千秋「お前な」

冬華「さっ!早く行きましょう。遅刻です」


春が過ぎて、暖かい雨に打たれて、夏が来る。

秋の風に吹かれながら、冬を待つ。

季節を超えてこれからもあの日々を思い出すんだろう。

大切な日々をもっと、もっと大事に生きていこう。お兄ちゃんの分まで。


冬華「桜が散ってますね」

千秋「今年も夏が来るな」


END

 しばらく存在を忘れていたわりには、なかなかどうしてか登場人物たちに愛着がかなりありまして…

書き上げた後から、一人一人の細かい設定など考えたりしてしまいます。

冬華ちゃんは黒ニーハイだよな。とか、紫田先生の学生時代は絶対アンテナ付きの黒ガラケーに、猫のストラップ付いてるとか。

冬華ちゃんと紫田さんは今後一緒になるのでしょうか。

うーーん、おそらく無いんじゃないかな。

でもきっと、お互い別の誰かと添い遂げることも無いような気がします。

付き合うことも結婚することも無いし、おそらく体の関係を持つこともなく、年老いてもなぜか隣にいる。

…ありえないですかね、、ありえないかもですね。

もしかすると何かの拍子に関係が変わるかも。

ですがなんて言うんでしょうか、面影だけでの依存ってとても切なく尊いような気がしていて。

私は夏輝と紫田よりも紫田と冬華の尊さが好きなんです。


作者がうるさいですね。

すみません。


よければ読んだ感想や演じた感想など頂けたらとても嬉しいです。

配信などで使われた場合、アーカイブ等ありましたらコメントに残して頂ければ観に行きたいです。


お読み頂き、ありがとうございました。


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