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一途過ぎる求婚者

 


 どんどん遠くなっていく港には、次々離れていく船を見て、貴族達が呆然と立ち尽くしている。


 ()()()()()()()()()大型商船を、わざと遅れて入港させたシャルロットの父が、マイヨール商会はこの国から撤退すること、()()()()()()()()()()()()()()()、ヴィックス商会は会頭夫人となるシャルロットを迎えに来ただけだと伝えたからだ。

 船に乗り込む父の顔は、とても晴れ晴れとしていた。


 ヴィックス商会の船同様、マイヨール商会の大型船も、大陸間を中継なしで航海出来る。高額な停泊料を払う必要も、旨味の少ない国に寄港する理由もなかった。この2つの商会がこの国と取引することはもうないだろう。


「こんな大船団でおいでになるなんて。誤解されても仕方ありませんわ。ちょうど航海中でしたの?」

「いいえ。お父上からの手紙を受け取って、すぐに此方に向かいました」

「まぁ。では、あの国と取引する気もないのに、このような大船団でおみえになったのはどういうわけですの?」

「……」


 赤髪の男がふい、と反対を向いた。


「ヴィックス会頭、もう隠し事ですの?」

「嫌だったから…………負けるのが嫌だったからです」

「はい? 何にですの?」


「ですからっ、船団を見せつけて王太子に勝ちたかったのです!」

「ええ?!」

「仕方ないじゃありませんか。向こうは王子様でゆくゆくは王様なんです。しかも貴女を独占してた挙げ句、十年間も想われ続けたのですよ? 船団くらい組んだっていいじゃないですか!」

「まぁ!……何て馬鹿馬鹿しい」

「!」

 会頭の大きな体がビクッと揺れた。


 子どものように口を尖らせてソッポを向いていた大きな男が、シャルロットの一言で肩を丸めて悄気ている。

 この、馬鹿馬鹿しいことを大声で主張する男がとてつもなく可愛く見えた。

 シャルロットはつい意地悪したくなって聞く。


「どうして私でしたの? ねぇ、どうしてですの?」


 男は目元を赤く染めたまま視線を戻してきたけれど、すぐに逸らしてしまう。


 ─七つも年上の筈なのに、どうしてこんなに可愛らしいのかしら?


「私を覚えてないですよね?」

「え? お会いしたことがございましたの?」


 申し訳ないというと、少し寂しげに笑って首を振られた。


「貴女はまだ五歳でしたし───十三年前、私は父と一緒に貴女にお会いしたことがあるのです。貴女はキラキラと瞳を輝かせて笑いかけてくれました。一目で好きになって、お父上に貴女が欲しいと申し込みましたが『俺以下の男に娘はやれない』と。ですから私は、父の商会をマイヨール商会以上に大きくしてやると誓ったのです」

「では、一目会っただけで十年以上……」

「ええ。諦めようと何度も思いました。ついぞ出来ませんでしたが。お父上宛の手紙を読ませてもらっていたせいでしょうね」

「私の手紙を父がお見せしたのですか?!」

「はい。東と西、どちらかでお父上にお会いする度にです。お父上は娘自慢がしたかっただけでしょうが、私には酷でしたよ。貴女は王太子の婚約者になってしまって、もう手の届かない人でしたから。

 それなのに。手紙の中の貴女は私を諦めさせてくれなかった。味方の少ないなかで頑張り続ける姿に惚れ直させるばかりで。私はそんな貴女に恥ずかしくない男でありたい、ただそれだけで頑張ってこれたのです──ね?諦めるなんて、無理でしょう?」

「え? まぁ、そうかもしれませんわね……」


 ぽっかり空いていた胸の虚ろが、温かいもので満ちていく。シャルロットは王太子の足枷になってはいけないと張り詰めていた十年が報われた思いがした。


「おまけに、度々贈られてくる絵姿の貴女はどんどん美しくなっていくし」


 逆上せそうになっていたシャルロットの頭がすっと醒める。


「す、少しお待ちになって。度々贈られるって……父が描かせた私の絵姿を、ですの? 一枚や二枚ではなかったはず……」

「全部、私の屋敷と会所と船に飾ってあります!」


 ヴィックス会頭が自慢気に胸を張る。船員達が口々に『奥様が本当にいた』という理由もわかってしまった。


「ちょっと怖いような気がしてきましたわ……」


 後退り父の船をチラリと見たシャルロットの腕を、ヴィックス会頭が慌てて掴む。


「怖くないっ。それに契約は違えないと言ったのは貴女だ」

「そんな、卑怯ですわ」

「もう卑怯でも何でもいい。貴女が言ったんだ、私の妻になると。やっと本物の貴女が側にいる……撤回はさせない」


 そう言うと、シャルロットを腕に抱き込んで閉じ込めた。動揺したのか素が出てしまったらしい口調も、痛いほど抱き締める腕も、シャルロットは全く嫌だとは感じなかった。


「フフ、ふふ、あはは」


 急に笑い出したシャルロットに、会頭が気まずそうに少しだけ腕を離す。


「シャルロット嬢? からかったのか?」

「もちろん。私の夫になる人は可愛くてちょっと不気味で、私のことになるとお馬鹿さんになってしまうのね?」

「ちょっと物申したい気もするが、貴女が少しでも好きになってくれるなら何でもいい」

「ふふ。これから宜しくお願いいたしますわね、旦那様?」

「こちらこそ」


 沖に向かって隣を並走する父の船に、会頭が親指を立てて見せた。

 もうすぐヴィックス商会とは逆に、東へ向かう船からこちらを見ていた父が、笑いながら腕を振ってくれる。


「お父様っ、ありがとうっ」


 十年ぶりに大声を出したシャルロットに、何か言いかけた父が手で顔を覆った。

 父一人子一人で精一杯愛してくれた父が、『今度こそは』と自分を託した相手が間違いの筈がない。あとはまた自分が頑張るだけだ。


「大切にする」

 シャルロットの肩を抱いて、遠く離れていく父の船に手を振り返しながら、夫となる男が囁いた。




 二人きりとなった船室で、男が大きな手でお茶を入れてくれる。


「ではシャルロット。まず私をジャンカルロと、いや、カルロと呼んで欲しい」

「……ジャンカルロ」

「ウーン、もう一声と言いたいところだが、今はそれでよしとしよう。西大陸までは一月もあるし。あとはそのお貴族様言葉も直していこうか。あいつの名残のようで嫌なんだ」

「まぁ怖い怖い。私の可愛い旦那様は、お馬鹿さんなだけではなくてヤキモチ屋さんですのね」

「そうだ。十年分だぞ? 大変だな奥様」

「ふふ、どんと来いですわ」


 陰りのない笑顔に、一途な男がシャルロット(幸せ)を抱き寄せた。





ジャンカルロがわざわざ登城したのは、恋敵の顔を見たかったから(シャルロットに理由は内緒)。

ちなみに彼はロリ好きの変質者ではありません。シャルロットの父マイヨールが上手いこと育てました。


次回は閑話。一つ挟んで、半年後の王太子視点です。


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