表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

4

「大丈夫ですか?」


 振り向くと、昼休みに出会った二年生男子が目の前にいた。


「顔色が悪いですよ。医務室へ行きましょう」


 彼は手を差し伸べ、ナターシャを立ち上がらせた。


「ええ……ありがとう」


 そのまま彼はナターシャに付き添って中庭から連れ出してくれた。人の目が無くなったことでナターシャは少しホッとした。


「どうします? 医務室へ行きますか? それともあの木立にしますか?」


「身体はどこも悪くないの……人がいない所に行きたいわ」


「じゃあ僕、そこまで一緒に行きます」



 歩きながらナターシャはさっきディーンに言われたことを思い返していた。なぜディーンはあんなに怒っていたんだろう? あの目は、怒りと蔑みのこもった目だった。自分は彼をあそこまで怒らせることをしたんだろうか……?


「着きましたよ」


 彼に言われてハッと顔を上げると、芝生の上にハンカチが敷いてあった。


「ここに座って下さい」


「あなたのハンカチ? さっきも貸していただいたのに、また使わせてしまうの申し訳ないわ」


「大丈夫ですよ。いつもハンカチは二枚以上持ってます。こういう時に役に立つんだって今日わかりましたよ」


 彼は笑って言った。


「ありがとうございます。では遠慮なく」


 陽が当たって暖かな芝生にそっと座った。ナターシャの隣に腰掛けた彼は、


「僕、二年のキースといいます。お名前、お聞きしても?」


「私は三年のナターシャ・クライトンです。ナターシャと呼んでいただいて構いません」


「ではナターシャ、今日は二回もあなたの悲しい顔を見てしまったけれど……もし吐き出した方が楽になるなら、僕でよければお聞きしますよ。もちろん、口外などしませんし」


「ありがとう、キース。今はまだ混乱していて、何がどうなってるのかわからないの。昼休みは、失恋して泣いてたんだけど……」


「さっきの二人がその失恋の原因ですか?」


「ええ、まあ、そうなるのかしら。でも私、二人を責めるつもりなんて全く無くて。話を聞くだけのつもりだったのに、何か誤解させちゃったみたい……」


 ナターシャの目にジワジワと涙が溢れてきた。どうしてあんなにディーンに嫌われてしまったんだろう。ホリーにも、もしかしたらずっと嫌われていたのかもしれない。


「私、気づかないうちに人を傷付けていたのかな」


 ポツリと呟くと、


「他人を傷付けない人間なんていませんよ。あなたは彼女を傷付けていたかもしれないけど、あなたも今、彼女達に傷付けられている。お互い様ですよ」


「お互い様……そうかしら」


「向こうがもう関わらないでくれと言うのなら、それでいいじゃないですか。いつかまた、分かり合える日がくるかもしれません。その時に笑って許せるようになればいい」


(そうね……私の顔を見るのも嫌なのかもしれない。そこまで怒らせた原因を知ることが出来ないのは辛いけど、いつかまた話が出来たらその時……聞かせてもらおう)


「ありがとう。ちょっと楽になったわ」


「ちょっとだけですか」


「ううん、かなり。一人だったらワンワン泣いていたかも」


「泣いてもいいですよ」


「え?」


「ここは誰もいないし、思いっきり泣いたらいい。僕の背中、貸します」


 そう言ってキースはクルリと背を向けた。


(やだなあ、優しくされたら涙腺が……)


 ナターシャはキースの背中におでこをつけ、しばらく静かに泣いた。涙がこぼれるたびに、辛く惨めな気持ちが減っていくような気がした。


「……グスッ」


(しまった、また鼻が……)


 するとキースが後ろに手を回してハンカチを渡してきた。


「まだハンカチ持ってたの……?」


「これでお終いです。使って下さい」


「グスッ、ありがとう……あなたってヘンな人ね……」


 ナターシャは鼻をすすりながら笑った。キースがいてくれて良かった、と思った。


「三枚とも、綺麗に洗濯して返すわ」


「いつでもいいですよ。家にはまだたくさんありますから」


「……どれだけ持ってるの」


 二人はふふっと笑った。






 その日、帰宅したナターシャは兄にパーティーのパートナーを頼んだ。社交の場があまり得意でない兄は渋ったが、父に一喝されて承諾した。


「卒業パーティーに相手がいないなんてねえ。私の娘時代には考えられないわ」


 娘が失恋したとは知らない母は、傷口に思い切り塩を塗ってきた。


「社交界に出たら良さそうな人を早く見つけなさいね。見つからないようならお見合いですよ」


 言われなくてもわかっている、と思った。たぶん地方の男爵家に嫁ぐことになるだろう。


(王都の社交界からは距離を置いた方がいいのかもしれないわね……)


 昨日の高揚感とはうってかわった今日の切なさに、眠れないまま夜は更けていった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ