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キースは悪戯っ子のような目をしてナターシャだけに見えるようにウインクをすると、ディーンに向かって少し大袈裟に喋り始めた。
「残念ながらまだ彼女の心を手に入れることは出来ていないけれど、これからゆっくりと振り向かせる予定だ。それも全て、君がナターシャではなくホリーを選んでくれたからだ。感謝するよ」
「えっ? どういうことだ」
ディーンはナターシャの顔を見た。
「ディーン、私……あなたの事が好きだったのよ。だから卒業パーティー前に告白しようと思っていたの。だけどその前に二人が付き合っていることを知って、あなたとホリーが幸せならと思って諦めたのよ」
ディーンは動揺を隠せず、ホリーとナターシャの顔を交互に見た。
「だって、ホリーが言っていたんだ。ナターシャは僕のことを馬鹿にしていたし、ホリーのこともグズでバカだと虐めていたって……」
ナターシャはひどく驚いた。
「まさか! そんな事、絶対に言ってないわ!」
「いいえ本当よ! ナターシャは私を虐めていたし、ディーンのことも悪口を言ってたのよ!」
ホリーはナターシャを睨み付け、大声で叫んだ。ホリーの大声など誰も聞いたことがなく、会場の注目が彼女に集まった。
「悪口を言っていたのはあなたでしょう、ホリー」
美しい金髪を揺らしてマリアンヌが現れ、静かな、だが威厳のある声で言った。
「あなたが私だけでなく他の令嬢の所へもナターシャの悪口を言いに行ったこと、ちゃんとわかってますよ。みんな適当に話を合わせはしたけど、あなたの言うことなど全く信じていないそうよ。私達はナターシャを信頼していますから」
「……そうなのか、ホリー」
ディーンに詰め寄られたホリーは何も答えられず、青ざめて唇を噛むとクルリと後ろを向いて会場から走り出て行った。
さすがに、王太子がいる会場でマリアンヌに口答えをするなどという非常識なことは出来なかったのだろう。
マリアンヌは会場を見渡すと、ざわめいている人々に向かって優雅な微笑みを向けた。
「お騒がせ致しました、皆様。問題は解決いたしましたので、ご歓談をお続け下さいませ」
にこやかではあるが有無を言わさぬ微笑み。人々は注目を止め、それぞれの会話に戻っていった。
「ナターシャ。僕はホリーに嘘をつかれていたのか?」
ディーンは青い顔をして言った。
「ホリーがどういうつもりだったかはわからないわ。でも私は、あなたのこともホリーのことも好きだったし悪口なんて言っていないの。それだけは信じて欲しい」
「わかった。本当にすまなかった。許して欲しい。もし許されるならーー」
「ちょっと待った」
キースがナターシャを隠すようにさらに間に入って来た。
「君が何を言おうとしているか知らないが、正式に婚約を交わした女性が走り去っているんだ。追いかけてあげるのが筋ではないか」
ナターシャに向かって伸ばしかけた手をディーンは下ろした。
「……そうだな。もう僕らは家同士での契約を終えている。僕は、ホリーと結婚しないといけない」
ディーンはナターシャに顔を向けた。(キースの肩でほぼ隠れていたが)
「僕はどうやら本当に子供だったようだ。ホリーの嘘を確かめもせずに信じてしまって。彼は年下だが僕よりもだいぶ大人だ。これからの君達の幸せを祈るよ」
そう言ってホリーの後を追い会場を出て行った。




