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脱却

更新します。

「目が覚めれば姿が無いので追いかけてきたワケだが、やはりここだったか」


 背後から投げ掛けられた声に反応して振り返ってみれば、やはり見慣れた二人。


「やあ、おはよう。いい朝だな」

「墓地で交わす挨拶ではないぞ、それは。ほう、見たところまた三つほど増えたようだな。昨日殺した勇者の墓か?」

「ああ、そうだ。……意外だな。興味無さそうだから、数など把握していないと思ったが」

「見縊るな。吾輩は貴様の神だぞ? 貴様のことは何でもお見通しだ。例えば、何故貴様がわざわざ、敵である勇者の墓まで作っているのか――とかな」


 得意げな笑みを零すサラスに、俺もまた口角を少しだけ上げて応える。


「――ちょっ、ちょちょちょちょちょっと待って欲しいっす! とにかくちょっと待って欲しいっす!」


 しかし、一人だけ全く状況を理解できていないチェシャが、場の空気をぶち壊すような大声で喚き散らす。


「どうした? それと、簡素だが一応ここは墓地だ。静かにしてやってくれ」

「ご、ごめんなさいっす……けど、勇者の墓? 何故琉人様がそんなモノを? だって勇者たちは、貴方を見殺しにした連中じゃないっすか!」


 チェシャには、昨日の戦いが終わった後の和解したタイミングで話しておいたのだ。

 人間である俺が何故サラスと行動を共にしているのか、俺が何故勇者を敵視しているのか、その全てを包み隠すことなく。

 その話を聞いた瞬間、当の本人であるチェシャの方が俺よりも激高していた。


「そんな意味わからない理由で見殺しにするなんて、やはり人間は信用できないヤツばっかりっす! あっ、でも琉人様は信じるっす! なでなでが優しいから、間違いないっす!」


 そんな具合で一人熱くなっていたチェシャには、俺の方が思わずたじろいでしまった。

 というか、なでなでが優しいから信用できる、とはこれ如何に。

 何というか、少しチェシャの将来が心配になってきた。『お菓子あげるから』ならぬ『優しく撫でてあげるから』という誘い文句で、あっさりと誘拐されそうだ。

 ……などと、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

 今は質問を投げかけられているところ。無視するのは失礼。きちんと向き合わねば。


「こいつらは、俺を見殺しにした。だから殺した。けど、それで終わりだ。死んでしまった奴等をずっと恨み続けるのもナンセンスだし、そもそも俺はこいつらへの復讐を果たした。

こいつらは死んで罪を償った、とは言わない。如何に凄惨な最後を迎えようが、犯した罪は消えないからな。だが、相応の報いは受けた。なら、痛み分けで恨みっこ無し――それでいいだろ。これ以上辱める必要など無い。死後の魂を冒涜する必要もない。恨みを晴らした以上、今の俺と彼らは対等だ。だからこそ、せめて死後の冥福は祈る。――それだけだ」


 俺の話を黙って聞いていたチェシャは、そのまま何も言わずに黙り込んでしまう。

 そんな彼女の頭を優しく撫でたサラスは、チェシャに向かって微笑みかける。


「……魔神様?」

「今の話を聞いて、どう思った?」

「正直、よくわかんないっす……アタシは、仲間を殺した勇者を例え八つ裂きにしたって、許せないと思うっす。そして多分、死後もずっとそいつを恨み続けると思うっす」

「そうだろう。吾輩は、負の感情を食らって力を付ける魔神。故に、多くの怒りや憎悪を見て、味わってもきた。そしてただの一人も、相手を殺したところで心の中でくすぶり続ける仄暗い憎悪と怒りの炎から決別できたものはいない。吾輩もそうだ。吾輩を封印したシュミルを例えこの手で斃そうとも、きっと吾輩はシュミルへの憎しみから決別できないだろう。

 だが、こいつは違う。吾輩を復活させたのだ。こいつは、誰よりも強い憎悪と怒りを宿している。そしてそれは、分け与えた吾輩の力が特に抵抗することなく馴染んでいることが証明している。しかし、こいつは同時に誰よりも深い優しさも持っているのだ。誰にも負けない程の強烈な憎悪と怒りすらも抑え込めてしまうほどの、まさに規格外の優しさをな。それは、お前とてよく分かっている筈だぞ、チェシャ。実際にその身を挺して命を救われた、お前自身が」

「……そうっすね。疑いようもなく、その通りだと思うっす。一方的に嫌っていたアタシを、その身を投げうってでも救おうとするようなお人好しっす」


 今の空模様よりも晴れ晴れとした笑顔でそう言い放つチェシャ。するとサラスも、幾度も首肯して同意の意を強く表明してくる。


「そうだぞ、チェシャ。このバカは、自分が死にかけていた癖に吾輩の力を取り戻そうと頑張るようなヤツだ。そう、世界一のお人好しと言っていい。吾輩や貴様にここまでダダ甘なこの男が、ここから先で自分の身を危険に晒さないなんて思えるか?」

「ちょっと待て! お前の力を取り戻そうと奔走したのは、それしか選択肢が無かっ――」

「まず無理っすね! 悪者ぶってる癖に実は誰よりもお人好しな琉人様は、多分ここから先も他人のために自分を犠牲にしかねないっす!」

「おい、人の話を聞けよ! だから、あの時はそれしか――」

「そうだろう、そうだろう! というワケで、チェシャよ。吾輩たちがすべきことは、分かっているな?」

「勿論、分かっているっす!」

「だ~か~ら~! お前ら、人の話――を?」


 みるみる俺を置き去りにして進んでいく話に思わず少し苛立った俺は、流石にガツンと言ってやろうと語気を強め――ようとしたタイミングで、何と二人揃って俺の方にツカツカと歩み寄ってきたではないか。

 一体何事かと考え始めたのも束の間。

 あれよあれよという間に接近を許し、遂にはサラスには胸倉を、チェシャには手を取られるような距離にまで最接近されてしまった。

 まるで詰問するような鋭い視線が、俺に突き刺さる。


「なっ……何だよ、一体」


 二人の顔を交互に見比べながら、それでも精一杯の虚勢を張って――追い詰められていたので、自分でも酷く弱々しくて情けなく聞こえる声だったが――問いを投げる。

 すると一瞬だけ目配せをした二人は、そのアイコンタクトだけで通じ合ったのか、力強くコクッと頷き合う。

 そして再び、二人揃って俺の方へと視線を戻してきた。


「吾輩たちが最後まで絶対に守ってやるから、そのつもりでいろ。分かったか? このお人好しが!」

「アタシたちが最後まで絶対に守るっすから、そのつもりでいろっす! 分かったっすか? このお人好しが!」


 まるで事前に打ち合わせでもしたかのように、完璧なシンクロっぷり。とても目配せだけで成立させた芸当だとは思えない。だが、今はそれよりどうでもいい。

 最後まで守る――こんな言葉、今までに誰からも言われたことが無い。友人は勿論、親からすらも。一番胸に響く言葉で、一番言われたかったその言葉に、思わず胸が熱くなる。

 だから――


「ふっ、二人揃って……はっ、恥ずかしい事いってんじゃないよ! 全くもう……」

 

 気恥ずかしさに耐えきれず。

 俺は顔を真っ赤にしながら顔を背けて、こんな負け惜しみのような言葉を口走るしか出来なかった。そんな俺の反応に満足したのか、二人の笑い声が聞こえてくる。


「あーもう! ほら、さっさと行くぞ! 早くしないと日が暮れてしまう。それとも、ここにもう一泊していくつもりか?」

「それも悪くないな。もう少し休んでいくか?」

「そうっすね。アタシも賛成っす! もっとふかふかベッドを体験したいっす!」

「お前ら……遊びに帰ってきたんじゃない筈だろ!」


 ぶっきらぼうにそう答えると、またしても二人の笑い声が返ってくる。

全く……本当にこの二人には、困ったものだ。

 だが――まあ、今まで味わったことの無いこの感覚は、悪くないと思う。

 これが信頼というヤツなのだろうか。それを噛みしめられたということは、どうやら俺は漸く『持たざる者』から脱却出来たのかも知れないな。

 そんなことを考えている内に少し緩んできた表情を隠しながら、墓所を後にした。

 因みに、本当に予定が変更されて今日一日オフになったのは、また別のお話である。


如何でしたでしょうか?


・面白い

・続きが読みたい

そう思って頂けましたら、是非とも評価やブクマを頂けると幸いです。

宜しくお願い致します。

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