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慰安

更新します。


どうぞご覧ください。

「兵士の人に聞いたの。高階君、ここに捕らえられているって。でも、たった一日でこんなのって……酷過ぎる! 待ってて、今治すから!」


 そう言って三崎は、格子の隙間から右腕を差し入れる。彼女の天職は『治癒術師』であり、その名前からして負傷者の治療を行えるのだろう。尤も、天職を獲得した瞬間しか見ていないので、どれくらいの傷をどのくらいの時間で治療できるのかまでは知らないのだが。

 深呼吸して意識を集中させる三島。すると彼女の体は暖かな色の微光を放ち始める。

 きっとこれが、彼女のスキルが発動する予兆なのだろう。そしてそこまで見届けてから、俺は徐に小さく頭を振りながら彼女に告げる。小さく掠れてしまった声で、よせ、と。


「……えっ? どうして? このままじゃ高階君、死んじゃうかもしれないんだよ?」

「お前、ここには……無断で来たんだろ?」


 目を大きく見開いて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする三島。

 どうしてわかったのか――言葉に出さなくても、表情でそう問い掛けてきていた。


「この国の連中は、俺に対して異常なまでの嫌悪と警戒心を抱いている。そんな奴と勇者であるお前を面会させる筈がない……。事実お前は、足音を抑えてここまで来た。ここに来たことがバレたら、お前もタダでは済まないだろう」


 あの広間で、俺はクラスメイト達がどんな天職を獲得したのか全て見ていた。

 だからこそ、花藤先生を含めたクラス連中の中で治療系の天職を授かったのが三崎だけだということも把握している。無論それは、クレア王女たちも把握している筈だ。

 であれば、もし俺の傷が治癒していることをゴルドンや他の兵士に発見された場合、即座に三崎が容疑者になるだろう。これほどの重傷を瞬間に治療できる可能性がある者など彼女くらいしかいだろうし、何より彼女は広間で俺を庇ってしまった。疑われる要素は十分過ぎる程にある。俺と違って彼女は勇者だ。故にお咎めなしになる可能性はゼロじゃなない。

 だが、魔神や魔獣への異常なまでの嫌悪感からして、その可能性は限りなく低いだろう。

その旨を絶え絶えの息で必死に説明してやると、三崎はいつの間にか嬉しそうにクスクスと笑みを零していた。


「な、何が可笑しい?」

「ごめんなさい。でも高階君って、やっぱり凄く優しい人なんですね。それが分かったから、つい嬉しくて……」


 今度は俺が豆鉄砲食らった鳩の顔をする番だった。


「俺が……優しい? 何を言っている? そんな訳――」

「優しいですよ。広間で胃薬くれたり、自分が辛くて苦しくても私なんかのことを心配してくれたり、それにあの時だってそうでした」

「あの時? 何のことだ?」

「やっぱり覚えてないんですね。でも、いいんです。私はしっかり覚えていますから。何といってもあの出来事は、私にとって人生で一番嬉しかったんですから」


 大事な物を包み込むように優しく胸の前で手を組む三崎。その表情には一切の邪念など無く、ただ純粋に幸福と喜びを噛みしめているようであった。

 しかし、当の俺には何の話をしているのか全く分からない。故に俺が小首を傾げていると、一人自分の世界に浸っていたことに恥じらいでも覚えたのか、三崎が少しだけ頬を赤らめながらも話を切り替えようとコホンと咳払いをする。


「とにかく、高階君は優しい人なんです。そんな優しい人が、この世界を苦しめる魔神の手先なんかである訳がありません。だから今、クラスのみんなで高階君を解放してくれるように王女様に掛け合っているんです。でも、まだ許可が出ないので、私はこうして皆さんの目を盗んでこっそりと会いに来たわけなんですけどね。ははは……」

 

 三崎はバツが悪そうな表情で乾いた笑い声を漏らす。だが、俺は彼女の発言に驚いていた。

 クラスメイトが、俺を助けるために行動してくれている……? 

 絶対あり得ないと思っていた。何せ彼らは元の世界で俺を都合よく利用したり、成績が上がれば勝手に目の敵にしてきたり、極めつけは寄って集ってのイジメである。

 そんな話、俄かには信じられない。信じられる訳がない。それでも――

              

「でも、絶対に助けます。助けてみせます。それで皆揃って元居た世界に帰りましょう! 皆でそう話していたんです。誰一人として、欠けることなく帰還しようって。そしてそのためには、高階君が魔神の手先だと決して認めないことが絶対条件です。だから、お願いです。もう少しだけ辛抱してください。辛くても、希望を捨てないでください。酷い目に遭わされている高階君にこんなこと言うのは酷だって、分かっています。けど、それでも言います! だって……私は高階君に生きていて欲しいから!」


 神への誓詞のように決然とした意志を感じさせる表情を見せた、そして今までで一度も言われたことの無い『生きていて欲しい』という言葉を掛けてくれた三崎を見て、俺の目からは自然と涙が零れていた。悲しみや怒り以外で涙を流したのは、いつ以来だろうか?

 親に捨てられ、友人が離れてから、俺は自分しか信じないと決めた筈だった。でもここに来て彼女を――三崎春香という一人の少女のことを無性に信じて見たくなったのだ。


「……信じていいんだな? 俺は、お前を心の底から信じでもいいんだな?」


 両手を拘束されている俺は、溢れる涙を拭うことが出来ない。力んでみても止めどなくあふれる涙は、そのまま俺の頬を滴り落ちていった。


「……はい。勿論です! どんなことがあっても、私は君の味方です!」


 泣き顔の俺とは対照的な、太陽のように明るい笑顔を見せる三崎。

 彼女の笑顔に、言葉に、優しさに、俺は間違いなく救われたのだった。

 そんな時、折悪くズカズカと歩いてこちらへ近付いてくる数人分の足音が響く。一緒に聞こえてくる話し声からして、これは間違いなくゴルドンとその配下の兵士。あの悪夢のような時間が帰ってくると同時に、この暖かな時間が終わりを迎えたことも意味している。


「……時間だ。名残惜しいけど、早く行ってくれ。お前まで捕まったら、元も子もない」

「そうですね。では高階君、どうかご無事で。そして次は、こんな格子無しで会いましょう」

「無事は無理な相談だな。でも、そうだな。次は自由になって会いたいな」


 心の中に温かいものを感じて、そのせいか俺の口角が自然と持ち上がった。

不思議だった。先ほどまであんなに辛くて苦しくて、死と引き換えに苦痛から解放されようか考えるほど追い詰められていた筈なのに。それが今では、こんな軽口を叩いた上に、ぎこちなくても笑みを零す余裕がある。

 そんな俺の笑みを見た三崎もまた笑みを返し、そして足早にゴルドンたちが迫ってくる方とは逆の方へと去っていく。その姿を、俺は彼女が見えなくなるまで見つめた。

 三崎が姿を消して殆ど間を置かず、ゴルドンとその配下はこの牢へと帰ってきた。


「待たせたなぁ。王女様もさぞかし心を痛めていたよ。『自分が魔神の手先なんかを招き入れてしまった』ってな。お前、王女様にそんな辛い思いさせて心は痛まねえのかよ、この極悪人が――って、お前泣いてんのか? ……そうか、遂に罪を認めて懺悔の涙でも流してたのか? こいつはいい! それじゃあ、すぐに罪を認めると自白し――」

「……らねえよ……」

「あぁ? なんか言ったか?」

「知らねえよ! そう言ったんだよ。どうやって召喚に紛れ込んだか? お前らが勝手に巻き込んだんだろうが! 魔神の手先? そんな訳あるか! 魔神や魔獣の弱点? そんなモン知るか! 魔神との関係? 一切何も関係ねえよ! どうだ? 貴様の要望通り、全て包み隠さず答えてやったぞ! これで満足か? 満足したなら俺をさっさと解放しろ、この顔面脂身野郎!」


 抱え込んでいた怒りと不満を全てぶちまけた。思っていたことを早口で捲し立てるように次々と言ってやると、連中は三人揃って口をポカンと開けて驚愕の表情を浮かべる。

 きっと俺の態度の豹変に、多少なりとも驚いたのだろう。そんな表情が見られただけでも、実に痛快というモノ。これでやっと溜飲が下がった。

 しかし、スッキリした俺とは正反対にゴルドンは怒りで顔を真っ赤に染めてプルプルと震えている。


「上等だぜ、クソ野郎! そこまで地獄が見てえってんなら、望み通り見せてやるよ。もう生易しい拷問は取り止めだ! てめえ、覚悟しとけよ!」


 俺にぐっと顔を近付けて威圧してくるゴルドン。

 しかし俺も怯むつもりはない。何せ俺はもう一人じゃない。信じられる仲間がいる。

 その仲間のためなら、俺はどんな苦痛にだって耐えられる――そう確信していた。

 さて、ここからは俺とゴルドンの――いいや、俺たちとこの国の我慢比べの始まりだ。


如何でしたでしょうか?


よろしければコメントや評価等頂けると幸いです。

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