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珍客

更新します。

どうぞご一読ください。

「ほら! ほらっ! ほらぁああっ! どうしたどうした? もっといい声で鳴けよ!」


 宙吊りにされてから、一体どれくらい経ったのだろうか。

 俺は今、狭い牢の中で相変わらず宙吊りにされて身動きが取れないまま、汗と激しい吐息と気色の悪い声を撒き散らしているゴルドンによって、何度も何度も乗馬用と思しき短鞭で容赦なく打ち据えられていた。

 最初の方は患部に走る火傷のような痛みに耐えかねて声を上げていたのだが、叩く回数が五十を超えた辺りからもう声を出す体力すらも無くなったため、今となってはほぼ無反応のまま打ち据えられている。もう殆ど、俺はサンドバッグと変わらない。

 着ていた学生服は鞭の衝撃でとっくに原型が分からないほどズタボロになり、体中には至る所に蚯蚓腫れができている上に所々裂傷による流血も起きている。

 ずっと俺の体重を支え続けている手首にも強い負担が掛かり、既に皮膚が剥けて肉が露出していた。恐らく手首の骨はもう折れているに違いない。いや、手首だけではない。全身で見ても、骨折の数は恐らく一か所や二か所では無い筈だ。尤も、全身隈なく痛むので、どこが激しく損傷して骨折しているのかなどもう自分でも判別できないのだが。


「何だよ、もうだんまりか? あの生意気さはどこに行ったんだ?」


 小さな呻き声しか上げられなくなった俺を見て、ゴルドンはつまらなさそうに舌打ちをして、握りしめていた短鞭を後ろに放り投げた。

 そして俺の髪を乱暴に掴んでぐったりと垂れた頭を持ち上げると、その脂ぎった顔に不気味な笑顔を張り付けて俺の耳元にゆっくりと近づいてくる。


「痛いか? 苦しいか? 可哀そうになぁ……でも、お前が悪いんだぜ? お前が魔神の手先だから、お前が偉大なる神シュミルの恩恵を受け取れないから、お前がよりにもよって神シュミルの奇跡によって実現した勇者召喚に紛れてこの世界に侵入してくるから、お前がこの世界を蝕む悪だから……全部お前が悪いんだ。お前のせいなんだ。

 でも、そんな悪いお前にも罪を償うチャンスを与えてやる。何、簡単なことだ。今ここで魔神の手先であることを認めろ。そしてどうやって勇者召喚に紛れ込んだのか、魔神とどういう関係なのか、魔獣や魔神の弱点は何なのか、全て包み隠さずに真実だけを教えるんだ。そうすればお前は赦され、あらゆる苦痛から解放されて、めでたく神シュミルの許に召されることが出来る。罪深いお前には、これ以上ない慈悲だろう? そうとも、神シュミルは慈悲深いのだ。そして神シュミルに選ばれた我ら人類もまた、慈悲深いんだ。その慈悲に感謝しろ。そして罪を償うんだ。さあ! ほら! 早く!」


 ゴルドンは優しく、だが凄みのある口調でそう囁いてくる。

 俺が悪魔だと証言しようものならば、待っているのは死という結末以外にあり得ない。

 神の許に召される、という表現からして間違いないだろう。それもただの死ではなく、衆人環視の中で見せしめとして無残に執行される刑によって――。

 この世界での自由と尊厳を取り戻そうが、元の世界に帰ろうが、別に何かある訳ではない。誰かが待っている訳でもない。俺が死んで誰かが悲しむ訳でもない。生きていても何にもならないことは、外でもない俺が一番よく分かっているのだ。

 でも、だからといってこんなところでは死にたくない。それも、何も悪くないのに罪人として不名誉に殺されるなど、絶対に嫌だ。

 それに何より、魔神の手先などという訳の分からないことを認める気にはなれない。

 どうやって召喚に紛れ込んだか? 魔神や魔獣の弱点? 魔神との関係? そんなこと知るか! 知らないのに、一体何を白状しろというのか? 腹が立つほど馬鹿げている。

 だが一方で、認めてしまえば、懺悔すれば、白状すれば、この苦痛から解放されてきっと楽になれる――そんなゴルドンの話に、心が大きく揺れ動くほどの魅力も感じていた。

 言うことを聞けば、もう宙吊りにされることも、ボロボロになるまで鞭で打たれることもなくなる。逆にここで認めなければ、次は何をされるか分からない。いつまで続くのかも分からない。所詮これは、中世の魔女狩りと同じ。ありもしない罪を自白させるためだけに行われ、自白するまで延々と続くまさしく悪魔の所業。俺が自分の罪を認めなければ、幾らでも、何時までもこの苦痛は続くだろう。その苦痛は、恐怖は、絶望は、とても抗い難い。

 だからこそ、抗い難いこの状況から解放されるかも知れないという期待は、何よりも魅力的に感じられてしまう。破滅しか待っていないと分かっていても、縋りたくなってしまう。

 苦痛か、それとも死か。今にも掠れ消えそうなほど弱い意識の中、ぼんやりとしている頭の中を懸命に回して二つの選択肢からどちらを選ぶのか必死に思考を続けている。

 ――でも、答えはすぐには出そうになかった。

 そうして沈黙を貫いていると、痺れを切らしたゴルドンが俺の頬を全力で殴打した。


「おいおいおいおいおい! 聞いてんのか、このカス野郎! てめえみたいなゴミに、折角慈悲をくれてやるって言ってんだ! ゴミはゴミらしく、さっさと人間様の慈悲を受け入れて罪を認めて自白すればいいんだよ! 分かったか?」


 ゴルドンは話しながら、幾度も幾度も俺を殴打し続けた。その衝撃で歯が数本折れ、咥内を嫌な鉄の味が満たしていく。

 だが、そこまでボロボロになっても、ゴルドンは俺を許しはしなかった。


「ほら、慈悲を受け取れよ。まずは自分が魔神の手先だと認めるんだ。歯が折れて上手く喋れないか? なら頷くだけでいいぞ。そうしたら自白として認めてやるからよ。ほら、頷けよ! さっさと頷けよ!」


 ゴルドンは再び俺の髪を乱暴に掴むと、そのまま力を込めて俺の頭を強引に下げさせようとする。無理に首を曲げようとしてくるので、首に負担が掛かってかなり苦しい。

 でもまだ死ぬことを許容できない以上、こんなことで自白と取られる訳にはいかない。俺は残る力を振り絞って、必死にゴルドンに抵抗を試みた。


「こ、この……てめぇ、いい加減にしやがれ! さっさと頭を下げろよ!」


 顔を真っ赤に染めながら、ゴルドンがなおも力を籠める。しかし、俺が宙吊りになっていることと、ゴルドンの身長が低いことで力が上手く入らないことで何とか耐えることが出来ていた。


「ち、ちくしょう……おい、お前らも手伝え! 首をへし折ってもいい。こいつの首を縦に振らせろ!」


 ゴルドンは、背後に控えた部下二名に命令を下す。しかしゴルドンは俺に夢中で気が付いていなかったようだが、部下二名はやってきていた別の兵士と何か言葉を交わしていた。


「お前ら、俺がこの悪魔を自白させようと努力している時に何油売ってやがる!」

「しっ、失礼致しました。ですがこの者が、ゴルドン様へ王女様よりの火急の知らせを伝えに来たと申すので……」

「な、なにぃ?」


 瞬間、ゴルドンの顔が怪訝で歪んだ。

そして俺の髪から手を離すと、その兵士の元へと歩み寄る。


「王女様からの知らせだと? 一体何だ?」

「はっ! 王女様より、悪魔の尋問状況を報告するために全員直ちに参上せよ、との御命令を賜っております。つきましてはどうか、私にご同行ください」


 兵士はピシッと背筋を伸ばして敬礼をしながら、ハキハキとした口調で喋る。

 するとゴルドンは、顎に手を当てて暫し思案にふける素振りを見せる。


「あと少しでこいつから自白が取れる。だから今少しお待ち頂くよう、お伝えしてくれ」

「し、しかし……王女様より、何としても即座にお連れせよ、とのご指示も承っております。これは王女様よりの厳命です。故にどうか、ご同行を」


 九十度のお辞儀をする兵士に、ゴルドンは渋い顔を見せる。

察するに、このまま畳みかけて俺の自白を取りたいのだろうが、王女からの厳命と言われてしまえば配下のゴルドンには拒否する権限など無いといったところか。


「……分かった。だが、少しだけ待っていろ」


 そう言ってゴルドンは踵を返して俺の方へと近づいてくる。そしてまたしても俺の髪を強引に掴み上げると、鬼のような形相を向けてきた。


「呼び出しを食らっちまったからな……今から少し出てくる。少しだが、時間が出来たんだ。その間に自白する覚悟を決めて、質問の答えを用意しておけよ。間違っても俺様の慈悲を無下にしようなんて考えるんじゃないぞ。分かったな!」


 唾を撒き散らしながら、俺にそう念押しをするゴルドン。

 しかし無反応な俺に苛立ちを感じたのか、腹いせの腹部への殴打と舌打ちだけを残して、配下の兵士共々全員揃って地下牢を後にした。

 残されたのは、宙吊りになったままのボロ雑巾の俺ただ一人。

 そして牢の中には、手錠と天井の金具が擦れる微かな金属音と俺の弱々しい呼吸音、そして俺の血が地面に滴る音だけが響いていた。


「これは……放っておいても……死にそうだな……。ああ、死にたくはないな」


 口はそう言いつつも、俺はもう内心では自分が助からないことを悟っていた。仮に自白しようが、自白を拒もうが、どちらにせよだ。

 段々と力が抜けてきて、頭が更にぼんやりとして何もかもどうでもよくなってくる。

 どうせ死ぬのだ。無様に刑死しても、どうということはないだろう――あんなにも死刑で死ぬのを嫌がっていた筈なのに、衰弱し切った今ではそう思えるようにすらなっていた。

 そんな時だった。金属音と俺の呼吸音と血の音以外の音が、弱った俺の耳朶に響いたのは。

恐らくブーツの足音。だが努めて音を立てないように忍び足でコソコソと歩いており、何より不自然なのはあろうことかこちらへと一歩一歩着実に近づいていること。

――これは一体誰が? もしや、もうゴルドンたちが戻ってきたのか?

 文字通り束の間の休息がもう終わってしまうことの名残惜しさと再開される残虐な行いへの恐怖心を抱きながら、俺は来訪者の姿をしかと目に焼き付けようと顔を持ち上げる。

そして遂に、格子越しに現れたその人と視線を交わした。


「酷いケガ……高階君、大丈夫?」

「お前は……どうしてここに?」


 それは戻ってきたゴルドンでもなければ、他の兵士でもない。唯一大広間で俺の見方をしてくれた三崎春香その人であった。

 全くもって予想外の珍客登場に、文字通り俺の開いた口は塞がりそうもなかった。


如何でしたでしょうか?

良ければコメントや評価等頂けると幸いです。

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