気力
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転移によって戻ってきたのは、山頂のあの木の根元だった。
「この魔獣制圧区域の中で、ここ程吾輩たちにとって安全な場所も無い。ここなら何の問題も無い。早速だが、治療を始めるぞ。まずはこれを抜かなくてな……ちょっと痛いぞ」
そう言って俺の背後に回ったサラスは、徐に刺さったままのダガーに手を掛ける。
しかし――
「ぐぁっ!」
悲鳴を上げたのは、ダガーを抜かれる俺ではなく握った筈のサラスの方だった。
「どうした?」
「――くっ! このダガー、シュミルからの贈り物か。吾輩が触れた瞬間、拒絶するようにプロテクトを発動させおった。これでは抜けんぞ」
確かに、苦々しい表情を浮かべるサラスの手は、まるで感電したかのようにバチバチと音を立てている。
そういえば、勇者たちは天職とスキルを授かった際にその武装も受け取っていた。つまりこのダガーも、朝日が天職とスキルを授かった際に受領したモノということ。であれば、確かに敵に悪用されないようにシュミルがプロテクトを掛けていてもおかしくはない。
待て……天職とスキル? そういえば、治癒能力はサラスの体となっている三崎が使っているスキルだった筈。そこまで考えた時、俺の中で疑問が繋がり一つの仮説が成り立った。
「一つ確認したい。お前は自分自身を治療できるのか?」
「こんな時に何を聞いている? 黙ってい――」
「いいから、答えてくれ」
真剣な声色で問いを投げると、サラスは観念したようにため息を漏らす。
「……その様子だと、気付いたようだな。そう、残念ながら無理だ。何せこの能力は、あの三崎春香とかいうこの体の持ち主が宿していた能力に依存しているところが大きい。つまりこれは、吾輩が本来持っていた能力では無いのだ」
やはりそうか、と心の内で思う。
サラスの能力は、基本的には攻撃系のモノが大半。それに魔神と称された女が持つには、回復という能力は異端すぎると思っていた。
それに妙に引っ掛かっていたことがあった。治癒能力が最初から使えたのなら、最初に森であったあの魔獣を治癒させることだって出来た筈。それなのに、彼女は安楽死という道を選んだ。
更に付け加えるなら、チェシャはサラスに治癒を掛けられた時には酷く驚いた表情を浮かべていた。この地域を制圧するに際して、恐らく人間との間に激しい戦いがあった筈。そうならば、当然魔獣にも負傷するモノだっていた筈だ。もし治療を最初から使えたのなら、禁樹に封印されてなお自我を保っていたサラスによって治癒を受けた魔獣が居たとしてもおかしくは無い。それなのに魔獣が知らないということは、使ったことが無いということ。
魔獣に対して情を見せる彼女が、使えるのに使わないという選択をするとは思えない。だが、使わないのではなく使えなかったのならば、何ら不自然は無い。
ここまで材料が揃えば、否が応でも察しは付く。その能力だけは借り物なのだと。
「そうか、よく分かった。だったら――」
俺は懸命に手を後ろに伸ばして、辛うじてダガーのグリップを握る。そして力を込めて引き抜き始めた。
「お、おい! やめろ! それ以上無理をすると死んでしまうぞ!」
「はっ! どの道このまま何もしなければ……死ぬだけだ! お前の言う通り、俺はこんなところでは死ねない! こんな最後は、受け入れられねえ。だから、だからさ――うぉおおおおおおおおおおっ!」
気合一閃、俺はダガーを握る手に全力を掛ける。
予想通り、あの果実を掴もうとしたときのようなプロテクトの衝撃が体中を駆け巡る。
感電した時のような激痛に、思わず表情が歪んで脂汗が噴き出す。
しかし、こんな程度の妨害で怯みはしない。何故なら俺は――
「望みを叶えるまで……俺は死ねないっ!」
絶叫と共に限界を超えた力を込める。
するとプロテクトの影響で手がまるで火傷したかのように痛ましい姿に変っていく。だが、手の火傷と比例するように少しずつ、だが確実にダガーが抜け始めた。
「おおっ! 行ける、行けるぞ! 頑張れ、琉人!」
「うぁああああああああああっ!」
応援に力を貰った俺は、最後の力を振り絞る。そして遂に――激しい激闘を制した俺は、遂に憎いダガーを抜き去ることに成功した。
激闘を制した相手たるダガーを無造作に手放すと、地に転がるそれに向けて笑みを零す。
「はっ! 俺のことを見捨てたクソな神様よ、やってやったぞ! ざまあみ――ろ」
しかし、ここに来てとうとう力が抜けてしまったのか、貧血のようなクラッとする感覚を味わいながら、俺はゆっくりと倒れ込んでいった。
如何でしたでしょうか?
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