失敗
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「――あはっ、あははははははぁ!」
壊れたように笑いながら、獲物のダガーを振り下ろす朝日。しかし、朝日の脚力にこそ驚いたが、ダガーの一撃にはそこまでの速さが無い。そういえば、この男の天職は『軽業師』だった筈。脚力は大幅に強化されていても、腕力はそうではないということか。
俺は冷静に攻撃の軌道を見極めると、朝日の手首を掴むことで難なく受け止めてみせた。
「あれ、おかしいな? 人間は勿論、魔獣ですら反応できないくらいの速度だった筈なのに、一体どうして――」
「教える義理は無いな――【負の強化】」
「――っ!?」
手加減などせず、最初から全力でスキルを発動させる。
すると朝日は、体中の毛穴から汗を噴き出して、体をガクガク震わせ始める。痙攣したように震えるあまり、遂にはダガーすらも手放してしまう。顔色もみるみる悪くなり、その様はまるで毒に侵された病人のよう。その面貌、どう見ても死は間近に迫っていた。
「よし、スキルは効いている。このまま一気に――」
「おらぁあああああああっ!」
カタを付けられると思ったのも束の間、豪快な掛け声とともに巨大な槌が俺目掛けて振り下ろされる。如何に肉体強化を受けていても、こんな攻撃を真正面から受け止めたらタダでは済まない。俺は舌打ち交じりに朝日を手放すと、そのまま後方へと跳躍して逃れた。
とっさの判断だったが、それは正解だったよう。小川が殴った個所は地面が大きく陥没し、そこから亀裂が幾筋も走っていた。まさに隕石の激突でもあったかのようなクレータが出来るほどの惨状。正面から受けたら、骨折の一本や二本では済まなかっただろう。
しかし小川は、追撃を加えるどころか反転して地面に転がる朝日を抱き起す。
「おい! 大丈夫か、朝日?」
「お、小川君……ありが……うっ――おええええええっ!」
辛うじて口が利けた朝日。しかしまともに会話をすることは叶わないまま、小川も思わず顔を顰める程に激しく嘔吐。そのまま体を痙攣させつつ、白目を剥いて気を失ってしまった。
「おい? おい、朝日! どうした?」
「――ちっ、仕留めそこなったか」
「てめえ……朝日に何をしやがった!」
「吠えるなよ。こうなることだって、覚悟の上だった筈だ。しかし今の手応え、残念だがまだ死んじゃいない。どうする? 今手当すれば、助かるかも知れないぞ?」
こうは言ったが、手当など無駄。俺のスキルは毒ではないから解毒や治療など効果が無いし、精神へのダメージなので薬も効かない。
しかし、朝日は虫の息だがまだ生きている。致命的な外傷も無いから、治療すれば助かるかも知れないという微かな期待を抱く余地は十分にある。そうすれば、奴らは自発的に撤退という選択肢を取る可能性は十分にある。そしてそれが、俺の狙いでもある。
こいつらは戦闘力特化の勇者たち。無策で戦うのは少々危険だ。そこで、できれば準備を整えて罠を用意した上でお出迎えしたいところ。そのために必要なのは、時間なのだ。
「てめえ……くそっ、仕方ねえ。こうなった以上、撤退するしか――」
「落ち着いてください、小川君」
朝日を抱き抱えたまま立ち上がろうとする小川の呟きに、思わずほくそ笑む俺。
しかしそんな小川を、東雲が窘める。東雲を睨みつける小川だったが、東雲はそんな小川の視線など涼しい顔で受け流すと俺の方へ視線を向けた。
「面白い能力でしたね。正直、興味深過ぎて朝日君を救うことを忘れそうでしたよ」
「そりゃ、どうも。けど、種は教えてやらないぞ」
「ええ、期待はしていません。それに敵の言うことを全て鵜呑みにするほど、僕も馬鹿ではないので。まあでも、あれだけじっくり観察できましたからね。凡その検討はつきました。察するに、貴方の能力は毒か精神異常――状態異常系のスキルですね。違いますか?」
「……敵の言うことは信じないんじゃなかったのか?」
「そうでしたね。僕としたことが、これは失礼」
鼻で笑いながら気障な仕草で頭を垂れる東雲。
しかしそんな東雲に、怒りで心を滾らせていている小川が掴みかかった。
「てめえ、何を呑気なこと言ってやがる! すぐに撤退するぞ! じゃねえと、朝日が――」
「どうぞ、ご自由に。僕と大蔵君は残りますので」
「――なっ!?」
信じられない、と言わんばかりに茫然した顔を浮かべる小川。
しかし東雲は小川を一瞥すると、やれやれと言わんばかりにため息を漏らす。
「さっきの話、聞いてなかったんですか? 高階君が使ったスキルは、恐らく毒か精神異常です。厳密にどちらなのかは、朝日君の体を詳しく調べてみないと分かりませんが……何にせよ、回復役がいない今の僕たちに朝日君を治療する術はありません。毒ならその毒物を特定して、血清なり解毒薬なりを用意する必要があります。精神異常ならもっと厄介だ。恐らくは術者である高階君を倒してスキルを解除させるしかない。いや、それでも治らない可能性すらある」
「……何が言いてえ?」
「ここまで言っても分かりませんか? 要するに、ここに居ようが拠点に連れ帰って休ませようが、朝日君はこのままでは絶対に助からないということです。そして助けたいのなら、高階君を倒す以外に可能性は無い。そう言っているんです」
ぐうの音も出ない程の正論をぶつけられた小川は、悔しそうに歯ぎしりをする。
そんな小川の肩を、大蔵が優しく叩いた。
「まあ、そういうこった。それに、ここで奴らに時間を与えるのもマズイ。逃げられるか、迎撃のための準備を整えられるか――何にせよ、折角仕掛けた奇襲が無駄になっちまう。それに天藤の話によると、高階とあの美人さんは黒木や佐藤たちを殺したらしいじゃねえか。となればこれは、敵討ちの機会ってワケだ。みすみす棒に振れるかっての! つまり、どうあってもここで奴らを逃がす手はねえってことだよ!」
東雲の援護射撃をするように、大蔵も真剣な顔つきで槍を構える。
二人の言葉の真意を悟った小川は、まるで父親が愛しの我が子へ向けるかのような慈しみに満ちた目で懐の中で動かない朝日を見つめると、空いた片手で手刀を作って自身の顔の前に持って行って詫びのポーズをとる。
「すまん、朝日。もう少し、もう少しだけ待っていてくれ。すぐにアイツをぶっ殺して、必ずお前を助けてやるからな」
ポーズを解くと、朝日を地面にそっと横たえる。
そして気合の咆哮と共に獲物の槌を構えて戦闘態勢を整えた。
「その気合、流石ですね。いいでしょう。そう来なくては! では、僕たち三人であの死に損ないの罪人をきっちりあの世に送ってあげましょう」
そして二人の様子を満足げに見つめた東雲もまた、弓に矢を番えて戦いの準備を整える。
この状況に、思わず舌打ちしてしまう。仕切り直しという俺の目論見が失敗に終わった以上は、残念だがこいつらを力で退けるしかない。もう腹を括るしかないのだ。
如何でしたでしょうか?
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