遭遇
更新します。
全速力・ノンストップで山道を駆け下りると、凡そ一時間と少しで下山することが出来た。
整備されていたとはいえども山道だ。本来であればそんな短時間で戻ることなど出来ない筈だが、流石は肉体強化の影響といったところだろう。
そのままの勢いで荒野へ突入して状況を確認してみると、そこには深々と傷を負ってボロボロで倒れる夥しい数の魔獣たちと、その光景を見て呆然と立ち尽くすチェシャの姿。
「チェシャ! 魔獣たちは?」
後ろから声を掛けてみれば、チェシャは振り返ることも無くただ首を横に振るだけ。
確かに、見渡す限り無事な魔獣など一体もおらず、皆地に伏したままピクリとも動く気配が無い。流された大量の地で地面が赤く染まり、まさに血の池が形成されているこの状況、生き残ったモノがいると考えるのは楽観に過ぎるのだろう。
「おや? 魔獣の殲滅が完了したと思ったら、何だか妙な奴らが出て来たな」
生存者のいない絶望感に苛まれているところで、突然声が響いた。
声のする方へと視線を向けてみると、そこには神から授かった上等な武器と防具を身に纏った四人の男がいた。
一人は身の丈以上の巨大さを誇る槌を担いだ、武骨で厳つい風貌の大男。
一人は弓を手にした、中性的な顔立ちと眼鏡が印象的な華奢な少年。
一人は両手に一対のダガーを構えた、貧相な体躯と雀斑が目立つ少年。
最後の一人は見事な装飾を施された槍を携えていた、自信満々そうな表情が印象的な男。
そしてやはりというべきか、俺は彼ら全員に見覚えがあった。
「琉人、こやつらは……」
「ああ、間違いない。俺のクラスメイト共で、そしてシュミルの勇者共だ。それも黒木や間宮とは違って、戦闘向きの天職とスキルを授かっている厄介な奴らだよ」
ぎりっと奥歯が鳴る。
かくして、一筋縄ではいかなそうな厄介な奴らと突然対峙することになってしまった。
できれば周到に準備してから望みたい戦いではあったが、今となっては望むべくもない。
やれやれ、何事もそう都合よく事が運ぶわけではないということか。面倒なことだ。
◇
「ここは魔獣制圧区域の筈だろ? それなのに人間がいて、しかも魔獣に攫われていた被害者って訳でもなさそうだ。てことはだ、こいつらは敵ってカウントでいいんだよな?」
「ええ、そうでしょうね。しかも内二人は、天藤君からの連絡にあった連中です。一人は死んだ筈の高階君で間違いないでしょう。そして黒いドレスの女が、恐らくは魔神でしょうね」
「へえ……魔神って結構美人で可愛いんだね。切り刻んだら楽しそう。じゃあ、残ったもう一人は何者? うわぁ、耳とか尻尾生やして、あっちの子も可愛いな。切り刻みたい!」
「お前は相変わらずだな。まあ、こんな世界のこんな辺鄙な場所にコスプレ女がいるとも思えねえし、多分アレも人間じゃねえよ。大方、魔獣の亜種か進化体ってところじゃねえの? けど、もし進化体なら面白えな! こんな獣があんな女の子に変るんだから――よっ!」
男は足元に転がる魔獣の首筋に槍を突き立てる。攻撃を受けてまだ時間が経っていなかったのかまだ虫の息だった筈のその魔獣は、その一撃で完全に息絶えて動かなくなった。
その暴挙を目の当たりにしたチェシャは、怒りに身を任せて毛を逆立たせ、すぐにでも突撃しようと身構える。しかし、そんな彼女を制するようにサラスが彼女の肩を掴んだ。
「どうして止めるっすか、魔神様! アイツら、アタシの部下をたくさん殺したんっすよ?」
「分かっている。しかし、奴らはシュミルの勇者だ。それもかなり強い天職とスキルを授かっているらしい。無策で突っ込んでいい相手じゃない。ここは冷静になれ」
「でも……でも!」
揉めているサラスとチェシャを横目に、俺は徐に前に――勇者たちの方へと歩き出す。
「大蔵由人に東雲太陽、小川梢に朝日翔か。久しぶり……でもないな。で? 雁首揃えて、こんなところに一体何の用だ?」
嘲り笑う口調で問い掛けてみると、案の定槍使いの男――大蔵が顔を顰めて食って掛かろうとする。そんな大蔵を、連中の中で一番冷静だが高飛車な弓使いの東雲が制した。
「これは思わぬ対面というヤツですね、罪人君――いいや、高階君。君の貧相で無様な顔は、もう二度と見ることは無いと思っていたのですが、もう一度見る羽目なるとは残念です」
「俺も残念だよ。お前の気色悪いニヤケ面、二度と見なくていいと思っていたんだけどな」
嘲られたので嘲り返すと、東雲は露骨に不機嫌そうに顔を歪めた。
「全く、お前らはどこまで行ってもガキだな。よう、高階。生きていてくれて、嬉しいぜ」
「心にもない世辞をほざくな、小川。俺は何しに来たのかと聞いたんだ。さっさと質問にだけ答えろ」
すると槌を担いだ大男こと小川は、やれやれとため息を零す。
「お前のそういう上から目線、相変わらずだな。それが原因でクラス中から顰蹙を買って、挙句に死んだんだ。その教訓で少しはマシになったかと思ったが、どうやら何も変わっていないらしいな……お兄さんは悲しいぜ」
「お前のその物言いも、十分上から目線だけどな。まあ、お前同様に俺も悲しいぜ。お前たちが、相変わらずバカのままみたいでな。こんなバカが勇者だなんて、世も末だな」
「てめぇ! 折角旧交を温めてやろうと思ったのに……言いやがったな、この野郎!」
鬼の如き形相に顔を歪める小川。獲物が槌だからこそ、怒ったこいつは余計に鬼のようである。どうやら俺の言葉が相当勘に触ったらしく、怒りで体を小刻みに震わせていた。
「ああ、もう! 話長い! どうでもいいよ、高階が生きてようが死んでようがさぁ!」
すると突然、ここまでずっと興味無さそうに話を聞き流しているだけだったダガー使いの少年こと朝日が、まるで癇癪を起した子供のようにぐずり出す。
「アイツ元々気に食わなかったし、それにどうせあいつ等皆殺しにするんでしょ? だったらさあ、猶更どっちでもいいじゃん! だって――どうせここで死ぬんだからぁっ!」
無邪気で幼稚な子供のような言動から一転、朝日は口が裂けそうな程に口角を持ち上げた狂気を孕んだ笑顔を見せると、そのまま一直線に俺目掛けて直進してくる。
その脚力は常人離れしており、目測で五十メートルほどはあったであろう俺との距離を、数秒も経たない程のほんの一瞬で縮めてきた。
如何でしたでしょうか?
宜しければコメントや評価、ブクマなど頂けると幸いです。
宜しくお願い致します。




