非持
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他の生徒ではこんなことは起こらなかった。いや、生徒だけじゃない。花藤先生も普通に天職とスキルを授かっている。それなのに何故か俺だけ、何も起こらないのか。
「そんな……何で?」
理解が追い付かずに疑問と不安で一杯になった頭で出来るのは、バカの一つ覚えみたいに幾度も幾度も水晶に触れてみることだけ。でも、何度触れようとも何も起こらなかった。
「……嘘だろ。まさか、もう既に授かったとか? きっとそうだ。リリース!」
一縷の望みを掛けて、リーンを表示する呪文を唱える。しかし、またも何も起こらない。
話によれば、他の生徒や花藤先生どころか、この世界の者であれば誰でも出来る筈なのに何故か俺には出来ない。幾度呪文を唱えても、その言葉は空しく消え失せるだけだった。
「お、王女様……これは一体――」
説明を乞おうと王女の方へ視線を戻した途端、俺は思わず言葉を失った。
なんと王女が、その碧眼を大きく開いて眼で俺を見つめていた。その瞳には恐怖と困惑の色が宿り、そして瞳に呼応するように口元を手で押さえて体を小さく震わせている。
その様子はまさに見るに堪えないおぞましい怪物でも見ているかのよう。先ほど勇者として俺たちを迎えた時に見せた態度とは、まさに正反対のモノだった。
クレア王女の怯え切ったような反応にどうすればいいか分からなくなった俺は、クラスメイト達の方へと視線を向ける。しかし彼らは俺を怪訝そうに見つめるか、クレア王女と同じように怯えた眼差しを向けるか、はたまた興味無さそうにそっぽを向くくらい。
この中に、俺に助け船を出そうとする者はいなかった。――ただ一人の例外を除いては。
「だ、大丈夫ですよ、高階君。きっとこれは何かの間違いですよ」
「み、三崎……」
ただ一人の例外である三崎だけは、俺のことを心配して駆け寄ってくれた。
「変なこともあるんですね。まあでも、多分その水晶の調子が悪かっただけですよ。そうです。そうに決まっています。ですよね、王女さ――」
「その化け物にそれ以上近付かないでください、三崎様! 危険です!」
場を取り繕おうと努めて明るい口調で話す三崎の言葉を、クレア王女はヒステリックに喚き散らした怒声で遮る。そのあまりの剣幕に驚いた三崎は、体を小さくビクッと震わせた。
「えっ? 王女様? 一体何を仰っているのですか?」
「何をもたもたしているの! 早く衛兵を呼んできなさい! 勇者の皆様も、戦闘のご準備を。……どうやら、この世界に来られて初めての実戦となりそうです」
三崎の問い掛けすらも無視して、クレア王女は俺を蔑む瞳で睨みつけてきた。クレア王女だけではない。彼女の命令を受けた使用人もまた、クレア王女と同じ目で俺を見つめる。
「ちょっ、ちょっと落ち着いてください! たかが水晶の不調如きで、どうして高階君が化け物だなんて話になるのですか?」
「……たかが水晶の不調? 馬鹿なことを言わないでください! 人の作りし物ならいざ知らず、この水晶は神シュミルが授けられた神器です。万に一つも不調などあり得ません。
それに神器が反応しなかっただけでなく、リーンも出現しなかった……。これは即ち、この者の体は神シュミルのあらゆる加護の影響を受けないという事。神シュミルに愛された人間であれば、そんなことはあり得ません。……考えられるとすれば、この者が魔神の手先であるという事しか考えられません!」
口角に泡を作りながら早口でまくし立てるクレア王女の剣幕に、三崎は驚きを隠せずにいた。三崎だけじゃない。クレア王女のその豹変ぶりに、俺もただただ狼狽していた。
クレア王女の話を整理するに、俺は他のクラスメイトや花藤先生と違って天職やスキルを授かれなかったばかりか、人間なら誰でも使える筈のリーンすらも使えなかった。
その事実からして俺は人間ではなく、神シュミルと敵対する魔獣や魔神の同類として認識されたということ。だが当然、俺は魔人の手先でも悪魔でもない、ただの人間だ。
それなのに怪物認定されるとは……それもこれも全て俺が他の皆が持っている天職だのスキルだのを授かれなかったことが原因ときた。
昔からずっと不思議に思っていたことがある。
親からの愛情、温かい家庭、信じられる誰か――そういった周りの子どもたちが持っているモノを、何故俺は悉く持っていないのだろうと。
そして何故俺は、ここまで何も『持たざる者』として生まれてきたのだろう――と。
またしても俺は、周りの子が持っているモノを持つことが出来なかった。
どうやら俺は、この異世界ですらも『持たざる者』であったらしい。
ここまでくると、もう笑うしかないだろう。どうやら俺は、地球の神様だけでは飽き足らず、この世界の神様であるシュミルとやらにまで嫌われたらしい。
一体、何が悪くてここまで嫌われるのだろうか? 浮かんだ疑問に、答えは出なかった。
◇
数分も経たないうちに、広間に十数名の兵士たちが駆け込んでくる。クロエさんが見せてくれた映像の兵士たちと同じように、全員揃いの銀のプレートアーマーに身を包み、その手には抜身の剣や長槍を携えていた。
その中でも、一人だけ金の装飾が入ったプレートアーマーに身を包んだ壮年の男がクレア王女に向かって膝を折る。きっとこの男が、この部隊の指揮官なのだろう。
「王女様、如何なさいましたか!」
「そ、そこに……そこに魔神の手先がいるのです。神シュミルの力によって行った召喚で招いた筈の勇者様たちの中に、あろうことか魔神の手先が紛れ込んでいたのです。すぐに捕らえなさい!」
そう言ってクレア王女は、震える指で俺をしっかりと指し示す。
「承知致しました! あの男を捕らえろ! 相手が悪魔でも怯むな。全員、かかれ!」
指揮官の男の号令に従って、配下の兵士たちが俺に向かって雲霞の如く押し寄せてくる。
もし俺が戦闘系の天職だのスキルだのを授かっていれば余裕で切り抜けられたかも知れないが、今の俺は何の力も無いただの高校生。それに状況が飲み込めずに混乱していて、まともに反撃などできない。そんな最悪の状況下で訓練された屈強な兵隊に、それもこれほどの数相手に敵うはずなど無い。
それでも必死に抵抗したのだがそれも空しく、何発も殴られ何度も蹴られて消耗し切った俺は呆気なく取り押さえられてしまった。
「確保致しました。如何いたしましょう? 魔神の手先とあれば、ここで首を刎ねましょうか?」
男が握る剣の刃が、鈍色に光る。しかし、クレア王女はその男を手で制した。
「いいえ。その男には、如何なる姑息な手段を用いてこの場に紛れ込んだのかを吐かせる必要があります。それにもし魔獣たちと関係があれば、これを尋問すれば何かわかるかも知れません。地下牢に放り込み、取り調べを行いなさい!」
「はっ! おい、連れていけ!」
配下の兵士たちは、地面に抑え込んでいた俺を今度は強引に立たせると、両腕をガッチリと掴んだまま引き摺るように連行していく。
そうやって無様に俺が連行されていく様を、クラスメイトも花藤先生もただ黙って見つめていた。自業自得だとでも言いたそうな冷めた眼差しと共に。
だが、彼らに対して俺が出来ることなど、精々怒りの籠った瞳で睨みつけることくらいのもの。実に可愛くて、実に情けない反抗だと自分でも思う。
無様な醜態を晒し、そして侮蔑の視線を浴びていることにどうしようもない屈辱と怒りが込み上げてくる。そんな激情に体を打ち震わせながら、俺は大広間を後にした。
◇
壮年の指揮官と配下の兵士二名によって連れて越されたこの場所は、近付いただけで据えた匂いが立ち込める、まともな手入れなど暫くされていないだろう不衛生な牢獄だった。
大人二人が身を寄せ合ってギリギリ横になれるくらいの狭いスペースしかないこの牢は、三方を石造りの壁に囲まれて前方には鉄製の格子がはめ込まれている造り。ベッドやトイレの類すら設置されておらず、地下牢というだけあって窓も無い。あるのは光源として用意された、今にも消えそうなくらい弱々しく光る一本の蝋燭とそれを支える錆びた燭台だけ。
「ほら、ここが今日から貴様のお家だ。さっさと入れ、この化け物が!」
指揮官の男が吐き捨てるようにそう言うと、配下の兵士が俺を牢獄の中に蹴り入れる。
二人から同時に突然蹴られたために碌に受け身も取れず、俺はそのまま硬い石の床に激しく叩きつけられた。
俺が倒れている間に指揮官と部下二人も入牢し、逃げられないように牢に施錠する。
これで俺は、狭い牢屋に指揮官と兵士二人の計三人と同室する形となった。
「おい! ふざけんな! 出せ……ここから出せよ! 俺が一体何したっていうんだ!」
「黙れ、人類に仇なす化け物が! 貴様という存在自体、我ら人類からすれば紛れもない害悪なのだ。そんな害悪には、このような扱いが似合いだろう!」
高圧的な態度でそう言い放った指揮官は、あろうことか俺に唾まで吐きつけてきた。
学校でのいじめが可愛く思えてくるほどの仕打ちに怒りを覚えた俺は、ただジッと指揮官の男を睨みつけてやる。
「何だ、その目は? 貴様、随分反抗的だな? 尋問なんて面倒事はお前らにでもやらせて、俺はそれを見つめて楽しむだけのつもりだったが……気が変わった。
おい! 俺に道具を寄越せ! この生意気なカス野郎には、このゴルドン近衛隊長様が直々に身の程ってモノを教え込んでやる。お前らはしっかり見ていろ!」
そう言って指揮官――ゴルドンは控えていた部下から革の肩掛けカバンを受け取る。
金属同士が擦れ合う音が響く鞄を見るや、ゴルドンの顔が嗜虐的な笑みで醜く歪んだ。
「さあて……お楽しみの時間だぞ、クソ悪魔。たっっっぷり甚振ってやるから、覚悟しろ。まずはこいつを宙吊りにしてやる。お前ら、手伝え!」
「「はっ!」」
ゴルドンの指示を受けた部下たちは、強引の俺の両手首を金属製の手枷で拘束すると、そのまま慣れた手付きで天井から垂れ下がっている鎖と俺の手枷を接合する。
そのまま鎖を引き上げられて、地面に足が付かない高さまで体が持ち上げられたことで俺の全体重は両手首に集中し、一瞬で関節が外れたかと思うほどの激痛が走る。
その激痛に耐えかねた俺が悲痛の声を上げると、ゴルドンは嬉しそうに高笑いを上げた。
「おいおい、この程度でギブアップとか言うんじゃあねえぞ! こんなのは、ほんの挨拶代わりよ。
ここからが地獄の本番だぜ?」
痛がる俺を見て下品に嗤うゴルドンを見て、俺はこの男の方が余程悪魔に見えた。
如何でしたでしょうか?