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異変

更新致します。

どうぞご覧ください。

 天藤の宣言に、クラスメイトはやはり動揺している。

 当然だ。ただでさえ状況に困惑しているのに、そんな話になれば余計混乱するのも致し方ない事だろう。だが、そんな混乱を打ち破るように、一人の生徒がスクッと立ち上がった。


「面白れぇじゃあねえか! いいぜ。俺もその提案に乗ってやるよ、才人!」

「實光……ありがとう。流石俺の友だ!」


 笑顔を見せる天藤に、その男子生徒――須郷實光がサムズアップして返す。

 須郷實光――天藤才人に並ぶこのクラスの中心人物で、屈強な肉体を持つ運動神経抜群の男。成績では天藤才人に勝てないように、運動神経ではこの須郷實光に勝てていない。

 俺からすれば、いわば目の上のたん瘤的存在だ。そして天藤と仲の良いコイツもまた、俺へのイジメの中心人物と言っても過言ではない。

 その上この男は、超が付くほどの女好き。話を聞く限りでは二股三股は当たり前なのだという。俺に実害を与えてくるだけでも嫌悪感を禁じ得ないのだが、ここまで節操がないと更に気に食わない。正直、個人的な好き嫌いでは天藤以上に嫌いな存在だ。

 しかし、こんな男だがクラスの中心として人気があるのもまた事実。実際、天藤に続いてこの男まで手を挙げたのだから、天藤や須郷と日頃から仲の良いカースト上位の生徒から順に、他の生徒も雪崩を起こしたように同調の意を示していく。


「皆……そこまで言うのなら、教師として放っておくわけにはいかないわね。それに皆が世界を救う英雄になるだなんて、先生何だか誇らしくなってきちゃった。……いいわ。先生も出来る限り協力する。皆で頑張って、この世界を救いましょう!」


 クラスの大半が天藤や須郷の提案に賛同したことで、あれだけクレア王女に噛み付いていた花藤先生までもがとうとうその話に同調しだした。

 こうなれば、もうクラスの方針は覆りようが無いほど決定的。

 それにこの右も左も分からない異世界で孤立して単独行動をとるのは、不安がつき纏うし危険すぎる。そんなこと、俺を含めたここにいる全員が分かっている。だから、天藤や須郷や花藤先生が嫌いな俺ですらも、彼らの意見に同意するしかないのだ。


「皆様全員が我々のために力を尽くしてくださるとは……神シュミルに選ばれし勇者の皆様へ、この国――いいえこの世界の人間を代表して御礼を申し上げます。本当にありがとうございます」


 目に涙を溜めながら深々と何度も頭を下げるクレア王女。

 そんな彼女に、天藤が勇者らしくハンカチを差し出す。それを受け取ったクレア王女が晴れ晴れとした実に絵になる笑顔を浮かべた瞬間、使用人と生徒たちが歓声を上げる。

 使用人は主人の願いが叶ったことへの喜びから。

 生徒たちは、麗しいお姫様が見せたその笑顔の眩しさに充てられたが故に。

 こうして俺たちは、いつ終わるかも知れない戦いに足を踏み入れたのだった。



 全員揃って勇者として魔獣との戦いに身を投じることが決定した、俺たち宗久高校三年C組の生徒たち。こうして方針が決まれば、次にすべきことも自ずと分かってくるものだ。


「では皆様の天職を確認させて頂くために、順番にこの水晶に触れて頂きます。ですがその前に、天藤様には『リリース』と唱えて頂きたいのですが」

「……? 分かりました。リリース!」


すると瞬間、天藤の右肩の辺りに突然ゲームのウィンドウ画面に似た何かが表示された。そこには天藤の名前の他に『天職:剣聖』と『スキル:破邪一閃』と書かれていた。


「……これは何ですか?」

「これは『リーン』と呼ばれる、この世界の誰もがスキルとは別に所持している能力です。言ってしまえば、この世界の身分証明といったところでしょうか。その者が保有するスキルや、皆様のように持つ者は天職までもが表示されます。見たところ天藤様はやはり素晴らしい天職をお持ちで、更に魔獣や魔神に対して高い攻撃力を有するスキルを授かったようですね」

「なるほど……本当にゲームの世界のようですね」

「げーむ? なんですか、それは?」


 キョトンとした顔を浮かべるクレア王女を、天藤は慌てて誤魔化す。

 天藤が慌てるのも無理はない。何せこの『リーン』とやらにしろ、スキルにしろ、天職にしろ、彼女たちこの世界の民からすれば神から授かった神聖視すべきモノなのだろう。

 それを「向こうの世界の娯楽によく似ているんですよ」などとは流石に言えないだろう。

 神への侮辱や冒涜と取られるか、遊び半分と取られるか、何にせよ言っていい事など何も無いのだ。ゲームの話は黙っていた方が賢明だろう。

 それに今は、水晶を使っての天職調査の方が先決。俺たちの元の世界の話など二の次だ。それが分かっているのだろう。クレア王女も、腑に落ちないと言わんばかりの顔をしてはいるが、「まあ、いいです」と言ってそれ以上天藤を追求するようなことはしなかった。


「では皆様。お手数ですかこの水晶の前に集合してください。そして先ほど天藤様が示されたように、ご自身の天職とスキルをご確認ください」


 クレア王女がそう言った瞬間、生徒たちも花藤先生も我先にと水晶の方へと殺到していく。その姿はさながら特売品に群がる主婦のよう。鬼気迫るモノがあった。

 殺到せずに残されたのは、最後方にいた俺と隣にいた三崎春香だけ。


「凄い状況ですね……」


 眼前の光景に頬を引きつらせる三崎に、俺も「全くだ」と同意してやる。


「俺はギリギリまであの中には飛び込みたくはないな。という訳で、お先にどうぞ」

「えっ、でも……」

「遠慮するなよ。それにほら、もたもたしていると順番来ちゃうぞ」

「えっ? ……って早っ!」


 俺が指差した方向に三崎が視線を向けると、飛び出しそうなくらい目を大きく開けて驚いている。まあ、あれだけの人だかりがもう殆ど消えているのだ。無理もない。

 代わりに天藤のように装備が変わった集団が出来上がっている。揃ってファンタジー調の衣装に身を包んでいるのだ。正直傍目にはハロウィンの仮想にしか見えない。

それでも皆クレア王女に言われたように「リリース」と口々に唱え、自身のリーンから転職とスキルを確認しては楽しそうにキャッキャッと騒いでいる。

そしてとうとう、水晶に触れていないのは俺と三崎だけになった。


「さて、いよいよ順番だ。レディファーストってやつだよ。どうぞ」

「あっ……じゃあ、お言葉に甘えます」


 そう言って、三崎はいそいそと水晶の方へと駆け出していく。その後ろを、俺はゆっくりと歩いて追うことにした。

 三崎は水晶の前に立つと、両目を瞑って大きく深呼吸をしてから、水晶に手を伸ばす。

 そして水晶に触れた途端、天藤たちと同じように眩い光に包まれ、そして漸くすると光のベールの中から装備に身を包んだ三崎の姿が現れる。

 頭には白地に赤い十字架がデザインされたナースキャップのようなものを被り、手には錫杖のようなものを携えている。服装は白いワンピースに白いロングブーツといったところで、ワンピースの方にも赤い十字架の装飾が幾つかあしらわれている。その姿はどこからどう見ても戦闘職ではなく、恐らくは回復が得意な後方支援系の天職であろう。


「ええっと……リリース!」


 三崎がそう唱えると、彼女の右肩辺りにリーンが表示される。

 そこには彼女の名前と『天職:治癒術師』に『スキル:神ノ慈愛』と書かれていた。


「三崎様ですか。おめでとうございます。貴女は回復系の天職を授かられたようですね。これでもし誰かが傷付いても、貴女の力で救うことが出来ます。素晴らしい天職です」


 クレア王女にそう持ち上げられて、三崎はどこか照れ臭そうに笑う。

そこまで深く彼女のことを知っている訳ではないが、三崎はどう見ても戦闘に向いた性格などしていない。心優しく、魔獣とはいえ命を奪うことに躊躇うタイプだろう。

それに比べて、天藤や須郷は明らかに前衛として力を発揮できそうな戦闘職。クレア王女が言う通り、どうやら本当に神様が俺たちの適正にあった天職を授けてくれているらしい。


「さて、それでは最後は貴方ですね。どうぞ、触れてください」


 クレア王女にそう言われて、天職を授かったクラスメイトの方に向かっていた意識を呼び戻された。そう、最後の一人はこの俺。事実皆が固唾を呑んで俺のことを見守っていた。

 希望としては、戦闘職がいい。いくら異世界に来ても、俺と他のクラスメイトや花藤先生との本質的な関係が変わる訳ではない。もしかすると俺は、彼らと衝突した挙句離反して、一人で戦うことを強いられる場面が出てくるかも知れない。寧ろその可能性は高いだろう。

無論、そうならないのがベストではあるが、こればかりは俺一人でどうにか出来ることではない。そして俺の悪い予感が的中してソロプレイを強いられた場合、三崎のような支援職では何かと不都合も多い。何としても個人でそれなりに戦える天職が必要なのだ。

どうか戦闘系の天職を貰えますように――文字通り神頼みをしながら、恐る恐る水晶へ手を伸ばす。そして遂に水晶に手が触れた瞬間、俺の体を包むように光が――


「……えっ? 何も起こらない?」


 思わす漏れた困惑の声が、広間中に木霊した。


如何でしたでしょうか?

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