覚醒
更新します。
よろしくお願いいたします。
「もし俺たちが仮にその勇者だとしても、戦うことを拒んだらどうするのですか?」
天藤のその問いに、クレア王女は今まで見せたことが無いほどの極寒の眼差しを見せる。
「神シュミルに選ばれた勇者様が、その意に反して戦うことを放棄するなどあり得ません。それに、残念ですが皆様には戦う以外に道は無いのです。何故なら元の世界に戻るためには、魔獣を討伐する以外に道は無いのですから」
「……それは、一体どういうことですか?」
天藤の顔が怪訝に歪む。天藤だけじゃない、俺を含め生徒全員の顔が歪んだ。
「皆様を元の世界に還すには、神シュミルの力が必要不可欠です。そして神シュミルは、皆様にこの世界を救うことを求めておられる。それが成されない限りは、神シュミルは皆様の帰還に力を貸すことは無いでしょう」
あまりにも身勝手で俺たちのことを考慮していないその言葉に、生徒たちはざわめく。
「どういうことですか! そんなの勝手すぎるでしょ! 勝手に呼び出しておいて『還して欲しければ言う事を聞け』だなんて……」
「申し訳ないとは、思っております。ですが神シュミルにも私にも、この国を――いいえ、世界を救う責務があるのです。そのためには、非道にもなりましょう。鬼畜と謗られても構いません。それでも私は、この世界を救うためには手段を選びません」
バンっと机を激しく叩いて立ち上がる花藤先生。しかし激情に駆られた花藤先生とは対照的に、クレア王女は努めて冷静に淡々と言葉を返す。
だが、クレア王女の小さな体は、怯える子犬のようにどこか震えて見えた。
「花藤先生、もういいでしょう? この人たちにもこの人たちなりの事情があるのです。それを咎めても仕方ありません。それに、今王女様に詰め寄っても、俺たちが元の世界に戻れないことに変わりはありません。もし俺たちがこのまま何もしないでこの世界が滅びでもしたら、それこそ俺たちが元の世界に帰れる可能性が無くなってしまいます。ここは彼らときちんと話し合いましょう。それが間違いなく最善の方法です」
天藤にまたしても宥められたことで、漸く花藤先生は落ち着きを取り戻したのか小さく頷く。そしてどよめいていたクラスメイトもまた、天藤の合理的な判断に静寂を取り戻した。
事態の一先ずの収拾を確認した天藤は、再びクレア王女に向き直る。
「……ですが、流石に俺も貴女や神シュミルの強引なやり方は、如何なものかとは思います。いくら世界を救うという大義のためとはいえ、俺たちにも俺たちの事情があるのです。それはご理解頂きたい。そうでなければ、仮に力があっても皆さんを救おうとは思えません。手を取り合おうとすら思えません。よろしいですね?」
「はい。本当に申し訳ありません。無論我々も、皆様を救うために全力を尽くす所存です。どうか皆様、私たちにお力をお貸しください。この世界を、お救いください」
深々と頭を下げるクレア王女に倣って、クロエさんやシュカさんを始めとした使用人の方たちも深く頭を下げる。その様を見た天藤は、一人納得したように頷いて見せる。
「それにしても、俺たちが元の世界に戻るために戦うといっても、俺たちは至って普通の人間です。世界を創られた偉大な神から力を授かったなどはとても思えないのですか……」
「いいえ。恐らく、皆様はこの世界に召喚された際に神シュミルから力を授かっている筈です。こちらに触れてみてください。その証明が出来る筈です」
天藤の前に、クレア王女はシュカさんに持ってこさせた掌大の水晶玉を差し出す。
見る人が見れば何か思うところがあるのかも知れないが、俺が見た感想としては正直ただの大きなガラス玉といったところ。駅の高架下とかに露店を出している怪しい占い師が使っていそうなソレと、殆ど遜色なく見える。しかし後生大事に取り扱っているところを見るに、さぞかしこの国では価値のある貴重な代物なのだろう。
「古来よりこの王国に伝わる、神シュミルより授かった神器です。これに触れた者は、神シュミルより授けられたスキルが発現しそのスキルを確認することができるようになります。いいえ、スキルだけではありません。神シュミルが導かれた勇者様には、我々には無い『天職』という力も付与されている筈です。そちらも確認可能になります」
「て、天職? 何ですか、それは?」
「先ほども申し上げましたが、我々は神シュミルより戦うための力を授かりませんでした。しかし、神シュミルより勇者として認められた者は、その資質に応じた戦闘の称号を授かれるのです。そしてその称号に応じて、スキルもまた戦闘に特化したモノが与えられるそうです」
要するにRPGとかでよくある勇者とか剣士とかパラディンとか、そういう類のモノだろうか。何というか、ここまでくると本当にゲームか小説の世界のようではないか。
「いや、でも……」
「遠慮なさらずに、さあ、どうぞ!」
尻込みする天藤に、鼻息荒く凄まじい圧で水晶への接触を要求するクレア王女。
その圧に流石の天藤も気圧されたのか、思わず一歩後退していた。
しかし、この状況で「嫌です」とは中々言い辛いものがある。退路を塞がれた天藤は覚悟を決めたのか、ごくりと生唾を飲み込んでから怪しさ満載のそれに恐る恐ると手を伸ばす。
そして才人の手が水晶にピタリと触れた瞬間――驚くべきことが起こる。なんとその水晶は突然眩い光を放ち、その光はみるみる才人を包み込んでいったのだ。
そして光が治まった時には、天藤はそれまでの学生服姿から一転。赤いマントが付いた白銀の鎧を身に纏い、腰には鞘や柄の装飾からして一級品と分かる剣を佩いている。
それはまるで、RPGの主人公たる勇者然とした姿。思わずその場にいる誰もが言葉を失っていた。ただ一人、潤んだ瞳で感嘆の声を漏らすクレア王女を除いて。
「嗚呼……やはり聡明で麗しい貴方様に、そのお姿は良く似合います。まさに勇者の御姿です」
「力が漲る……俺、本当に勇者になったのか?」
ここまで冷静に話を進めてきた才人だったが、この状況には流石に困惑の色を隠せないといったところ。
しかし同時に口角が少し緩んでいるところを見るに、この状況に高揚感も感じているのだろうか。
そして天藤は腰に佩いた剣を勢いよく引き抜くと、その剣を天高く掲げた。
「この力、この充足感、間違いなく俺は神の力を授かった! この力は、悪辣非道な魔獣に苦しむ者を救うためにあるという。ならば俺は、この力を授かった責務を果たすべく魔獣を討伐しよう。全てはこの世界の平穏のために! そして偉大なる神シュミルのために!」
すっかりその気になった天藤の演説に、王女や使用人たちは黄色い歓声を上げる。
しかし、一方で俺たちクラスメイトはその変貌ぶりを呆然と見つめるしか出来なかった。
どうやらこの男、力を授かってすっかりその気になってしまったらしい。そしてこういう場合、次に続くセリフのパターンも自ずと限られてくる。
まず一つ目は、勇者としての責務は俺一人で果たすと言って、誰も巻き込まずに一人で戦う道を選ぶパターン。これなら別に構いはしない。天藤一人どうなろうが、俺には関係ないのだから。あとは好きにすればいいだけの話だ。
だが、もう一つの場合はかなり厄介だ。それは――
「そしてそのためには、俺と同じく神シュミルの力を授かった君たちにも力を尽くすべきだ! これは、力ある者の責務――ノブレスオブリージュだ! 皆も俺と協力して、高貴なる責務を果たそうではないか!」
責任を果たせなどと言って他人を煽り、巻き込んでいくパターン。まさに今回のこれだ。
天藤のヤツ……よりにもよって性質の悪い方を選びやがった。本当に面倒な……
俺は余計に悪化した頭痛に顔を顰めて、ため息を漏らすしかなかった。
如何でしたでしょうか?