必死
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「桜ぁっ! 高階ぁ! アンタ桜に一体何をしたの!?」
「井上のことがそんなに心配か、土田? まあ、安心しろよ。死にはしないから。ただ少しだけ恐怖を増幅させただけだ」
「恐怖を……増幅……?」
「ああ、そうだ。俺のスキルは【負の強化】。恐怖や怒り、憎悪や疑惑――そういう負の感情を増幅させることが出来る。その力を使って、井上の中に巣食っている死への恐怖を少しだけ増幅させたんだよ。それにしても……お試し程度にほんの少し恐怖を増幅させただけでこの体たらくとは。勇者の名が聞いて呆れるくらいの貧弱ぶりだな。この集落の住民たちは今のお前の数倍、そして三崎に至ってはお前の数千倍規模の恐怖を味わっても嘔吐などしなかったぞ。まあ、三崎の方は流石に耐えきれず死んでしまったけどな」
そう言うと、土田はハッとしたような表情を浮かべる。
「そんな……春香もこうやって殺したの?」
信じられないといった具合にワナワナと震える土田。しかし、そのまま恐怖で黙り込んでしまうと思っていた俺の予想を裏切り、土田は怒りに燃える瞳で俺を睨みつけてきた。
「春香は……アンタのことを思っていた。最後までアンタの処刑に反対して、アンタに無理して面会して謹慎処分食らって、処刑されたって知って何日も泣いていた。損傷が激しかったアンタの遺体を何日も掛けて丁寧に修復して、必死に王女へ掛け合って埋葬場所を確保して、そして一人で埋葬までしてくれたのよ! そんな恩があるのにアンタは――」
「知っているさ」
「――えっ?」
冷や水を浴びせられたかのような顔をする土田に、冷めた口調で話しかける。
「恩があるかは別にして、それくらい知っているよ。知ったうえで、俺は三崎を殺した」
「何で……何でそんな酷いことが……」
「酷い? 俺からすれば、お前たち方が遥かに酷い。三崎だってそうだ。結局、あいつは俺を助けることが出来なかった。アイツが何をしていようが、どう努力してようが関係ない。俺は罪人として無残に処刑されて死んだ――それが全てだ。そして結果に結びつかない努力など、何も行動していないのと変わりない。要するに、俺が処刑される様を高みの見物決め込んでいた最低なお前たちと三崎は、俺からすれば大差無いってことだ。だから殺した」
「……アンタ、最低よ」
土田は、絞り出すような声でそう吐き捨てると押し黙ってしまった。しかし、彼女は物理的に口が利けない黒木や恐怖や絶望で言葉も無い井上や佐倉井とは違う。もう何を言っても無駄だと悟ったと言わんばかりの実に気に食わない眼で、俺をじっと睨みつけている。
そんな痛くも痒くもない細やかな抵抗を見せる土田を、俺は鼻で笑ってやった。
「というか、お前たち他人の心配している場合じゃないだろ。お前たちの言うところの『恩人』である三崎すら悲惨な末路を辿った。お前たち、楽に死ねるなんて夢にも思うなよ」
「ま、待て! いや、待ってください!」
ドスの利いた声で脅してやると、今度は小野寺が震える声を必死に張り上げてきた。
「何だ? 何か言いたいことでも?」
「お前の――いいえ、貴方の怒りは尤もです。なので、謝ります。ごめんなさい、反省しております! 俺たち、天藤に脅されて仕方なく貴方の処刑に賛同したんです。だから、全部悪いのは天藤なんですよ! そこで、俺たちも協力するので天藤を始末しましょう! そうだ、それが良い! 天藤を殺して、そうすれば全部解決だ! だから諸悪の根源たる天藤を討って手打ちにしましょう? 俺たちも、今回の件は三崎の死を含めて全て水に流します。だから、貴方も痛み分けってことで全部水にしましょうよ! そうすれば俺たち、仲間としてもう一度やり直せる筈です。だから、ねっ? そうしましょう?」
絵にかいたような作り笑いを浮かべながら、小野寺は必死に命乞いの言葉を紡ぎ出す。あまりに必死なその様は、思わず笑みが零れてしまうほどに見ていて滑稽だった。
しかし必死な小野寺は、それを『提案を好意的に受け取ってくれた』とでも思ったのだろう。顔をより綻ばせて、どこか安堵したようにすら見える表情を浮かべた。
「分かってくれました? ならば、これを解いてください。そしてまた、旧交を温め――」
「馬鹿か、お前は? そんな一方的な命乞い、交渉にすらなっていない。お前如きに言われずとも、天藤は勿論始末するさ。だが、天藤すら使えないと見捨てたカスみたいな天職とスキルしか持っていないお前たちが、天藤との戦いで一体何の役に立つって言うんだ? そもそも、あの時は天藤が怖くて俺を見捨て、そして今は俺が怖くて天藤を裏切ろうとしている――そんな日和見の蝙蝠みたいなヤツを、一体誰が信用すると思うんだ?」
「そんな……」
悲嘆にくれる小野寺は、情けない声を涙と共に絞り出した。その姿は、とても勇者という言葉とは釣り合いが取れない無様さ。見ているだけで目が腐りそうなほど汚い光景だった。
「もういい。お前たちの言葉は聞くに堪えん。勇者としてどんな抵抗を見せるのか、少しは期待していたが……命乞いをするようじゃな。お前たちはもう終わりだ。ここで死ね!」
「どうかな? まだ終わりじゃない! 切り札が残っているさ! お前とその女とこの集落の住民が俺たちに頭を垂れて、そして俺たちが助かるっていうハッピーエンドに繋がる切り札がな!」
ため息交じりに告げた俺の言葉を遮って、佐藤が意気揚々と言い放つ。いつの間にか右腕だけ拘束から逃れていたこの男の手にはアンテナとボタンの付いた小さな装置が握られており、すぐにでも押せるように中央のボタンに親指を掛けていた。
「それは……」
「動くな! 俺たちは昨夜の内に、この集落の周辺に爆弾を仕掛けておいた! そしてこいつはその起爆スイッチだ! 俺がスイッチを一押しするだけで、この集落は木っ端微塵となる! どうだ、参ったか? 分かったら、さっさと俺たちを解放――」
興奮しているのか、捲し立てるように脅迫の言葉を息巻く佐藤。そんな彼には、哀れな子供でも見るかのような眼差しと深いため息を返してやった。
「何だ、その反応は! 俺は本気だぞ! 本気でこのスイッチを押す――」
「押したければ押せ」
「……何だと?」
相当予想外の返答が帰ってきたのか、佐藤は目と口をポカンと大きく開けた間抜け面を晒して狼狽している。馬鹿な男だ。爆弾で脅せば、俺たちが土下座するとでも本気で思っていたのか? だとしたら、見縊られたものだ。
「だから、押したきゃ押せよ。どうせ何も起こりはしないから。何が『俺たちが詫びを入れて、お前たちが生き残る』だよ、下らない。切り札と聞いて、少しは期待した俺が馬鹿だった。さあ、さっさと押せよ、押してみろ。まあ、もし罷り間違って起爆したら、俺たちも死ぬがお前たちも死ぬ。仲間全員道連れにする覚悟がお前にあるのなら、やってみな? まあ、冷静ぶってるだけの口だけな臆病者には、無理な話だろうけどな」
「――っ!」
会議の時もそうだったが、佐藤は基本的に冷静で合理的な物の考え方が出来る男。だから楽観的な黒木や血気盛んな佐倉井やそれに同調する小野寺のストッパー役になっていた。
そんな冷静な男だからこそ、仲間たちも爆弾の起爆スイッチなどという物騒な危険物を彼の手に委ねていたのだろう。しかし、今の佐藤には冷静さなど見る影もない。ただ俺の挑発に乗って逆上し、呼吸を荒げて憤怒に顔を真っ赤に染めているだけ。
冷静な敵は厄介だが、熱くなって自分を見失った敵など、扱いやすいだけだ。
「どうした? 押さないのか? それともやはり押す勇気の無い口だけの臆病者なのか?」
「ふっざけやがって! 上等だ、押してやるよ! あの世で後悔しやがれ!」
激情に支配され、遂には仲間たちの制止する声すらも聞こえなくなるほど熱くなった佐藤は、一思いにボタンを押し込む。カチッという音が、大きく響き渡る。
如何でしたでしょうか?
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