世界
投稿致します。
是非ご覧あれ!
「お、おい! 大丈夫か?」
「え? ええ、何とか大丈夫です。……ちょっとグロテスクで気分が悪くなりましたけど」
口ではそう言っているが、どう見ても大丈夫そうではない。今にも吐きそうなほど顔色が悪い。何かないかとポケットを探ってみると、水無しで飲める胃腸薬が出てきた。
「とりあえず、これでも噛んでおけ。嘔吐されたら困る」
「あ、ありがとうございます」
差し出した錠剤タイプの薬を、三崎は恐る恐る受け取るとそのまま服用した。
まさか、日々のストレスで胃腸環境が悪化したので常備しているコイツを他人に譲る日が来るとは思わなかった。しかしまあ、緊急事態なので仕方が無い。眼前で粗相をやらかされたら本当に堪ったものではないのだから、それよりは数千倍マシだ。
薬の効果で落ち着いたのか、三崎の顔色は心なしかよくなったように見える。
一先ず目下の心配事は無くなった。胸を撫で下ろした俺は、この摩訶不思議な状況の冷静な分析のために、クレア王女と花藤先生やクラスメイトの対話に耳を傾けることにした。
「い、一体どういうつもりですか!? 生徒にいきなり、こんなモノ見せるなんて!」
生徒たちの様子に我慢できなくなったのか、花藤先生は強く机を叩きながら立ち上がるとクレア王女に掴みかかった。すると当然のように、クレア王女の使用人たちが花藤先生の暴挙を止めに入るのだが、王女は使用人たちを手で制すると花藤先生をまっすぐ見据える。
「どうやら気分を害された方もいらっしゃるご様子……何の断りもなくこの映像をお見せしたことは、お詫び申し上げます。ですが、皆様にこの国の現状を理解して頂くのに、これ以上説得力のある物は無いかと存じます。どうか、ご理解を?」
「あんな映像が何だっていうんですか! どうせただの作り物でしょ? そんな物で――」
「少し落ち着きましょう、花藤先生。こんな時こそ、冷静でいなければ」
ヒートアップする花藤先生の言葉を遮って止めたのは、またしても天藤だった。
「で、でも……こんな質の悪い作り話に付き合わせるなんて、非常識じゃないですか!」
「作り話ですか? 俺は、彼らの話はあながち嘘でもないかと考えています」
天藤の言葉に、花藤先生だけでなくクラスの全員が驚きどよめく。
「あ、あれが現実に起こった出来事だとでも? 普通に考えて、そんなのあり得ません!」
「でも、先ほど僕らは皆揃ってその『普通に考えてあり得ない出来事』を体験したばかりではないですか。それに気になっていたのですが、この部屋のどこにもプロジェクターなどの投影機器が設置されていないのに、先ほどの映像はどうやって再生したというのですか?」
「そ、それは……」
「それは、我々が『スキル』と呼ぶ力によるものです」
天藤の指摘に花藤先生が口籠っている間に、クレア王女が口を挟む。
「スキル? それは何ですか?」
「それを説明する前に、まずこの世界の成り立ちに関して軽くお話させて頂きましょう」
クレア王女のその言葉と共に再び部屋の明かりが暗くなり、同時に先ほど映像を映した壁に一枚の絵が表示された。
それは、天から舞い降りた男が携えた黄金の果実を地上の人間に向かって差し出しており、地上の人間はその男と果実に向かって膝を折っては祈りを捧げているという構図の絵。先ほどの『この世界の成り立ち』という言葉も踏まえると、恐らくこれは宗教画の類だろう。
「この世界は遥か古、唯一絶対にして万能の神シュミルによって創造されました。しかし出来たばかりの世界には何もなく、次第にシュミルは退屈を感じるようになりました。そこでシュミルは、その退屈さを紛らわすために世界を命で満たすことに決めました。命を育むためには、箱庭が必要。シュミルは大地を創って風を吹かせ、火を起こして、水で満たして箱庭を創りました。箱庭の中で、多くの命が育まれていきました。我々人類も、その育まれた生命の一つです。神シュミルは誕生した生命全てを愛していました。でも、とりわけ自身と同じように知性を獲得した人類を愛してくださったのです。それこそ、まるで我が子のように。そして愛する人類幸せのために、そして人類の成長を促すべく、神シュミルは人類に神の力の一部を授けてくださったのです。その力こそ、我々が『スキル』と呼ぶ異能なのです」
話から察するに、あの宗教画はシュミルから人類が力を授けられた場面を描いたということなのだろう。そして神の力を、黄金に輝く果実として表現しているといったところか。
俺がそんなことを考えている間に、絵は壁から消えて室内の明かりも戻っていった。
「なるほど。こうして絵や映像を投影されているのも、私たちがここへ呼ばれたのも、もしかすると別の世界に住む我々がこうして意思疎通できるのも、誰かのスキルの影響ということなのでしょうか?」
「ええ、ご明察です。投影と意思疎通に関しては、この者たちのスキルによる影響です」
そう言ってクレア王女は、自身の傍らに控える二人の女性を紹介してくれた。
一人は短い紫色の髪が印象的な女性で、もう一人は背中まで伸びる赤毛が目を引く女性。二人とも貴人に仕える使用人らしく堂々とした佇まいで、共に飾り気のない黒いワンピースの上に純白のエプロンという質素なメイド服に身を包んでいる。
「この者がクロエ。『記憶再生』というスキルを授かっております。自分若しくは手で触れた相手の記憶を先ほどのように映像として再生することが出来るのです」
紫色の短髪の女性――クロエさんが優雅な所作でお辞儀をする。
つまり彼女のスキルは、自分か相手の記憶を読み取って映像として映し出すということ。記憶をディスクに見立てると、彼女は一人でディスクの読み取りから画面表示までできるレコーダー付きテレビといったところ。素晴らしく実用性の高い能力ではないか。
「そしてこちらがシュカ。『意志共有』というスキルを授かっております。彼女の能力の有効範囲内にいる者は、仮に言語が異なっても言葉を超越して意思の疎通を図ることが出来ます。そしてその有効範囲は、この国どころかこの大陸すらも包み込んでしまえるほどの広大なのです。ですから、彼女がいる限り皆様はこの大陸で問題なく生活できる筈です」
続いて赤い長髪の女性――シュカさんがクロエさん同様に頭を下げる。
自身の能力有効範囲にいる人間たちの会話を問答無用で成立させる能力ということ。外国大使との話合いなどで通訳なしに意思の疎通を図れると考えれば、きっと国家としては手元に置いておいて困らないスキルだろう。
「そして最後に、一番気になっておられるであろう『神の勇者の皆様をここへお呼びした力』に関してですが、残念ながらこれは我々のスキルによるものではありません。神シュミルが御自らの力で起こされた奇跡なのです」
「神様が起こした奇跡? 私はてっきり、召喚は王女様のスキルによる影響なのかと……」
天藤の推測に対して、クレア王女はハッキリと「いいえ」という否定の言葉を口にする。
「私が授かったのは、『神託受領』というスキル。人類に危機が迫った際に神シュミルの声を聞き、その神託を受け取るというスキルです。そして私が神シュミルから受け取った神託に従って皆で儀式を執り行い、その結果一時的にですが復活された神シュミルによって世界の壁を越えて皆様をお招きすることが出来たのです」
その話を聞いた瞬間、天藤の目が鋭く光る。
「一時的に復活した? 神シュミルは、眠りに就いているのですか?」
天藤の指摘に、クレア王女は一瞬目を見開くと暗い顔で静かに頷く。
「かつてこの世界には、神シュミルと相対する魔神と呼ばれる悪しき神がいたのです。魔神はこの箱庭を破壊して、人類を滅ぼそうと企みました。長き戦いの末、神シュミルは魔神との戦いに勝利して、魔神を封印することに成功しました。しかし、その戦いで負った傷はとても深く、神シュミルはその傷を癒すために長き眠りに入ってしまわれたのです。以来、神シュミルは人類が平和である限りは、ただひたすらにその行く末を見守ってくださっているのですが――」
「ここに来て、神シュミルは貴女に神託を授けた。その上、我々を召喚する儀式までも執り行わせた。これは紛れもなく人類の危機が迫っている証拠。そしてその危機とはもしかして、先ほど見せて頂いた映像の怪物や話に出てきた魔神とやらに何か関係があるのでは?」
クレア王女は一呼吸の間その碧眼を大きくすると、やおらに感心したと言わんばかりの微笑を零した。
「本当に、貴方様は聡明でいらっしゃるのですね。その通りです。あの怪物を、我々は『魔獣』と呼んでいます。魔神が創り出した所謂眷属と呼ぶべき存在です。そして眷属が姿を現したという事は、魔神の復活が差し迫っていることの証拠に他ならないのです。
そして伝承によれば、魔神が復活するためには我々人類の絶望や恐怖といった負の感情が膨大な量必要と言われています。魔獣たちは、魔神復活に必要な負の感情を集めるために人間を襲い、今なお被害を拡大させ続けているという事なのです」
苦々しげに語るクレア王女に引き摺られるように、部屋中が重苦しい雰囲気に包まれる。
だが一人、花藤先生だけは小首を傾げていた。
「でも、貴女たちにはスキルとかいう力があるのよね? きっと中には攻撃や戦闘に向いたスキルを持つ人もいるのではないかしら? 例えば、火を放つとか、ビームを撃つとか。そういったスキルを持つ人が戦えば、そんな怪物倒せるのではないかしら?」
その問いに、クレア王女は静かに首を横に振って答えた。
「スキルは元々、我々人類の進化を促すために授けられた力でした。特定の誰かに殺傷能力の高い力を授けることで争いの種となることを危惧した神シュミルは、決して直接的な力のあるスキルを授けはしなかったのです」
「なるほど。スキルという力は、あくまで平和と発展のため……という訳ね」
「はい、その通りです。故に我々は、兵士たちに武器で魔獣に対抗して貰う以外の対処法を持ち合わせていませんでした。それでも、小型の魔獣ばかりだった頃はまだよかったのです。武器を持った兵士で十分対応可能だったのですから。ですが、映像のような兵士では到底手に負えないような大型で獰猛な魔獣までもが出現してしまい……兵士でも対処し切れなくなったことで魔獣による被害は日を追うごとにどんどん激しくなっていきました。
そうして状況に心を痛めている中で、ある日私は突然神シュミルの神託を授かったのです。神シュミルはこう仰いました。『今の人間では、魔獣の脅威と迫る魔神の復活を止めることは出来ない。このままでは、魔神による滅亡の日が訪れるだろう。魔獣を、そして魔神を倒してこの世界に平和を取り戻すには、我が力の一端を与えし勇者たちが不可欠である。勇者たちは異界の客人故に、この世界に招くためには儀式が必要。時間がない。すぐ執り行え』と」
「そうですか。それで儀式を執り行った結果、俺たちが召喚されたということですね。この世界を救う力を持った勇者として……」
天藤がそう零すと、クレア王女は力強く頷く。
なるほど。ここまでの話を整理してみると、この世界には人類の敵である魔獣だの魔神だのという存在がいて、そしてそいつらを倒せるのが召喚された勇者である俺たちだけ。
何だか胸焼けするくらい見たことのあるテンプレ展開。だとすれば、王女が次に口にする言葉も自ずと分かってくるというもの。おい、王女様。次のアンタのセリフは――
「お願いです、勇者様。どうか魔神と魔獣を討伐し、この世界を救ってください!」
思った通りというか、案の定というか……まあここまでの情報からして、俺たちをわざわざ召喚してさせたいことなどそれしかあり得ない。実際この言葉に驚く者などいなかった。
やれやれ。この手の話は二次元という別次元の中だけの話にしておいて欲しかったのだが、俺たちはどうやら本当にとんでもない面倒事に巻き込まれたらしい。勘弁してくれ。
俺はただ、ちょっと痛んできた頭を抱えてこっそりため息を漏らした。
如何でしたでしょうか?
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