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サラスの説明では、ここは勇者たちの滞在施設だという。となれば、恐らく来訪者は要塞作成のためにここを訪れている七人の勇者の内の誰かである可能性が高い。
「不味いな……ここであいつ等との鉢合わせは避けたいぞ。やり過ごすか?」
「何を言っておる。ここを拠点にした以上、遅かれ早かれこうなることは分かり切っていたのではないか。それに、これは好都合でもあるのだぞ?」
「おい、それって一体どういう――」
「まあ、仔細は吾輩に任せておけ。今度こそ、名誉挽回と行こうではないか」
不敵な笑みでそう言い放ったサラスは、ドアまで歩み寄ると施錠を解いて開け放つ。
かくして、不安を抱える俺を他所に、遂に来訪者との対面を果たす羽目になってしまった。
癖のある黒髪ショートに小柄な体躯――そんな来訪者に、俺はやはり見覚えがあった。
「黒木さん、そんなに血相変えて一体どうしたの?」
サラスは小首を傾げながら、来訪者――黒木怜にそう問い掛ける。
驚くべきは、その声。姿形を自在に操れるところは、これまで何度も見てきた。だが、それだけでなく声帯の模写まで可能らしい。今の声は、紛れもなく三崎春香の声だった。
しかし、こうして仲間である三崎の姿を目の当たりにした上に三崎の声で問い掛けられたにもかかわらず、黒木は奇妙にも目を丸くしたまま押し黙ってしまった。
正直、俺の目からは今のサラスに不自然な個所など微塵も感じ取れない。だが、この一瞬で黒木は何かを違和感を感じ取ったのかも知れない。それどころか、もしかしたら眼前の三崎が偽物だと看破している可能性すら無くは無いだろう。相変わらず言葉を失ったまま押し黙る黒木を見て、俺の中にはそんな疑心が芽生え始めていた。
だが仮にそうだとしても、この状況で俺に出来ることなど何もない。寧ろ話がややこしくなる可能性の方が高いだろう。場を支配する重苦しい沈黙に内心冷や汗を搔きながらも、俺は冷静を装っては固唾を呑んで状況を見守った。
「朝早くに行先も何も言わずに出かけたまま、こんな時間まで何の音沙汰無しに……一体どこをほっつき歩いていたのよ!? 心配したじゃない、このバカぁ!」
突然目を潤ませた黒木は、叱りながらサラスを強く抱きしめる。
まるで迷子になった我が子を見つけた母親のようなその反応に、流石のサラスも背中から見て分かるほどに呆気に取られていた。
◇
泣きじゃくる黒木を家の中に招き入れた後、落ち着かせるために温かい紅茶を淹れて振舞ってやった。紅茶を一口啜った瞬間、黒木は目を大きく見開く。
そのまま一気に紅茶を飲み干すと、目の前に座るサラスをじっと見据えた。
「それで? 何で連絡くれなかった訳? 散々電話したじゃない」
そういえば思い返してみれば、確かに三崎のスマホには黒木からの不在着信が何件か入っていた。尤も俺が三崎を始末した頃にはすっかり大人しくなっていたので、特に気に留めることも無く放っておいたのだが……その結果黒木を酷くやきもきさせていたらしい。
「ご、ごめん。えーっと……充電が切れちゃって」
「はあぁ? 全く、そういうところ相変わらず抜けてるんだから、気を付けてよね。それで、一体何していた訳? ていうか、さりげなく給仕してくれたこの人は誰よ? 見たところ、あの集落の人間じゃあ、なさそうだけど?」
黒木は矢継ぎ早に質問を投げ付けながら俺を怪訝な眼で鋭く睨みつける。するとサラスは、ポリポリと頬を掻きながら困ったような笑みを浮かべた。
「実はね、またあの森に行ってきたの」
「あの森って……天藤たちが討伐した最初の魔獣がいたっていう、あの森のこと?」
サラスがこくりと頷くと、黒木は盛大にため息をついた。
「また魔獣が出現するかも知れないから、一人であそこに行ってはダメだって言ったでしょ? 全く……またお墓参りに行っていたってワケ?」
「うん、そう。ごめんね、心配かけて。それで森の中を歩いていたんだけど、そうしたらケガをして倒れていたこの人を見つけたの」
「なるほどね……それでお人好しのアンタは、その人を放っておけずにスキルで治療した。でも目を覚まさないから、とりあえずここに運んで介抱していたってとこかしら?」
黒木の言葉を、サラスは静かに首肯する。すると黒木は、品定めでもするかのように俺を睨め回し始める。そして唐突にニヤリと笑みを浮かべた。
「それにしても、自室に堂々と男を連れ込むとはねえ……春香ったら、大胆」
「ち、違うって! そんなんじゃないから!」
「はいはい、分かってますって。まあ、ここにいる勇者は春香を入れて八人。勝ち目なんて無いって冷静に考えれば分かると思うけど、一応言っておく。春香に酷いことしたら、アンタ絶対許さないんだからね!」
そう言って黒木は、キメ顔で俺の方をビシッと指差してくる。
俺のことはあんなにあっさりと見捨てた癖に、三崎のことはここまで庇ってくる。露骨な差別に内心苛立ちを覚えつつも、ここでそれを口にしてもどうしようもない。
そうとも。復讐とは、果たさなければ意味がないのだ。
復讐において怒りは、力をくれる原動力であり、同時に冷静さを奪う敵でもある。故にここから先、俺には怒りを自制して冷静さを保ち続けることが必須になってくる。
だからこそ俺は怒りをぐっと堪え、少しだっておくびにも出さないよう気を配りながら、精一杯の作り笑いを張り付けた。
「ええ、心得ております。勇者様――ましてや命の恩人であるこの方に、一体どうしてそんなことが出来ましょうか? 神シュミルに誓って、非道な行いは一切致しません」
膝を折り、頭を垂れる。昔読んだ執事漫画の主人公をイメージした振る舞いである。少々臭いかも知れないが、教養と知性があることを相手に示すには悪くないポーズだろう。
初対面の相手から信頼を勝ち取るのに、教養や知性があることを示すのは悪くない手段だ。学歴の高い人間や育ちのいい人間を、最初から悪人だと疑ってかかる人間はそうはいないだろう。尤も、そういったものに激しいコンプレックスを抱く場合は別だろうが……。
「ふーん。中々礼儀正しくて紳士的じゃない。それに紅茶も美味しかったし、この人なら大丈夫かもね。そうだ! ねえ、貴方。行く先無いなら暫くここで働いてみる気はない?」
「えっ?」
予想外の提案に、俺は思わず間抜けな声を出してしまう。
「ちょっ、黒木さん? どういうこと?」
慌てた口調のサラスが問うてみれば、黒木はにやりと笑みを零す。
「いや、昔から憧れていたのよね。使用人のいる生活ってヤツに。でも王都にはいられないし、王都からわざわざこんな辺境に赴任してくれる執事なんている訳ない。でも、この辺で誰か雇って教育するのも面倒だし、どうしたもんかな~って思っていたんだけど……現れたのよ、適任者が!」
目を輝かせながらマシンガンのように次々と言葉を紡ぐ黒木には、俺もサラスも流石に困惑してしまった。
しかし、よく考えれば好機である。確かに最初は勇者たちに接近するリスクを恐れていたが、今は見た目も違うし何より死んだことになっている。その上骸を埋葬されていたことも周知されている様子。これならば、俺が近くにいるなどとは露ほども思われないだろう。
その状況で接近できるのだ。付け入る隙を探す絶好の機会というべきものだろう。
「ありがとうございます。その話、謹んでお受け致します」
俺は思わず緩みそうな顔を引き締めつつ、努めてキリッとした表情で黒木を見据えた。
如何でしたでしょうか?
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