受肉
更新します。
流石に本日最後です。
どす黒いオーラとなって視認できる恐怖の奔流が、俺の体の中枢から腕を通って三崎の中へと流れ込んでいくのをハッキリと感じる。
先ほど瀕死の魔獣を介錯するために使った力とは、質も量も濃さも、何もかもがまさに桁違い。一切の手加減なしに、ただ三崎に苦痛と絶望を与えることだけに特化した力の行使なのだから、当然と言えば当然の結果である。
こうして俺から恐怖を流し込まれるにつれ、最初は大声で悲鳴を上げていた三崎もやがては体中を小刻みに痙攣させながら喉が潰れたかのような掠れ声を漏らすだけになる。
それでもなお最大限の恐怖に晒し続けていると、遂に三崎の四肢と首は力なくダラリとぶら下がり、無様にも涎を垂れ流して失禁までした挙句に気絶してしまった。
「三分間ってところか……まあ、殺される瞬間と同じくらいの恐怖に晒され続けたんだから、よく耐えた方か」
糸の切れた操り人形のようになった三崎の首を離すと、そのままドサッという音を立てて地面に倒れ込んだ。光を失ったその虚ろな瞳は、ガラス玉と見紛うばかりの無機質さ。一種不気味にも見えるその瞳を見て、俺は眼前にいる三崎がもうただの骸になり下がったのだと悟った。
「じゃあな、三崎。お前のことは、精々覚えておくよ。俺が最初に殺した人間としてな」
吐き捨てるように言い残して、その場を立ち去ろうとする。しかし、その時だった。
振り払おうと思えば容易に振り払えてしまえるほどに弱々しく服の裾を掴まれる感覚を覚えて、ふと足を止める。見てみれば、既にこと切れたと思っていた三崎の手が伸びていた。
「……んな……い……ごめ……さい……ごめん……い……」
ぼそぼそと小さな声で涙ながらに繰り返し呟かれているのが謝罪の言葉だと気が付くのに、そう時間は掛からなかった。これには流石に驚いて目を見開いてしまう。
三崎春香には、俺が死の瞬間に感じた恐怖と同程度の恐怖を数分間に亘って流し込んだ。良くて発狂して精神崩壊、最悪の場合そのままショックで死んでいてもおかしくは無い筈。それなのに――意識的なのか無意識的なのかは定かではないが――彼女は体を動かした上に明確に意味のある言葉を話している。信じられない光景だった。
「嘘だろ……こいつ、まだ生きて――」
『ほう……こいつは驚いたな』
止めを刺そうとする俺を制したのは、内から響くサラスの驚嘆の声だった。
『まさかあれほどの恐怖に晒されてもなお辛うじて自我を保つとは。それにこの女、こんな目に遭わされてなお、貴様に恨みごとの一つも言わずに寧ろ貴様に謝罪の言葉を……大した女だ。魔神たる吾輩ですら、賞賛を禁じ得ない。シュミルの手駒にも、一角の人物がいたのだな』
サラスの言葉を否定できず、かといって同意するのも癪だったので、俺は押し黙るしかなかった。するとサラスは、愉快そうに「ククク……」と笑みを零し始める。
『よい。実に気に入ったぞ。このまま死なせてしまうのは惜しい。しかしここまで精神が破壊されてしまっては、吾輩といえども修復は不可能だ。霊体での復活しか果たせていない上に、貴様を復活させたばかりで力もそこまで残ってはいない今の吾輩では猶更だ。……そこでだ。吾輩に一つ名案がある。全ての問題を一挙に解決できる最高最善の秘策がな』
「秘策……? なんだそれは?」
『簡単な話だ。こうすればよい』
サラスがそう言った瞬間――俺の意思とは関係なく、だが確実に俺の中から何かが外へ飛び出す。それが俺に憑依していたサラスの霊体だと気付くのに、一瞬も必要はなかった。
俺から飛び出したサラスの霊体がそのまま引き寄せられるように三崎の体の中へと入り込んでいくと、三崎の体は一度大きくビクンと震え、そしてまるでゾンビのように不気味にゆらりと起き上がる。
「……これは一体?」
「ふむ。やはり肉体があるというのは良いものだな。霊体のままでいるより実に心地よい」
眼前にいるのは三崎春香で間違いはない。しかし声は先ほどまでの三崎声とは全く違う。信じがたいのだが、間違いなくサラスの声に置き換わっていた。
「三崎の体を乗っ取ったのか?」
「乗っ取ったとは、人聞きの悪い。精神的に復活できないのなら、せめて肉体だけでも有効活用してやろうという吾輩の優しさだ。丁度吾輩も器が欲しいと思っていたところだしな、丁度良いではないか。それに中々どうして、この体具合が良いぞ?」
そう言って自身の胸元辺りを揉みしだくサラス。まるで新しい玩具を買って貰った子供のように目を輝かせて三崎の体を堪能し切っていた。
「しかし、少し見た目が地味なのが欠点だな。服のセンスも吾輩好みではないし、何より股間の辺りが濡れていて気持ちが悪い。多少力の無駄遣いだが、まあ仕方あるまいな」
そう言ってサラスが指をパチンと鳴らすと、艶のある黒だった三崎の髪からみるみる色が抜け落ちて銀髪に似た白髪に変化する。そして回復職らしい白を基調とした装備は逆に豪奢な装飾とフリルが付いた漆黒の帳の如きドレスへと変わり、髪と同じく黒々としていた瞳も血を彷彿とさせる神秘的な赤色へと変わっていく。顔立ちも三崎とは似ても似つかぬ風貌に変化する。三崎は見た目の派手さこそないが、顔立ちは整っている方だった。そんな彼女と比較しても目を惹いてしまう圧倒的な美貌――まさに神掛かった美しさであった。
「ふむ……まあ、こんなところか? 在りし日の吾輩と瓜二つに出来たのではないか?」
どこからともなく手鏡を取り出して、自身の姿をまじまじと確認するサラス。
しかし不満げな顔で眼鏡をいじると、最後には諦めたような顔で外してしまう。
「うーむ……女の顔で一番目立つ装飾だから残しておこうとも思ったのだが、流石に邪魔だな。やむを得ない。必要になれば、また作ってやるとしよう」
そう言ってサラスは眼鏡を外すと、強引に握力で握りつぶして粉々にしてしまった。
「よし! これで完璧だろう。どうだ? 何か感想は?」
「流石は神様。この世の者とは思えない、素晴らしい美貌なんじゃないか?」
胸を張って質問してくる魔神様におべっか無しの本心を告げたつもりだったが、どうやら期待していた回答ではなかったらしく、サラスはむすっとした表情を浮かべる。
「どうした? この程度の賞賛では不満か?」
「そうではない。というか、そもそも吾輩の美醜に関する感想など求めていない。何せ吾輩が美しいのは分かり切っているからな。今更貴様の賞賛を受けても、どうとも思わんさ」
「……? じゃあ、一体何の感想が欲しかったんだ?」
「決まっている。人を――しかも貴様をあそこまで想っていた相手を殺した感想だよ。流石の貴様でも、心が痛むか?」
嫌らしくニヤリと嗤うサラスの問いかけを、俺は鼻で笑って答える。
「バカバカしい……そんな訳がないだろう。大体、三崎が俺をどう思っていようが関係ない。俺にとってアイツは敵だった、ただそれだけの話だ。そして三崎は回復職だった。ヒーラーを最初に潰せたのは幸先が良い。これで奴らは、傷を負っても回復できない。始末しやすくなったんだ……喜ぶ要素はあっても、心を痛める要素など無いな」
ハッキリとそう言い切ってやると、サラスは堰を切ったように噴き出す。
「そうかそうか……流石は我が勇者だ。初めての殺しで怖気づかれたらどうしようと不安だったが、頼もしい限りではないか。では行こう。この調子でシュミルの勇者を、そしてこの国の人間を血祭りに上げていこうではないか! そして共に作ろう、破壊の神話を!」
「ああ、勿論。念を押されるまでも無く、そのつもりだ。では行こうか、魔神様」
そうとも。俺とサラスの復讐は始まったばかりなのだ。きっと俺たちの行く先には、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がることだろう。でも躊躇ったりはしない。
寧ろこの世界の全てを、最凶最悪の地獄に変えてやろうではないか……俺の心は、何時になく昂りを見せていた。
如何でしたでしょうか?
よろしければコメントや評価等頂けると幸いです。




