挟撃
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「シュミル……貴様っ!」
「そんなに怖い顔しないでくれ。折角の美貌が台無しだぞ?」
「――なっ! ふざけるなっ!」
「ふざけてないさ。生憎、私はいつだって大真面目だよっ!」
剣を握る手に力を込めて、シュミルはサラスヴァティを弾き飛ばす。
そうして十分に間合いを取った所で、「ふい~」と気の抜けた声を漏らした。
「シュミル……」
「熱くなり過ぎだ。少し頭を冷やしたまえ! 君は、一体どうしてここへ来たんだい?」
「えっ?」
「サラスへの復讐? まあ、当然それもあるだろう。けれど、それだけでは無いだろう?今の君は、君の怒りや憎しみといった感情以外の多くの尊いモノを背負っているのだから。だからこそ、それを決して忘れてはいけないよ」
……俺が、この肩に背負うモノ。
そう言われて脳裏に浮かんだのは、セバスとフラン、そしてチェシャというこの世界で出来た仲間たちの顔。そして、こんな俺に前へ進むための希望をくれた二人の恩人の顔。
俺は、彼らに何としても死んで欲しくない。生きて欲しい……そう願った。
そのためには、世界を滅ぼす災厄となり果ててしまったサラスヴァティを斃さなければならない。そしてそのためには、力がいるのだ。復讐のためでは無く、守るための力が。
心の底から沸き起こる思いを、俺は受け止める。すると、想いと同時に力が沸き起こって来て、再び握り締めた銃の引き金に重みが戻って来た。
「その顔、もう大丈夫そうだね」
「ああ、お陰様でな。シュミル……」
「何だい?」
「……色々ありがとう」
俺がそう零すと、シュミルはニヤリと笑みを浮かべる。
「どういたしまして……と言いたいところだけど、それはお互い様だ」
「そうだったな……精々きちんと働いて、借りを返すとするさ」
「頼もしいね……じゃあ、行こうか!」
「おう! 任せろ!」
そうして俺とシュミルは、サラスヴァティ目掛けて駆け出した。
◇
「「はぁあああああああああああああああっ!」」
気合の籠った叫び声と共に、サラスヴァティ目掛けて一直線に駆ける。
「用済みのガラクタとシュミルの偽物風情が……調子に乗るな!」
するとサラスヴァティは激情を宿した絶叫と共に全身からどす黒いオーラを放出し始め、更に
はそのオーラを掌に集約して禍々しい光を放つ球状へと変化させていく。そしてその光球から、幾筋もの光線を射出して来た。光球から上空へ射出され、弧を描いて俺たちへ雨霰と降り注いでくる幾筋もの光線――それはまるで、地上を焼き払うために天から降り注ぐ漆黒の流星群のよう。
空を覆い尽くす漆黒の流星に、俺もシュミルも思わず苦笑いを浮かべる。
「これはまた……大層なことを」
「大方、【破滅の光球】の応用ってところかな? けど、この程度どうってことない。俺に任せろ!」
二丁の銃の銃口を、揃って天に向ける。
そして躊躇なく引き金を引くと、空を覆う流星群に負けず劣らない数の光線を撃ち出した。降り注ぐ漆黒の流星を迎え撃つのは、俺が放った幾筋もの清廉なる光の流星。やがて両者は中空で激突すると、爆発音を響かせ爆炎を生じさせながら対消滅していった。
「やるぅ~! 大したモノだね!」
「軽口を叩いている場合か! すぐに次が来るぞ!」
俺がそう言い放ったのも束の間、爆炎から生じていた煙を突き破ってサラスヴァティの追撃が迫る。
「なら、今度は私がカッコいい所を見せないとね! はぁあああああああああっ!」
迫りくる第二の流星群に向けて、シュミルは握り締めた剣を一振り。するとその斬撃は光の奇跡となって流星群へと向かっていき、今度は両者が中空で激突。空を覆い尽くさんばかりの流星群は、シュミルが放ったたった一発の斬撃によって悉く消し飛んだ。
「すげえ……流石神様!」
「感心している場合かい?」
「分かっているって! 今度はこっちの番だ!」
サラスヴァティの二撃を防ぎ切ったタイミングで、今度はこちらの番とばかりに俺はサラスヴァティ目掛けて二丁の銃から光線を放つ。
しかし、うち一撃はサラスヴァティが創り出した防壁に弾かれ、うち一発はサラスヴァティに当たることすらなく逸れて行ってしまった。
「バカめ! 何処を狙っている? それとも、ただの練習不足か? 全く、慣れぬ力で吾輩に挑むから、そんな醜態を――」
「いえ、これで完璧です!」
サラスヴァティの声を遮って、彼女の背後から三崎の声が響く。
「――なっ、何っ!?」
背後から響く声に反応したサラスヴァティが振り返ってみれば、その視線の先には三崎が陣取っていた。彼女は丁度逸れた俺の光線の射線上に立っており、そして自身の眼前に防壁を発生させると、そのまま俺の光線を弾いてその軌道を逆方向――つまりサラスヴァティの方向へと反転させる。反転した光線は今度こそ直撃コースを通り、サラスヴァティ目掛けて一直線に飛翔していく。
「ぐぁっ! ちっ! 小癪な真似を!」
自身へ直撃する寸前、サラスヴァティは三崎が弾き飛ばした俺の光線を右腕で払い除けるようにして掻き消す。しかし、完全にダメージを殺しきることは出来なかったらしく、俺の射撃をまともに受け止めた右腕の被弾部からは煙が立ち上っていた。
被弾の衝撃でその皮膚は赤く染まり、病的に白い彼女の肌ではそれが余計に強調されて見える。そんな自身の傷を目の当たりにしたサラスヴァティは、忌々しげにその傷を、そして三崎を睨みつける。
「忌々しい小娘が……仮初の肉体の分際でよくもこの吾輩に傷を付けたな!」
「私は、貴女の肉体ではありません。私は、私です!」
「ほざけ! 消えろ、小娘!」
憤怒の表情と共に、三崎に向かってその掌を向ける。そして再び禍々しい光を放つ球体を生成すると、それを先ほどのように幾筋にも分割させることなくそのまま放つ。
放たれた光球は、圧倒的速力にて暴風を撒き散らかしながら進む三崎目掛けて一直線に進んでいく。俺やシュミルを相殺するほどの威力を誇るあの流星群を圧縮したその光球の威力は、どう考えても桁外れ。まともに食らえば、きっと肉の一辺すら残りはしないだろう。普通ならば避けるべきだろう。しかし、三崎はその場に踏ん張ったまま一歩も動こうとはしなかった。
「――っ!?」
遂にやって来たその光球を、三崎は歯を喰いしばった苦悶の表情のまま、自身のスキルで発生させた防壁で完全に受け止める。
三崎の防壁とサラスヴァティの光球が正面からぶつかり合い、せめぎ合う。
「ふんっ! 逃げずに受け止めるとは、バカめ! さあ、肉片一つ残さずに消えるがいい、人間風情が!」
「じ、冗談じゃない! 私は……私は貴女だけは絶対に許さない! 貴女みたいに人を踏みつけて嘲り笑うような最低な人なんかに……私は負けないっ! 人間舐めんな、この化け物!」
絞り出すような声で決死の言葉を口にしながら、なおも踏ん張り続ける三崎。
そして遂には――
「貴女の邪心に塗れた一撃を……倍にして返す! はぁああああああああああっ!」
「なっ、何ぃっ!」
身を削る様な絶叫を上げつつも、三崎はサラスヴァティの攻撃を辛うじて弾き飛ばして見せた。跳ね返された光球はそのままサラスヴァティ目掛けて飛翔してくる。しかも、三崎が受け止め返したことで、宣言通りその威力は大きく上乗せされているよう。迫りくる光球を前に、さしものサラスヴァティも目を大きくひん剥いて仰天していた。
「ぐっ! くそっ……こんなことが!」
「凄い光景だね。これは脱帽モノだ。けどお陰で……」
「そうだな。後ろがガラ空きだ。今なら、思う存分叩き込んでやれそうだ」
「――っ!?」
三崎に跳ね返された光球への対応で手一杯のサラスヴァティは、その背後に大きく隙を作っていた。
そしてそんな隙を見逃すほど、俺たちに余裕などない。そして正々堂々という甘いことを言って勝てる程、この魔神は優しい相手ではない。
「「喰らえ!」」
ガラ空きの背後に、俺とシュミルが同時に渾身の一撃を叩き込む。
前方は三崎の跳ね返した一撃、そして背後からは俺とシュミルの攻撃――その両方に挟み撃ちされる格好となったサラスヴァティは、苦悶の表情を浮かべながらも必死に前後からの攻撃に耐えていた。
「まだ耐えるか……なら、更なる力を込めるだけだね!」
「シュミル……貴様ぁ! どこまでも吾輩の邪魔を……そんなに吾輩の邪魔をして楽しいか? そんなにも吾輩が憎いのか? そこまで……吾輩を嫌うのか?」
絶好の好機とばかりに、サラスヴァティへの攻め手を強めるシュミル。その様子に絶望したのか、サラスヴァティは血涙を流さんばかりの形相でシュミルを睨みながらそう吐き捨てる。
しかし、そんなサラスヴァティに対してシュミルは小さく頭を振って応えた。
「それは違う。私は、君を嫌ってなどいない。ましてや、君を憎んでなどいない」
「なら、何故だ? 何故そこまで吾輩を――」
「私はただ、君の過ちを正したいだけだ。愚かで悲しい、こんな間違いをね」
「何だと? 吾輩が愚かだと? 吾輩が間違っているだと? ……ふざけるな! 吾輩は、何も間違ってなどいない! 吾輩は、愚かなどではない!」
「いいや、間違っているよ。……何もかもね。そして君の行いは、酷く愚かだ。だからこそ、私が正す……正さなくてはいけないんだ。けれど、君は悪くない。だって君がそんな愚かな過ちを重ねてしまったのは、全て私の責任だから!」
「――っ!? 何を……何を言っている!? ふざけるな! 吾輩は……吾輩は!」
「ごめんよ、サラス。だからこそ、終わらせる! 私の……いいや、私たちの手で! 高階琉人、頼む! 最後の力を!」
「ああ、任せろ!」
「「はぁあああああああああああああああっ!」」
「ぐっ! こ、こんな……こんなことで吾輩が……くっ、クソがぁあああああああっ!」
更なる力を込めて、俺たちはサラスヴァティを責め立てる。なおも攻撃の中心で必死に堪えるサラスヴァティだが、これだけの攻撃を何時までも防ぎ切るなど不可能。
そして、とうとう――
「――くっ、クソがっ! クソがぁあああああああああああああああああっ!」
この挟撃を防ぎきることが出来ずに、サラスヴァティは限界を迎えた。
それと同時に、サラスヴァティを中心として大爆発が発生。爆炎と黒煙、そして暴風と爆音の中に、サラスヴァティの姿は消えていった。
◇
爆発の余波による黒煙が徐々に晴れていく。
そして視界が完全に明瞭となった瞬間に、先ほどまでサラスヴァティがいた場所を警戒と共に確認する。しかしそこには彼女の遺体どころか肉片一つ残されておらず、どうやら完全に消滅して失せたようだった。
実際、先ほどまでひしひしと感じていたサラスヴァティの気配を微塵も感じられない。アレだけ禍々しくで強大な気配だ。完全に隠匿するなど、不可能と言っていいだろう。
そして気配を掴めていないのは俺だけではないようで、シュミルもまた心なしか安堵したような表情を浮かべていた。その表情が、何よりも如実に事が終わったことを示していた。尤も、思いの他簡単に決着がついて拍子抜けした気もするが。そうしてしみじみと全て終わった安堵感に浸っていると、俺の横に三崎が歩み寄ってきた。
「これで終わったんですね、全部」
「ああ。そうみたいだな」
「よかったです、本当に。これでもう……アレ?」
緊張が解けた安堵からか、将又サラスヴァティの一撃を真正面から受け止めるどころか弾き飛ばしたことで精も根も尽き果てたのだろうか。原因こそ定かではないが、三崎は言葉を紡ぎ終える前に崩れるようにしてその場に倒れ込んだ。
「三崎? 三崎っ! おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
しかし、そんな三崎の異常を感じ取った俺は、辛うじて地面へ激突する寸前にその身体を抱きとめることに成功する。
しかし、俺の腕の中に納まったまま、脱力してぐったりとしている今の三崎はまるで眠ってというよりも死んでいるかのよう。
これだけの戦闘を終えた後だ。万が一の事があるかも知れないと気が気でなくなった俺は、三崎の身体を力任せに激しく揺さぶる。
すると三崎は、「うーん」と唸りながらも漸くぼんやりと薄眼を開いた。
「高階君……痛いよ」
「ご、ごめん……」
オロオロとしながらそんなことを口走ると、三崎がクスっと笑みを零す。
「ふふふ……冗談だよ」
「冗談って……お前なぁ!」
「ごめんごめん。けど、ありがとう。そこまで心配してくれるなんて……」
「そんなの、当たり前だろ。だって、お前は俺の……その……」
その先を口に出そうとした刹那、急激な羞恥心が沸き起こって来たせいで思わず言い淀んでしまう。すると、そんな俺の態度に違和感を覚えたのだろう、三崎は小首を傾げた。
「その、何ですか?」
「なっ、何でもない! 気にするな!」
「ええ~! 絶対に何かあるでしょう。そう言われると、益々気になります! だから教えてください!」
「嫌だ! 絶対に嫌だ!」
断固拒否して見せると、三崎は口を尖らせながら文句を垂れていた。
正直、これ以上口にすれば羞恥心で死んでしまいそうなので、絶対に口にしたくない。
しかし、今の三崎をこのまま納得させられそうもない。……かくなる上は、奥の手だ。
「……分かった。けど、ここは一応戦場だから。帰ったらゆっくり話そう? それで勘弁してくれ! なっ?」
この場をやり過ごして、のらりくらりとやり過ごす――それこそが俺の奥の手である。
まあ、情けない奥の手である事この上ないが。自分でも、もっとスマートなやり方はなかったモノかとうんざりしてしまう。
しかし、効果は十分にあったようだ。これ以上何を言っても無駄だと悟ったのだろう三崎は、なおも口を尖らせながらも「分かったよ……約束だからね」とだけ零した。
つまりは、一先ずこの状況をやり過ごせたということ。俺は思わず胸を撫で下ろした。
さて、問題は一先ず解決した。そして目的であるサラスヴァティの完全に消滅も確認できた。 こうなった以上は、もうこんな場所に長居は無用。それに俺はここにいい思い出など無い。出来ることなら早く帰りたいと思うのは、無理からぬことだろう。
俺は三崎を抱き起して自立させると、そのまま心なしか軽くなった足取りでシュミルのもとまで歩み寄っていった。
「全部片付いたな、シュミル。さあ、こんな場所にいたって――」
仕方ないから帰ろうぜ。
たったそれだけの言葉を繋げるだけでいい筈なのだが、不思議とたったそれだけの言葉が口を吐いて出てこなかった。
理由は明白。何故なら、全部終わった筈なのにシュミルの顔は酷く強張っていたから。
その峻厳な表情から、まだ警戒心を解いていないことは間違いない。全部終わった筈のこの状況で、シュミルは酷く険しい顔つきのままジッと空を睨みつけていた。
「どうした? そんなに難しい顔をして」
「可笑しい……空が戻らない」
「――えっ?」
言われて、空を見上げてみる。
すると確かに、上空は未だにどす黒い闇に支配されたまま。しかも頭上の闇は、なおも拡散し続けているのか流れ続けていた。
「おい……これって一体どういう――」
『呑気な男だ。強力な力を手にした吾輩が、あの程度でやられて完全に死んだと……本気でそう思っていたのか?』
俺の言葉を遮って、どこからともなく声が響く。
あの不吉で不穏な、ただならぬ事態を予感させる声が。
「この声……サラスヴァティ? そんなバカな……だってヤツは――」
「倒しきれていなかったみたいだね。道理で、あっさりし過ぎていると思ったよ」
「何だと? なら、ヤツは今どこにいる? 姿が見えないぞ。それに、気配も……」
「ああ、そうだね。何せ私でも、サラスの居場所が掴めないからね」
「……マジかよ」
「こうなると、思考を読むしかないが……サラス。君は一体何をしようと――っ!?」
そうしてシュミルが考えを巡らせた瞬間、何かに気付いたのかハッとした表情を浮かべた。
そしてすぐさま三崎の方へと視線を向けると。
「三崎君、すぐにこっちへ来るんだ!」
「――えっ?」
「早く!」
切羽詰まった声と表情でそうせっつかれては、三崎の選択肢など無い。
そうして三崎が慌てて俺たちの方へと駆け出した、その瞬間――
「――ぐっ! ……えっ?」
突然、何の前触れも無く、三崎の胸に穴が開いた。
背後から突きあげられるようにして、容赦なく。
「……嘘」
自分の胸を穿たれた現実を知覚した三崎が、信じられないとばかりに大きく目を見開いたまま、小さく呟く。
そうして激しく吐血したのを最後に、三崎の全身からはまるで糸の切れた人形のように力がふっと抜け落ちた。
「――みっ、三崎ぃいいいいいいいいいいいいっ!」
突然の出来事に動揺しながらも、出せるだけ大きな声で彼女の名を叫ぶ。
しかし、俺の無心の叫びに対する彼女の返事は言葉でも仕草でも一切無く、代わりに血が滴り落ちて地面に零れ落ちる水音だけが空しく響いていた。
「何だ? 一体何が?」
『分からんのか? 全く、貴様というヤツはどこまでも愚かだな』
瞬間、三崎の背後に伸びる彼女の影からぬるりと人型が姿を現す。見覚えのある……いいや、見間違える筈が無いその姿形に、俺もシュミルも思わず絶句してしまった。
「貴様らは、吾輩の逆鱗に触れた。だからこそ、一人たりとも生かしてはおかぬ。必ず全員に無残な死をくれてやる。手始めは、吾輩に舐めた口を叩き、挙句吾輩に傷を負わせたこの愚かな小娘からだ! ざまあみろ……ははははははははは!」
三崎の影から出現した人型ことサラスヴァティは、三崎を貫いたまま狂気じみた高笑いを浮かべていた。
「さ、サラスヴァティ……貴様ぁああああああああっ!」
そんなヤツの醜悪な様を目の当たりにして、自然と俺の奥歯からギリッと音が経った。
如何でしたでしょうか?
もしよろしければ、ブクマや評価を頂けると幸いです。
作者のモチベーションアップに繋がりますので、是非お願い致します。




