表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/205

対面

よろしければご一読ください。

「神シュミル? 光の勇者? 一体何を言っているの? それに、貴女は何者ですか?」

「これは失礼致しました、光の勇者の皆さま。私はクレア。クレア=リーゼル=クオーディウス。このクオーディウス王国の第一王女でございます」


 花藤先生が投げ掛けた質問に、その人――クレア王女は淀みなく答えて見せる。

 しかし、その答えが俺たちからすれば余りにも要領を得ないので、俺たちは全員揃って小首を傾げるしか出来なかった


「クオーディウス王国? 何を言っているのですか? そんな冗談はやめて、真面目に答えてください!」

「冗談など口にしておりません。ここは紛れもなくクオーディウス王国であり、私はこの国の王女。ただし、ここは皆様が先ほどまでいた世界とは別次元に存在する世界である、という事実だけはお伝えしておかねばなりません」


 俺たちの中で再度どよめきが起こる。そりゃそうだ。そんな話をいきなり言われて、驚かない方がどうかしている――筈なのだが、俺を含めて恐らくこの手に耐性のある一部の生徒たちは、驚いて不安そうな表情を浮かべるどころか実に落ち着き払っていた。それどころか、寧ろ目を輝かせる生徒までいる始末。……いや、俺は断じて目を輝かせてはいない。


「何を訳の分からないことを……まあ、いいです。ここが何処で、貴女が誰でも構いません。本物の王女様でも、王女様を名乗るちょっと変な人でも。それよりも、私たちに妙な小細工を仕掛けてここへ連れてきたのは貴女ですか? でしたら、これは立派な誘拐という犯罪です。分かったら、さっさと私たちを元の場所に帰してください!」


 教師の責任感が成せることなのか、この状況で花藤先生は毅然とした態度を崩さない。その肝の据わった態度は凄いとは思うが、どうやら俺たちの周囲を囲む一団はローブの下に何か武器を隠している素振りがある。微かだが金属音が漏れ聞こえてきている事から、恐らく間違いないだろう。そう考えると、先生の発言は少々迂闊な気がしてならない。

 しかし、そんな俺の不安を他所に、クレア王女は俺たちに向かって膝を折って深々と頭を下げた。彼女に倣って、周囲の一団もまた全員揃って膝を折って頭を垂れる。


「お怒りはごもっともです。本当に申し訳ございません。ですが、今皆様を元の世界にお還しする訳には参りません。お還しすることもできません。今我らは、人類という種の存亡を懸けた瀬戸際にいるのです。どうか、お話だけでも聞いては頂けないでしょうか?」

「話だけでもって……そんな都合のいい事ばっかり言わないで――」

「花藤先生、どうか落ち着いて。どうでしょう? ここは一つ、彼らの話を聞いてみては?」

「……天藤君。でも――」

「ここで彼らと言い合いをしても、埒が明かないでしょう。いがみ合っていても仕方ありません。それに様子からして、彼らにも何か言い分があるのではないでしょうか? まずはそれを聞いて、話し合ってからこの後のことを考えても良いのではないかと」

「……そうですね。天藤君の言う通り、そうしましょう。皆も、それでいいですか?」


 先ほどまで茹蛸のように顔を真っ赤にしていた花藤先生が、口を挟んで宥めてきた男子生徒――天藤才人の言葉であっさり冷静さを取り戻すと態度を百八十度反転させた。

 天藤才人。少し軽薄そうな茶髪に染めた髪に穏やかそうな紳士然とした端正な顔立ち。そして文武両道という隙の無い完璧さ故に、クラスだけでなく全校生徒から熱烈な信頼を集める湊川高校のアイドルといったところ。実際勉学に関しては、俺は彼の後塵を拝している状態である。そんな彼に信頼を置くのは、生徒だけではなく教師も同様。事実花藤先生も、他の生徒はいざ知らず、天藤才人の言うことならば必ず耳を傾ける。

しかし、俺は彼に対して複雑な感情を抱いている。何といっても、俺へのイジメの首謀者と言っても過言ではないのだから。上辺だけは紳士的で人当たりがよさそうだが、その実気に入らない相手は徹底的に排除を試みる陰湿な男――それが俺の彼に対する認識であった。

 それでも悔しいがこの男のカリスマ性はまさに一級品。下手な教師よりも皆を纏める実力がある。事実俺も彼の言い分には一理あると考えているし、今は非常事態なのだから『天藤才人が気に入らない』という個人的感情を持ち出して場を混乱させる訳にはいかない。

何より担任教師とクラスの中心である生徒が、揃って提案しているのだ。俺を含め、それに反対意見を口にするような者などいるはずがない。

 俺たちの様子を静観していたクレア王女は、自分たちの要求に従ってくれることを悟るや否や満面の笑みを浮かべて深々と頭を下げた。


「感謝致します、神の勇者の皆さま。立ち話も難(なん 語源・何)です。どうぞ、こちらへ」

 

 俺たちはクレア王女の後を追って、この薄暗い部屋の外へ出ることになった。



 クレア王女に案内された場所は、クラシカルで豪華絢爛な広間――感覚としては、賓客を迎える格式高いパーティーか結婚式の披露宴でも行われそうな場所――であった。

 艶のある大理石の壁に、天井を彩る豪奢なシャンデリアの数々。床は真紅の絨毯が敷かれており、設置された長机を覆う純白のテーブルクロスにはシミや皺の一つも見つからない。

 椅子に備えられた純白の椅子も横一列に少しのズレなく整然と並べられており、非の打ちどころの無いほど完璧に整頓された室内の様子に、誰もが思わず圧倒されていた。

 クレア王女は俺たちへ自由に席に着くよう伝えると、生徒たちは皆思い思いの場所に腰掛けていく。無論俺は、目立ちたくもなければ隣に座りたい仲良しなどいないので、一人さっさと一番奥側の隅の席を陣取ったのは言うまでもないだろう。

 すると不思議なことに――いや、当然のように俺の周りには誰も座ろうとはしない。嫌われ者の近くにわざわざ座りたがる変わり者などいないし、何より天藤や花藤先生を始めとしたクラスの中心人物たちは揃ってクレア王女の話を間近で聞こうと前方に集結している。そのため他の生徒も、まるで街灯に群がる蛾のように彼らの元に集まっていった。

 わざわざ自分からその輪の中に入っていこうなどと思えず、こうして俺はいつも通り一人ポツンと話を聞くのだ――と思っていたのだが、ここで予想外の出来事が起こった。


「あの……正面、座ってもいいですか?」


 おずおずとした口調で、俺に問い掛ける一人の女子生徒。茶ぶちの眼鏡を掛けた黒髪セミロングの彼女は、顔立ちや態度からして見るからに大人しそうな文系少女といったところ。

 いくら他人との付き合いが病的なまでに希薄と言っても、流石にクラスメイトの顔と名前くらいは憶えている。そう、俺に話しかけてくるこの奇特な少女の名前は――


「三崎……俺の許可なんか必要ないだろ。好きにすればいい」


 突き放すようにぶっきらぼうにそう答えてやると、彼女――三崎春香はニコッと笑みを零して俺の正面の席に腰掛けた。


「でも、いいのか? 俺みたいな嫌われ者の側にいて。お前まで除け者にされるぞ?」

「いいんですよ。みんな私に興味なんて無いですし、私は空気みたいなものですから」


 言われてみれば、確かに俺は三崎が誰かと仲良さそうに過ごしている様子を見た覚えがあまりない。要するに、彼女もまた俺に負けず劣らずのぼっちという訳だ。そう考えると若干の親近感が湧くが――悪目立ちしているせいでイジメに遭っている俺と違って、人畜無害で目立たない彼女は直接的なイジメの被害にこそあってはいないようではあったが。

 こうして、結果的には花藤先生含めてクラスの殆どがクレア王女に迫るように前方に集結し、対して俺と三崎だけが浮いたように後方に離れて座る格好に落ち着いた。

 この席順、クレア王女から見てさぞかし奇妙に映ったことだろう。しかしクレア王女は特段指摘するようなことはせず、コホンと咳払いをすると俺たちへまっすぐ視線を向ける。


「準備はよろしいようですね。それでは皆様には、我がクオーディウス王国が置かれている状況を説明させて頂きます。まずは、こちらをご覧ください」


 クレア王女がそう告げると、室内の明かりが落とされて正面の壁に映像が映し出される。

 映し出されたのは、銀のプレートアーマーに身を包んだ兵士数名が森の中を進む映像。剣を強く握りしめて視線を泳がせながら恐る恐る進むその姿からして、恐らくは敵と交戦中なのだろう。映像越しでも、極限まで意識を研ぎ澄ませて集中している様子が伝わってきた。

 だが次の瞬間、兵士の一人の頭が何の前触れも無く突然吹き飛ぶ。切断面から噴水のように血液を噴き出しながら、膝から崩れ落ちる兵士。仲間の死に動揺しつつも、残った兵士たちは声を掛け合って円陣を組み、より一層警戒を強めた。

 しかし、そんな努力を嘲笑うかのようにまた別の兵士の首が突如宙を舞う。立て続けに二人が死んだ事実は恐怖を掻き立て、遂には恐怖に耐えきれなくなった若手の兵士が狂乱しながら来た道を戻り始めてしまう。周囲の制止も聞かず一目散に逃げる彼だが、すぐに背後から何かに押し倒された。悲鳴を上げながら抵抗を試みるのだが、それも一瞬。すぐに聞くに堪えない痛ましい悲鳴と共に動かなくなったのだった。

 若い兵士を仕留めた瞬間、ソイツは漸くその全貌を露わにした。

 映像に映る兵士の身体と比較してもかなり大柄なソイツは、大地を素早く駆ける虎やチーターを思わせる四足獣の体躯を持つまさに怪物。

 その身体は墨塗の如き漆黒に染められており、額からはナイフにも似た鋭利な黒い角が生えている。押し倒した若い兵士の腸を食い散らかしたのか口周りは赤黒い血で染まっており、その眼は血など比較にならない程に不気味な真紅の輝きを放っていた。

 言うなれば肉食獣の魔獣とでもいったところか。ソイツは鋭利な牙の生えた口から呻き声とも叫び声とも判別がつかない不気味な声を上げて残った兵士たちを威嚇する。怯え竦んで彼らの動きが鈍くなった瞬間をソイツは決して見逃さず、叫び声を上げながら襲い掛かってくる。ソイツに追い掛けられた兵士たちの悲鳴を最後に、映像は途切れてしまった。

 再生が終了すると、部屋に明かりが戻ってくる。見れば生徒たちの反応は、真剣な面持ちで何かを考えている素振りを見せる者、残酷な映像に思わず言葉を失っている者、はたまた作り物の映像と考えたのか興味なさそうにそっぽを向く者、などと様々に分かれていた。

 そしてふと正面に視線を向けると、三崎が今にも失神しそうなほど青褪めていた。



如何でしたでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ