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人生

更新します。


今回は花藤の視点で彼女の独白となります。

 私の人生は、クソのようなモノだった――自分の人生を思い返す中で、これだけはハッキリと言える。何せ私の人生は、何一つとして私の思い通りにならなかったのだから。

 私の家は、ハッキリ言って貧乏だった。それも、超ド級の極貧だ。

 父親は重度のアルコール依存症で無職。故に家計は実質的に母親の少ない稼ぎで賄われていたのだが、そんな母は私が高校生の頃に過労で倒れるとそのまま帰らぬ人になった。

 母を失ってから父親は更にアルコールに依存するようになり、そしてアルコールで頭がおかしくなったのか私に暴力を振るうようにもなった。それも、ただ殴る蹴るだけではなく、女性としてこの上ない程屈辱的な暴力までも受けた。

 働きもせず酒ばかり飲む上に私の尊厳を踏みにじる、最低な穀潰しのクズ野郎――最早父とすら呼びたくないあの男のせいで、家計も私も次第に追い詰められていった。

 貧困と暴力が齎す、救いようのない地獄のような生活――そんな絶望から私を救ってくれたのは、高校の担任教師だった牧村友梨佳先生だった。

 私の窮状を知った先生は、金銭面での問題を解決するための奨学金手続きやアルバイトの特別許可だけでなく、クズ男の呪縛から逃れるための証拠集めと父親の告発に協力。更には住居の手配までしてくれて、色んな面で精力的に私のことを助けてくれた。


「私もね、昔は苦労したの。丁度今の貴女みたいにね。だからこそ、貴女のことを放っておけなかった。貴女は、幸せになりなさい。そして、他の人を幸せにしてあげなさい。人並み以上の不幸を知る貴女なら、そして誰よりも傷付いてきた貴女なら、きっと他の人の幸福と不幸に誰よりも寄り添える筈だから」


 牧村先生のこの言葉に、私はどれだけ救われたことか。恩人たる牧村先生のお陰で漸く人並の人生を送れるようになった私は、牧村先生の言葉を胸に刻んだ私は、次第に先生と同じ高校教師になることを夢見るようになった。

 困っている生徒に笑顔で手を差し伸べられるような、そんな立派な教師になりたい――今日生きることすら苦しい地獄のような生活の中では抱くことの無かった、初めての夢だった。

 夢の高校教師になるには、原則四年制大学以上の学歴を持っている必要がある。そこで私は必死に受験勉強して、死に物狂いの努力の甲斐あって志望する難関大学に合格した。

 しかし、無事大学へ入学したのはいいものの、今度はまたしても金銭的な問題が浮上したのだ。高校までと違って、大学は莫大な学費が掛かる。勿論奨学金の受給とバイトは続けたけれど、それだけでは到底賄いきれるような規模の金額では無かった。

 だからといって、これ以上先生に迷惑はかけられない。牧村先生はその当時ご結婚されていて、そしてお腹にお子さんを宿された時期だった。

 先生は自分だって大変な状況なのに、それでも私を気遣ってくれた。けど、これから子供ができて大変になるだろう先生にお金の相談なんて、口が裂けても切り出すことが出来なかった。

 そうして自分一人で金銭問題に立ち向かう羽目になったワケだが、世間のことなど何も知らない子供の私に短期間でそんな莫大なお金を稼ぐ方法などある筈が無く、結局私に出来たのは自分の春を売るくらいのモノだった。

 どうせ汚らわしいクズ男に散々汚された身体だ。今更多少汚れたところで、惜しくは無い。

 何より当時の私にとって、初めて抱いた夢を叶えることだけが全てだった。その夢を支えに、これまで必死に頑張ってきたのだ。だからこそ、夢のためならばと、自然と割り切れた。

 バイトと奨学金と春を売って稼いだお金で大学に通い、何とか宗久高校の教員として内定をもらった私はそのまま無事に大学を卒業。そして私は、晴れて自分の夢を叶えて高校教師になれたのだった。

 今にして思えば、あの頃が人生で一番輝いていた気がする。この先に待っているだろう明るい未来を、漸く掴めるだろう人並の幸せを、心の底から信じることが出来たから。


 ――けれど、すぐにそれがまやかしだったと、私は気付かされることになった。


 勤務し始めて半年ほど経ったある日、私は教頭に呼び出された。

 二人きりの教頭室の中で、私は我が目を覆いたくなるようなとあるモノを見せられた。

 それは、私が大学生の頃に春を売っていた時の証拠映像。何でも教頭は、それをとある筋から入手したのだという。


「これをバラされたら、君の人生はもう終わりだねぇ……。当然、教師もやめてもらうしかなくなる。けれど、私だって鬼じゃない。それに生徒や親御さんからも人気のある君を追い出すのは、我が校の損失だしねぇ……。けど、こんな重大な秘密をタダで黙っていろというのもあんまりじゃないかなぁ……。秘密が重すぎて、うっかり秘密を喋ってしまいそうだよ」

「……何が仰りたいんですか?」

 

 怪訝な目でそう問えば、教頭は上機嫌な猫が喉を鳴らしたかのような湿った声を漏らした。


「何、簡単な話だよ。重たいモノを持つと疲れるだろう? だから、君の得意なことで私を癒してくれ給え。リフレッシュした私なら、多分この重たい秘密も抱えられるよぉ?」


 下衆な提案に反吐が出そうだったが、私に選択肢など無かった。

 折角手にした夢を、希望を、全て手放して地獄に落ちることなど私には出来なかったから。


「……分かりました」

「よろしい。従順な娘は大好きだよ。だからこそ、私が可愛がってあげよう」


 教頭の実に愉しそうな底意地の悪い嫌らしい笑みと耳障りな湿った声が、響き渡る。

 この瞬間、私はこの男の奴隷に成り下がったのだ。

 そして同時に思い知った。どこまで行っても私は、自分の幸せを掴むことなど出来ない。必ず、私の人生は私以外のヤツのせいで狂わされていくのだと。

 ああ、どうして私は……私ばかりが、こんな目に遭うのだろうか? 何か悪いことでもしたのだろうか?

 考えても考えても、答えは一向に出なかった。



 その日からほとんど毎日、それこそ非番の日すらも教頭に弄ばれ続けた。


「いいペットだよ、君は。ああ、最高だ!」

 

 行為のたびに、教頭からはそう言われた。

 言うまでもなくこの言葉は、この扱いは、私の尊厳を傷つけた。

 けれど、今の私には折角叶えた夢しかない。夢を叶えた実感に浸っていられなければ、とてもじゃないが生きて行けそうになかったのだ。

 だからこそ私は、屈辱の中でも生き続けた。夢に縋って、必死に。

 そして教頭の奴隷として生きていた頃、教頭からは次第にその醜い獣欲を満たすための道具としてだけではなく、別の仕事まで押し付けられるようになっていた。

 その仕事とは、学校の問題児への対処――要するに学校の評判を落としかねない問題児候補を支配下に置いて、彼らの行動を制限することでトラブルを未然に防いで学校の平和を守れというモノだった。

 正直言って、やりたくなどない。けれど、私に選択肢など無い。だって最初の証拠映像以外にも、証拠映像は沢山増えてしまったから。それこそ、腐るほど――いや、いっそのこと全て腐って消えてしまって欲しいくらい、大量に。


 教頭から最初のターゲットとして指定された生徒は、私のクラスの須郷實光だった。

 成績優秀かつ品行方正、男子生徒を中心として他の生徒からの信頼も篤い――そんな優秀な生徒だった。尤も、表向きはだが。

 実際には女子生徒への暴行など陰で犯罪行為に手を染めており、その都度被害者を脅迫することで隠蔽していただけ。まさに、上辺だけの優等生だった。

 けれど、そんな杜撰な隠蔽で証拠など隠しきれるモノではない。探そうとさえすれば、実に容易く証拠は見つかった。

 私は須郷の悪行の証拠の数々を密かに入手すると、その証拠を盾に須郷を脅して支配下に置いた。

 しかし、須郷を支配下に置いた時に、私は知ってしまったのだ。人を、特に男を支配することの快感を。そして男を服従させて跪かせることの悦楽を。

 一瞬だった。ほんの一瞬でその快感と悦楽の虜になった。だって私は、今まで人に虐げられ続けるだけだったから。今まで人に支配され続けていたから。

 人を支配する快感を知ってしまった私は、もう止まれない。そこからは早かった。

 まずは今の自分が最も支配下に置きやすいクラス全員を支配すべく、クラスで一番人気も影響力もあった天藤才人に接近した。

 聞いていて反吐が出るほどに青臭い理想論に賛同する振りをして、天藤才人の信頼を勝ち取って私に心酔させれば、後は簡単だ。

 何せ私には、天藤才人と須郷實光と言う手駒がいる。私が何か言ってそれに彼らが賛同すれば、クラスはこぞって賛同する。そうして私は、みるみる生徒たちを支配下に置いて手駒ーーペットに変えていった。

 しかし、唯一高階琉人だけは私のことを否定的な目で見てきた。そして何より、私に反抗的だった。

 けれど高階など所詮は小物。取るに足らない雑魚だ。それに、高階は素行に問題ありとされていたし、確か親とも別居していた筈。つまり、いくら追い詰めても問題ないということだ。

 そこで私は、高階の悪評を須郷に流させることであっという間に孤立させ、更にはクラス全員共通の敵と見定めることで生徒間の絆を強固なモノとするための道具として利用した。

 私の暗躍は功を奏し、クラスは完全に私の支配下に入って纏まった。そうして作り上げた、生徒全員が私の言うことに絶対に「はい」とだけ答えるこの環境は最高に心地よかった。

 だが、そんな私の治世も終わりを迎える。あの忌まわしい異世界召喚によって。


 召喚されてから、私はクレア王女の持つ王国における圧倒的な権力と屈強な兵士たちですら彼女に傅く姿に心奪われた。生まれがいいだけで、苦労も知らずに人々を顎で使える圧倒的な権力が、羨ましかった。そして同時に恥じた。クラスなどという小さな共同体を支配した程度で悦に入っていた、自分の小ささを。

 クレア王女を見てからというもの、私は彼女への強烈な嫉妬と新たに芽生えた夢に支配されてしまった。


 彼女のようになりたい。

 どんな屈強な男も媚び諂い、跪いて首を垂れながら許しを請う――そんな絶対的な権力を持つ女王になりたいと。


 そうすればきっと、私は二度と男に支配されることも弄ばれることも無い。寧ろ私が弄んでやれる。今までの屈辱と絶望を晴らせる。最高ではないか!

 夢を抱いた私は、すぐに行動を開始。そして私のペットたる生徒たちを利用して力を付けると、私は遂にクレアを含めた邪魔者を次々と排除。

 そして遂に、私はクレアのフリをして、クレアになり代わってこの国の支配者となったのだった。


 その瞬間は、まさに快感だった。

 だって私は、究極の権力を手に入れたのだ。

 もう二度と、私は支配されない。

 もう二度と、私は誰にも媚びない。

 もう二度と、私は誰かに人生を弄ばれない。

 そう確信できたから。


 


如何でしたでしょうか?


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