対応
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「ふははははははははっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっ! いいわね、この臭い、この感触! こうしている時、私は王になったと強く実感できる!」
狂気の高笑いを浮かべながら、手当たり次第に民衆を火炙りにしていく花藤。
しかもその炎は、勇者のスキルで生み出された魔獣をも焼き尽くす地獄の業火。そんなモノで焼かれた民衆は一人の例外もなく絶叫しながらのたうち回り、そして僅か数秒後には見るも無残な炭となって息絶えていく。
「それにしても知らなかったわ……人の焼ける臭いって、意外と香ばしくていい匂いなのね。けど、大人の匂いはもう嗅ぎ飽きたわ。だから――」
徐に、親の亡骸を前に泣き喚く少女へと握り締めた短杖の先端を向ける花藤。
「子供の柔らかい肉なら、さぞかしいい香りがするでしょうね。さて、お嬢さん……私を貴女の匂いで楽しませて頂戴!」
そして、杖から少女目掛けて業火が放たれた。
「そうはさせるか!」
しかし、間一髪のところで少女と花藤の間に割り込んだ俺は、自らの身を盾に少女を炎から救う。しかし炎は俺の身体を瞬く間に包み込み、一気に炎上してしまった。
「ぐっ……」
「あら、自分から炎に焼かれに来るなんて……物好きなのね、アンタ。それとも、唯のおバカなのかしら?」
「バカは貴様だ! 彼らは、この国の民だろう? お前は、仮にも彼らの王を名乗りながらも、彼らをその手に掛けるのか?」
「はっ! こいつらは、私に向かって暴言を吐いた。それは、天に仰ぎ見るべき王に向かって唾を吐くような、愚劣極まりない許しがたい行いよ。民が犯した罰に裁きを与えるのもまた、王の役目。だからこそ、彼らを火炙りにした――それだけよ」
「未だに王様気取りか? 言った筈だぞ? もうお前の王国は滅んでいるとな!」
「黙れっ! 我が王国は、そして私の王座は、永久に不滅だ。そして王に対してその妄言、やはり貴様は死ぬべき愚者だ! その愚かで浅ましい言葉しか出てこない口を二度と利けないよう、そのまま炎に焼かれて消し炭になるがいい!」
「誰が消し炭になるだって? 舐めるなっ!」
しつこいくらいに纏わり付いてくる炎を掻き消して、俺は再び姿を現す。
ただし、その姿は人としての姿からは程遠い、鋭利で禍々しいデザインの漆黒の鎧でも身に纏っているかのような、さしずめ怪物の騎士とでも形容すべき異形の姿となって。
「ふーん。その姿……それが天藤君を斃したアンタの全力ってヤツ?」
「ああ、そうだ。喜べよ、最初から全力だ。最初から全力で、お前を斃す!」
「あっ、そう。けど、威勢のいい言葉を吐いたところでムダ。私を斃すなんて絶対に無理。だって私は、最強の女王なんだから!」
花藤は短杖の先端を向けてくるなり、先ほどまでとは比較にならない程高威力の業火を
挨拶代わりにお見舞いして来る。
しかし、今更この程度で怯んだりはしない。俺は業火の如き炎に巻かれながらも怯むことなく眼前の花藤だけを見据えて疾駆し、そして一瞬で間合いを詰めて殴打の有効射程まで到達した瞬間に体重の乗った拳を繰り出した。
「大した根性ね。それとも、その鎧の効果なのかしら? まあ、どうでもいいけどね!」
繰り出した拳は、直撃すれば幾ら勇者の恩恵を受けていようが問題なく花藤の身体をぐちゃぐちゃに潰すことが可能。今の俺と花藤では、それほどまでに圧倒的な膂力の差が生じていることは疑いようがない。
しかし、そんな俺の拳すら、花藤は短杖と入れ替わりで召喚した盾で防いで見せた。
金属同士が衝突したかのような甲高い音が、周囲に木霊する。
「――ちっ!」
「どうかしら? あらゆる攻撃を無効化する、勇者の中でも最強の盾は? いくらアンタでも、この盾を打ち破ることなんて――」
「出来ないと、そう思うのか? だとしたら、俺の本気を舐め過ぎだ!」
拳と盾で激しく競り合う中、俺は更に拳に力を入れて盾を押し込んでいく。
すると次第に盾の表面には罅が浮かんでいき、そして遂には――
「おらぁあああああああああああああああああっ!」
裂帛の気合と共に更なる力を込めて押し込んだ俺の拳は、勇者最強の盾をまるで鏡でも叩き割るかのように粉々に打ち砕いて見せた。
「――なっ! 嘘でしょ? スキルで作り上げた最高の盾よ? それなのに、こうもあっさりと……この醜い化け物めっ!」
「はっ! 貴様に化け物と罵られたくは無いな。人の心を完全に捨て去った、化け物同然の醜い心を持つ貴様だけにはな!」
「何だと? この私を化け物だと? ふざけるなっ!!」
激高した花藤は、砕けた盾が跡形もなく消すと今度は斎藤の刀をその手に握る。
至近距離での斬撃による攻撃力という一点においては、斎藤の刀は勇者の中でも最高の攻撃力を誇る天藤の剣すらも上回る最強の武器となる。
そして今は、まさに刀の間合い。超至近距離故に速度のある斬撃を躱すことはほぼ不可能な、まさに花藤にとっては必勝の好機であった。
「この距離なら、貰ったっ!」
花藤は自信満々に、斎藤の刀を勢いよく振り下ろす。
狙いは俺の首筋。恐らくはこのまま、俺の首を断とうという腹なのだろう。
しかし、距離的に躱すことは出来ずとも、斬撃の軌道さえ予測出来れば刀身を受け止めること自体は容易い。ましては今の俺は、鎧の如き体表に覆われている身だ。
だからこそ俺は、花藤の筋肉の動きから冷静に斬撃の軌道を見切り、そして最後にはその刀身を手で握って止めて見せた。
「嘘っ! この距離で斬撃を止めた?」
「驚いている時間は無いぞ!」
刀を強く握り締めて花藤の抵抗を抑えたまま、俺は再度拳を繰り出す。
今の花藤は刀を握られて身動きが取れないせいで、俺の攻撃を躱すことは出来ない。
――今度は逆に俺が追い詰めた。
そう確信した俺は、花藤の心臓を射抜かんと全力で拳を繰り出す。そしてまるで予定調和の如く俺の拳は花藤の身体に直撃し、めり込み、そのまま貫通して背中まで抜けていった。
そして完全に花藤を貫いて勝負あったと思ったその瞬間――致命傷を負った筈の花藤の身体は、まるで突然霧にでもなったかのように霧散して消えた。
「これは……俺のスキルか!」
「大正解! これはご褒美よっ!」
「――ぐっ!」
嬉々とした声色の花藤の声が響いたと同時に、背中に感じる激痛。
見れば俺の背中には、光り輝く矢が三本も突き刺さっていた。
「惜しい惜しい。けど、あと一歩が遠かったわね」
「……成程。斎藤の刀を受け止められて窮地を悟った瞬間に、時間稼ぎと俺の意識を自分から逸らすために、慌てふためく自分の幻覚を見せてきやがったな? そして俺が幻覚に気を取られている間に背後にまで回って、急いで東雲のスキルを発動して矢を放った――そんなところか?」
「ええ、概ねその通りよ。それにしても盾を防ぐ攻撃力、至近距離の斬撃を手で受け止めた上に三矢で背を射られても大したダメージを受けない防御力――確かに大したモノだわ。
けれど、矢でその表皮を傷付けられたことからして、その防御力とて無限じゃないようね。そしてその攻撃力も、当たらなければどうということはないわ。ならば、同じような手でひたすらにアンタの攻撃を躱しつつ、そしてひたすらに色々なスキルでアンタにダメージを与え続けるだけよ。アンタが幻覚のスキルを打ち破る方法でも考え付かない限りは、永久に私が先手を取り続けられる。さてそうなると、先に音を上げるのは一体どちらでしょうね?」
喜色満面の笑みで、俺にそう問い掛けてくる花藤。
確かに、全力を出して姿が変わったことで攻撃力も耐久度も大きく上昇した。
しかし、如何せん厄介なスキルは俺の近くを騙すモノ。姿が変わって多少は知覚能力も研ぎ澄まされてはいるが、知覚能力そのものが変化したワケではない。平常時と変わらず、認識能力に影響を与える幻覚のスキルの効果は受けてしまうのだ。
全く、生前の俺は厄介なモノを厄介なヤツにプレゼントしてしまったものだ。
しかし――
「見縊り過ぎだ。確認できたお前スキルの中で最も厄介なソイツに対する対応策を、俺が何も用意していないと思っていたのか?」
「……何?」
「何の準備も無く、俺がお前の前に立っていると本気で思っていたのか? もしそう思っていたのなら、お前は些か以上に俺のことを甘く見過ぎていたようだな」
弓を番えたまま俺に怪訝そうな眼差しを向けてくる花藤に、俺は睨むような視線と共にそう言い放つ。
すると花藤は心底馬鹿にしたように噴き出すと、そのまま大笑いし始めた。
「対応策を準備した? 視覚・聴覚・嗅覚・触覚――ありとあらゆるアンタの認識そのものを騙すスキルなのよ? このスキルは、いわば完全催眠に近い。そんなスキルを、一体どうやって打ち破ると? そんなの不可能に決まっている! 出来るものなら、やってみるがいい!!」
「ああ、そうかい。なら、精々そうさせて貰おうか!」
俺はそのまま、眼前の花藤目掛けて一直線に疾駆する。
そんな俺に向かって花藤は番えていた矢を放つが、今更正面から放たれた矢など恐れるに足りない。容易く弾き飛ばすと、なおも前進。そしてあっという間に、俺は花藤に肉薄した。
「くらえっ!」
「何かと思えば、タダの力押し? そんなモノが効かないと、一体幾度繰り返せば学ぶのかしらね、このおバカさんはっ!」
繰り出した拳はまたしても花藤を捉えるが、しかしまたしても拳が命中した瞬間に花藤の身体
は霧散して消えてしまう。
そうして花藤の姿が霧散して消えたことを確認した俺は、すぐさま合図を出すべく天高くピンと伸ばした腕を挙げた。
「何よ、それは? 手を挙げたままボーっと突っ立っちゃって。もしかしてそれが秘策とやら? 全く、何かと思えばそれが一体何の策になっているって――」
瞬間――花藤の言葉を遮るようにして響いたのは、銃器特有の耳を劈く発砲音。
そして発砲音が轟いてから間を置かずに、花藤の苦悶に満ちた声が響き鮮血の血飛沫が舞う。
「これは……これは一体何が――」
「そこかっ!」
発砲音の方向と飛び散った血飛沫の飛翔する方向から凡その場所に辺りを付けた俺は、その場所目掛けて全力で拳を振るった。
すると――
「――ぐぇえええええええっ!」
振るった拳が的確に花藤の顔面ど真ん中を捉え、殴り飛ばされた花藤がまるでトラックに引かれた犬のように潰れた悲鳴を漏らした。
鼻と口、そして着弾点であろう足からも血を垂れ流しては、苦悶に歪んだ表情で地面を転げまわる花藤。そんな無様極まりない花藤を見下しながら、喜色満面で言い放ってやる。
「どうだ? 俺の秘策と怒りの籠った拳の味は? さぞかし痛いだろう? お陰で自慢の美貌も台無しだな。ざまあみろ!」
「くっ……くそがぁああああっ!」
顔を押さえながら、花藤は恨みの籠った醜い顔で俺を睨み返してきた。
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