準備
更新します。
今回は琉人の視点です。
迷いない足取りで進むチェシャに手を引かれるがまま道なき道を進むこと一時間程――
「こっちっす。この道を行けば……ホラ、着いたっす!」
「……これは!」
そうして目の前に現れたのは、実に見覚えのある洗練された外観の木造建造物群――黒木たちを斃した戦利品として奪取した彼女たちの拠点だった。
その建物を目にした瞬間、俺は思わず目を見開いて言葉を失ってしてしまう。
「……今の琉人様に必要なのは、休息と物資だと思ったっす。その点ここなら、食事も物資の補給だって可能っすよね? なら、まずは態勢を立て直すためにもここに来るべきかと思ったっす。本当は拠点である辺境領へ戻るべきなんでしょうが、明日の昼となるとそこまでの時間的余裕は無いっす。なら、せめてここへと思ったんすけど……ダメだったっすか?」
瞠目したまま何も言わない俺の反応に不安を覚えたのだろう。おずおずとした口調でそう告げるチェシャ。そんな彼女の頭を、俺は嬉々とした表情で撫でまわした。
「いや! でかしたぞ、チェシャ! よくここまで連れて来てくれた! やっぱりお前は最高だ! お前のお陰で、花藤に勝てる可能性がグッと上がった! ありがとう!」
「琉人様……えへへ!」
ここには、黒木と佐藤が作った武器や弾薬の類がまだ手付かずで保管されている。
そして俺自身が体感した戦いの様子とチェシャから教えてくれた戦闘の詳細な情報から、俺は花藤の完全無欠に見える能力にも二つほど弱点があるのではないかと考えていた。しかし、その弱点を突くのは丸腰では難しい。だが、ここには武器弾薬の類が十分備蓄されている。それを使えば、戦略の幅もかなり広がる。勝ち目も、十分あるのだ。
それにしても――
「本当にチェシャは凄いな! あんなどこだか分からない場所から、ここまで迷いなく辿り着けるなんて! ホント、感心するよ!」
先ほどまで俺たちがいたのは、恐らくはどこかの森か林の中。周囲には木々しかなく、当然ながら目印となるようなモノなどある筈が無い。つまり、先ほどの俺は恥ずかしながら自分の現在地が何処かすらきちんと把握できていない有様だったのだ。
だからこそ、チェシャが迷いなくこの拠点まで辿り着けたことに驚きを禁じ得ない。
しかし、興奮気味に言い放った俺の言葉を聞いた瞬間、チェシャはどこかキョトンとした表情を浮かべて小首を傾げた。
「何を言っているっすか? あの森は前、琉人様ときた場所っすよ?」
「……えっ?」
「だってあそこ、琉人様が勇者たちのお墓を作っていた森の中っすよ?」
「……ええっ!」
ワンテンポ遅れて、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
つまりあの森は、以前は足繁く通った見慣れた場所の筈だったということ。それなのに、俺は正直まるで気が付いていなかった。何せ完全に初見の森の中までふっ飛ばされたとばかり思っていたのだから。
脂汗を浮かべ、苦笑しながら落ち着きなく目を泳がせる――そんな俺の反応を見て、チェシャは全てを悟ったのだろう。半眼で俺をジッと見つめてくる。
「……まさかとは思うっすけど、気付いてなかったんすか?」
「そ、そんなことは……ないぞ……」
露骨に目を逸らす俺に、チェシャはため息を漏らす。
「気付いてなかったんすね。……アレ? というか、気付いてなかったということは、自分がどこにいるか分かっていなかったってことっすよね? それで一体どうやって王都まで戻るつもりだったんっすか?」
「――ぐっ! そ、それは……」
またしても露骨に目を逸らす俺。そしてもう一度、チェシャがため息を零す。
「まさか……ノープランっすか?」
「ばっ、バカなことを言うんじゃありません! そそそそんなワケ……そんなワケがないだろ!」
しどろもどろなりながら、そう答える。すると、三度チェシャのため息が漏れた。
「ノープラン……だったんすね?」
「いや、だからーー」
「ノープラン! だったんすね?」
「……はい、すみませんでした」
流石に逃げきれないと観念した俺は、チェシャに向かって深々と頭を下げる。
するとチェシャは、俺の肩をポンと叩いてきた。
「……今度から、琉人様は一人で外出しないことをお勧めするっす。多分、道に迷ったら考え無しに行動してさらに遭難するタイプっすから。今度からはナビ代わりとして、アタシが同行するのでそのつもりでいるっすよ?」
「えっ、でも流石にそれは悪いし――」
「いいっすね?」
にこやかな、それでいて目が完全に笑っていないチェシャさん。
ああ、これは反対せん方がええヤツや……そう悟った俺は、小さく頷く。
そんな俺の返事を見届けたチェシャは、にこやかな――それでいてどこか勝ち誇った――笑みを浮かべた。
「分かればよろしいっす! さあ、さっさと中に入るっすよ!」
「……ハイ」
この世界で初めて、俺はチェシャに明確にマウントを取られた気がする。
まあ、確かに彼女の言う通りかも知れない。何せ俺は、元の世界でもかなりの方向音痴でよく交番のお世話になっている子だったので……。
それにしても、つくづく思う。
この道案内といい、花藤との戦いの話といい、そして力の譲渡といい……今回はチェシャに助けられっぱなしだ。彼女がいてくれたお陰で解決した問題が、幾つもある。
そこで俺は、微笑を浮かべながら――小さく呟く。
「本当に、お前が居てくれてよかったよ」
「……? なんか言ったっすか?」
「何でもない! さあ、早く入ろう! とりあえず、食事にしようか。腹が減っては何とやらだ」
「ごはん! やったっす!」
そう言って俺たちは、久しぶりのこの拠点の中へと入っていった。
◇
暫く留守にしていたのだが、拠点の中は最後に使った時からまるで時間が止まっているかのように何の変化も見受けられない。
それこそ、人間どころか周囲の森の野生動物の一匹だって入った様子は無い。恐らくは、以前侵入者対策として仕掛けておいた、【負の強化】の結界の影響だろう。事実結界は、何の問題も無く機能している。実験的にやってみたが、予想以上に上手くいってよかった。
こうして結界が機能しているからこそ、この拠点に置いておいた備蓄食を動物に食い荒らされて台無しにされることなく食事を取れるワケだし、こうして結界が機能しているからこそ、この拠点に保管しておいた武器弾薬を持ち攫われずに済んだ。
本当に、念には念を入れておいてよかった。
しかし、感情にも感動にも浸っている時間はない。
何しろここは、王都から徒歩で丸二日はかかる距離。いかに俺たちの体力と速力が人間離れしていても、そこまで悠長にしている余裕はない。
「ご馳走様っす!」
「はい、お粗末様! よし、食事は済んだ。次だ!」
「はいっす! 次は装備っすね!」
「そうだ! というワケで、移動だ!」
「はいっす!」
相当空腹だったのだろう。二人合わせて拠点に置いておいた備蓄食を全て食い尽くすほどの量を慌てて胃袋に流し込むと、今度は武器の貯蔵場所へ移動する。
「琉人様、これはどうっすか?」
そう言ってチェシャが持ってきたのは、巨大なロケットランチャー。
よくもまぁこんなものまで作れたものだと、佐藤と黒木のスキルには感嘆を禁じ得ない。
だがーー
「大き過ぎるし、何より一発使い切りで小回りが効かない。それに威力も大き過ぎる。置いていけ!」
「なら、どれを持っていくっすか?」
「そうだな……」
値踏みするように銃器を見回す。
すると、ある一丁の銃が目についた。
「チェシャ、これを持って走れるか?」
その銃を手に取ると、チェシャに手渡す。
それを受け取ったチェシャは、まるで重みなど無いかのように軽々と振りまして見せた。
「さっきのより、全然軽いっすね! これなら余裕っす!」
「そうか! よし、じゃあ武器も決まったな! では行くぞ! 出発だ!」
「はいっす!」
食事を詰め込み、大急ぎで重火器を装備する様は、まるで軍隊さながら。
そうして支度を整えた俺たちはーー
「急げチェシャ! 王都まで走るぞ!」
「はいっす!」
慌ただしく出発した俺たちは、巨大な銃とその弾丸だけを携えて慌ただしく拠点を後にした。
◇
全速力で駆け抜けること、約半日ーー
既に太陽が高く登った頃、俺たちは漸く王都の防壁前ーー昨日天堂や花藤と戦った場所ーーまで舞い戻ってきた。
実に一日ぶりのこの場所には、未だ昨日の激戦の跡が残っている。その跡を見るに、自然と顔を顰めてしまう。
「琉人様……」
そんな俺を心配に見つめるチェシャの視線に気付いた俺は、微笑と共に彼女の頭を撫でる。
「安心しろ。俺は大丈夫だ。何しろ、俺は一人じゃ無いからな。そうだろ?」
「琉人様……その通りっす! 後ろはアタシにお任せっす!」
「頼りにしてる。じゃあ、万事抜かりなく頼むぞ」
「はいっす! 琉人様も、ご武運を!」
「ああ、必ず勝って……そして帰るぞ。三人でな!」
こくりと強く頷いたチェシャは、背中を向けていそいそと走り去っていく。
そう、王都に入るのは俺一人。チェシャとは、しばしの別行動だ。
「さて、行くか。待ってろよ、サラス。必ず花藤を斃して救い出すからな」
気合い十分に、俺は堂々と王都へ侵入していった。
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