問答
更新します。
今回は、花藤の視点です。
魔獣諸共に高階琉人を打ち倒した私は、再びクレアの皮を被って王城へと凱旋した。
そして一人謁見の間へと戻ってくるなりそのまま玉座に腰掛けると、傍らにあるもう一脚の主を失った玉座を見てため息を漏らす。
「折角用意してやったのに無様に負けるとは……つくづく使えないペットだったわね」
「貴様のために戦った男に対して、随分な口の利き方ではないか。この冷血女め!」
小さくこぼした独り言に対して、どこからともなく辛辣な言葉が帰ってくる。
声のする方を見れば目の前で十字に拘束されたまま身動きの取れない魔神が、忌々しげに私を睨んでいる。
ああ……そういえば恐れ多くもこの私に挑みかかってきた魔神を捕らえて、拘束しておいたのだ。
この女には色々と用があるので念入りに拘束して放置しておいたのだが、私としたことがすっかり忘れていた。
全く、この場に残しておいて正解だった。
そうでなければ今頃、高階琉人ともう一匹の魔獣風情と一緒にあの場で殺してしまうところだった。
それにしても――
「まさか、この世界を滅ぼそうとする魔神である貴女にそう言われるとはね。まあ、誉め言葉として受け取っておこうかしら」
「勝手にするがいい。まあ、褒めてはいないがな……」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる魔神。
だが、まるで自由に身動きが取れないこの状況でこの態度など、所詮は強がっているようにしか見えない。魔神という割には、随分と愉快で可愛らしいヤツではないか。
「強がりとはいえ、この状況でそんな生意気な口が叩けるとは、大した胆力ね。流石は人々の畏怖を集める魔神様というべきかしら?」
「……ふっ! それこそ、誉め言葉として受け取っておこうか」
「ご自由にどうぞ。しかし解せないわね。人々の畏怖を集める魔神たる貴女が何故、高階琉人の味方をしていたのか?」
「……何が言いたい?」
「高階琉人は、確かに処刑された。そして死んだあの男を、貴女が蘇生させた。神シュミルが召喚した勇者たる私たちに対抗する、己が眷属として」
「その通りだ」
「そこが奇妙なのよね。異世界から来たとはいえ、高階琉人とて人間――つまりは貴方が滅ぼすべき敵であることには変わりない筈。にもかかわらず、貴女は人間である高階琉人を蘇生させた。その上貴女は彼に自由意志を与え、彼の復讐へ積極的に手を貸して私のペットたちを悉く屠ってきた。
しかも高階琉人は、貴女の力の大半をその身に授かっていると言っていた。ますます解せないわね……人を滅ぼすべき貴女が、あろうことが人に力を授けた。何故そこまで特定の人間に肩入れするのかしら?」
「…………」
「貴女は、人の怒りや憎悪といった負の感情を吸収する魔神だという。高階琉人が死の間際に抱いた負の感情は、さぞかし美味で甘美な供物だったことでしょう。だとしても、供物に礼を述べて褒美を与える神などいる筈がない。つまり、貴女の糧となった高階琉人にそこまで肩入れする意味も必要もなかった筈。まして、手間暇かけて敵である人間を蘇生させる意味などもっと無い。だって貴方には魔獣という眷属が既にいた。勇者を倒すなら、わざわさ人間など眷属にせず、自分と魔獣で十分だった筈なのだから。事実、貴女が力を分け与えた高階琉人にそれが出来たのなら、貴女一人でも十分に私以外の勇者は屠れた筈よ。
はてさて、貴女はわざわざ高階琉人を蘇生させて、更には彼に復讐をさせて、一体何を企んでいるのかしら?」
「……貴様には理解できないだろう。誰にも見向きもされなかった者の悲しみも怒りも」
捲し立てるような口調でそう問えば、魔神は小さくそう答えた。
「はぁ?」
「貴様には理解できる筈がない。人との絆がありながら、それを躊躇なく切り捨て挙句笑って済ます貴様にはな!」
睨むように私をじっと見据える魔神。
しかしその目には、怒りや憎しみといった色は見えない。寧ろ悲しみや憐憫といった色が垣間見える。
そして、そんな色を宿した眼差しを向けられているのはーー
「……私に、そんな目を向けるな!」
憤怒と共に立ち上がると、ズカズカと魔神の傍に近付いていく。
そして完璧に拘束されて身動きの取れない魔神の顎をクイッと持ち上げて、彼女を見下す。
しかし、この状況でなおこの女の心は折れない。尚も私をじっと見据えてくる。
「哀れな女だ。貴様は、誰かを愛したことが一度としてないのだろう。人の温もりを知らないのだろう。だから誰かに愛を向けられても理解できない。価値を見出せない。まるでゴミのように呆気なく切り捨ててしまえる。しかし、琉人は違う。貴様のように人の愛も温もりも知らない。だがそれでも、アイツは向けられた愛には真摯に答え向き合っていたぞ? 同じような心根を持ちながら、貴様と琉人はまるで違う。貴様は、琉人の足元にも及ばない!」
「黙れ! 魔神如きが偉そうに! なら、教えて貰おうじゃないか! 人の温もりとやらをね!」
緊張と怒りからか、強く口元を引き結んでいる魔神。それを見て好都合とばかりに、私はその桜色の小さな唇へ徐に自分の唇を重ね合わせた。
そしてそのまま引き結ばれた唇を強引に舌でこじ開けると、強引に捻じ込んでやる。
「むぐっ! んんっ!?」
苦しそうな声を漏らす魔神の舌を逃すまいと、私の舌を絡ませる。するとほんの数秒で、魔神は大人しく私の舌を受け入れてとろんとした表情を浮かべた。
そうして舌を絡ませること数秒後――徐に魔神から離れると、名残惜しそうに互いの唾液が糸を引く。そしてその糸が切れると、私は後味を堪能するように舌なめずりをした。
「魔神という割には、人間と大差ないのね。この程度の温もりなら、飽きるほど味わって知っているわ!」
「――っ!? 貴様っ!」
羞恥と怒りの籠った眼で私を睨みつけてくる魔神。
しかし、如何に神といえども私が作り上げた神すら捕らえる拘束具の前では一切身動きを取ることは出来ない。
身動きの取れない獲物を甚振るなど、最高に嗜虐心が満たされてしまう。私は思わず、自分でも驚くほどに邪悪な笑みを浮かべた。
「それに、私は人の愛の価値など知る必要はない! なぜなら私は、神すら超えた王となった! 貴女は仮にも神でありながら、神とは思えない程の醜態を晒している。いや、私が晒させている。神にこのような辱めを強要できるなど、いよいよ私は神すらも超越した王となったということの証左に他ならない! これほどに偉大な王たる私が、人の愛など理解する必要はない! あはは…あーっははははははは!」
「随分と嬉しそうだな! 人の心を理解せね人の王よ、奪った玉座からの景色はそんなにも爽快か?」
「ええ、勿論。何もかもが我が意のままにとは、気持ちいい事この上ないわ。『この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることも無しともえば』ってね」
「……何だと?」
「私のいた世界の私がいた国において、誰にも比肩されることの無い極限の権勢を誇った男が詠んだ歌よ。『この世界はまるで私のためのものであるように思う。満月に欠ける部分がないように、私は完全に満ち足りているから』という意味が込められているわ。
まさに、今の私を示すのにピッタリな歌――そうは思わないかしら?」
満面の笑みを浮かべて、そう問い掛ける。
しかし魔神は、あろうことか私を嘲笑するように鼻で嗤ってみせた。
「自分が満ち足りているだと? つくづく貴様は哀れな女だな。貴様は、何も満ちてなどいない。ましてやこの世界は、断じて貴様のモノではない。いや、そもそも貴様の持っているモノなど、何も無い。人から奪ったモノで自分が満たされた気になっているだけの、哀れな盗人だ」
「……何ですって?」
「そもそも、月は必ず欠けるモノだ。更に言えば、月は必ずモノだ。そしてそれは、貴様も同様だ。精々『今が満月で絶頂だ』と慢心しているがいい。断言してやろう。貴様という月は、必ず欠ける。そして貴様という月は、死という結末と共に沈んでいく。吾輩の信じる琉人が貴様を必ず沈める。精々覚悟して――」
魔神の口うるさい言葉を遮るように、私は魔神の頬を全力で引っ叩いた。
パチンという乾いた音が、広い謁見の間中に広がっていく。
「黙れ、この薄汚い魔神風情が! よくもこの私にそんな口を叩いたな! 第一、高階琉人が私を殺す? 無理よ! だってあの男は――」
「死んだと、そう思うのか?」
「何?」
「吾輩は、あの男と繋がっている。残念だが、あの男はまだ生きているぞ。そして吾輩を殺したところで、あの男の授けた力は消えたりはしない。寧ろ、吾輩という枷が無くなった瞬間にあの男は解き放たれる。最強の力を以て、貴様を殺しに掛かるだろう。その時が、精々楽しみだ」
「成程ね……そう。まだ、生きているのね? だったら――」
ポケットからスマホを取り出すと、慣れた手付きで捜査して手早くメールを作成する。そして目の前の魔神に向かってカメラを向けて写真を撮ると、その写真をメールに添付して送信をタップ。すると作成したメールは、滞りなく送信されていった。
恐らくこれが、私が人生で送る最後のメールとなるだろう。何せもうこの世界に、メールのやり取りをする相手など一人もいないのだから。そして私は、元の世界へ帰るつもりなど微塵も無いのだから。
しかし、一つ気に食わないとすれば最後にメールのやり取りをする相手がよりにもよってあの男だということ。全く、心底反吐が出る。
何はともあれ、そうしてメールの送信完了を確認した私は――
「もう要らないわね、こんなモノ」
吐き捨てるようにそう零すなり、スマホを窓の外へと無造作に放り投げた。
「随分と雑に扱うのだな。貴様の生徒が心血を注いで使えるようにした、文明の利器ではないのか?」
生意気な魔神が、忌々しげな表情で女王たるこの私を絶えず睨みつけながら問い掛けてくる。
そんな魔神に向かって、私は何も答えることはない。ただ冷めた目で舐め回すように見つめては、嘲笑交じりに鼻で嗤うだけ。
「どんなに便利な道具でも、使えなくなればただのゴミ。そしてゴミは何時までも持っていたって意味がないでしょう? ゴミは処分しなくては……思い出があるだの、かわいそうだの、そんなくだらない感情論で何時までも後生大事に役立たずのゴミを抱えているから、大抵の人間は成功できないの」
「……そのゴミの中には、貴様の生徒すらも含まれているということか?」
「生徒? 生憎私には生徒などいないわ。私にとって、彼らは人間である前にペットだもの。そしてペットとは、即ち生きるも死ぬも人間の都合で自由自在という哀れ極まりないモノでしかない。だから私の役に立たないのなら、死んで結構――それだけよ。
そして、私にとっては貴女とて道具の一つ。利用価値がなくなればーー私が魔獣への勝利を宣言して貴女を処刑すれば、貴女とてゴミよ!」
「実に冷酷だな。反吐が出るほどお人好しな善人から他者を傷付けることを一切躊躇しないとんだ悪人まで……吾輩はそれなりに多くの人間を見てきたつもりだ。そしてどんな悪人だろうが、心の中には少なからず温かい部分を持っていた。大抵は、家族や恋人といった特定の誰かに対する愛や情という形でだがな。しかし……貴様の中には何も無い。ただ純粋に、どす黒く邪悪で冷酷な心だけだ。貴様からは、人間味がまるで感じられない!」
「だとすれば、貴女の人間観察が不十分なのか、将又この世界の悪人が温すぎるというだけなのではないかしら? 実際私のような悪人など、元の世界では吐いて捨てるほどいた。そして、常に悪人が善人を食い物にしてのさばっていたわ」
「反吐が出る世界だな。神が恩恵を授けないのも頷ける。だからこそ、利用し甲斐はあったが……」
「はぁ? どういう意味?」
「タダの独り言だ。気にしなくていい」
「ふーん。あっ、そう。まあ、どうでもいいけど。何だか疲れてきたわ。魔神というからもう少し愉快な話が聞けると思ったけど……見込み違いだったわね。心底不愉快だわ」
「奇遇だな、我輩もだ」
私は玉座に戻ると、使用人を呼ぶハンドベルを鳴らす。
このベルは鳴らすだけで使用人を呼びつける効果がある。どこにいようが、使用人にはベルが鳴らされたことだけは伝わるようになっているらしい。
事実ベルを鳴らして数分待たずに、クロエとシュカが謁見の間へやってきた。
「「お呼びでしょうか、クレア様」」
「そこの魔神を地下牢まで連れて行きなさい。ここにいられても、目障りだわ」
「「はっ!」」
すると二人はテキパキと十字の魔神を運び出して、最後には揃って一礼して出ていく。
「ふんっ! 魔神風情が偉そうに……」
すっかり静かになったこの広間に、私の独り言だけが虚しく響く。
全く、なんとも腹立たしい魔神だ!
この怒り、明日の処刑で存分に晴らしてやろう。
そしてその時、高階琉人も殺す。
そうして初めて、私の怒りは収まるというものだ。
明日への楽しみから、私は一人笑みを零した。
如何でしたでしょうか?
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